【州別観光事務所2】アンダマンニコバル・ハウス
 デリーの大使館が居並ぶチャナキャプリ(Chanakyapuri)地区。
 この一角に、知る人ぞ知る州の観光事務所がひっそりと佇んでいる。
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 中に入っても、職員は全くやる気ゼロ。
 何を話しても電話に夢中。
 仕方なく、受付に無造作に置いてあった観光パンフレットを貰って退散した。

e0074199_17224637.jpg このアンダマン・ニコバル諸島(Andaman & Nicobar Islands)は、れっきとしたインドの州の1つだ。
 だが位置が特徴的で、東経93℃はバングラデシュより東でミャンマーと同じくらい、北緯7℃(ニコバル諸島の南端)はインド大陸の最南端のコモリン岬よりも南になる。
 島の数は572にのぼり、その殆どは有人島。無人島は僅か30余。
 地図を見ると、この諸島だけベンガル湾の遥か南東にポッツ~ンとある感じだ。

 インド大陸に住んでいるインド人たちからすると、この諸島は殆ど気にしていないようで、自領と思っていない節すらある。
 笑えない笑い話にこんなのがある。
 スマトラ島沖の大津波でアンダマン・ニコバル諸島の島民が多数亡くなった。
 インド人の多くは、その報をニュースで聞いて、初めてこの諸島に住んでいる人間がいることを知ったという・・・。

 そんなアンダマン・ニコバル諸島。
 ニコバル諸島には軍事施設がある(らしい)ので、インド人・外国人共に特別な許可無しには入島出来ない。
 一方、アンダマン諸島については、入島可。
 リゾート観光施設として開発を進めている様子。
 綺麗な海を見ながらノンビリしたり、ダイビングを楽しんだり出来るようだ。
 南アンダマン地区のポート・ブレア(Port Blair)というところには飛行場があり、大陸側との空路が確保されている。
 Jetair、Air Deccanなどの便が毎日出ている。

 宗教分布は、ヒンドゥー教67%、キリスト教24%、イスラム教8%、そのほか1%。
 言語は、ベンガル語・タミル語・ヒンディー語が夫々20%前後で、部族語も9%ほど使われている。

 歴史を紐解くと、先住民が住んでいたこの一帯を17世紀にマラタ朝が征服。
 その後、19世紀以降は英国植民地となり、その地域特性上、流刑地として機能した。

 20世紀の第2次世界大戦期には、日本軍がここを占領。
 大戦後、インド独立と同時にインドの一部となった。

 インド北東諸州と同様、インドの中央部からは軽視され続け、先住民族の保護も適正になされていないようで、残すところあと数十人という危機的状況に陥っている民族もいる。


 ・・・一度行って見たい場所の1つである・・・。


<後日談>
 その後、念願叶って行くことが出来た。
 その様子はコチラ
by bharat | 2007-04-26 10:30 | デリー市内あれこれ