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カテゴリ:ふと思うこと
![]() 先日、アウトレットで革財布を購入した。 米国ブランドCOACHの製品なのだが、中のタグを見ると、「MADE IN INDIA」の文字が。 気になったのが、インドでの生産体制。 インドでは、皮革職人は、最下層カースト(スードラより下)に位置しており、清掃夫や洗濯屋さんとかと同じレイヤーである。 ※カーストの実態についてはコチラ。 インドの国民的球技であるクリケット。 そのプロ競技者は国の英雄として見られている一方、そのボールを製造する人たちの扱いは酷かった。 インド在住時、革製のクリケットボールを製造する集落を訪れる機会があったが、極めて劣悪な職場環境で、皆御世辞にも裕福とは言えない生活ぶりだった。 ※訪問時の様子はコチラ。 他方、北部カシミール地方では、寒い気候から皮革製品(ジャケットなど)を製造する業者が数多く居る。 彼らの出自(カースト)はよく知らないが、外国人(欧米人や日本人など)相手に皮革製品の仕立てをやっていた。 私も革ジャケットとカバンを仕立てて貰ったこともあり、彼らと定期的に会っていた。 高く安定した収入によるのか、良い身なりであった記憶がある。 今回購入したCOACHの革財布。 その製造現場は、果たしてどの様な環境なのだろうか。 興味は尽きない。 『20万円をウリにしてたNanoが、今度は3.5億円で登場』
車関係のトピックをチェックしていたら、こんな記事が飛び込んできた。 ![]() なんでも、タタ自動車が属するタタグループ内の宝飾ブランドGOLDPLUSとタイアップして、宣伝用に作った「特別仕様車」なんだそうだ。 価格は、2.5億ルピー・・・日本円にしておよそ3.5億円。 車体には80kgの純金、15kgの銀が使用され、エメラルド・ルビー・真珠がブリブリにくっつけてある。 ボンネットには、国鳥の孔雀が宝石だらけで翼を広げてます。 誰が買うのかしら、これ。 しかし、こういう企業活動があること自体、国の経済が成長している証なのだと思う。 燃費が良いことだけをアピールして、車名が分からないくらいパーツを共有化してしまった、日本の車事情とは随分と異なる。 思い返せば、バブル期の日本は、車作りでも随分遊んでいた。 エンブレムを七宝焼きにしたり、スピーカーを10個も付けてみたり、カーステレオに録音機能付けてみたり、エアコンに加湿機能を入れてみたり・・・やはり、「ナンセンス」にお金を投じる気運があったってことだろう。 つい先日、長年乗っていた車を買い替えたのですが、諸々検討の結果、国産車では無い車を購入。 燃費以外のところに魅力たっぷりの車で、気に入ってます。 インドの車から、ふと国情を憂いたひととき。 2011年3月11日(金)14時46分頃、東北沖でマグニチュード9.0という、有史以来4番目という大きさの地震が発生、東北地方・北関東地方を襲った。
災害状況については、皆さん周知の通りだと思うし、これについてどう考えるかということについては、直接被災していない自分が何を語っても浮ついたものになるので控えたい。 今回着目したのは、震災直後に各国から寄せられた支援の早さ、多さ。 震災があった日の週末、13日(日)の午前9時時点で、既にインドを含む69カ国、5国際機関から支援のメッセージが届いていたという。 インドは、元来親日的なうえ、昨今はFTA締結などで政治・経済も接近しており、今回の災害を報をうけ、ただちに支援を発表している。 まず地震発生当日の3月11日(金)、マンモハン・シン首相が菅首相宛に親書を送り、「インドは日本政府や国民と共にある」との支援メッセージを送った。 更に、13日(日)に、ラオ外務次官が支援物資の内容を明らかにし、Haryana州やPunjab州の協力のもと、ウール地の毛布を日本に送付することを決めた。 この支援の動きは、政治の範囲に留まらず、インドの一般民衆の間にも瞬く間に広まった。 ![]() 同様の動きはトヨタ自動車などが進出しているインド内陸の都市バンガロールでもあったようで、ここでもやはり12日(土)の地域集会が開かれ、日本を支援するというメッセージが出された。 