2005年 09月 29日 ( 1 )
第11回旅行は、マハラシュトラ州アウランガバード
 今回は、初めてマハラシュトラ州に行ってきた。

 マハラシュトラ州は、西端にある州都ムンバイ(Mumbai)が余りにも有名だが、内陸のデカン高原地帯にも見所のある場所が数多く存在する。
 ムガル皇帝の名がついたアウランガバード(Aurangabad)や、世界遺産に指定されているアジャンタ(Ajanta)エローラ(Ellora)など、数日無いと回りきれないくらい盛り沢山だ。

 カルチャースクールの先生引率の元、少人数ツアーに参加、2泊3日で上記3箇所を周遊してきた。第9回~11回に分けて記すことにする。


世界遺産への移動拠点 アウランガバード
e0074199_327398.jpg マハラシュトラ州都ムンバイから北東に400km弱にあるアウランガバード。
 今回は、ムンバイ経由で、デリーから空路で入った(合計4~5時間くらい)。
 インディアン・エアラインズで行ったんだが、インド国内線の中でも特に評判が宜しくないらしく、あとからインド人の友達に「俺らでもあの会社の飛行機には乗らないよ。」と驚かれた。
 別に機体に然したる問題は無かったと思うが、機内に真っ白な蒸気が絶えず吹き込んできたのが気になったな・・・。
 アウランガバードは、ムガル第6代皇帝の名アウグランゼーブに由来しており、彼が皇帝になる前デカン太守としてここに赴任した際、この地を「アウラングの町」という意のアウランガバードと名付けた(1639年)。
e0074199_3281865.jpge0074199_3284467.jpg 現在でも、ムガル建築物が数多く残存しているほか、織物業でも大変有名な場所で、ヒムロー(Himroo)織り・パイタニー(Paithani)織りという2つの手法で織られる生地・衣類が特産物となっている。
 また、アウランガバードを観光することの無い人たちも、この地を数多く訪れる。それは、この地が世界遺産であるアジャンタ(第7回その2参照)とエローラ(第7回その3参照)へのアクセスにちょうど良く、ホテルも充実していて、移動手段も空路・バス・鉄道と3拍子揃っているからだ。
 我々が宿泊したホテルからも、アジャンタ/エローラ観光案内情報の掲示や、同地域に関する出版物販売がなされていた。



グリシュニスワル寺院(Ghrishneswar Mandir)
 エローラ石窟群に程近い場所にある寺院。
e0074199_3351528.jpge0074199_3354317.jpg ムガル期に建てられたヒンドゥー寺院で、保存状態が大変良く、現在も地元参拝者が数多く訪れ、本堂にあるリンガ(男根)への御参りをしている。
 ヒンドゥー教徒でなくても本堂に入ることは許されるが、男性は上半身半裸にならなければならない。
 本堂では、リンガに御供えをする女性参拝者がいたり、リンガの根元の台座(これはなんと女性生殖器らしいが)に頭をこすり付ける男性参拝者がいたりと、ちょっと異様な雰囲気だった。

 ヒンドゥー文化の禁欲的な側面と、この男根崇拝がどうも直接リンクしないのは僕だけだろうか・・・後日、きちんと納得いくまで調べるとしよう。

リンガ(画像は小さな置物)
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ダウラタバード(Daulatabad)
e0074199_336563.jpg こちらもエローラ石窟群付近にある。
 1338年に建てられたこの城塞都市は、見るからに異様である。
 頂点の高さ200mの場所に要塞を建設し、これを取り巻くように城壁を形成、市街機能を整備する・・・つもりだった。
 というのも、トゥグルク朝のムハンマド・トゥグルクがこの場所への遷都を計画し、当時の都デリーからの移住を強行した。その道中、大量の落伍者が発生、遷都を中止せざるを得なかったのだそうだ。
e0074199_3362491.jpg しかし、この絵、どこかで見たような・・・あ゛、『天空の城ラピュタ』だ。
 そぉいえば、インド生活の長い親友が、「『ラピュタ』にはインドのサンスクリット文字で発音される登場人物が数多く登場しているから、宮崎駿は絶対インドをモデルにしている」と言っていたのを思い出した。



アウグラングゼーブの墓
e0074199_12465199.jpg アウランガバード市街地から車で約30分、小さな集落の中にひっそりとムガル建築の寺院が建っている。こんなところにムガル第6代皇帝の墓があるなんて、誰も思わないだろう。
e0074199_12471760.jpg 親父の第5代皇帝シャー・ジャハーンが、公費の限りを使ってタージ・マハルなどを建設したのに比べ、子のアウグランンブゼーブは質素で敬虔な宗教家であったらしい(反面、他の宗教への弾圧も相当行った)。自分が死ぬ際、自分の墓に公費を使うべきではないとして、皇帝の私費だけで墓を建てる様家臣に命じた。因みに、彼の私費は、自分が写経した経典を販売して得たお金(今で言う印税・著作権益みたいなもんか?)だけで、本当に僅かな金額だったんだそうだ。
 シャー・ジャハーンが、城の敷地内に黄金茶室を作った豊臣秀吉なら、アウグランゼーブは差詰め必要最低限の装備しか持たない駿府城に篭った徳川家康って感じかな?



ブラック・タージマハル
e0074199_22225827.jpg 正式名称は、ビービー・カ・マクバラー廟(Bibi-ka-Maqbara)。 黒くないのだが、本家タージ・マハルが純白の大理石で出来ているのに対して、この廟が青白い石で出来ている為、また、本家より作りが雑な為、こんな呼び方をされている。
e0074199_22402370.jpge0074199_2239575.jpg 17世紀に、アウグランゼーブが亡妃の為に作ったもので、とても小ぶりな印象を受ける。壁面の装飾も、本家が宝石を埋め込んでいるのに対して、この廟はただのプリンティング。かろうじて、正面門の装飾が細かいのが救いか・・・。



大きな池のある寺院 パンチャッキ
e0074199_2255744.jpg パンチャッキ(Panchakki)・・・変な名前だが、水車という意味らしい。大きな池をたたえたイスラム教系施設で、水力で食物を挽く設備で食べ物を作り、巡礼者に与えていたという。併設された公園でくつろぐ人や、池の魚にエサをやる人など、ノンビリした雰囲気だった。



牛のコスプレ
e0074199_22495837.jpg 市内外の家畜が、とてもカラフルなのもこの地の特徴だ。
 所有主が家畜を大事にしている表現方法らしいのだが、牛の角は様々な色に塗られており、頭に装飾された布をかぶったものもいた。



オススメ度(100%個人主観)

    ★★★☆☆


by bharat | 2005-09-29 16:15 | インドぶらり旅