ヴァラナシでのホームステイ

 昨月(2005年12月)、2~3週間ヴァラナシにホームステイしてきた。
 理由は1つ、集中的にヒンディー語を学ぶには、デリーを離れて、英語の無い環境に行った方が良いと思ったからだ。

 通学先のJNU(ネルー大学:Jawaharlal Nehru University)が1年2セメスター制を敷いており、丁度12月はセメスターの間の休講期にあたる。これ幸いと、ヴァラナシ行きを決めた。

先生の家に寄宿
e0074199_394128.jpg 今回、僕がヴァラナシでの学習先・寄宿先に選んだのは、デリーでの補習先でもある、Bhasha Bharati。ヴァラナシには本校があり、数々の旅行誌にも掲載されている。学習方法や先生の質など賛否両論あるようだが、僕はその即効性のある学習方法を大変気に入っており、今回も迷うことなく同校を選択した。
 デリーの先生が便宜を図ってくれ、僕には元々先生が使用していた部屋を使わせてくれた。日本の寮制学校の施設から見れば粗末かも知れないが、ベッドと机があり、シャワー・トイレも付いているので、充分な設備だ。因みに、通常の寄宿生は漆喰剥き出しの壁に囲まれた、小さな明り取りしかない部屋で、フロ・トイレも共同だ・・・それでもヴァラナシのゲストハウスに比べれば格段に良い環境だが。

e0074199_8194029.jpg 授業は、8:00~11:00と16:00~19:00の合計6時間。
 デリーの先生がうまくヴァラナシの先生に引き継いでくれたようで、僕の怠け癖を知り尽くしていた・・・宿題を出してもコイツはやらないだろうとの読みから、授業をメインにして部屋で1人過す時間を極端に少なくしたようだ。
e0074199_8203779.jpg 授業の合間は、部屋で読書したり、外をブラついたり。
 部屋にいる間は、なるべく先生一家とのコミュニケーションを取ることが出来る様、部屋のドアを開け放しておいた。
 日中はほぼ毎日停電するので、部屋の入口にイスをもっていって、日の光で本を読み耽る・・・。たまに、部屋の中に鳥が飛んで入ってきたりする。鳴き声を聞きながら、のぉんびり時間を過ごす。

ヴァラナシの生活環境
 ヴァラナシは、デリーほど公害がひどくない。街の汚れはすさまじいの一言に尽きる(詳細はこちら)が、光化学スモッグのような状態にはなっていない。 
 気候も、この時期はデリーほど寒くなることもなく、比較的過ごし易いと言える。

 僕が滞在してみて気付いた問題点は、2点。

 まず、電力事情が劣悪なこと。
 今回、パソコンを持って行ったのだが、しょっちゅう充電切れになってしまった。というのも、コンセントから電気が来るのは、毎日早朝~8時くらいまでと、夜間~深夜のそれぞれ数時間だけ。他の時間帯は殆ど毎日停電状態だった。先生曰く、計画停電と突発性の停電が合わさって、かなりの時間、停電になるのだと。幸い、先生の家は大きな発電機を設置しているので、部屋の最小限の照明は確保されるのだが、大半のコンセントは使用不可、湯沸かし器なども使えなくなってしまう。
 デリー日本人会主催の忘年会に着ていったシェルワーニーは、実はここの先生に譲っていただいたのだが、この服のドライクリーニングをクリーニング屋に頼んだときも、停電のせいで危うく間に合わないところだった。なんでも、その店があった場所一帯は、約24時間の間停電になっていて、クリーニングの機械を動かせなかったのだそうだ。

e0074199_847029.jpg 2点目は、僕個人の嗜好の問題なのだが、食べ物の問題。
 僕は、基本的にインドの料理全般が好きで、デリーで生活しているときは基本的にインドの料理を食べている。前回ヴァラナシに行ったときも、食生活については特に問題無く過ごしていた。
 が、今回2~3週間という期間滞在し続けて実感したのは、延々と毎日ベジタリアン料理を食い続けると、心身ともに衰弱するということ。肉を食わないと体に力に入らないし、気分的にもかなり滅入ってくる(飽きる)。ホテルのレストランなどに行けば、ノンベジ(Non-Veg:要は肉・魚・卵など野菜以外のもの)料理にもありつけるのだろうが、今回はホームステイということで、食事は全て先生の家で済ませた。彼ら一家は敬虔なヒンドゥー教徒なので、野菜しか口にしない。で、食卓に並ぶのも、当然野菜・野菜・野菜・・・。
 デリーに戻ってきてから、数日間、肉をドカ食いしたのは言うまでも無い・・・。


