インド周辺 第4回旅行は、中世の王都ポロンナルワ
e0074199_4411063.jpg アヌラーダプラミヒンタレーの南東に位置する小さな町ポロンナルワ。
 かつて、王都の置かれていた仏教遺跡の多い場所で、ユネスコ世界文化遺産にも指定されている。




ポロンナルワの歴史


 かつて、長い間王都のあったアヌラーダプラを南インドから入ってきたチョーラ王朝が征服すると、スリランカのシンハラ王朝は、このポロンナルワに逃れ、ここを都にした。
 シンハラ王のヴィジャヤバーフ1世は、この地にあったかつての灌漑施設を再整備し、南インドから入ってきたシヴァ派ヒンドゥー教によって廃れていた仏教を復興する施策を採る。彼の孫パラークラマ・バーフ1世らによって、数々の仏教建築物が建設され、この地は仏教の聖域として東南アジア各国にも認知されるまでになった。 
 因みに、13世紀後半に、前述のチョーラ王朝がここに侵攻するに至り、ポロンナルワは捨てられ、その後廃墟となってしまった。


仏教都市の遺跡

 そんな訳で、ここには仏教に関する遺跡がゴロゴロしている。

南部の遺跡群
<石立像>
e0074199_79091.jpg 遺跡群南部にある石像。誰の石像なのかは諸説あるらしいが、ポロンナルワの王パラークラマ・バーフ1世ではないかというのが有力らしい。



<ポトゥグル・ヴィハーラ>
e0074199_7919100.jpg 石立像の近くにある、建物跡。
 これは、かつて仏教経典等を保管する図書館だったらしい。



<大象・中象・小象・ミニ象>
e0074199_71387.jpg 付近のオッチャンがこんなものを売り歩いていた。



クォードラングル
 市の西部に広がる溜池(パラクマラ・サムッドゥラ)に沿った堤防道の近くには、遺跡が集合した一角が。
 「四角形」の意味を持つこの壁に囲まれた場所には、以下の建築物がある。



<ダラダ・マルヴァ(Dalada-Maluva)>
e0074199_3472671.jpg 仏歯寺かあるいはそれに順ずる建築物だったらしい。今は、石で出来た基礎部分と柱が残っているのみ。屋根は木製だったのだろうか。



<ガル・ポタ(Gal-Pota)>
e0074199_350543.jpg 石の長椅子のようなこの物体は、石碑。長さ9m、幅1.5m、厚さ0.5mのこの巨石は、スリランカ仏教の聖地ミヒンタレーから持ってきたもの。石碑には、南インドからの侵略者、ポロンナルワ近隣国、ときの王ニッサンカ・マッラのことなどが記されている。



<サトゥマハル・パラサーダ(Satmahal Prasada)>
e0074199_41141.jpg 階段状に積み上げられたこの建物は、守衛が使う警備塔。とはいっても、外部には、仏教に関する彫刻が掘られていて、当時は立派なものだったと思われる。建築様式が他のものと明らかに違うので、近隣国のタイの建築家によるものだとの説あり。



<ハタダゲ(Hatadage)>
e0074199_481729.jpg ニッサンカ・マッラ王の治世期(1187~96)に建てられたたされる、仏歯寺の跡。入口部分には、ムーンストーンが比較的綺麗に残存している。

e0074199_750568.jpg このムーンストーン、スリランカの仏教寺院では良く見るが、輪廻転生の考えを彫った半月形の「玄関マット」のようなもの。外側から内側に向かってステージが進む。一番外側には、炎が描かれ、欲望を表している。その1つ内側が、生命をあらわしている・・・象は誕生、馬は老齢、獅子は病気、牡牛は死を象徴している(但しポロンナルワのストーンには牡牛は彫られていない)。その内側の花輪は愛する心、さらにその内側の花をくわえた鳥は純潔を表している。最後の蓮の花は天国。

e0074199_7505783.jpg ムーンストーンのあたりで靴を脱いで階段を昇ると、本堂部分には仏陀立像が安置されている。




<ヴァタダゲ(Vatadage)>
e0074199_13484012.jpg 建物の外壁がはっきりと残っている、ダーガバ(仏塔)。東西南北に入口があり、その入口にはムーンストーン。左右には上部が丸い板状の彫刻が対になって置かれている。これはガードストーンと言って、本尊に祀る仏像などを悪魔から守るために置かれたものだ。


