2006年 10月 01日 ( 2 )
デリー 21 夏祭り
日本のココロ

 9月30日、デリーでは毎年恒例となっている、日本人学校夏祭りが開催された。

 Vasant Kunjにある日本人学校の校庭を開放しての夏祭りは、内容も充実。
 中央に小さいながら矢倉と和太鼓を配し、その周囲を各団体の出店が並ぶ。ちょっとした地方の祭りより賑やかなくらいだ。

 夕方に祭りが始まると、まずは神輿と子供神輿が校庭を周る。
 デリーで聞く、「ワッショイ、ワッショイ」はなかなか新鮮な響きだ。
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 僕は、今回所属するデリーテニス同好会の出店「金魚すくい」を手伝った。
 開始前から、店の前には子供が興味深げに群がる。
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 仕入れた金魚は200匹。
 多いかなぁと思ったが、4つの自家製水槽に入れると、意外にもマバラな感じ。
 8時の閉会を待たずに、200匹は日本人・インド人の子供たちに貰われていった。



 インドに来て、何もかも日本式を導入して、現地に馴染まないのは考え物だが、年に数回、このような文化伝承・交流の行事を行うのは、個人的には賛成である。
 日本人の老若男女は日本のアイデンティティを再認識し、来場して多いに楽しんで帰ったインド人たちは、日本の伝統文化や食文化を体感していったに違いない。


 逆に、我々在印日本人だって、もっとインドの祭りを見に行ったり、参加したりして良い筈だ。
 危険だのキタナイだのと言って自宅に篭るのは簡単だが、インド人の友達に事情を聞きながら参加して楽しむのも一興だ。
by bharat | 2006-10-01 11:30 | デリー市内あれこれ
インドのTシャツ 15
 地元のマーケットで見つけた。

15. キューバの革命家
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 前面いっぱいに、チェ・ゲバラ。
 キューバの革命戦士として有名なチェ・ゲバラ(Che Guevara)は、本名エルネスト・ラファエル・ゲバラ・デ・ラ・セルナ(Ernesto Rafael Guevara de la Serna)・・・チェは、スペイン語での呼掛けの言葉。
 1928年6月14日生まれの1967年10月9日没。
e0074199_2521346.jpg(左画像は、ウィキペディアより)
 アルゼンチン生まれの彼は、1953年に大学を卒業、当時独裁政治を執っていたベロンの政治を嫌悪し、アルゼンチンを離れる。
 グアテマラで、社会主義のグスマン政権が反対勢力に倒されると、今度はメキシコへ。このメキシコでフィデル・カストロと運命の出会いを果たす。
 カストロと共に、キューバのマティスタ独裁政権を打倒すべく、同志80名とともにグランマ号でキューバに渡った。キューバでバティスタ政権による猛攻を受け、同志は12名にまで減ってしまうが、最終的に政権を打破し革命を実現した。

 カストロ政権下で、ゲバラは銀行総裁、工業大臣、キューバ統一革命組織幹部会メンバーを歴任、外交の顔として活躍した。工業大臣時代には日本を訪問し、工場の視察など行った。

 思想の相違からカストロと決別し、1965年にキューバを離れた彼は、アフリカ各地の解放戦線に参加。コンゴで活動した後、ボリビアに渡り、そこで捕まり、射殺された。

 冷戦時代には、彼は社会主義思想家たちから、英雄視され、もてはやされた。
 このTシャツの柄は、アルベルト・コルダが1960年3月15日に撮影した写真がもとになっており、この写真は今でも色々なところで目にする。

e0074199_2581340.jpg 今回のTシャツは、洋楽バンドRage Against the MachineのBOMBTRACK(曲名)のジャケットなのかな?


e0074199_302764.jpg こちらインドでも、チェ・ゲバラグッズを目にすることがある。
 これは、オールドデリーで買ったズタ袋。
 25ルピー(約65円)也。

by bharat | 2006-10-01 10:30 | インドのTシャツ