デリー 10 ガンディーが荼毘に付された地 ラージガート
 レッド・フォートの南東、インド門の北東・・・ヤムナー川の畔に、「RAJGHAT」と書かれた門のある大きな庭園、その傍にはガンディー博物館がある。
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1948年1月30日 ガンディー暗殺さる

 マハートマー・ガンディーは、1948年1月30日、デリーで暗殺された。

 手にかけたのは、ヒンドゥー教徒大連盟(ヒンドゥー・マハーサバー)の青年構成員のゴードセー。ヒンドゥー教徒大連盟は、ヒンドゥー教至上主義を旨としており、ガンディーの成した1947年8月のインド・パキスタン分離独立に強い反感を持っていた。ゴートセーは、この団体に所属するうち、ガンディーに対する反感を強め、最終的には単独の意思で犯行に及んだと言われている。

 1948年1月という時期は、インドにおいてヒンドゥー教徒とムスリム(イスラム教徒)の対立が顕在化していた時期だった。
 1947年8月に確定したインド・パキスタンの国境線をもとに、インドからパキスタンにヒンドゥー教徒が、逆にパキスタンからインドにはムスリムが大量に移動を開始した。その総数1,500万人。
 ところがこの最中、御互いの教徒のイザコザから、50万人にものぼる死者が出た。

 ヒンドゥー教徒の怒りの矛先が、分離独立をすんなり決めてしまったガンディーに向けられたのも、そんな御時世の中だった。


 ガンディーは、暗殺された直後、軍用車両で直ちに搬送された。博物館には、その車両が展示されている。
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 その後、遺体はラージガートにて荼毘に付された。
 今は、四角い石の台座と燭台が置かれている。
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 あまり、パッとしない場所だが、ガンディーファンは是非行ってみては如何。
by bharat | 2006-03-02 12:46 | デリー市内あれこれ