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今日から、アッサムティーが飲めなくなる!?
 恐らく、殆どのインド人ならびに在印駐在者は知らないと思うが、昨日で「アッサム州」が無くなった。

 インド北東部に位置し、北をブータン、南の一部をバングラデシュに接するこの州は、周知の通り、紅茶で世界的に有名で、インド国内の紅茶生産の実に6割以上がここで生産されるという。
 また、インド併合時のいきさつが複雑で、インド中央から充分なサポートが得られない等の理由で、少し前まで独立運動が頻発していた。中でも、ULFA(アッサム統一解放戦線)の活動は活発・過激で、今でもブータン・バングラデシュに拠点を持って、密かに活動しているとも言われている。
 勿論、現在はテロが頻発するような事も無く、州都グワーハーティを中心に治安も保たれており、他の北東諸州と異なり、特に入域許可も要らない。

 で、話を戻すと、現在の呼び名「アッサム」は、イギリスが命名したものだ。
 この呼び名を、植民地化前の名前に戻そうというのが、今回の話で、昨日の州議会で、「アッサム」から「アソーム」になることが決定、即日発効した。

 なので、皆が昨日まで飲んでいたアッサムティーは、今日からアソームティーなのです!
 ・・・御後が宜しいようで・・・。
by bharat | 2006-02-28 13:36 | ふと思うこと
第46回旅行は、未開の仏跡 ラトナギリ、ウダヤギリ、ラリトギリ
e0074199_1343651.jpg ブバネシュワルの北東約100km、カタックの郊外の丘陵地帯に仏教遺跡が広がっている。


旧都カタック
e0074199_1475293.jpg ブバネシュワルの旅行記でも触れたが、カタックは、元々ブバネシュワルの双子都市というべき構造で、長らくこの地域一帯の首都、オリッサ州都として栄えていた。
 周囲を2本の川とベンガル湾に囲まれ水も豊富、ピーナツや他の穀物を大量に産していた。
 紀元前1~2世紀にカリンガ国がアショーカ王率いるマウリヤ王朝に撃退されていた時期、この一帯は仏教信仰がメインだった。その後、ジャイナ教にとって代わられる(ウダヤギリ・カンダギリ石窟にジャイナ教の隆盛を見ることが出来る)が、カタック一帯には細々と仏教信仰が続いていたものと推測される。
 1~12世紀という長きに亘り、仏教大学などの施設があったらしい。

 カタック郊外に点在する、このラトナギリ・ウダヤギリ・ラリトギリの3つの仏教遺跡も、その一部だ。1958年から本格発掘が始まり、今だ作業途上である。


ラトナギリ(Ratnagiri)遺跡
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e0074199_15332234.jpg 現地語で「宝石の丘」を意味するこの遺跡からは、4~5世紀に造られた仏像が数多く発掘されている。
 僧院跡も多数見られ、当時ここに仏教大学があったことを示している。
 規模から推定して、当時約10,000人の仏教僧たちがここで学習していたと言われる。
e0074199_14211511.jpg 遺跡の入口には、立派な彫刻を施した緑色の門。
e0074199_14231186.jpg 敷地内には、安置(というか仮置きに近いが)された仏陀坐像や・・・
e0074199_1424366.jpg 周辺彫刻の一部が放置されている。
e0074199_15273286.jpg 今でも、屋根しか見えていないような、埋没した遺跡が沢山あり、地道な発掘作業が進められている。
e0074199_152914.jpg 遺跡の敷地のすぐ外側には、真新しいヒンドゥー寺院が威圧するように建っている。
 遺跡の発掘作業が始まった直後に、地元のヒンドゥー教徒たちが急遽この寺院を建てたのだという。
 仏教徒を威嚇するように建てられたこの寺院・・・ヒンドゥー教徒が約9割という地域特性からすると無理も無いか。