震災後の整然・冷静な被災者の行動にも、各国から驚きと賞賛の声が挙がっている。 「日本を称える世界の声(東日本大震災をうけて)」というサイトでは、各国のメディアの反応を抜粋して取上げているが、総じて感嘆と賞賛の声を上げている。 BBC(英国) : 地球最悪の地震が世界で一番準備され訓練された国を襲った。その力や政府が試される。 犠牲は出たが他の国ではこんなに正しい行動はとれないだろう。 日本人は文化的に感情を抑制する力がある。 CNN(米国) : 現地の人は暴動を起こさず、現段階、冷静に対処している面で優秀である。 ツイッター等ソーシャルネットワークを通じて、皆が励ましあい、情報提供を呼びかけている姿は流石だ。 The Hindu Business Line(インド) : インドの部品メーカーの技術者らは栃木県内にあるホンダの研究開発施設を訪問中に被災したが、 「素晴らしい緊急時の態勢ができていた。すべてが精密時計のような動きだった」。 「冷静さが保たれており、通信状況も含めてすべてが秩序だって行われていた」。 New York Times(米国) : きょう、私たちの気持ちは皆、日本の人々とともにある。 (阪神大震災の際)商店の襲撃や救援物資の奪い合いが見られず、市民が勇気と団結、共通の目的の下に苦境に耐えていたことに感嘆した。 日本の人々には真に高貴な忍耐力と克己心がある。 これからの日々、日本に注目すべきだ。間違いなく学ぶべきものがある。 ソウル新聞(韓国) : (日本語併記で)「深い哀悼の意を表します」との見出しを掲載。 早期の復興を心から祈っている。 失われた20年を抜け出し、りりしいかつての経済大国の姿を取り戻すことを祈る。 過去に日本から忘れることができない傷を受けたが、日韓交流が活発になったことを歓迎するとともに、苦しいときの友こそ真の友だと強調。 環球時報(中国) : 日本人の冷静さに世界が感心。 微博(ツイッター)(中国) : 非常事態にもかかわらず日本人は、冷静で礼儀正しい。 ビルの中で足止めされた通勤客が階段で、通行の妨げにならないよう両脇に座り、中央に通路を確保している写真を掲載。 こうしたマナーの良さは教育の結果。 日中の順位が逆転した国内総生産(GDP)の規模だけで得られるものではない。 この「つぶやき」は7万回以上も転載され、「中国は50年後でも実現できない」「とても感動的」「われわれも学ぶべきだ」との反響の声があった。 一方、日本の災害を喜ぶコメントが寄せられると、「おまえは中国人の恥だ」と批判が殺到する事態となっている。 今回の災害を通じ、被災者の皆様への御見舞・哀悼の意を表すると同時に、周囲の反応を通じて、日本の姿を映し出すが出来ると感じた。 皆さんは何を感じただろうか。 先日、友人から面白い資料を貰ったので、是非共有させて欲しい。
極端かつ主観的だが、インド人の世界観について、非常に的を射ていると思う。 結局、クリケットが強いか弱いか、だけかい!という気もするが(笑)。 ![]() 記載内容について、少し細かく触れていきたい。 INDIA:Number 1 at thinking we are number 1 ! 自分たちが1番だと思ってるんだから、1番なんだ!とある。 インド人の愛国心、自尊心、自信を意識したコメント。 PAKISTAN:Terrorists trained here. テロリストたちがここで訓練する、とある。 ムシャラフ政権交替以降の状況を考えると、パキスタン~アフガン国境で不穏な勢力がいると思われても仕方が無いか。 AFGANISTAN:America fights wars here アメリカがここで戦争をしている、とある。 NEPAL:India's 29th State. インドの29番目の州、とある。 こりゃヒドい、ネパールの人怒るだろうね。 でも、日本が米国の51番目の州と揶揄されてもう久しいが、インドとネパールの繋がりはかなり密接だ。 国の宗教はヒンドゥー教で同じ、民族的にも北インドとは同じルーツ。 ネパールからインドへの出稼ぎは相当数おり、産業に乏しいネパールの雇用を相当助けている。 実際、デリーで働く守衛さんやメイドさんも、ネパール系の人が多い。 