インド周辺 第11回旅行は、ブータンの玄関口 パロ
 ブータンには、国際空港が1つしかない。
 デリーからの直行便で約3時間飛んだところにある、パロ(Paro)だ。

かつての首都・・・?

 ブータンについての記載は、同国が国際連合に加盟した1971年まで、かなり曖昧だった。
 その当時の歴史的に鎖国政策を採っていたし、他国にブータン大使館・領事館の類も無かったので、ブータンに首都すら間違えられて記された世界地図が殆どだったという。

 1950年半ば、ブータンは首都をプナカからティンプーに移したと言われているが、この頃ここパロも冬の都として機能していたらしい。


質素な空港に豪華な飛行機

e0074199_704583.jpg 現在は、空路での唯一のアクセスポイントとなっており、飛んでいるのもDruk Airだけ。
 御覧の通り、山間の狭~い盆地に、粗末な滑走路が1本だけ。

 着陸時には、飛行機の左右の翼を山の斜面にぶつからんばかりに近づけながら、高度を下げていく・・・かなりスリリング。


e0074199_773093.jpg 着陸すると、ブータンの伝統建築に則った、素朴な建物が出迎える。
 いきなり、異国に降立った実感が沸いてくる。
e0074199_775646.jpg 入国手続を行う建物内は、こんな感じ。
 ちなみに、写真には収められなかったが、審査官もブータン民族衣装を着ており、まるでタイムスリップしたかのような、なんとも懐かしい印象を受ける。


 ここで少し、Druk Airについて。
 現在、インド(デリー、コルカタ)、ネパール(カトゥマンドゥ)、バングラデシュ(ダッカ)、ミャンマー(ヤンゴン)、タイ(バンコク)とブータンを空で結ぶこの航空会社は、ブータンの国営企業。

e0074199_7462996.jpg 以前は、BAe-146-100という小型ジェット機2機での運航だった。
 高翼機で眼下を見下ろせるというメリットの他は、積載可能乗客数の少なさ、航続距離の短さ、昔ながらの操縦システムなどデメリットばかりだった。
 総座席数はたった72席で、春と秋の観光シーズンには、毎年旅行代理店が座席の確保に奔走するのが常だった。
e0074199_7471537.jpg この状況がドラスティックに好転したのは、2004年。
 エアバスのA319型を導入したのだ。
 同機は、総座席数114席で、呼び込める観光客数も一気に増えた。
 メンテナンスや乗務員研修は、専らタイ航空におんぶにだっこらしいが、これもじきに自分で出来るようになるのだろう。

 運賃は、往復32,250ルピー(約84,000円)と非常に高額。



街の様子
e0074199_16363374.jpg 街の中心部といっても、非常に小規模。
 1985年に今の街並みになった。
e0074199_16371080.jpg
 大通りが1本あり、この通り沿いあるいは近辺に、小さな商店が立ち並んでいる。
e0074199_332755.jpg昼食を採ったレストランの階下に床屋があったので、取敢えず散髪(?)。
 彼らの技術レベルと価格を知りたかったのだが、あまり参考にならず・・・というのも、バリカンをあてている彼、どうみても生粋のブータン人では無い。
 恐らくインド人かバングラデシュ人だろう・・・出稼ぎなのかな?
 技術レベルは、インドの床屋と同様でした。
 料金50ヌルタム。
 インドの50ルピー札を渡して御会計(ブータンではインド紙幣/貨幣が使える、詳細はこちら)。


e0074199_3403454.jpg ブータンの郷土料理は、とても辛いのが特徴。
 唐辛子は料理に欠かせなく、多くの家で唐辛子をこんな感じに干していた。
e0074199_3424197.jpg そんな家の下では、外国製のオモチャを売る売店も。
 ブータンと言うと、鎖国のイメージが強いが、少しずつこういった輸入品が入ってきているようだ。

e0074199_346595.jpg ブータンもインド同様、いやそれ以上かも知れないくらい、犬が多い。
 が、犬種がちと違う気がする・・・気候が寒いせいか、モコモコした毛の犬が多い。
 どことなく、和犬に似ている。

e0074199_3494740.jpg 町外れには、アーチェリー場。
 ブータンの国技はアーチェリーで、今の国王もアーチェリー好きということで、国の中で最もポピュラーなスポーツとなっている。
e0074199_4563971.jpg 会社員もアフター5で楽しむというこの競技、ムチャクチャ難易度が高い。
 矢を射る場所から的までの距離はゆうに100m以上あり、加えて的はとても小さい。
 20分くらい様子を眺めていたのだが、この間的にささった矢はたった数本・・・随分とストレスのたまるスポーツに思える。