ウダヤギリ(Udayagiri)遺跡
e0074199_15431180.jpg 続いては、ウダヤギリ遺跡。
 入口は御覧の通り・・・現地ガイド随行でなければまず分からないな・・・。
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e0074199_1546610.jpg 広い敷地のほぼ中央にストゥーパ(仏塔)が配されており、その周辺に僧院などがある。
 煉瓦で出来たこれらの建物は、6~7世紀くらいに建てられたものだという。
e0074199_1548287.jpge0074199_15515181.jpg ストゥーパの四方に凹みがあり、夫々仏像が安置されている。
 指を5つとも開いたムドゥラ(手の形)は、他ではあまり見ない気がするが・・・。
e0074199_1550322.jpg 周辺の建物は長方形で、最奥に仏陀像を配する様式をとっている。
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ラリトギリ(Lalitgiri)遺跡
e0074199_1653940.jpg 3箇所目は、ラリトギリ。
 3ついの遺跡の中では群を抜いて古く、1世紀頃のものだと言われている。
e0074199_1671774.jpg アップダウンの激しい敷地内に、ヴィハーラ(僧院)やチャイティヤ(塔院)が並ぶ。
e0074199_1691861.jpg 敷地のはずれには、長い階段があり、これを登ると・・・
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e0074199_16134355.jpg 巨大なストゥーパが出現。
 煉瓦が剥き出しになっているが、当時は漆喰で表面仕上げされていたに違いない。
 一段と標高の高いこの丘からは、辺りを一望出来る。
e0074199_16151170.jpg 発掘現場では、女性が数多く見られ、
e0074199_16154680.jpg 遺跡周辺の集落では、子供たちが仏陀石像を手彫りしていた・・・土産物かな?



周辺施設
e0074199_1321826.jpg ラトナギリ遺跡の入口付近に、これら3つの仏跡の発掘物を展示している博物館がある。
e0074199_1324022.jpg 展示方法もバラバラで、係員のレベルも低いが、各遺跡の発掘作業が進んで大量の発掘物が出てくれば、巨大な博物館を構えてこれらを体系建てて陳列するようになるだろう。
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e0074199_16131250.jpgまた、この博物館の向かい側では、宿泊施設を建築していた。
政府系建設会社が工事しているちいうのだが、政府役人用の施設か、あるいは一般に開放されるのだろうか・・・。



オススメ度(100%個人主観)

    ★★★★★ ・・・ 保存状態こそ良くないが、いずれインド最大級の仏跡になるかも!?

所要観光時間

    3~4時間
by bharat | 2006-02-27 10:30 | インドぶらり旅
第45回旅行は、ウダヤギリ石窟・カンダギリ石窟
 ブバネシュワルの西のはずれに、石窟群が道を挟んで向かい合っている。

ウダヤギリ(Udayagiri)石窟
 紀元前2世紀頃、ここ一帯はカリンガ国の領国だった。
 その首都は、ダウリから約10kmにあるシシュパールガルというところにあり、支配領域は南インドにまで及んだ。
 最終的には、マウリヤ王朝のアショーカ王との大激闘に敗れ、衰退した。

 そのカリンガ国の王カラバルが篤く信仰したのがジャイナ教。
 ここウダヤギリには、ジャイナ教徒たちが瞑想するために掘った石窟寺院群が残っている。
 その殆どは、紀元前2~1世紀に建てられた。
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e0074199_425825.jpg 全部で18個の石窟があるが、完成度の高い石窟は数えるほど。
 これは、第1窟。
 Queen's Cave(王妃の石窟)を呼ばれるこの石窟は、2階構造。
 各部屋の入口はアーチ状になっており、壁面には当時の戦い、踊り、祈りの様子が彫刻されている。
e0074199_514541.jpg 山を奥方に登って行くと、また立派な石窟が出てくる。
 両脇に大きな象の石像を配したこの石窟は、第10窟Ganesh Cave(ガネーシャ石窟)。
 金網の向こう側には、ガネーシャ像が祀られている。
e0074199_5245444.jpg 第10窟から奥へ進み、奇妙な形の第12窟へ。
 これは、Tiger Cave(虎の石窟)。
 虎の口が部屋の入口になっているというポップな造りだが・・・耳は取れちゃったのだろうか。
 虎の雄雄しさは感じられず、ちょっと間の抜けた印象だ。

