第93回旅行は、ナガランド州の商業都市ディマプール
 この2枚の写真。
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 日本のものと間違えそうになるが、実はインドで撮ったもの。
 インドの東の最果て、ナガランドで撮ったものだ。

 デリーで開催された州別博覧会IITFで初めて関心を持ったナガランド州。
 第93回~94回は、ナガランド旅行記(第94回はコチラ)。


ナガランド州の歴史
 この州は、インドの東端に位置し、ミャンマーと国境を接している。
 ここには、現在16の部族が共存しており、インド中央政府ともうまく折合いをつけながら平穏が保たれているが、この平和な状態が訪れたのは、ここ10年くらいのことだ。
 かつてこのあたりの山間部族は首狩族として周辺地域とは明らかに異なる生活習慣をもっていた。戦争によって捉えた捕虜の首をはね、五穀豊穣の生贄として捧げるという、一種の自然崇拝を行っていたのだ。
 その後、英国の占領政策によって、その殆どがキリスト教に改宗させられた。


 第2次世界大戦期に入ると、この一帯は英国軍と日本軍の支配領域のボーダーラインとなる。
 日本軍の「インパール作戦」(当時占領下にあったビルマから西になだれ込み、インドの反英勢力と合流し戦局の打開を図ろうとしたもので、結局は大失敗におわった)により、日本軍はナガランド一帯にも侵攻。当時のナガランドを纏めるピゾ(のちのナガ民族評議会(NNC)議長)は、日本軍の後押しを受けたチャンドラ・ボース自由インド政府軍と協調路線を執った。

 日本軍は敗退したが、ピゾはチャンドラ・ボースから「インドが英国占領から解放された際にはナガランドの自治を認める」との約束をしていた。
 チャンドラ・ボース亡き後のインド独立の中心人物マハートマー・ガンディーに対し、NNCはナガランド独立を持ちかけるが相手にされず、ナガランドは1947年8月14日(インド独立の前日)、ナガランドの独立を一方的に宣した。


 インドのナガランド平定政策が本格化する中、東パキスタン(現在のバングラデシュ)の後押しを受けたナガランドは態度をますます硬化させ、1956年にはナガランドはまたも一方的に連邦政府の樹立・独自の憲法制定を宣言する。
 しかし、当の東パキスタンがインドの助力によってバングラデシュとして独立すると、後ろ盾を失ったNNCは急速に力を失う。各部族間で温度差があったものの、最終的に1975年、インド憲法の受入をして独立を完全に断念した(シロン協定)。


e0074199_18374666.jpg 最後まで独立を諦めない急進派は、ナガランド民族社会主義評議会(NSCN:National Socialist Council of Nagaland)などを組織。
 ミャンマーにいるナガ族の領域までも含んだナガリム(Nagalim)建国を求める過激な思想まで出てきた。
 だが、組織内の抗争によって徐々に勢いを失ったNSCNは、1997年インド政府と停戦協定締結、以降ナガランド州には平穏が戻った。


観光に力を入れているというものの・・・
e0074199_110892.jpg ナガランド州も他の州と同様に、観光客の誘致に力を入れているようだ。
 デリーでも、州別物産街などでナガランドの店舗を見かけることがある。
 また、ナガランド州観光事務所に行けば、観光地図を貰うことも出来る。
e0074199_115511.jpg がしかし、ガイジン観光客がナガランド州に気軽に足を運ぶには、まだまだ多くのハードルがある。
 まず、手続面。
 ガイジンは、ナガランド州に入るには事前に州政府の許可証(入域許可証)を取付ける必要がある。
 手続自体は、左程面倒くさくないのだが、申請から許可証発行まで結構時間がかかる・・・私の場合は1ヶ月くらいかかった・・・書類を受取ったのは旅行出発前日だった。
 次に、物理的なアクセス難。
 ナガランド州には、空港・鉄道駅が1つしかない。
 州の西端に位置するディマプールがそれなのだが、空路は近隣空港(アッサム州グワハティと西ベンガル州コルカタ)から小さなプロペラ飛行機が飛んでいるのみ。
 あとは、舗装率の高くない山間道路しかないのだ。