日本のインド料理店のコックさんも、結構ネパール人だったりする。 ネパールについての詳細紹介について、コチラ。 SRI LANKA:Tiny as a shit, but can play great cricket! Also Ravan lived here. 訳すのも心苦しいが、ク○みたいにに小さいが、クリケットはめっぽう強い、とある。 確かに、クリケットは強い。 ICC(Intetnational Cricket Council)発表の2011/16/Jan付のランキングでは、オーストラリア、インドに次いで世界第3位だ。 また、ラバン(ラヴァナ)が住んでいる、とある。 これはインド神話『ラーマーヤナ』に出てくる魔王がスリランカに住んでいて、それをラーマ王子が退治するというくだりを言っている。 インドではダセラという祭りが催されるくらいポピュラーな話だ。 スリランカについての詳細紹介は、コチラ。 BANGLADESH:Immigrants. 移民の国。バングラデシュからインド、特にインド東部(コルカタなど)へは多数の出稼ぎ労働者が来ている。 SOUTH EAST ASIA:Shopping. 東南アジアは一括りで、買い物場所なんだと。 確かに、バンコク(タイ)に行ったときにも、インド人と思しき人をたくさん見かけたし、市内に大きなインド人街もあった。 飛行機で数時間の距離だし、品揃え豊富な東南アジアに来て、いろいろ買い込んでいくのだろう。 AUSTRALIA:Cricketers and racists. クリケットと人種差別主義。 ICC(Intetnational Cricket Council)発表の2011/16/Jan付のランキングでは、オーストラリアは世界第1位だ。 人種差別については、白豪主義という言葉があるほど、非白人に対する差別・排斥意識がある国だ。古くは先住民アボリジニから、近年ではアメリカ系黒人、日本人、インド人に至るまで、差別の対象となっている。 法的にこれらが禁止・規制されたのは1970年代で、英国の影響が希薄化し、アジアとの連携が経済上必須になってきたことにより、移民法(1973)、オーストラリア市民憲法改正(1973)、人種差別禁止法(1975)が次々に制定された。 2000年開催のシドニーオリンピックでは、「アボリジニら先住民に貢献する五輪の開催」が公約となり、同大会を民族和合に活用した。その徹底ぶりは凄く、聖火リレーはアボリジニの聖地エアーズロックを出発点とし、アボリジニのノバ・ペリス・ニーボーン(アトランタ五輪女子ホッケー金メダリスト)を第1走者に、アンカーにはキャッシー・フリーマン(シドニー五輪400m走金メダル獲得)を選んだ。また、開会式には2,000人のアボリジニが参加、民族文化を反映した内容にした。 ただ、今でも意識としては差別感情が残存している様で、2008年にオーストラリアの大学がオーストラリア人12,500人を対象に人種差別について行った調査では、回答者の46%は特定の民族はオーストラリアにふさわしくないと回答。特にイスラム教徒、黒人、アボリジニ、東南アジア諸国民に対する差別意識が根強いと回答、更には約10%が異民族間結婚は認めらない、、同じく約10%が自分たちよりも劣る民族がいると回答している。 インドとの国民感情も必ずしも良好とは言えない。メルボルンなどの都市部では、「カレー・バッシング」と称して在豪インド人を襲撃する事件が2007年以降多発、2009年までの約3年間で1,500人のインド人が襲撃されたとの情報もある。2009年にはメルボルンで在豪インド人たちがデモ抗議を展開、国民感情を察知した本国のマンモハン首相は、2009年6月1日に豪州ラッド首相と電話会談し、事態沈静化を要求するという、国家レベルの懸案に発展している。インド本国では、様々な波紋を呼び、例えば大御所映画俳優アミターブ・バッチャンは、クイーンズランド大学からの名誉博士号授与を拒絶、オーストラリアで開催された映画祭への出演も辞退した。 JAPAN:Kapoor buys shoes from here. Kapoorがここで靴を買う、とある。 たぶん、Raj Kapoor(1924-88)のことを言ってるんじゃないかと思う。 