e0074199_649820.jpg 紀元前の建立だというこの石窟群だが、排水路が至る所に掘られていて、カリンガ国が高い技術水準にあったことを示している。


カンダギリ(Khandagiri)石窟
 道を挟んだ丘に建つのは、カンダギリ石窟群。
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e0074199_6252518.jpg 丘の頂上に寺院が見え、その中腹に石窟が並んでいる。
 夫々の建立時期はバラバラで、このジャイナ教寺院は19世紀に建てられた。
e0074199_6272514.jpg 本堂内には、大理石の祖師の像が安置されている。
e0074199_6354496.jpg 丘の中腹の一辺には、保存状態の良い第2窟。
 彫刻がウダヤギリの石窟に酷似しており、紀元前1世紀頃の建立と言われている。
e0074199_646840.jpg 反対側の中腹には、壁面の高いところにジャイナ教の祖師を掘り込んだ跡が残っている。
 これは、石窟というより壁面彫刻といった感じで、中世(11~15世紀)に掘られたもの。


e0074199_6532472.jpg ウダヤギリ石窟群に入れるべきか分らないが、ふもとにはジャガンナート神を祀るヒンドゥー教寺院がある。
e0074199_6561430.jpg 入口には、ポップなライオン像。
e0074199_655735.jpg ・・・坊さん、爆睡してます・・・。



オススメ度(100%個人主観)

     ★★★☆☆ ・・・ 2世紀と19世紀のジャイナ教施設が並んでいるのが不思議

所要観光時間

     2時間
by bharat | 2006-02-26 10:30 | インドぶらり旅
第44回旅行は、ジャガンナートの棲家プリー
e0074199_15163890.jpg オリッサの州都ブバネシュワルから車で小1時間、ベンガル湾沿いの小さな町プリー(Puri、プーリとも)に到着する。



ジャーイ・ジャガンナート!!
e0074199_1565442.jpg ヒンドゥー教の神様の中で、一際異彩を放つジャガンナート神
 クリシュナ神の化身の1つとされているが、オリッサ州の自然信仰によって生まれた独特の神だ(彼は元々、木の神様というステータスだった)。
 そのジャガンナート神を祀る寺院が、ここプリーにある。


 ここプリーは、ヒンドゥー教徒たちにとっての聖地であり、プリー(オリッサ州)・ドゥワルカー(グジャラート州)・バドリナート(ウッタランチャル州)・ラーメシュワラム(タミルナドゥ州)を「4大聖地」と呼んでいる。
 街行く人々・土産屋の人々は、合言葉のように「ジャーイ・ジャガンナート!(ジャガンナート様、万歳!)」と唱え、のどかな海辺の村と狂信的なヒンドゥー色とが混じり合った、不思議な印象の町だ。
e0074199_1572186.jpg 毎年3月には、ラート・ヤートラ(Rath Yatra、Car Festival、山車祭)が行われ、ジャガンナート・スバドゥラ・バルバドゥラ3兄弟を夫々山車に乗せて、街道をゴロゴロ転がすのだという。
 この写真は私が直接撮ったものではないが、凄い人出である・・・直接参加したい気もするが、モミクチャにされること間違い無い。
e0074199_1516217.jpg 因みに、私が行ったときに撮った町並みはこちら。



異教徒禁制の寺院を拝むには・・・
 ここにある、ジャガンナート寺院は、異教徒禁制。
 中に入るのはおろか、周囲は壁に囲まれており、寺院の外観すら良く見えない。

 せめて外観だけ、ということなら、この寺院の向かいにある図書館の屋上から観ることが出来るのだ。

 図書館の管理人も手馴れたもので、拝観料(本人は御布施と言っていたが)を徴収してくる。

e0074199_1518547.jpg 3~4階建の建物を登っていくと、最上階には大量のヨーロッパ人が。
 皆、ヒンドゥー教徒らしく、似合わないインド服をまとっていた。


 屋上に出て、寺院の方向に目を転じると・・・
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 立派な寺院構造の全貌を見ることが出来る。
 1198年に建立されたこの寺院群は、最奥部に高さ58mの屋根のある本堂を配し、頭頂部にはヴィシュヌ派寺院の象徴のチャクラ(法輪)が。
 少々ややこしいが、ジャガンナート神はクリシュナ神の化身。クリシュナ神はヴィシュヌ神の化身。つまりジャガンナート神は、ヴシュヌ神の化身の化身というわけだ。


寺院周辺の様子
e0074199_15335321.jpg 寺院の前には、1本の柱。
 これは、コナーラクの太陽寺院から運んできたもので、戦勝記念に持ってきたのだという。


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 大通り沿いの土産屋は、まさにジャガンナート一色。
 置物やら壁掛けやらキーホルダーやらが、処狭しと陳列されている。


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 オートリクシャーのフロントにも、ジャガンナートのドングリまなこが。
 「おぉ・・・信心深いですね」ではなく、「おぉ・・・コミカルでカワイイですね」と言いたくなるのは、私だけだろうか・・・?


