2007年 04月 19日 ( 1 )
デリー33 階段井戸(Gandhak ki Baoli)
 デリー市内の観光場所は比較的中央部・北部に固まっているが、南に全く無いという訳でもない。
 世界遺産のクトゥブ・ミナールが好例だが、その他にもいくつかある。

 この階段井戸もそんな隠れた遺跡の一つ。

e0074199_3375754.jpg クトゥブ・ミナールの南方に広がるメローリ(Mehrauli)集落。
 まず目印となるのは、このアダム・カーン(Adham Khan)廟。アダム・カーンは、ムガル皇帝アクバルの乳母を務めたマハム・アンガ(Maham Anga)の息子で、アクバル皇帝軍の将軍にまでなった人物だ。しかしのちにアクバルの不信を買い、アクバルのこれまた乳母のジジ・アンガ(Ji Ji Anga)の夫のアタガ・カーン(Ataga Khan)によってアグラ城から突き落とされて謀殺されてしまう。そののち、アダムの母マハム・アンガが亡くなった際、アクバルはこの廟を造り、2人の霊を鎮めた(1562年)。
 全くどうでも良い話だが、乳母は英訳すると2種類ある。乳をあげる乳母はWet Nurse、子育てだけする乳母はDry Nurseという。



e0074199_333155.jpg さて、話が脱線したが、このアダム・カーン廟の脇の細い道を入る。
 車1台がやっと通れるくらいのこの側道を進み、何気なく道の左側を見ると、鉄柵が見えてくる。
 外側からは全く遺跡の雰囲気は無いのだが、近づくと・・・
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e0074199_4192690.jpg 5層建の階段井戸が忽然と姿を現す。
 今は干上がっているこの階段井戸、歴史は古く奴隷王朝期にまで遡る(13世紀)。
 同王朝の第3代のイルトゥトミシュ(Iltutmish)王の治世期に、住民の生活用水の摂取手段として掘られたとされている。



e0074199_4195089.jpg 使用目的が一般生活用ということで、建造物の造りは実にサッパリしている、というか何の装飾も無い。
 王族が水を神聖視した水を祀るということで、精緻な彫刻をそこら中に施したアーメダバードの階段井戸とは、明らかに別物だ。


 名称の由来Gandhakは、サルファー(Sulphur)の現地語。
 硫黄のニオイがしたことから、これが井戸の名前となったようだ。

 
by bharat | 2007-04-19 10:30 | デリー市内あれこれ