映画「Shree420」の中で唄っている歌の歌詞に、 My shoes are Japanese (俺の靴は日本製) And the trousers are English (俺のパンツは英国製) The cap on my head is Russian (頭の帽子はロシア製) But my heart is Hindustani (でも、俺の心はインドのもの) ってな文句がある。 ・・・こんなイメージしか無いんかい、日本には。 CHINA:Communisit Party of India works for them. Also, cheap and worthless goods. これは相当に風刺的な表現だ。 インド共産党が中国のために働き、中国製のモノは安くて使い物にならない、と言っている。 正確にはインド共産党の理念は中国のそれとは異なるが、インド東部・北東部には毛沢東主義者が解放戦線を張っていたりする。 いずれにせよ、インドの嫌中感情をよく現している。 RUSSIA:Where our weapons come from. インドに流入する武器の出所。 実際のところはどうなのだろうか。 SAUDI ARABIA:Sheiks and Oil. USA wants this. 首長と石油がある、米国がそれを狙っている、とある。 DUBAI:Shopping and jobs. 買物と仕事。 同じ中東地域でも、サウジアラビアとUAEでは随分とかんきょうが異なる。 UAEでは、現地王族は働かず、労働者層は専らインド人などだ。 そのあたりの環境からこの表現になったのだろう。 AFRICA:Poorer than us. 我々よりも貧しい。 インドにしては随分と自虐的な表現だ。 物質的な貧しさについては、客観的に自認しているということか? SOUTH AFRICA:Gandhi was here. Plus cricket. マハトマ・ガンディーが滞在した場所、あとクリケット。 インド国内でガンディー人気が実はイマイチというのは以前書いたとおり(詳細コチラ)。 南アのクリケットの世界ランキングは第4位。 SWITZERLAND:Shah Rukh Khan dances here. ボリウッド俳優Shah Rukh Khanが踊る場所。 インド映画の海外ロケ地ということなのだろう。 元々インド映画のロケ地は、北部のジャンムー・カシミール州と決まっていた(旅行記はコチラ)。 だが、パキスタンとの領土紛争に伴う治安悪化、映画業界の国際化に伴って海外ロケが敢行されるようになった。 BRAZIL:Once every 4 years we support their football team. サッカーのイメージしか無いようで、4年に1度サッカーを応援してるよ、とある。 インドも実はサッカーは盛んで、クリケットやグランドホッケーに次いで挙がる競技種目だ。 今でこそ見る影も無いが、かつてはアジア強豪国の一角を成し、1950年にはブラジル開催のワールドカップに呼ばれている。 しかし、裸足での試合参加をFIFAが禁じた為、なんと大会参加を辞退している。 結局、以降も本戦参加は無し・・・クツ履いて出ておけば良かったのに。 AMERICA:They export jobs. 仕事をくれる存在。 バンガロール、ハイデラバードなどで栄えるTI産業の多くは、米国発のビジネスのアウトソースだ。 CANADA:An extension of Punjab. パンジャブ州の延長。 パンジャブ州に多いシーク教徒との繋がりを言っているのかな。 2000~2002年には、カナダのブリティッシュ コロンビア州の州首相にUjjal Dosanjhが就任、インド系移民初のカナダ州首相として話題になった。 BRITAN:They took our wealth. But, crappy at cricket! 我々の富を奪った、でもクリケットは弱い。 個人的に感じるのは、ここで書いている程、インド人は英国のことを憎んでいないということ。 寧ろ、建築物・線路などのハード、法体系・英語能力などのソフトを伝授してくれたとプラスに捉える人までいる。 なんたるプラス思考、恐るべしインド人。 ふと思い出したので記事にしようと思うのだが、ちょっと前に「東インド会社」が公式に復活した、とのニュース記事を見つけた。
