デリー24 鉄道博物館
e0074199_1684133.jpg 各国大使館が並ぶ、デリー市内のチャナキャプリ(Chanakyapuri)地区。
 その一角、ブータン大使館の隣にあるのが、鉄道博物館(National Rail Museum)だ。


インドの鉄道
 中の様子は後述するとして、まずはインドの鉄道について少々。

 インドの鉄道は、総延長63,000km、世界第4位の長さだ。
 その大部分は、イギリス植民地時代に敷設された「遺産」で、軌道(Rail)や貨車もイギリスの面影を色濃く残している。

 この「遺産」、インフラが脆弱なインドにおいて、かなり立派な役割を果たしていると言えるのだが、マイナス面が無くはない。

 まず、当たり前だが老朽化。
 これだけ敷設面積が広範なので、取替も容易ではない。
 
 それから、スペック。
 宮殿列車のくだりでも書いたが、当時のイギリスのインド分割統治のせいで、各地域でレールの幅がなんと4種類も混在している。広軌(1,676mm)・狭軌(1,000mm)・ナローゲージ(762mm・610mm)が入り乱れて走っているのだ。当然電車の幅もこれに拠っている。

 運行管理も頭の痛いテーマだ。
 殆どの路線が客貨両用になっており、また単線区間も多く、特急列車でも平均時速50kmそこそこという有様。
 加えて、自然災害等によって、長距離特急列車で3~4時間、貨物列車で半日遅れることがしばしばある。
 日本の9倍という国土をカバーするにはあまりにしんどい環境だ。


 最近でこそ、飛行機の国内線で移動する旅客が増えたが、低所得層にはまだまだ買えるチケットではない。
 彼らは、恐ろしく安い自由席券を購入し、何十時間もかけて電車で長距離移動するのだ。


100歳以上の列車がズラリ

 博物館の敷地内には、昔の列車がたくさん展示してある。
 1900年代初頭のものが多く、なんと100歳以上ということになる。
 外装を綺麗に塗っていることもあり、今でも走り出しそうな感じだ。
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 インドの列車の特徴が良く見れたのがこの車両。
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e0074199_20163845.jpg 車両の前面についている障害物避けが、鉄板状ではなく、鉄格子状になっている。
 まぁ、インドでは殆ど雪が降らないから、これで用足りると言うことか・・・。
 あと、連結器の形状が日本のそれとは違う。これはイギリスに見られる方式でフックをネジの要領でグルグル回すと対象物に引っ掛け固定できる仕組。
e0074199_20165579.jpg 一方、日本式は、「C」の字をした連結器同士を軽く押合い、ガッチャンとはめ込む仕組だ。


 これも面白い特徴を持った列車。
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e0074199_2024532.jpg パッと見、普通のカワイイ配色の蒸気機関車なのだが、下の車輪部分が何か・・・変。
 !!・・・外側の車輪の内側にデッカイ歯車がたくさん。
 実はこの列車、高山仕様で、斜度のキツい坂を登るためにギアを持っているのだ。
 浦安ネズミーランドのカリブの海賊のボートみたいな仕組だな。


 ここからの3車両は立看板付だったので、詳しく。
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 こちらは1930年製。
 製造は、バルカン・ファウンダリー(Vulcan Foundry Ltd.)となっている。
 同社は、イギリスのランカシャー地方の会社で、元々は車両ではなく橋梁や踏切の鉄製部品を製造する会社で、1832年設立(当初はCharles Tayler and Company)。
 1835年より国内用のみならず、フランス・オーストリア・ロシアへの輸出を手掛け、1852年には世界で初めてインドに蒸気機関車を輸出した。
 その後も、積極的な技術革新でディーゼル機関・電気機関を製造。
 吸収合併によって様々な名称に変わったが、最終的に2002年に製造所は閉じられた。

 因みにこのバルカン・ファウンダリー社、日本にも深い関係がある。
 明治時代初期、外国船来航等で、蒸気機関の存在を知りその開発・導入に躍起になっていた日本は、1871年(明治4年)公式には初めて外国製機関車を輸入した。
 この「1号機関車」こそが、バルカン・ファウンダリー社製だったのだ。



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 これは1907年製。
 製造は、ノース・ブリティッシュ・ロコモーティブ社(NBL:North British Locomotive Company)。
 NBL社は、1903年にイギリスのグラスコーに拠点を構える3社(Sharp Stewart社・Neilson & Co.社・Dubs & Company社)の合併によって出来た会社で、当時ヨーロッパ随一の規模を誇った。
 製造する蒸気機関車は国内のみならず、遠くはマレーシアへも輸出・使用された。
 ところが同社は、蒸気機関からディーゼル機関への技術革新に失敗、1950年代からドイツ企業MANと手を組むこととなる。
 最終的に、NBL社は1962年4月19日に破産、鉄道界からその姿を消す。



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 これも、1907年製。
 製造は、ナスミス・ウィルソン・アンド・パトリクロフト社(Nasmyth Wilson & Patricroft Ltd.)。
 この会社はジェームス・ナスミス(James Nasmyth)によって1836年に建てられた。
 彼は、「ナスミス・ハンマー」なる工具を発明するなど、技師としての才を見せた。
 合併・統合を繰返し、一時期はイギリス植民地のインド・ニュージーランドにも機関車を輸出したが、1940年に会社を閉じた。


隅っこには、世界遺産も
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 敷地の一番奥の目立たないところに、ちょっと変な形の小さな蒸気機関車と客車がポッツ~ンと置いてある。
 なんとこれ、ユネスコ世界遺産の1つ「ダージリン・ヒマラヤ鉄道」の機関車と客車なのだ。
 機関車には、製造会社シャープ・スチュワート(Sharp Stewart & Co.)の文字が。
 型式はB-777、1889~1952年の製造だそうだ。
 客車は、恐ろしく小さい・・・何人乗りなのかな。
 外側には、ダージリン・ヒマラヤ鉄道のロゴ。

 ・・・うぅむ、実物を見ると、是非乗りに行きたくなるなぁ。


その他
e0074199_7423153.jpg あと、興味深かったのがこれ。
 『機関車トーマス』などでよく登場する転車台(Turn Table)。
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 一見普通なのだが、上述したように線路幅が異なるため、複数の幅に対応するようにレールが配置されているのだ。
 こんなの、インドだけぢゃなかろうか?



 ・・・無造作に列車が置いてあると言えばそれまでなのだが、展示車のバラエティが豊富な上に、インドの鉄道の歴史そのものがユニークなので、なかなか楽しい。
by bharat | 2006-11-30 10:30 | デリー市内あれこれ