オススメ度(100%個人主観)

    ★★★★☆ ・・・ このコミカルな神様に本気で没頭するヒンドゥー教徒たち(インドの神秘)

所要観光時間

    1.5時間
by bharat | 2006-02-25 10:29 | インドぶらり旅
第43回旅行は、手工芸品の村ピプリ
 ブバネシュワルコナーラクプリーの中間にある小さな村ピプリ(Pipli)。

物産店と土産物
e0074199_7104534.jpg この小さな集落には、クッションカバー、敷物、タペストリー、籐の編み物の販売する小さな店が立ち並ぶ。
e0074199_7113170.jpg 店で売っていたもの。
 プリーのジャガンナート神をモチーフにしたタペストリーと・・・
e0074199_7133298.jpg コナーラクの太陽寺院の車輪をモチーフにしたタペストリー。



オススメ度(100%個人主観)

   ★★★☆☆ ・・・ ここなら、プリー・コナーラク両観光都市の土産を一緒に買える

所要観光時間

   30分
by bharat | 2006-02-24 10:30 | インドぶらり旅
第42回旅行は、世界遺産の太陽寺院(コナーラク)
 ブバネシュワルから南東に約70km。
 世界遺産の太陽寺院のあるコナーラクに到着。

太陽寺院(Surya Temple)
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e0074199_524344.jpge0074199_525564.jpg 13世紀に建てられたこの壮大な寺院(1,200人が16年かけて作られた)。
 ときの王朝東ガンガ朝のナラシンハデーヴァ1世がイスラム勢力への勝利を機に建てたといわれる。
 文字通り、太陽神スーリヤを祀るこの寺院は、元々はもっと大規模な構造物だった。
 前面にはダンスホールを配し、その後ろには7頭の馬に挽かれた24つの車輪の馬車を模した寺院という構造。その寺院も、今残る高さ38mの屋根のあるオーディエンスホール(集会所)のさらに後部には倍近くの屋根をもつ本堂があったという。17世紀、海賊の巣窟と化していた(当時は、この寺院のすぐ近くに海岸線があった)この寺院の本堂が崩落した。今でも、残る建造物は不安定で、補強建築が施されている。


ダンスホール
e0074199_5373936.jpg 5mの台座の上に建てられたダンスホール。
 ちょうどこの高さが海抜0m・・・日の出/日の入の際には陽光が真横からこのホールに差し込むのだそうだ。
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集会所
e0074199_5531956.jpg この建物は、下の方の保存状態が良い。
 車輪とその周囲には、細かい彫刻が綺麗に残っている。
e0074199_5534387.jpg 車輪は、女性の生活を示しており、8本のスポークが3時間ずつ仕切っている。
 女性の艶かしい曲線美は、カジュラホの彫刻に似ている。



スーリヤナラヤン寺院
e0074199_6414283.jpg 敷地内、最奥に位置するこの寺院。
 煉瓦製の建物は9世紀頃の建立とされている。


マヤデヴィ寺院
e0074199_6432861.jpg ナラシンハデーヴァ1世の父親が、建てたものと言われる。



オススメ度(100%個人主観)

     ★★★★☆

観光所要時間

     2時間
by bharat | 2006-02-23 10:30 | インドぶらり旅
第41回旅行は、凄惨な古戦場ダウリ
 オリッサ州の州都ブバネシュワルからコナーラクに向かう途中、ダウリ(Dhauli)という小さな集落がある。
 車で国道を流していると危うく通過しそうになるが、ここは歴史上とても大事な場所だ。

ここからアショーカ王の仏教信仰が始まった
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e0074199_7285556.jpg マウリヤ王朝第3代アショーカ王(位 前268~前232年)は、王位継承後、ただちに強大な軍力をもって、この地を治めていたカリンガ王国と戦った。
 このカリンガ戦争は壮絶・凄惨を極め、捕虜となった15万人のうち、10万人が殺されたという。この悲惨な結果を多いに後悔したアショーカ王は、仏教に改宗し、不殺生を唱えるようになたという。
 その詔を記した石碑がこれだ。
 象の彫刻を施した岩に囲まれるように保存されている。

