2005年 09月 18日 ( 1 )
第8回旅行  メーラトでインド行政の陰を知る
 今回は、一風変わった趣向。

 日本の政府系の研究所のインド駐在研究員の方(Nさん)と知合う機会があって、そのNさんがデリー郊外に調査に行くというのを聞いて、無理を言って同行させて頂いた。
 因みに、官庁の方も1名加わり、総勢3名(+運転手さん1名)で旅だった。


インドならではの調査目的

 Nさんの調査目的は、インドの政府が打出す諸政策が、都市部以外の農村などで、どれだけ浸透しているかを知るため。
 インドの国土の広大さ、政治の腐敗、言語・文化の相違など、様々な要因が重なり、中央政府の政策が末端に届くのは非常に難しく、それ故その実態を詳細に調べ、原因究明を行うというものだ。

 インドならではの、ちょっと考えさせられる議題だ・・・。


デリー郊外の街 メーラト

 向かった先は、デリーから北東に70kmほど行った、メーラト(Meerut)という小さな街。
 小さな、といっても人口は100万人を超える。

 この街は、1857年のセポイ(シパーヒー:インド人兵士)の反乱が起こった場所。
 奇しくも、最近インドで公開された映画『マンガル・パンデイ』がまさにこれを扱ったもので、インド人の英国軍兵士マンガル・パンデイが、英国軍のインド人に対する対応に業を煮やして反乱するという内容だ。最終的な反乱のきっかけは、使用する新型銃の銃弾の包みが牛・豚の脂で出来ていることを知って。牛はヒンドゥー教徒に神聖視されており、豚はイスラム教徒に忌み嫌われており、これらで出来た銃弾の包みを歯で破って弾込めするというのは、とても耐えられるものではかなったということだ。
 結局、反乱自体は小規模なものに終わり、マンガル・パンデイは絞首刑に処せられるが、その後、この反英活動はインド国内の藩王たちに広まり、ひいては大規模な独立運動に発展していく。

 ・・・で、話をメーラトに戻すと、セポイの反乱の地であるのも関わらず、記念碑らしきものや目だった像も無い。
 過去は過去ということか・・・。


強烈な実態

 デリーを出発して国道を走ること約2時間半、街の中心部に到着。
 街に着く少し前からドシャ降りで(結局この雨は丸2日間続いたが・・)、そのせいで道路はドロが洗い流されて手抜き工事のアスファルトがむき出しになりガタガタ。まるで、ラクダにでも乗っているような感じだった。
 今回の調査に協力してくれる、メーラト大学の教授を大学でピックアップし、いざ調査へ。
 

 まず、教育面の充実具合を調べるため、周辺の小学校を視察することに。

 インドの小学校は、政府の政策により、学費タダで受講できる公立校があり、建前上はカーストの上下や貧富に関わらず、みんな学校に行けるようになっている。
 しかし、公立校の教員はレベルが一様に低く、また彼らのモチベーションも無いので、いい加減な内容で授業がなされるケースが少なくなく、また勝手に休講になるなど、満足の行く教育現場になっていないとのこと。
 加えて、教材費や筆記用具購入費、制服購入費は実費であるため、貧しい家庭の子はやはり通学出来ないという。
 金を工面出来る家庭は、もっぱらプライベートスクールに子供を通わせるのが常識で、要は政府が公立小学校関係に費やしている支出は殆ど役に立っていないことになる。

 
 当日も、土曜日午前中には授業があるはずなのに、公立校は閉まっていた・・・勝手に休講した様子だ。

 プライベートスクールは空いているというので、急遽そちらを見させて貰うことに。

 ドロでグチャグチャになって前庭を通って、校舎へ。
 だが、校舎と言える代物はどこにも無く、レンガでコの字型に囲った壁に粗末な屋根をかぶせただけ。
 当然、照明は無く、ボロボロの黒板が1つ。立派な机とイスが余計に空しく映える。
 制服はあるらしいのだが、買う余裕のある子だけ着ていた。