 実際の旅行では、上記市内をザッと観たあと、ティンプー(Thimphu)に移動した。
 最終日に、再度パロに戻って、以下の場所を観て回った。

国立博物館
e0074199_4204992.jpg この建物は、タ・ゾン(Ta Dzong)と呼ばれている。
 物見櫓(ゾンは、櫓・要塞の意味)という意味らしい。
 円柱形の建物は、7階建。
 3階(4階だったかな)に入口があり、ここから追上下の階を観て回ることとなる。

 この建物、立地している丘の下にあるパロ・ゾン(後述)の物見櫓として、機能しており、建設されたのは、17世紀中頃と言われている。


e0074199_4564027.jpg ココが博物館となったのは、1968年。
 3代国王ジグミ・ドルジ・ワンチュク(在位1952~72年)が自国の歴史を再認識・編纂したいと願い造ったのだそうだ。
 当時、ブータンの歴史的な品々は、一般家庭に散在しており、この本格的な収集を行った。
 仏像、仏画、彫刻、壷などの宗教的なもの以外に、儀礼に使う楽器・衣装、ブータンに棲息する動物・昆虫の剥製なども展示されている。


パロ・ゾン
e0074199_552818.jpg パロのランドマークであるこの建物。
 ゾンは、前述したように、城塞の意味だが、そもそもブータンにおけるゾンの存在は、単なる軍事拠点のみならず、仏教を広める宗教拠点、国政を行う政治拠点としての機能をも併せ持つ大変大きな影響力を持つ場所だった。
 現在は、県庁のような機能を持っており、このパロ・ゾンはパロ県庁といったところだ。
 中は、半分行政事務所、半分寺院になっている。
e0074199_5223038.jpge0074199_5225950.jpge0074199_5244355.jpg
e0074199_5252637.jpge0074199_5272713.jpge0074199_5274386.jpg


 ゾンの中のカベにこんな絵が。
e0074199_54738.jpg

 よく仏教画に登場する絵だが、こんな意味を現している。

 ヒトは、天・人・餓鬼・畜生・地獄の五趣を輪廻すると信じられており、人はこの中の1つの世界に住んでいる。
 大乗仏教期に入り、阿修羅(天の中の闘争を指す世界)が加わり、六道というようになった。

 絵の中では、円が全ての世界を現し、これを死神が司っている(審判している)。

 円の一番中心には、3つの欲望を象徴する動物(鳥・蛇・猪)、その周りに天と地獄、その周りの6分割された大きな枠には、六道が描かれ、一番外側に人間の生の営み全体が描かれている。


ダショー西岡の墓(ストゥーパ)
e0074199_654736.jpg 小高い丘に建てられた、文字通り西岡氏の墓。

 ブータンの歴史において、日本人が非常に大きな役割を果たしたという事実を知っている日本人はどれくらいいるだろうか。
 ・・・少なくとも、私はついブータンに行くちょっと前まで知らなかった。

 ダショー西岡こと西岡京治は、JICA職員として1964年にブータンに派遣された。
 当初2年の任期予定でブータンに入った彼は、同国の悲惨な生活実態を見て驚いた。
 殆ど獲れない農作物、栄養不足等に起因する低い平均寿命(当時40歳そこそこだった言われている)・・・。
 日本から種子を持込み、農業機械を輸入し、地元民に根気強く農業指導を行った彼は、結局28年をブータンの発展に費やし、1992年没した。
 国王は、彼の功績を多いに讃え、ダショー(騎士の称号:外国人では彼しか貰っていない)の称号を与え、彼の葬儀は国葬とされた。


オマケ

 市街にある、「Made in Bhutan」という店で、土産物を物色。

 王様コスプレしてみた・・・なかなかの風格!?
e0074199_639261.jpg



オススメ度(100%個人主観)

  ★★★★☆

観光所要時間

  5~6時間
by bharat | 2006-10-19 10:30 | インド周辺国ぶらり旅