 彼は厚く仏教を信仰し、ブッダガヤーの菩提樹を詣でたり、仏経典を編纂したり、建立済のストゥーパ(仏塔)にあった仏舎利を更に分散して多くのストゥーパを領内各地に新設したりした。
 また、彼の基本理念は仏教以外の宗教にも共通するとして、全ての宗教信仰を寛大に認めたという。


平和の塔
e0074199_7351910.jpg 仏教史上、ここが仏教の勃興・隆盛の地だという認識から、日本妙法寺(詳しくはこちら参照)が1970年代にここに真っ白なストゥーパを建立した。


近所のハヌマーン寺院
e0074199_7392267.jpg 仏教とは関係ないが、この集落の近くに、格別のインパクトを放つヒンドゥー寺院がある。
 地元政治家が建てたものらしい。
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オススメ度(100%個人主観)

     ★★★☆☆ ・・・ 通り過ぎないように注意

所要観光時間

     30分~1時間
by bharat | 2006-02-22 10:30 | インドぶらり旅
第40回旅行は、オリッサの玄関口 ブバネシュワル
 今回から第46回までは、オリッサ(Orissa)州。
 州都であり、空の玄関口であるブバネシュワル(Bhubaneswar)から。

オリッサ州について
 オリッサ州は、かつてカリンガ(Kalinga)王国が栄えた地域だ。
 あまりこの王国については、記録が残っていないらしいのだが、今のインド東部~インドネシアに至る海域を支配する一大国家であったようだ。皮肉にも、この王国が大きく歴史に登場するのは、紀元前260年にマウリヤ朝のアショーカ王が征服したときだ。
 アショーカ王が仏教に改宗したことから、以降、同地域は仏教が広く民衆に支持されるようになった。その後、紀元前1世紀頃からは、ジャイナ教が広まり、ついで7世紀頃からはときのケーサーリー王朝によってヒンドゥー教が広まった。ガンガ王朝(10世紀頃)になってヒンドゥー教は大きく栄え、この隆盛はムガル帝国がオリッサに侵攻する16世紀まで続いた。

 もっとも、「かつて」文化的に栄えたと言っただけで、現在も多いに栄えている訳ではない。
 デリーやムンバイの人々は、ときとしてビハール州やオリッサ州を後進的な州の代名詞のように言う。
 この行為自体は決して褒められたものではないが、一方で事実でもある。
 オリッサ州のGDPは他州に比べると低いし、山間部族が州内人口の4分の1を占めることから、カースト差別による虐げや教育水準の低さなどは確かに存在する。

 この現象の大きな要因は、州の産業構造にあるように思える。
 主要産業は、州内の豊富な鉱脈を活かし重工業では鉄鉱業が盛ん。ダイヤやトパーズなどの宝石も産出する。だが、これらの恩恵を享受するのは一部の富裕層もしくは外資だけで、その多くはインドの都市部あるいは最寄のパラディープ(Paradip)港から海外に輸出される。
 地元民は、安い賃金で鉱山で働いたり、儲けの少ない軽工業(金銀細工・テキスタイル)で生計を立てている。


ブバネシュワル・カタックについて
 オリッサ州都ブバネシュワルとこれに隣接する都市カタックは、元々双子都市というべきか、極めて似た2つの都市構造をしていた。その後、双方の都市が飽和状態(双方とも100万人弱の人口規模)になり、その周辺に都市機能が拡大していった。

 カタックは、その水に恵まれた地域特性(南北を大きな川・東をベンガル湾に接している)が逆に災いし、大規模な堤防工事を施さねば水害を被る危険性が高いという調査結果が出たことにより、州都は双子都市のもう片方のブバネシュワルに移された(1948年)。

 以降、ブバネシュワルはオリッサの州都となった。



ヒンドゥー寺院群
e0074199_5165169.jpg ブバネシュワルという都市名は、「ブワン(三界)」と「イーシュワル(神)」の複合語、つまりシヴァ神を意味している。ここには、ヒンドゥー教が大きく栄えた上述の7~16世紀に、たくさんのヒンドゥー寺院が今も残っている。その数は、残っているものだけでも、数百と言われている。
 人口は、100万人に欠ける中規模の都市だが、商店街や住宅街の中に残存する寺院を見ると、数百年前の寺院が今も住民の生活の中に溶け込んでいることを実感出来る。