e0074199_13543728.jpg 仏塔および本尊の仏像等は、7世紀頃すなわちまだポロンナルワが王都になる前からあったものとされている。


e0074199_1356113.jpg 外壁に人間と獅子の彫刻がビッシリ彫られているが、これはニッサンカ・マッラ王治世期である12世紀後半に造られたもの。それにしても、獅子がことごとくアイ~ンのポーズで、かなり愛嬌がある。
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<アタダゲ(Atadage)>
e0074199_1441942.jpg これも仏歯寺の跡だが、石の門と柱を残すのみとなっている。本尊部分には、仏陀立像が置かれている。この寺は、ヴィジャヤバーフ1世の治世期である1055~1110年に建てられたもの。

e0074199_14125714.jpg このすぐ近くには古代シンハラ文字で書かれた石碑が安置されているが、内容については特に説明書きが無かったので不明...。



<ニッサンカ・ラタ・マンダパ(Nissamka Rata Madapa)>
e0074199_1416516.jpg ニッサンカ・マッラ1世が、僧の唱える経文を聞いたとされる建物。
 現在は、石柱・石門を残すのみ。



<菩提樹跡(Bodhi Tree Shrine)>
e0074199_14184133.jpg 字ズラだけ拾うと、ここにかつて菩提樹があったようなのだが、その形跡を見ることは出来ない。



<トゥーパーラマ(Thruparama)>
e0074199_1421887.jpg 土台から屋根までちゃんと残っている仏堂。建物がかなりゴツい印象を受けるが、これはシンハラ王国の伝統的建築様式ゲディゲ(Gedige)に基づくもので、1~2m厚の壁で外からの光を遮断し、わずかに明けられた採光窓から朝夕に仏像の顔に光を当てるように設計されている。

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宮殿跡とのその周辺
e0074199_15194784.jpg ここ一帯は、13世紀にここを治めたパラークマバーフ1世の生活・政治拠点だった。当時、7階建だったと言われる宮殿の遺跡と、大臣たちと閣議を行ったとされる閣議場が今も残る。


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北部の遺跡群

 クォードラングルから来たに向かうと、大きなダーガバ(仏塔)や仏像群がある。

<金の尖塔>
e0074199_1437423.jpg 先端部分が時計塔のような形状をしたこのダーガバは、12世紀後半、ときの王ニッサンカ・マッラによって建てられたもの。全高・直径ともに55mで、そのデザインは、アヌラーダプラのルワンウェリ・サーヤ大塔を模したものとの説あり。元々、先端が金色だったことから、金の尖塔("Rankot Vihara")と呼ばれている。
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<ガル・ヴィハーラ(Gal Vihara)>
e0074199_14433341.jpg 巨大な石像と石窟像が合計4並んで立っている。

 一番左の仏陀坐像は、高さ4.6m。
 瞑想のポーズを採っている。


e0074199_14584026.jpg 続いては、石の小さな御堂の中に安置されている仏陀坐像。
 興味深いのは、仏陀の周りに、ヴィシュヌ神やブラフマー神などのヒンドゥー神が彫られていること。この彫刻が彫られたパラークマバーフ1世の治世期の13世紀には、仏教とヒンドゥー教がこの地域に混在していたということか。後述するヒンドゥー寺院でも触れるが、時の王妃がヒンドゥー教徒であったためとか、南インドのチョーラ王朝の影響によるもの等、諸説ある。

e0074199_1459625.jpg 右端に2体並んでいるのは、巨大な仏陀涅槃像とその涅槃を悲しむ一番弟子アーナンダの像。涅槃像は全長14m、アーナンダ像は高さ7m。



意外なもの

 意外なものを2つほど...。

<ヒンドゥー寺院>
e0074199_15375937.jpge0074199_1534334.jpg 仏教遺跡一色のポロンナルワにも、シヴァ神を祀るヒンドゥー寺院がある。
 トレードマークも健在・・・シヴァ神の乗物の牛ナンディと本堂に祀られたリンガ(シヴァ神の男根)。
 この寺院が建てられた背景は諸説あるが、有力な説は、① 時の王妃がヒンドゥー教徒であったため、② 南インドのチョーラ王朝の影響によるもの。



<同い年くらいかな?>
e0074199_15403082.jpge0074199_15401149.jpg こちらは、宮殿跡の駐車場に停まっていた車。
 自分の記憶が正しければ、多分これ、1970年大前後のトヨタのクラウンぢゃないかと思う。まだ現役で走っているとは。

by bharat | 2006-04-18 10:30 | インド周辺国ぶらり旅