第32回旅行は、印ジャンヌダルクの地ジャンシー
 今回は、グワリオールオルチャの間にひっそりとある、小さな城塞都市ジャンシー。
 見所は少ないが、インド独立の「ジャンヌダルク」誕生・激戦の地として有名だ。

第1次インド独立戦争の中心地
 インド人の意識の中で、1857年のセポイの大反乱に端を発するインド独立の動きを「第1次インド独立戦争期」、チャンドラ・ボーズやガンジーらが1940年代に行ったそれを「第2次インド独立戦争期」と考えていることは、こちらで少し触れた通りだが、この第1時独立戦争期に一大激戦地となったのが、ここジャーンシーだ。

 セポイの大反乱から遡ること4年、1853年、ジャーンシー藩王が死亡し、その跡継ぎが立たない状態になると、イギリスがこの場所をイギリスに明け渡す様求めてきた。
 当時、イギリスのインド支配は極めて一方的な体制となっており、藩王国に男子の跡継ぎが立たな場合は、イギリスがその王国を併合出来るということを法的に勝手に認めていた。ジャーンシーもこれに倣いイギリスの傘下に入る様強要されたのだ。
 藩王の妃ラクシュミー・バーイーは、これに強く反発し、1857年にメーラトでセポイの大反乱が起こるとこれに呼応する形で、イギリス軍に対し抵抗を行った。彼女は、ジャーンシー城を拠点にイギリス軍と戦い、最終的にはグワリオールに逃れて、そこで戦死した。彼女をインド独立運動のヒロインとして尊敬するインド人は今でも多く、国内各地に多くの像が建てられている。

ジャーンシー城(Jhansi Fort)
e0074199_153384.jpg バングラの丘の上に建つこの城は、1613年にブンデラ王国(その王都はオルチャ)の藩王ビル・シン・ジュ・デオが建てたもの。
 城郭から周囲を見ると、ジャーンシーを一望することが出来る。
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e0074199_1545592.jpg また、城郭内には、ガネーシュを祀った寺院とシヴァを祀った寺院がある。



ラーニー・マハル(Rani Mahal)
e0074199_1565420.jpg ラクシュミー・バーイーの宮殿。
 だが、周囲の道を車がせわしなく行き交い、雰囲気は良くない。
 建物自体も、あまり装飾が無く、恐らく近年修復されたものと推測される。




オススメ度(100%個人主観)

    ★☆☆☆☆

所要観光時間

    1.5時間
by bharat | 2006-01-30 10:30 | インドぶらり旅