なんでも、ムンバイ生まれのインド人実業家Sanjiv Mehtaが、「東インド会社」のブランドを正式に承継(買収)し、2010年8月にロンドンのConduit Streetに、ストアをオープンさせた。業態は、高級食品店。 2011年は、インドでの店舗展開もあるようだ。 未だに「東インド会社」の称号が生きていたのも驚きだが、そのブランドを買取ってビジネスをするインド人の商魂の逞しさを感じた。 そもそも東インド会社ってどの様な存在だったか・・・。 今更だが、ちょっと調べなおしてみた。 <発祥> もともと「東インド」は、現在のインドのみを指す名称ではなく、インド~東南アジア一帯を指していた。 欧州列強が、大航海時代から植民地支配に動き出した17世紀、イギリス、フランス、オランダ、デンマーク、スコットランド、スペイン、オーストリア、スウェーデンがこぞって、この「東インド」の間接もしくは直接支配を狙って、東インド会社が設立された。 <英国東インド会社の台頭> 今回復活したのは、上述のうち英国の東インド会社だ。 17世紀初頭、インドの直接支配の積極的っだのは、英国のほか、オランダ・フランス・ポルトガルなどだった。 もともと英国はじめとする各国は、本国からインドに送金を行い、そこで廉価でインドの綿花・紅茶を買付けて本国に輸出し、大きな利益をあげるというビジネスモデルを実践していた。 1530年に既にコルカタを支配していたのはポルトガルだったが、1690年にその支配権を奪取すると、1698年にコルカタは英国インドの首都になった。 商業面から東インド会社がインドを支配し、それが英国のインドに対する行政・法律の支配の度合いを深めることとなった。 英国がインドから地税を徴収出来ることとなったのは、コルカタにおいてであり、1765年だった。 この支配の流れは、その後マイソールなどの主要都市にも伝播した。 これによって、英国は東インド会社を通じ、インド内で地税を徴収してその金でインドの名産品である綿花や紅茶を本国に送ることが出来る様になり、インドにおける圧倒的優位性を発揮するに至った。 <英国東インド会社の終焉> 風向きが変わったのは、18世紀後半から。 この頃、英国本土では産業革命が進み、資産家によるインド進出が発生、東インド会社によるインド商圏の経済的独占が困難になりつつあった。 加えて、英国がインドへの軍事支配を強化するに至り、東インド会社が軍事費膨張による財政悪化に陥ってしまった。 その後、英国のインド支配が弱まるにつれて、東インド会社の存在意義も無くなり、19世紀後半にその姿を消した。 今回、135年ぶりに復活した東インド会社、取扱いは高級食品。 店舗HPを見ると、チョコレート、ビスケット、ジャムなんかを販売しているようだ。 味は兎も角として、会社のロゴの入った商品、一度買ってみたいものだ。 8月8日付の各種ニュースで、ハリウッド女優のジュリア・ロバーツが、ヒンドゥー教に改宗した旨が報じられている。
なんでも、新作映画『食べて、祈って、恋をして』の撮影中に影響を受けてのことらしい。 が、如何にもマユツバだ。 広義には改宗は出来るらしいが、それでも改宗後は原則最下層のスードラから現世を再スタートすることとなる・・・ハリウッド女優がそんな現実を許容したとは考えにくい。 また狭義(厳密)には、そもそもヒンドゥー教徒は生まれながらにヒンドゥー教徒であり、途中で他の宗教から乗り換えられるものではない。 僕が、オリッサ州のプリーのジャガンナート寺院を訪れた際にも、ヨーロッパ人でヒンドゥー教徒を名乗る集団に会ったが、寺院には入れて貰えず、外から寺院を眺めていた。 余談だが、この「ヒンドゥー教徒でなければヒンドゥー寺院には入場出来ない」は、敬虔な寺院では未だに残っている不文律だ。 イタリア人でカトリックだったソニア・ガンディーは、上述のジャガンナート寺院へ入ることは許されず、今でも寺院の入口に小さなレプリカが置いてあり、ソニアはそのレプリカを参拝することしか出来ないと言われている。 たぶん、ジュリア・ロバーツが言っている「改宗」とは恐らく、生活様式をヒンドゥー教に倣うということなのだろう。 