 写真を撮ってもいいかと聞くと、2つ返事でOKしてくれた。
 別に整列しなくても良かったんだけど・・・。
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 学費は、月に200~300ルピー(約500~800円)だが、周辺住民の平均年収が10,000ルピー(約26,000円)前後なので、ギリギリの出費なのだという。

 このあと、イスラム教徒の学校も視察したが、状況は同様だった。



 次に福利厚生面をチェックするため、周辺の病院を視察することに。

 インドでは、貧しい人でも診療・治療を受けられる様、各地域ごとに公立の病院を設立。
 薄価で、診察を受け、薬を貰い、場合によっては入院治療を受けられる体制を採っている。

 が、それも建前の話で、実際は、病院関係者が政府補助金を着服し、薬剤を横流しして金を作り、正しい形で末端に恩恵が届くことは殆ど無いという。

 公立の病院前に行ったのだが、門は閉まったまま。
 人の気配は全く無かった・・・。
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 なんともやりきれない実態だが、Nさんは全てを悟ったように、

   「これでも良くなったんです。
    20年前は、政府が100の金を投じても
    末端には10~15しか届かないと言われていたんですが、
    今は25くらいが末端に届いていると言いますから
    ・・・ちょっとずつ良くなってきているんです。」

と言った。

 インドに来て2ヶ月そこそこの僕には、そこまで悟れない状況だったなぁ。



国民的スポーツなのに・・・

 農村部を走っていると(走るといっても実際は道がデコボコだから時速10kmくらいだと思うが・・・)、周りの風景はどことなく日本の田舎をホウフツとさせる。
 なんでもこのあたりは稲作が盛んなんだそうで、道端の田んぼの稲がふくらんで頭を垂れている様子が、日本のそれとカブッた。

 途中、部落を通過している途中、家の前で、男の人がミシンで丸いものを縫っているのを見た。

 僕が、

   「あれ?何してるんですか」

と聞くと、Nさんが

   「何でしょうね。降りて聞いてみましょう。」

と言い、車を降りて男の人に直接聞いてみることになった。
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 聞くと、クリケットのボールを作っているんだと言う。
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 クリケットは、野球の原型となった球技で、ルールはさておき、要は球を棒で打つ競技だ。
 インドでは、一番人気のスポーツで、クリケット選手は映画俳優と並んで大人気だ。

 その国民的スポーツの球は、動物の皮で出来ている為、つまりケガレている為、指定カーストの人が製造に従事しているのだ。

 話をしてくれた人も、指定カースト者だった。
 (このくだりについては、カテゴリ「ふと思うこと」の「カースト カースト カースト」を読んでみて下さい)

 うぅむ、国民的スポーツなのに、ボール作りはケガレ扱いか・・・複雑だな。


何にも知らない村長さん

 その後、3つの部落を訪問、各部落の村長さん・前村長さんにインタビューした。

 部落の様子
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 インドの村長さんは、選挙で選任されるんだが、リザーブシステムという仕組みによって、一定の頻度・枠で、指定カースト者が選任されることになっている。
 指定カースト者が差別されることなく政治に参加出来る様、中央政府が便宜を図ったものだが、実態はと言うと・・・・

 1人目は、指定カースト者の女性の前村長さん。
 因みに、その部落はジャートと呼ばれるヒンドゥー・カースト者と指定カースト者の混在する部落だった。

  「こんにちは、あなたはハリジャン(神の子:指定カーストの総称)ですね?」

    「はい・・・。」

  「あなたは、前期、村の政治を司っていましね?」

    「はい・・・。」

  「あなたは、政府の基本政策○○を知っていますか?」

    「いいえ。」

  「聞いたこと無いですか?」

    「無いです。知りません。」

  「では、他の政策△△を知ってますか?」

    「いいえ。政治のことは良く分からないんです。」

  「そうですか。今の政権についてどう思いますか?」

    「とても良いと思います。何の問題も無いです。」


 2人目は、隣の部落の現職女性村長さん(指定カースト者)。
 その部落も、1つ目の部落とカースト構成は同じ。
 で、インタビューしたが、答えが、1人目とま~ったく同じ。
 加えて、2人目の女性は、読み書きが出来ず、政府から届く書類を理解する事も出来ないと言う。秘書と呼ばれる政府役人が派遣されて、村長にサインの仕方だけ教えて、あとの実務はその秘書が取り仕切るんだと。

