2006年 01月 27日 ( 1 )
第31回旅行は、歴史深き城塞都市グワリオール
e0074199_17561670.jpg 今回は、車を使っての旅行。
 濃霧が気になるこの季節、遅延・欠航が続発する飛行機・電車を避けたいと思い、車での移動で行ける旅行先を探してみた。
 アグラまで、デリーから車で約3時間半。もうちょっと南に足を伸ばせないかと思って、今回の旅行先をグワリオールに決めた。




何度も主を替えたグワリオール城
e0074199_18235933.jpg 街に入って、圧倒的にその存在感を示しているのは、丘の上に建つ巨大なグワリオール城(Gwalior Fort)だ。城壁が丘全体をぐるっと取巻いており、この点においてはラージャスターン州の城郭などと大差無いのだが、ここグワリオールの地形はこの城の建つ丘だけが盛り上がっており、とても目立つのだ。
e0074199_144714.jpg グワリオールという地名に関しては、5~6世紀、スーラジ・セーンというラージプートの王がこの丘で狩猟をした際、グワリパという聖人の勧めで溜池に誘導され、喉の渇きを満たしたという話が残っている。この溜池は今でも綺麗に残っている。
 この城に関する最も古い記述は525年で、丘の上に寺院があったと書かれている。10~12世紀に、ラージプート勢力の支配下に入り、後述のサーフ・バフー寺院はこの時期の建立だ。
 14世紀のトーマラ族というラージプート勢力のとき、大いに栄え、現在のグワリオール城の形はこの勢力のマン・シンという王が築いたものだ。同王は、良君としても知られ、音楽にも造詣深く、インド歴史上有名な音楽家のタンセーンは、この時代に音楽を学び、のちにムガル皇帝アクバルに仕えた。
 16世紀にはロディ王朝の支配下に、その後ムガル帝国に支配された。同帝国皇帝のアクバルは、この城を城郭ではなく、牢獄として使用した。
 1751年には、マラーター王朝シンディア家の支配下に入るが、時期は折りしもインド第1次独立戦争期(1857年セポイの反乱からの数年間)。この時期には、イギリスや隣国ジャーンシーの支配下に入ったが、1886年には、再びシンディア家の手に戻る。以降、同家の下で、グワリオールはインド独立まで、藩王国として続いた。

 現在も城郭の保存状態は良好で、城郭内部の建物群も大変綺麗に残っている。


マン・シン・パレス(マン寺院)
e0074199_729014.jpg 城郭内で、一際目立つのが、この宮殿。
 拝観料は強気の250ルピー(約650円)、ツアーガイドもベテランである。
 建物は、ラージプートのマン・シンの治世期の1486~1516年に建てられたと言われる。
e0074199_10421390.jpg 黄色く輝く砂岩とそこにはめ込まれたターコイス色のタイル模様とのコントラストはじつに鮮やかで、ラージャスターンで良く見る城郭とは、明らかに色彩のセンスが異なる。
e0074199_1114399.jpg 外壁の装飾もかなり凝っていて、ヒンドゥー教の聖なる動物の彫刻が丁寧に掘られている。
 トラ・・・シヴァ神の腰巻きや、ドゥルガー神の乗物にもなっており、神聖視されている。
e0074199_112544.jpg 象・・・ガネーシュ神が象の頭を持っていること、インドラ神の乗物であること等から、神聖視されている。
e0074199_1110793.jpg 水鳥・・・アヒルは梵天(ブラフマー神)の乗物、白鳥はサラスワティー神の乗物として神聖視されている。

e0074199_11113734.jpg ワニ・・・ガンガー神、ヤムナー神などのナルマダ・デヴィ(川の神様)が乗る動物としてしばしば描かれ、神聖視されている。
 インコ・・・神聖視されている訳ではないが、インドの彫刻に良く登場する。カジュラホなどの秀麗な女性彫刻にもインコを手にする女性が描かれている。
e0074199_2142126.jpg 建物内部は、シンプルな構造になっており、中庭状の空間を屋根付きの回廊が取巻く格好になっている。
e0074199_2143882.jpg 中庭部分は、踊りを鑑賞したり、裁判事を行ったりするのに使用されてらしいが、その内壁の装飾及び、王・王妃の観覧席(裁判のときには裁判長席?)の作りも実に丁寧で、保存状態もとても良い。
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サス・バフー(Sasu Bahu)寺院
 崖の切り立ったところに、2つのヒンドゥー寺院が建っている。
 サスは「義理の母親」、バフーは「義理の娘」の意味で、夫々の命で建てさせた寺院が隣接して建っているのだ。
 ヒンドゥー教には、大きく分けて「ヴィシュヌ派」と「シヴァ派」の2つがあり、インドの二大叙事詩『ラーマーヤナ』『マハーバーラタ』では双方の神が特徴的に描かれている。もともとこの神々は、ブラフマーとともに、ヒンドゥーの3大神のポジションを分かち合っている。世界を創造するブラフマー、それを維持・運営するヴィシュヌ、破壊・再生するシヴァという役割分担だ。あるインド人は、"GOD"の文字は、「Generate=創造」「Operate=維持・運営」「Destroy=破壊・再生」の頭文字を取ったものだと言っていた・・・なんちゅう自己中心的な持論だ・・・。