しかし。。。 欧米のセレブ層で、「スピリチュアル・ヒンズー」なる言葉が持て囃されているそうだが、一方で前近代的だという側面はきちんと理解されているのだろうか。 生まれながらにヒンドゥー教徒で低いカーストに配されている人々は、毎年仏教やキリスト教に改宗をしている・・・その理由は、不条理なカースト差別を免れたいという切な願いからだ。 (ヒンドゥーについての関連記事はコチラを参照) この両極端なムーブメント、貴方ならどう考えるだろうか。。。 1月15日に、インドの28万円カーについて触れたが、同僚がデリーのモーターショー(Auto Expo 2008 Delhi)に行って、更に詳細が判明。
1.名称とスペック 車の名称は、Nano。 内外装別に、価格帯を細かく分けるようだ。 【名称】 Tata Nano 【価格】 Rs.100,000- (約28万円) ローン購入の場合、 3年なら月々Rs.3,200-(約9,000円) 5年なら月々Rs.2,200-(約6,000円) 【寸法】 全長3,100mm x 全幅1,500mm x 全高1,600mm 参考までに、日本の軽自動車の寸法は、 全長3,400mm x 全幅1,480mm x 全高2,000mm 【排気】 623cc 33馬力 2気筒 【駆動】 4速マニュアル 【定員】 5名 【燃費】 20km/L (燃料タンク容量は30L) 【速度】 最高105km/h 【規制】 欧州環境規制Euro4に対応 (因みにインドでこの基準はまだ強制されていない) クラッシャブルゾーン確保 前席シートベルト 2.発売時期 2008年9月より予約受付 3.外観 (1)Base Grade ![]() ![]() スチールホイール、樹脂バンパーの安っぽさは否めないが、見栄えはハッキリ言って普通。 28万円でよくここまで仕上げたと感心してしまう。 (2)高級Grade ![]() ![]() ホイール、バンパーがグレードアップし、高級感が増している。 価格がいくらになるかは不明だが、見栄えが良い。 4.内装 ![]() ![]() 内装は、シンプルというか・・・貧相。 致し方の無いところか。 座席の薄さがとても気になるが、それが幸いしているのか、現行のインドの大衆車の代名詞であるスズキ自動車の「マルチ800」と比べて車内空間は20%も広いんだとか。 計器類は最小限に止められ、ステアリング部分およびアクセル/ブレーキ/クラッチ部分を除いてインパネは左右対称に設計されている。 将来的に、左ハンドル国への輸出も考えているのか!? 番外. インド勢の飽くなき野望 更に驚くべきことに、インド2輪大手のBajaj Autoの「コンセプトカー」も展示されていた。 ![]() こちらも外観上は全く通常の車と遜色無い。 来年くらいの発売になるのだろうか・・・? インドの若者へのマーケティングに定評のあるBajaj。 恐らく、この車もかなりインドの若者層を食っていくことだろう。 インド、いや世界の自動車業界で密かな話題となっていたタタ・モーターズの「ワンラックカー(1 lakh car = Rs100,000 Car)」が1月10日、発表された。
![]() 見た目は、ベンツのAクラスをギュッと詰めた感じで、そんなに貧相なイメージは受けない。 が、内外装のムダの削ぎ落としは、我々の感覚を遥かに超えるもの。 現地新聞記事等によれば。。。 排気量 : 736cc(他紙には600cc、660ccとも) 気筒 : 3 馬力 : 33馬力(原付の50ccより遥かに低い) 最高速度 : 90km(他紙には70kmとも) パワーステアリング : なし パワーウィンドー : なし サイドミラー : 運転席側のみ ワイパー : 前面に1本のみ 速度計 : アナログ タコメーター : なし 上の数字がどれくらいスゴいかというと、スバルが1968年に発表したスバル360ヤングSSが36馬力だったと言えばイメージがつくだろうか。要するに、日本の40年前のスペックと同等ということである。 コストを抑えるために、金属ボルト等を極力使わず、プラスティック部品や接着を多用したとも書いてある・・・剛性や衝突耐性は大丈夫なのか・・・? 