季節によって顔を変えるガンガー
e0074199_8591912.jpg 今回も、ガンガー(ガンジス川)から朝日を見ようと思い、早朝、ガート(沐浴場)に行ってみた。
 船に乗り、川にロウソクを浮かべて御祈りし、船上魚売りを無視しつつ、日の出を待った。
e0074199_8593978.jpg
e0074199_901871.jpg 日の光で周りを眺めてみてビックリ・・・9月に見たときと川の様子が全く違うのだ。
 水がすっかり少なくなり、川幅もほっそりして、流れもゆっくり。対岸の砂洲の面積が何倍にもなっていた。弱々しい印象は受けないが、リシケシュやハリドワールで見た激流を思い出せないほど穏やかな雰囲気を醸し出していた。

e0074199_903896.jpg ガートの下に剥き出しになった砂地では、水牛の大群が水浴びしていた。彼らは、雨季~秋の間、どこにいたのだろうか。



垣間見られるカースト意識
e0074199_4194625.jpg 先生一家は、皆敬虔なヒンドゥー教徒だ。
 家の中に、祭壇が設けれており、毎日の御供え物は勿論のこと、子供の成長なども祈願したりする。

 家系は、ブラーミン(バラモン)階級に属し、その中のサラスワットという最上位のカースト(サブカースト)に属している。先生も家族も、日々これを強く意識しており、「我々はヒンドゥー教に基づく生活様式の中で最も重要な位置にいる」と言っていた。

e0074199_4201390.jpg この言動について、反進歩的だとか、差別主義的と決めつけるのも難しい。というのも、彼らなりの一途な宗教心によって、救われている人たちがいることも事実だからだ。彼らの家には、多くの使用人が出入りし、職を得ているし、その中のある老人などは、失明する恐れのある病になったが、先生一家が一切を負担して、手術・療養し、今でも元気に働いている。また、先生一家のあげた収益を元手に私立小学校を設立し、タダ同然の学費で初等教育を施している。

 これらの事業活動・慈善活動については、評価出来る点もある。
 が、彼らの宗教に根ざした上下意識は、日常生活の中では、どうしても我々非ヒンドゥー教徒から見ると、差別的に映る。

 例えば、生活空間。
 先生の家は、4階建てだが、彼らの生活空間は4階にあり、他の階は教室・事務所・ゲストルームで構成されている。この、彼らの居住する4階に、上がることの出来ない人たちがいる。
 ある日、僕が3階の部屋でドアを開け放して読書していると、街のおっちゃんが階段を上がってきた。

 おっちゃん 「こんにちは、ここの生徒さんですか?」

 ぼく 「そうですよ。何か用ですか?」

 おっちゃん 「先生に聞きたいことがあるんだけど、今いますかね?」

 ぼく 「いますよ。一緒にあがりましょう、付いてきて下さい」

 ・・・と、僕が階段を上がろうとしたとき、思いがけない言葉が。

 おっちゃん 「あ、上から下の私に声を掛けるよう、頼んできてください。」

 ぼく 「???」

 おっちゃん 「私のカーストでは、上の階に上がることは出来ませんので・・・」

 ・・・かなりショッキングな一言だった。このあと、彼らは普通に4階と3階で会話をしていたが・・・。


 次に驚いたのは、食事。
 滞在した2~3週間の間、女性の家族と食卓を共にしたことは一度も無かった。殆どは大きな食卓に僕1人、たま~に先生(男性)と一緒に。食事の間、女性はひたすら厨房で料理しており、御代わりを盛り付けたりするだけ。
 日本の一家団欒の絵は、ここには微塵も無い。


 最後、極めつけは使用人との距離感。
 先生の家に出入りしている使用人のうち、若い男性が1人いるのだが、彼は先生とも友達のように接しており、溶け込んでいる。仕事は雑用で、日々のお使いやお客さんの出迎えなどをしている。
 ある日、彼が家にいたときに丁度昼食となった。先生が「一緒に食って行けよ」というので、使用人クンは快くOKした。

 ・・・が、彼が食事をしたのは、食堂の隣の厨房の隅で、しかも地べた。これって、「一緒に食う」って言うのかな・・・。


 また、あるとき、夜みんなでTVを見ようと居間に集まった。先生が使用人クンに「お前もあがってTV見ていけよ」と言うので、彼も上がって見ることに。

 ・・・が、僕を含め、先生一家が皆ソファに座っている中、彼は1人裸足になって地べたに座った・・・僕1人何故かとても気まずい雰囲気を感じた。


 インドの政治家アンベードカルがカースト制廃絶を訴えた際、「使用する側と使用される側の双方に責任がある」と言ったという。
 成る程、お互い、無意識の中でカーストに根ざした差別的行動を取っているんだろうな・・・。
 
 良く、日本人は、インドをはじめとするアジアに駐在中、使用人を雇った際、彼らにナメられるという。どう接して良いか分からないからだ。僕も現在、掃除・洗濯を御願いしている使用人がいるが、やはりナメられいるのだろうか・・・。

 世界に稀有なフラット構造に生きている日本人にとって、この感覚を理解するのはなかなか難しい・・・。


by bharat | 2006-01-10 02:30 | ふと思うこと