物乞い界もサラリーマン社会
 インドに長く居ると(といっても2年程だが)、いろんなところに人脈が出来るものである。

 私には、とても仲の良いストリートチャイルドがいる。
 ストリートチャイルドと何でも横文字にすれば聞こえが良いが、要するに物乞いである。
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 彼女の名前はシータという。
 ヒンドゥーの叙事詩『ラーマーヤナ』に登場するヒロインと同じ崇高な名前だ。
 年齢を聞いたところ、よく分からないと言われた。


 ここで、インドの物乞い事情(?)について、私の知る範囲でちょっと説明することにする。

 インド社会では、様々な種類の物乞いがおり、特に人口の流入が激しいデリーなどの都市部においては、非常に雑多な状態になっている。

 まず、カーストまたはこれに類する事情により、生まれながらに物乞いをしている人たち。
 彼らは、都市部・農村部に限らず一家郎党物乞いを生業としている。
 彼らの中には、細々と仕事をしている者もいる。
 新聞売りや雑貨を売り歩く者たちはこの分類に入る。

 続いて、失業などして物乞いに身を落としてしまった人たち。
 特に、都市部に多い印象がある。
 一攫千金を夢見て上京したもののうまく行かず、そのまま居ついてしまったのか・・・。
 デリーなどに居るのに、北インドの顔立ちでない物乞いたちは、この部類に入ると推測される。

 更には、親・家族に捨てられたあるいは家出して物乞いをしている子供たちもいる。
 先天性障害を持っているために産後すぐに捨てられてしまった悲しい話や、親の虐待に耐え兼ねて家出したものの行く場所が無くストリートチャイルド化した話は、しばしば聞くことがある。
 (このテーマについてはコチラでも少し触れたので参照して欲しい)




 私の友達のシータは、生い立ちについてはあまり多くを語ってくれなかったが、彼女は交差点で新聞を売って歩いている、職業を持った物乞いである。

 彼女の営業センスは非常に冴えており、まず信号待ちの瞬間に、金払いの良さそうな人を見分ける。
 ガイジンかどうか、高級車に乗っているか、など彼女なりの判断基準があるのだろう。

 更に彼女は、一旦顔見知りになった客に対して、ツケ払いを許してくれるのである。
 新聞は1部2ルピー(約6円)なのだが、月曜日から木曜日までは新聞だけ渡して金曜日に纏めて10ルピー渡せば良いのである。
 客を記憶するのは当然だが、大袈裟に言うと債権回収リスク管理の能力を持っているということになる。
 私も、一応彼女の中ではこのカテゴリに入るようで、毎回ツケ払いをしていた。
 彼女からしてみれば、金曜日、私がこの交差点を通らなかったら回収遅延になる訳だが、翌週きちんと回収に来る。



 そんな商売センス・営業センスの光るシータなのだが、彼女がどんな組織に所属しているのか、というのがまた大変興味深い。
 毎日その日の新聞を売り歩く訳なので、当然元締めがいる訳だが、その組織がどうやら会社のような組織になっているようなのだ。

 2年前、私がシータに会ったときには、彼女はまだ新米社員だった。
 だが、今や彼女は年少の部下を2名引き連れ、腕には赤子まで担いでいる。
 差し詰め、係長といったところか。

 交差点で車が信号待ちした瞬間、彼女は部下2名にどの車を攻めたら良いかを矢継ぎ早に指示する。
 その後、彼女は固定客を丁寧に挨拶して回るのだ。

 実に要領の良い営業方法である。



 彼女が「部長」くらいに昇進するまで見守っていきたいものだ。




※差別用語の扱いに敏感な昨今の風潮だが、今回あえて「物乞い」という表現を使った。
by bharat | 2007-07-01 10:30 | ふと思うこと