因みに、これをインド側では「新しい哲学"不足の精神"が生み出した勝利」・「ガンジー精神を載せたエンジニアリング」とアピールしているらしい。 この車、果たしてインド自動車業界の救世主となるのか? はたまた、交通渋滞の主役となるのか? インドは、周辺国と人類学的、文化的、物理的な影響を与えあってきた。 それは、書物などで読むだけではなく、実際に周辺国を旅してみて実感したことだ。 人類学的・民族的には南インドとモルディヴ・スリランカとの関係が深いし、北東インドとネパール・ブータンと繋がりがある。 文化的には、インド発祥の仏教が周辺国に伝播した跡を色々なところで目にすることが出来た。ブータン、スリランカ、タイなどがその例だ。 ヒンドゥー教と共通項でくくれるのはネパールである。 <インド周辺> (1) スリランカ---(訪問箇所:12) インドの南東に位置する島国。概況はコチラ。 (旅行記)コロンボ、アヌラーダプラ、ミヒンタレー、ポロンナルワ、シーギリヤ、ダンブッラ、キャンディ、ウトワトゥナ、マータラ、ゴール、キャラニヤ、スリジャヤワルダナプラコッテ (2) ブータン---(訪問箇所:3) インドの北東にある国。概況についてはコチラ。 近々、現在の王政から立憲君主制に切替ることが決まっており、良くも悪くも現在のブータンの姿は急速に変わっていく可能性がある。 (旅行記)パロ、ティンプー、タクツァン (3) タイ---(訪問箇所:1) インドの東方に位置する東南アジア地域のタイ。ここも、インドの影響を色濃く受ける国の1つだ。 (旅行記)バンコック(バンコク) (4) ネパール---(訪問箇所:4) インド北方に位置するネパール。概況については、コチラ。 (旅行記)カトマンズ(カトマンドゥ)、パタン、バクタプル、カトマンズ周辺地域 (5) モルディヴ---(訪問箇所:1) モルジブとも。インドの南西にある小さな島国。 概況については、コチラ。 (旅行記)マーレ <北東インド> (22) アッサム州---(訪問箇所:2) 面積7.8万k㎡、人口2,700万人。州都はグワハティ(約7km離れたディスプールと表記されることも)。 農地が豊富で、州人口の3分の1が第1次産業に従事している。同州で産出される茶葉は、アッサムティーとして世界的に愛飲されている。 特に日本人はこの味が濃く色の良く出るアッサムティーを好み(ミルクティーに向いている)、イギリス人がダージリンティーを好むのとは対照的な嗜好だ。 農業以外では、石油を産する地域なのでこれに関連する産業が盛ん。 教育産業も活発で、理工系で世界最高峰とも言われるIIT(Indian Institute of Technology)の一部が州都グワハティにある。 また、自然保護地域があり、絶滅危機種のインドサイの保護区などがある・・・グワハティを訪れたときも、「Rino City(=サイの町)」という看板を良く目にした。 (旅行記)グワハティ、ハジョ (23) ナガランド州---(訪問箇所:2) 面積1.6万k㎡、人口200万人。州都はコヒマ。非常に特徴的な州で、州の約9割が指定部族民で、16の主要な部族が地域に散らばっている。中には首狩り族だった部族もおり、非常に伝統的な生活スタイルを採っていた。その後、英国支配が強まった際に、近代的な生活様式へのシフトを強要され、今では9割以上の州民がキリスト教徒である。 食生活は、中央インドとは全く異なり、鶏肉・豚肉は勿論牛肉も食べるし、犬や虫も食べる。 私が訪れたときも、ビーフジャーキーが出た。 州民の見た目も、中国系のルックスで、周囲の田園風景と一緒になると、日本の田舎に来たような錯覚に陥る。 歴史的に日本と繋がりがあり、第2次大戦中に日本帝国軍が進駐してきたことがある。私が訪れたときも、「ジェネラル・サトー(第31師団長:佐藤陸軍中将)を知っている」という州民に会った。 ディマプール、コヒマ (24) シッキム州 面積0.7万k㎡、人口54万人。 州都はガントク。 地理的に大きな特徴を持つ州で、西をネパール、北を中国チベット地区、東をブータンに接している。 歴史的にはブータンに酷似した歴史を辿っており、隣国との領土争いを繰り返していた。 1835年に、英国政府がダージリン地域への支配強化を行った際、シッキム地方も管轄下に入った。 