第23回旅行は、ムガルの帝都ファテープル・シークリ
 宮殿列車の旅も終盤、8番目の目的地へ。
 列車は、ラージャスターン州から東隣のウッタル・プラデーシュ州に移り、ファテープル・シークリ(Fatehpur Sikri)という場所に到着。

一時は帝都、すぐに廃墟・・・
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 「ファテープル・シークリ」という舌を噛みそうな名前のこの土地は、ウッタルプラーデシュ州の西端に位置する小さな街。現在の人口は約3万人ほどだが、かつてはムガル帝国の都があった場所で、第3代皇帝アクバルが建設した。
 アクバルは、1562年にジャイプールのマハラジャの王女マリアム・ザマーニーと結婚したんだが、世継ぎ(男の子)がなかなか出来ず悩んでいた。そこで、ファテープル・シークリに住んでいたスーフィー(イスラム神秘主義)のサリーム・チシュティという聖者に相談したところ、「すぐ生まれるよ」との予言を受ける。実際その直後に、世継ぎ(のちの4代皇帝ジャハーン・ギール)が生まれ、喜んだアクバルは1569年にこの土地に都を移すことを決定、1577年からここを帝都とした。アクバルの統治期には大いに栄えたと言われるが、砂漠地帯であった為に慢性的な水不足が解消されず、1588年にはラホール(現パキスタン)に遷都されてしまった。

大奥はさぞかし・・・
e0074199_6114944.jpg アクバル帝は、宗教信仰に非常に寛容で、イスラム教・ヒンドゥー教・キリスト教・仏教等全ての宗教信仰を許した。彼の妻は5,000人いたと言われるが、彼女らの信仰宗教は千差万別だった。・・・って、皇帝はそれで良いかも知れないが、大奥はさぞかしスゴい事になっていたに違いない・・・。(画像はイメージね)


建物群の詳細
e0074199_5393095.jpge0074199_5391573.jpg ディワニ・カース(Diwani Khas)という謁見室は、外形こそ正方形で地味だが、内部には華の模様をした石柱がありここから建物の四隅に橋が渡してある。アクバルは、この通路を行き来して様々な宗教学者と日夜議論をしたとされている。
e0074199_5413067.jpge0074199_5411592.jpg ジャマ・マスジッド(Jama Masjid)というモスク(イスラム廟)は、メッカのモスクを真似たも
のとされ、イスラム色の強い建築物。中には礼拝堂があり、観光客と礼拝者が入り混じって、ゴッタ返していた。


 尚、このファテープル・シークリは、1986年ユネスコ世界遺産(文化遺産)に指定されている。近く(40~50km)にアグラ(Agra)のタージ・マハル(Taj Mahal)があるため、あまり目立たないが、こちらも見応えタップリだ。

オススメ度(100%個人主観)

  ★★★★☆ ・・・個人的にはタージ・マハルより好き。
by bharat | 2005-11-21 05:06 | インドぶらり旅