パワシュワメーシュワル寺院(Parashwameshwar Mandir)
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e0074199_644956.jpg 650年頃に建てられた寺院で、シヴァ神を祀っている。
 寺院の外にもシヴァリンガ(男根)が祀ってあるし、本堂にもコブラが巻き付いているリンガが。
e0074199_6132860.jpg 寺院の外側の彫刻は、1,300年経過しているとは思えない位、良く残っている。
 ヒンドゥー神の彫刻だけでなく、当時の生活も描かれている。
 これは、王族の権力の象徴だった象の行進。
e0074199_6255435.jpg これは、ヒンドゥー神の彫刻なのだが、しょっと珍しい。
 全員女性(女神)なのだ。
 一番手前のガネーシュ女神は、かなり滑稽な感じだが・・・。

ムクテーシュワル寺院(Mukteshwar Mandir)
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e0074199_6362669.jpge0074199_6371987.jpge0074199_6381315.jpg
e0074199_6393418.jpg この寺院は、10世紀頃の建立。
 小ぶりだが、全体構造と彫刻が特徴的。
 まず、寺院の入口に、立派な門がある。これはトラナ(塔門)という、インドの仏教建築様式の影響を反映したもの。また、寺院壁面の深い彫刻は、仏教やジャイナ教の影響を受けている。
e0074199_639442.jpg 裏手の貯水池から通じる給水口には、厳重に鍵がかけられていて、年に1回の祭りのときにしか解放されず、しかも高額の御布施を投じて買わなければならないのだという。

シッデシュワル寺院(Siddheshwar Mandir)
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e0074199_148382.jpge0074199_1485280.jpg 10~12世紀頃の建立で、ふっくらとしたオレンジ色のガネーシャ像が特徴的。

ケダル・ゴウリ寺院(Kedar Gouri Mandir)
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e0074199_1412164.jpg シヴァ神を祀ったこの寺院には、異教徒は入ることが出来ない。

ヴァイタール寺院(Vaital Mandir)
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e0074199_14133413.jpg 8世紀に建てられたこの寺院では、ヒンドゥー教の中の、タントリズム(性交を通じて神との一体化を実現しようとする最古の信仰様式)が強調されている。
 3人のタントリ神を祀っているので、屋根に3つの頭頂部がある。
e0074199_14135385.jpg カテゴリー的には、カジュラホの寺院群と同じということか。

リンガラージ寺院(Lingaraj Mandir)
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e0074199_14412343.jpg 11世紀の建立。
 リンガの名が示す通り、シヴァ神を祀っている。
 無数の寺院が敷地内にコンプレックスを形成しており、興味深い構造だが
残念ながら異教徒は外からしか見ることが出来ない(ソニア・ガンジーも泣く泣く外から拝んだという)。
e0074199_14164250.jpg 2月のシヴラトリ祭、4月の山車祭り、6月の結婚祭では、辺り一帯が多いに盛上がる。
 本堂のリンガは2つに割れているが、これは13~14世紀のイスラム勢力によるヒンドゥー教弾圧によるもの。

マナンタバシュデーブ寺院
e0074199_14145981.jpg 後述するビンドゥ・サーガル(人造湖)沿いにある寺院。
 ヴィシュヌ神を祀っている。
 ヒンドゥー教徒以外、入ることが出来ない。

ラージャラーニ寺院(Rajarani Mandir)
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e0074199_14201213.jpg 11世紀建立。
 痛みが激しかったが、1905年に大規模な修復工事がなされた。
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パスカレシュワル寺院(Paskareshwar Mandir)
e0074199_14214416.jpg 11世紀建立。
 パスカレは、太陽神を意味するが、本堂には、シヴァリンガを祀っている。

メゲシュワル寺院(Megeshwar Mandir)
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e0074199_14234978.jpg この寺院も11世紀の建立。
 ここの最高司祭は、女性。
 15歳のときより、60年間この寺を守っているのだという。