その後、1947年のインド独立に際して、ネルーが条件付でシッキムを属国とし(外交・防衛に関しては英国に権利を残した)、1975年に正式にインドの州に組入れた。 主要産業は農業だが、観光業にも注力し始めている。 (25) メガラヤ州 面積2.2万k㎡、人口232万人、州都はシロン。 南をバングラデシュ、北~東部をアッサム州に接する。 指定カースト者が州民の86%を占める。 手付かずの自然が多く残っており、鉱物資源が比較的豊富。 また、気候特性上非常に降雨量が多く、チェッラプンジ(Cherrapunji)は年間降雨量のギネス記録を持っている。1974年の年間降雨量は実に24,555mm---屋久島の歴代最大年間降雨量が6,300mmと聞けばチェッラプンジの降雨量の凄さが分かるだろうか。 (26) アルナーチャル・プラデーシュ州 面積8.4万k㎡、人口109万人、州都はイタナガル。 インドの最北東部に位置し、西をブータン、北~東部を中国チベット地区に接している。 同地域の自治独立、中国と英領インドとの領有問題などを経て、1987年にインド政府が州を設置、現在に至る。 インド中央政府にとって同州は、基幹産業に乏しく収益性のある地域ではないが、中国との国境ということで非常に注目されている。 最近大きく問題視された事件としては、こんなのがある。 同州の役人が中国に入って研修・視察を行う際に、インド政府が中国政府に対してビザの申請を行ったが、中国政府は「アルナーチャル・プラデーシュ州の人間は中国の同胞なので、ビザは不要」としてビザ発給を断った、というもの。 外国人が同州に入る際にも、入域許可が必要で、これがなかなか降りないという。降りても、そこらじゅうが写真禁止区域で、私の知人などは何気なく景色をパチリとやったところ、警官に取押えられ留置場に入れられそうになった。なんでも写真を撮った中に橋梁があり、これが軍事機密漏洩に繋がる、というものだったそうだ。 非常にピリピリした地域だ。 (27) ミゾラム州 面積2万k㎡、人口89万人。 州都はアイザワル。 インド東部に位置し、バングラデシュよりも東に位置している。 前述のナガランド州のナガ族同様、ミゾ族(ミゾラムの主要民族)も前近代的・迷信的な自然信仰を背景に、生贄や首狩りといった風習を持っていた。その後、英国による近代教育によって、州民の殆どはキリスト教を信仰するようになり、英国文化の影響を強く受けた独自の文化を育んだいった。 その恩恵を活かす形で、現在も基幹産業の農業に次いで盛んなのは、英語を活かしたIT産業等であり、州民の識字率は実に88%を超える(インド内ではケララ州に次ぎ第2位)。 (28) マニプール州 面積2.2万k㎡、人口217万人。 州都はインパール。 インド東部に位置し、東をミャンマーに接する。 上述のミゾラム州同様に、英国支配の影響を強く受けた地域で、州内の3分の1がキリスト教徒である。 主要産業は農業。 前述のナガランド州のくだりでも触れたが、第2次世界大戦時、非常に日本と関わりの強かった地域だ。 「インパール作戦」と聞けばピンと来る人もいるだろうか。 大日本帝国最大の愚策と言われた作戦(作戦の詳細内容はコチラで記した)の到達目的地がインパールだった・・・。 (29) トリプラ州 面積1万k㎡、人口319万人。 州都はアガルタラ。 北部~西部~南部をぐるっとバングラデシュに囲まれるような地理的立地。 現バングラデシュが東パキスタンとして英国から独立をした際、大量のヒンドゥー教徒が棲家を追われてこの地域に流入してきた。 その関係で、州内の人口構成も80%以上がヒンドゥー教徒、主要言語はベンガル語となっている。 <そのほか連邦直轄領> (30) アンダマン・ニコバル諸島---(訪問箇所:1) ポート・ブレア (31) ダードラー・ナガルハヴェリ (32) チャンディーガル (33) ダマン・ディーウ (34) ポンディシェリ (35) ラクシャディープ ※ 私は行けなかったが、コチラに詳細記事があります。 レポート2-⑥に続く。 < 前のページ次のページ >
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