2006年 02月 17日 ( 1 )
第36回旅行は、仏教大学ナーランダー
 第36回~第39回は、インド東部に位置するビハール州の4都市。
 今では、インドの後進の代名詞のように言われるこの州は、かつて先進文化の一大発信地だった・・・。

ビハール州について
 インド東部、北をネパールに隣接するこの州は、ブッダの活動拠点だった。
 生まれた場所・入滅(死んだ)場所は、現在のネパールだが、悟りを開いた場所や仏教大学はいずれも、このビハール州にある。
 また、この州は紀元前4世紀からはマウリヤ王朝の支配下だった。名君アショーカ王もこのビハール出身だと言われている。

 その後は、スルタン(奴隷)王朝、ムガル王朝の支配下となり、イスラム色の強い地域となっていく。

 18世紀後半からは英国の植民地となり、1912~36年にはオリッサ州との合併州にされてしまう。が、その後単独の州になり、2000年には南部地域がジャールカンド(Jharkhand)州として分割、現在の形となる。

 現在のこの州の実態を示す数字としては、識字率38.5%(因みにインド平均は65%、南部のケーララ州は90%以上)。女性の識字率はこの数字を更に大きく下回り、経済的発展の一大要因になっている。
 州内GDPは、デリー州・マハラシュトラ州・パンジャーブ州・ハリヤナ州の15,000ルピーに対して5,000ルピーと3分の1しかない。貧困層の率も、デリーの10%前後に対してビハール州は約50%。
e0074199_024760.jpg また、治安面も大きな不安を抱えている。ナクサライト(民族解放戦線)の活動拠点がネパール拠点にあると言われており、土地柄マオイストの活動が活発だとされている。州選挙のたびに、治安が極度に悪化し、選挙結果を巡って暴動が頻発する。ダコイットという盗賊集団が活動していることでも有名。
 州の中央部を横切るガンジス川は雨季のたびに洪水し、農地を荒らし去っていく。「緑の革命」で成功を収めたパンジャーブ州やハリヤナ州の農家当りの農業に対する資産投入額が夫々915ルピー、652ルピーに対し、ビハール州はたった43ルピー。


 この州の前途はまだまだ多難だ。


仏教大学都市 ナーランダー
e0074199_0445598.jpg 中国の僧玄奘が、仏教を学んだという場所が、このナーランダー(Nalanda)。
 玄奘は、632年から5年間ここで仏教を学び、のちに『大唐西域記』を書いた。
 その『大唐西域記』によれば、ナーランダーはブッダのために当時マンゴー園だったこの地を500人の商人が共同買収して寄進した場所だという。
 玄奘がここを訪れたときには、ナーランダーは仏教の修行と研究を行う一大拠点になっており、僧が数千人規模でいたという。


 敷地内には、ストゥーパ(仏塔)、寺院、ヴィハーラ(僧院)が複合的に配置されている。

巨大寺院
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e0074199_134998.jpg 左奥の大きな建物跡で、巨大な寺院だったと言われている。
 当時の想像図はこんな感じ・・・中央に全高31mのストゥーパが特徴的な建物だった・・・らしい。
e0074199_1133389.jpg 寺院の周囲には、無数の小さなストゥーパが安置されている。
e0074199_1143927.jpg 多層建ての寺院跡には、レンガ造りの巨大な階段が残っている。
 各時代ごとに異なる階段が作られている。


僧院群
e0074199_1202730.jpg 複数の巨大寺院の前面には、ヴィハーラ(僧院)が広がる。
 各部屋には、小さな入口から続く瞑想部屋が付いている。
e0074199_1213749.jpg 通路の脇には、水路が巡らされており、1,500年前から清潔な生活環境が整備されていた様子がうかがえる。
e0074199_1231775.jpg 建物や通路は、全てレンガ造りだが、建設時期ごとにレンガの大きさが微妙に異なる。
 何気無く歩いている足元にも、その境目があったりする。



オススメ度(100%個人主観)

    ★★★☆☆ ・・・ ここ単体では物足りなし。他の仏跡と合せて周るべし。

観光所要時間

    1~2時間
by bharat | 2006-02-17 10:30 | インドぶらり旅