ブランメシュワル寺院(Brahmeshwar Mandir)
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e0074199_1427317.jpg 11世紀建立。
 パンチャヤタナという、5つの正方形状の建物が、ちょうどサイコロの5の面のような構図で建っている建築形式。
 シヴァ神を祀っている(司祭がシヴァ神の三叉戟を持ってきて見せてくれた)。


その他
ビンドゥ・サーガル(Bindu Sagar)
e0074199_14285537.jpg 人造湖。
 ヒンドゥー教徒たちが沐浴する一方、日々の洗濯などもここを活用しているようだ。

部族博物館(Tribal Museum)
e0074199_1430918.jpg 州立の博物館。
 デリーに住んでいると、Tribalという言葉自体日頃耳にしないが、ここオリッサ州では今も山岳部族などが多数いる。
 州内には、62の部族がおり(なんとアフリカ系までいるという)、これはインド各州の中で3番目に多い数字だと言う。
e0074199_14415246.jpg 部族カーストに属する者は、ここブバネシュワル市内だけでも、約800,000人もいるという。

オリッサ近代美術画廊(Orissa Modern Art Gallery)
e0074199_14304720.jpg 近代美術だが、ヒンドゥー教をモチーフにした絵画・彫刻もあり、そのデザインの奇抜性は見ていて楽しい。
 因みに、とても小さな画廊なので、ものの5分くらいで見終わってしまう。
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オススメ度(100%個人主観)

   ★★★★☆ ・・・ 沢山のヒンドゥー寺院を落着いて観光出来る

観光所要時間

   約6~8時間
by bharat | 2006-02-21 10:30 | インドぶらり旅
第39回旅行は、ヒンドゥー教徒の聖地ガヤー
 仏教徒の聖地ブッダガヤー(ボードガヤー)に程近く、ヒンドゥー教徒の聖地ガヤー(Gaya)がある。
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e0074199_210597.jpg ここガヤーは、ヒンドゥー3大聖地と呼ばれており、ヴァラナシアラハバードと並んで、ヒンドゥー教徒たちが最も訪れたいと心を寄せる場所だ。
 ヴァラナシはガンジス川い沿った古都、アラハバードは3聖川(ガンジス川・ヤムナー川・サラスワティー川)の合流地点、ここガヤーにはガンジス川の支流が流れている。
 ガヤーは、先祖供養の地として有名で、ここで御参りすることで、地獄に行った祖先を天界に、天界にいる祖先を不死にし、参詣者自身も解脱に至ることが出来る。

 

ヴィシュヌパド寺院(Vishnupad Mandir)
e0074199_222710.jpg マディヤ・プラデーシュ州のインドールの女王アハーリヤー・バーイーが18世紀後半に建立したもの。
 比較的新しい寺院だが、ここには先祖供養をするべくインド中のヒンドゥー教徒が集まる。
 異教徒は入れないが、塀の外から立派なシカラ(砲弾のような形状の屋根)が見える。


ブラフマジュニの仏跡・ヒンドゥー寺院
e0074199_3112486.jpg 町のはずれに、小高い丘とその上に何か見える。
e0074199_315517.jpg 何百段という階段を炎天下の中登って行くと・・・
e0074199_3211912.jpg 黄金色の仏陀像が安置されている。
 こんな重たいもの、どうやってここまで持ってきたんだろうか。
e0074199_3214867.jpg 仏像の更に奥、崖っぷちには仏足石が置いてある。
 ここから周りの町・集落を一望出来る。
e0074199_3463688.jpg 更に階段を登ると、オレンジ色に塗り固めた洞穴が。
 穴の両端が空いており、参拝者たちが次々にここを這いつくばりながらくぐっていた・・・何の御利益があるのかな?
e0074199_3565147.jpg 丘の頂きには、小ぶりなヒンドゥー寺院がある。


オススメ度(100%個人主観)

   ★★★☆☆

観光所要時間

   3~4時間
by bharat | 2006-02-20 10:30 | インドぶらり旅
第38回旅行は、ブッダガヤー(ボードガヤー)
 仏教の祖ブッダが悟りを開いたとされる地が、ここブッダガヤー(ボードガヤー、Bodhgaya)。
 インドだけでなく、各国の仏教寺院が立ち並ぶ独特の街並みを形成している。
 日本の寺院やゲストハウス等もあり、日本人観光客を見かける事も珍しくない。