 ヴィシュヌ神は、「温和」「慈愛」の神で、もともと単一の神格しか無かったが、他の神を己の化身として位置付けて、どんどんその派閥を拡大していった。
 中でも、クリシュナ神とラーマ神を取込んだことで、数の上では後述のシヴァ派を大きく上回ることとなった。仏教の始祖ブッダも、ヴィシュヌ神の第9化身というから、なんとも寛容というか強引というか・・・。
 現在、このヴィシュヌ派の信者のうち敬虔な者達は、白いUの字の印を額に付けている。
 また、ヴィシュヌ神を祀る寺院のてっぺんには、丸い車輪上の物体が配されている。これは、ヴィシュヌ神の武器である円盤を指している。

 シヴァ神は、前述したように破壊・再生の神として知られる。神話の中ではしばしば魔神を退治する武勇伝が登場し、そのパワーが強調されている。リンガ(男根)崇拝はその際たるもので、シヴァ神を祀る寺院の本堂には、しばしばリンガが収められ、これに手を合わせたり触ったりして礼拝する信者の姿を目にする。また、シヴァ神は、信奉者には暑い恩寵を授けるという一面も数多く見られ、このメリハリが魅力の1つのようだ。
 姿はというと、苦行僧のような格好をし、全身は灰で塗りたくられ、首には蛇を巻きつけ、手にはトライデント(三叉戟)と斧、腰にはトラの毛皮といった感じ。額には第3の眼があり、これが開くとき世界が破滅すると言われている(関連記載はこちら)。
 シヴァ派の信奉者は、白・黄・白の横3本線に赤い点1つの紋様を額に塗っている。
 シヴァ神を祀る寺院のてっぺんには、トライデントを意味するフォークの先端部分状の物体がのっかっている。
e0074199_8173229.jpg さて、話をこのサス・バフー寺院に戻すと、仲の良いサス(義理の母親)とバフー(義理の娘)でも信仰する神様は違ったようで、義母はヴィシュヌ神を、義理の娘はシヴァ神を信仰していたため、至近距離に2つの寺院を建てたという訳だ。
 ヴィシュヌ寺院の方が大きく、保存状態も良い。建築は11世紀というから、結構古い。天井部分の崩落を防ぐために、内部に武骨な補強柱が近年入れられた。

e0074199_13464088.jpg 入口の門の上部には、ヒンドゥー三主神(ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァ)と夫々の奥さん(順にサラスワティ、ラクシュミー、パールヴァティ)の彫刻が綺麗に残っている。
 本堂には、大きなヴィシュヌが祀られている。
e0074199_13493589.jpg 敷地奥には、バフー(義理の娘)寺院。
 外壁の彫刻が殆ど壊れてしまっていて、近年の補修の跡が目立つが、これは切り立った崖に建っている為の風化のせいなのか、あるいはイスラム勢力による破壊の為なのか。

テリ・カ・マンディル(Teli Ka Mandir : テリの寺)
e0074199_135473.jpg 9世紀頃建築されたとされるこの寺院は、この地域には極めて珍しい、南インドの建築様式。ピラミッド状のシカラ(高塔)が特徴的なこの寺院は、元々南インドのガンゴラ・タルという地方から嫁いで来た妃が建てたものとされ、その所以でこのような名称("タルの寺院"が訛った)・形状になったようだ。
e0074199_1405248.jpg 敷地内には、偶然発掘されたジャイナ教の像が並べられているが、この寺院とは全く関係は無い。

城壁に全裸の像が・・・
e0074199_146113.jpg 城壁の一角を成す崖に、突然数十メートルに亘ってジャイナ教彫刻が出現する。15世紀頃に彫られたものとされている。

夜は見事にライトアップ
e0074199_14311830.jpg このグワリオール城、夜間は見事にライトアップされ、「音と光のショー」が行われる。
 城郭内の建物に光を当てながら、音声(ヒンドゥー語・英語両方アリ)で歴史を振り返る、音声ドラマ形式になっている。


サヒジャマ・マスジッド(Sahijama Masjid)
e0074199_14155324.jpg グワリオール城の門を出てすぐの場所には、イスラムの礼拝堂がある。

ジャイ・ヴィラース宮殿(Jai Vilas Palace)
e0074199_14195092.jpg かつてのシンディア家の建物で宮殿として使われていた。電気の配線やらが建物内部に引き込まれていて、やけに生活感が残っているなと思っていたら、まだマハラジャが住居として使用しているとのこと。
 内部には博物館が併設されているみたいだが、当日(月曜日)は定休日の為中には入れなかった。

移動遊園地・見本市
e0074199_14253275.jpg 偶然、グワリオール市内に移動遊園地・見本市が開催されており、敷地内は大変活気付いていた。

e0074199_1426177.jpg しかし、こちらのエンターテイメント性の低さを物語るように、アトラクションは特徴的なものは皆無(殆ど観覧車やコーヒーカップのようなもの)、ハリボテのオバケ屋敷も如何にも寒々しい・・・。







オススメ度(100%個人主観)

    ★★★★★ ・・・街の雰囲気がとても気に入った
by bharat | 2006-01-27 10:30 | インドぶらり旅