 Nさん曰く、

  「結局、この制度は有名無実化しているんです。
   村長は、何も分からず秘書やダンナの言いなりになっているだけです。
   一部、しっかり政府方針を理解して、発言・行動する指定カーストの
   女性村長もいますが、ごく少数です。」

だと・・・農村部の教育に問題があるだけに、なかなかすぐには解決しない問題かもな。


 で、3人目。
 男性の現職村長さん。
 ヒンドゥーカースト者で、ヒンディー語の読み書きも出来そうな感じ。
 中央政府の政策については、少し内容を知っている様子。
 でも詳しくは分からないらしく、

  「内容は詳しく知らないが、中央政府は良くやってくれている。」

と訳の分からない持論を展開していた。

 ここでも、Nさんがバッサリ。

  「ヒンドゥーカースト者の村長は、政府と癒着しているケースが多いです。
   政党の中には、彼ら農村部の人たちを支持母体としているものもあり、
   そういった政党が支持を得たいがために村長たちと癒着するんです。」

なるほど・・・奥が深いな。

 余談だが、この部落の入り口に、ヘンテコな像が立っていた。
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 指定カースト者にも関わらず、その明晰な頭脳を見出され、一流教育を受けたのち、ついにはインドの憲法創立に関わった、アンベートカルの像だった。
 彼は、インド独立時に、カースト制度廃止を声高に訴え、その条項を憲法に入れることに成功する。しかし、有名無実化した実態を更に改善しようと試みるうち、彼自身の宗教心(彼はヒンドゥー教徒だった)との葛藤に行き着き、遂には仏教に改宗する。
 アンベートカルその人の話については、もっと勉強して別の機会に書こうと思うが、この中央政府によって建立された像をめぐって、つい最近部落のヒンドゥー・カースト者と指定カースト者との間で小競り合いがあったという。前者が像を取り壊そうとし、後者がこれを止めに入って、衝突したみたいだ。
 説明してくれたメーラト大学の教授が、ボソッと「こんな像、いらないのに。」とつぶやいたのが何とも意味深だった。勿論、彼はヒンドゥー・カースト者だ。


 2つ目の部落で、指定カースト者の住民と話すことが出来た。
 住居は、レンガすら買えず、土で出来ていた。土砂降りのせいで、カベはところどころ崩れ始めていた。
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 70歳くらいに見えた男性は、聞くとまだ50歳だと言う。
 最近病気になったが、近くの公立病院は機能していないし、私営の医者は高いので、本当に深刻な病状にならない限りは病院には行かないと言う。

 また部落の様子で気になったのは、車はおろかバイクすら殆ど見かけないこと、キレイな井戸がやけに目立っていたこと。前者は経済力が無いのと道路インフラ未整備なため、後者は政府政策により設置された「インディア Mark-Ⅱ」。
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 全て見終わって、Nさんに、

  「農村部を見ると、中央政府がやっていることは
   ムダになっているように見えるんですが・・・」

と聞くと、

  「おっしゃる通りです。
   結局、教育の行き届いていない地域の人々に
   政治に無理矢理参加させること自体
   ムリなんです。
   彼らが自活する方向に後押しする政策が
   必要なんですよ。
   例えば、何にも難しい事は考えず、
   部落から街に伸びる道路を舗装する。
   そうすれば、彼らは勝手にそこを行き来して
   牛乳や手工芸品を街に売りに行くようになります。
   それがインドの政府には分からないみたいなんですよねぇ。」


 ・・・その通りだなと思った。
 「何かしてあげる」んぢゃなくて、「何か出来るようにする」ことが大事なんだな、きっと。


 今回の旅行は、いろいろ考えさせられたな。



オススメ度(100%個人主観)

  ★★★★☆
by bharat | 2005-09-18 10:30 | インドぶらり旅