悟りの地
e0074199_4192727.jpg ホテルの受付にも仏陀像があるくらい、仏教に染まった場所、ブッダガヤー。
 ここは、ゴータマ・シッダールタが35歳のとき、悟りを開き、ブッダ(悟りを開いた人)となった場所だ。彼が瞑想した樹は、菩提樹と呼ばれるようになった。



世界遺産 大菩提寺
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e0074199_4403693.jpg このユネスコ世界文化遺産に指定されている巨大な寺院は、アショカ王が紀元前3世紀に建てた仏教寺院が原型だと言う。
 その後、紀元後2世紀、11世紀、19世紀に手を加えられて今の姿になった。
e0074199_444628.jpg 入口から垣間見れる金色のブッダ。
 本堂に入ると、多くの参拝者に囲まれた大きなブッダ坐像を拝むことが出来る。
 定期的にガラスが開けられ、掃除されている。
e0074199_4475725.jpg 寺院の外周には、菩提樹があり、一般参拝者、袈裟を着たアジア人の僧たちがしきりに祈っていた。
 因みにこの菩提樹、分け木してスリランカのアヌラーダプラの渡ったものを再度分け木してブッダガヤーに持ち帰ったものだそうだ(元々ブッダガヤーにあった菩提樹は枯れてしまった)。
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各国の仏教寺院
 この街並みを特徴的なものにしているのが、各国の仏教寺院だ。
 通りに、全く雰囲気の異なる仏閣が並ぶ様は、ここならではだろう。
ブータン
e0074199_6282166.jpg チベット仏教が特徴の寺院。
e0074199_75562.jpg 極彩色の壁・天井が綺麗だ。
 後日、ブータンを旅して、このような建築物・仏像を沢山を見ることが出来た。
(詳しくはブータンパロティンプータクツァン参照)

中国
e0074199_79387.jpg こちらは、中国の寺院。
 外見こそ地味だが・・・
e0074199_713402.jpg 本堂の中の3連仏像は実に豪華。

日本
e0074199_7174621.jpg 勿論、日本の寺院もある。
 敷地もかなりのもので、敷地内には鐘、仏塔(ストゥーパ)などが配されている。
 本堂には上品な仏像、庭園には巨大仏陀坐像がある。
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タイ
e0074199_750761.jpg ド派手な三角屋根が特徴のタイの寺院。
 中の仏像や壁画も派手。
 後日、タイに訪れた際に、同様の配色の寺院を観た(こちらバンコク旅行記参照)。
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ネパール
e0074199_8185179.jpg こちらはネパール寺院。
 ブータンと同様、チベット仏教色が特徴的。
e0074199_8193093.jpg 他の寺院と空気が異なり、僧たちが経をあげており、厳かな雰囲気。



スジャータの家
e0074199_23564847.jpg 市の中心を少し離れたところにある。
 スジャータは、悟りの境地を発見出来ないシッダールタ(ブッダは悟りを開いてからの名前)に乳粥を施した女性。
 シッダールタはその21日後、菩提樹の下で悟りを開き、ブッダとなる。
e0074199_016128.jpg スジャータ・・・どこかで聞いた名前だと思ったら、コーヒーミルクのブランド名だ。
 めいらくグループのこの商品のキャッチコピーは褐色の恋人。
 こんなところで、インドの史跡と日本の商品がリンクするとは。



スジャータ寺院
e0074199_0235167.jpg 村落にあるスジャータ寺院には、スジャータがブッダに乳粥を差出す場面を再現した像を見ることが出来る。



ドゥンゲシュワリ石窟寺院
e0074199_0423665.jpg シッダールタがブッダガヤーで悟りを開く前に、苦行を行った場所だと言われている。
 平原に突然現れる岩山のふもとには、観光バスやタクシーなどが大挙していた。
e0074199_0444492.jpg 階段を登って行くと、岩をくり貫いた御堂が出てくる。
 中では、護摩を焚いており、外にまで煙がもうもうと垂れ込めていた。
e0074199_048355.jpg 余談だが、駐車場と御堂を繋ぐ通路・階段には、乞食がたくさんいた。
 喜捨を求めているのだが、果たして彼らは仏教徒なのだろうか・・・?



オススメ度(100%個人主観)

    ★★★★☆

観光所要時間

    5~6時間
by bharat | 2006-02-19 10:30 | インドぶらり旅