 ナガランド州が観光客で賑わう日は、まだまだ遠そうだ。


初体験! たった1人のための飛行機
 今回の私のアクセスルート。

 往路:デリー(5:30)→(Indigo便)→(7:50)グワハティ(9:45)→(Alliance Air便)→(10:35)ディマプール

 復路:ディマプール(12:25)→(Alliance Air便)→(14:25)コルカタ(19:10)→(Indigo便)→(21:00)デリー

 Indigoは、数年前に業界に入ってきた新鋭航空会社。
 早朝・夜間ダイヤによる空港使用料金節約、ニッチ路線展開による過当競争回避、ネット予約体制、全席エコノミー、機内食ナシ(サンドイッチ(75ルピー)・缶飲料(25ルピー)等は別途機内で購入可)と徹底した低コスト戦略で、今まで金銭的に飛行機に乗れなかった人たちも客層に取込んでいる。
 Alliance Airは、Indian Airの子会社で、ニッチ路線を受け持っている。元国営会社がコストカット目的で子会社化したということもあり、サービスは国内でも最低レベルだ。


 で、グワハティから乗ったAlliance AirのCD7751便。
 空港でチェックインした際、定刻通り出発する旨聞かされていたのだが、いつになっても掲示板に便名が出てこない。
 ようやく、構内アナウンスで便名を呼ばれ、セキュリティチェック。

 ゲート前で暫らく待っていると、軍人(グワハティ空港は軍港なので、軍人が警備・案内をやっていたりするのだ)がニコニコしながらやってきて、「ディマプールに行くのって、あなた?」と聞いてきた。
 そうですが・・・と答えると、全く予期せぬ答えが。

 「今日の乗客、あなただけだから☆」

 !!! なんと・・・恐るべき赤字路線だったのか。
 
e0074199_12581429.jpg ゲートから、10~20人の軍人が、色々話しかけながら、飛行機まで同道してくれる。
 ・・・はたから見たら、政治犯の移送みたいなんだろうな。

 彼らとても良い人たちで、離陸するときまでずっと手を振って送り出してくれた。
e0074199_12595768.jpg 当然、機内は関係者以外乗ってません。
 ・・・ガラ~ン。
e0074199_1333859.jpg 最前列は、変なシートアレンジ。
 いざ、好きな座席に座って、キャビンアテンダントの緊急時対応のインストラクションを受ける。
 客は私しかいないのだが、絶対にこちらを見ないキャビンアテンダント・・・誰も居ない機内後方を見ていた・・・誰に対して説明してるんでしょうか?
e0074199_1363979.jpg 殆どカラの機体は、発車してからものの数秒で離陸。

 45分のフライトだったが、一応機内食もサーブされる。
e0074199_1381536.jpg 定刻より少し遅れて、旅行客が1人もいないディマプール空港に到着。


見どころ① カチャリ王朝の遺跡
 ディマプールの見どころの1つは、中世にここを統治していたカチャリ族の遺跡。
 ディマプールの都市名も、この民族の言葉「ディ(川)」+「マ(大きな)」+「プール(町)」から来ている。川は、この一帯を流れるダンシリ(Dhansiri)川を指している。
 カチャリ族について、詳しいことはあまり分かっていないが、現在のアッサム州・ナガランド州・マニプール州あたりにいた民族のようだ。
e0074199_13282653.jpg 入口の城壁は後付けだろうか。
 入場料などは特に無く、あっさり入れる。

 中はだだっ広い野原になっており、奥方に遺跡が点在している。
 一部の資料では、男根を模した彫刻物との説明がある。
 タントリズムのような信仰があったのだろうか?
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e0074199_13485886.jpg 遺跡とは全く関係無いが、敷地内の池では、男の子たちが素手で魚を獲っていた。


見どころ② 土曜市場
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 この土曜市場が興味深かった。
 ナガランドの人たちは、その食生活が特徴的なことでも有名で、生きとし生けるもの全てを食の対象としている。
 売られる食材は実にバラエティに富んでおり、野菜など普通の食材のほかに、

e0074199_13532110.jpg カエルに・・・
e0074199_13533931.jpg 芋虫に・・・
e0074199_1354586.jpg 犬・・・。

 朝一番でここに来れば、レパードなどの珍食材なども売りに出ているのだそうだ。
 

オススメ度(100%個人主観)

    ★★★★★ ・・・ インドぢゃないインド(?)を体感出来る場所

所要観光時間

    1~2時間
by bharat | 2007-05-19 10:30 | インドぶらり旅