モルディヴ ~インド洋に浮かぶリゾート国~
 インド大陸の南西、インド洋に浮かぶモルディヴ共和国。
 インドに来るまでは、詳細な場所すら知らなかったが、折角近くに住んでいるのだからということで、今回行ってきた。

 第100回旅行 ・・・ マーレ(モルディヴ共和国の首都)
 ホテル (7)  ・・・ Cocoa Island
 ホテル (8)  ・・・ Soneva Gili


国の概要

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e0074199_12583988.jpg名称 : モルディヴ共和国(モルジブ、モルディブ、とも)
      「花輪状の諸島」を意味するサンスクリット語マロディープ
      (Malodheep)が示す通り、ワッカ状の環礁が連なる
      諸島である。
面積 : 298㎡(佐渡島の0.35倍)
首都 : マーレ(Male)
人口 : 29.9万人(2006年)、うち首都マーレに10万余人居住。
国教 : イスラム教(スンニ派)
言語 : ディベヒ語
時差 : 日本時間 - 4時間
      ※但し、モルディヴ国内に「リゾート時間」なるものが存在し、
       島によってはこれを採用(日本時間-3時間)。
標高 : 殆どの土地が海抜1~3m。2004年スマトラ沖地震では大きな被害を被った。
通貨 : ルフィア(1ルフィア=10円)
      USドル紙幣が使用可能。
      ※但し、ホテル施設ではチップ以外は、全部クレジットカード決済可能。
産業 : 漁業
      観光事業


国の歴史
6世紀  セイロン島(現在のスリランカ)から仏教徒の人々が移住してきた、といわれている。
12世紀  アラブ人がイスラム教を伝える。
1558年 ポルトガルがマーレを占拠
       当時ヨーロッパ大陸で貴重視されていた貝殻やアンバー(香水の原料)
       を狙ってのもの。1573年まで支配は続き、この間キリスト教信仰が
       強制される。
1645年 オランダの保護国になる(~1796年)。
1887年 イギリスの保護国となる。
       この影響は今でも残り、現在、英国連邦府に属している。
1965年 7月26日、スルタンを元首とする君主国として独立。
1968年 11月11日、国民投票で共和制に移行。
       初代大統領は、ナシル。
1978年 11月11日、マウムーン・アブドゥル・ガユームが第2代大統領に就任。
1988年 11月3日、国内実業家の雇った傭兵によるクーデターが勃発。
       同日夜、インド軍部隊が投入され、無血鎮圧された。
2004年 12月26日、スマトラ沖地震による津波の襲来を受け、82名が死亡。
       このとき津波を防いだ防波堤が日本製(無償援助によるもの)だったので、
       親日的な島民が多い。


日本との意外な共通点

e0074199_13261166.jpg それは「カツオ節」。
 これを元来より食材として使用している国は意外に少なく、日本とモルディヴより他には殆ど無いと言われている(勿論、日本料理の世界進出等により、今では色んな料理で登場する)。


e0074199_1354570.jpg モルディヴでは、農地が極端に少なく、イスラム教徒は豚を食べない。
 そのため、食生活は魚が中心。
 また獲れる魚の6割がカツオということで、ごく自然に保存食「カツオ節」が作られるようになったようだ。

 一方、日本においても『大宝律令(701年)』や『延喜式(905年)』に貢物として、「型魚(カタウオ)」の表記が確認され、この時代に既にカツオ節の原型が登場している。
 現在の名称は、恐らく「カツオ干し」が訛ったものではないかと言われている。

 このカツオ節は、鎌倉~室町~戦国時代には、味噌・梅干などと並んで戦時の保存食として活躍した。
 徳川家康の半生について記した『三河物語』にも、「鰹節を上皮けづりて(中略)噛み候へば、殊の外、力になるよし」の記載がある。
 山鹿素行の著した兵法書『武教全書』にも、「鰹節は(中略)、これをかまば性気を助け、気を増し、飢えをしのぐのみならず、功あるものなれば必ず用意すべきことなり」とある。
 また単純に、「勝男武士(カツオブシ)」と当て字して、縁起が良いとされたようだ。

 幕藩時代(江戸時代)には、カツオが獲れる土佐藩や薩摩藩などで、独自のカツオ節製造法が編み出された。
by bharat | 2007-03-09 10:30 | インド周辺国ぶらり旅