<   2006年 03月 ( 23 )   > この月の画像一覧
第52回旅行は、巨大城郭都市マーンドゥ

 マディヤ・プラデーシュ州南西部最大の見所とも言える、マーンドゥ。
 詳細説明は後日するが、まずは写真のみUPする。

街並み
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南集落
ルプマティ・パビリオン(Roopmati Pavilion)
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バーズ・バハドゥール・パレス(Baaz Bahadur's Palace)
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レワ・クンド(Rewa Kund)
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北集落
ヒンドラ・マハル(Hindola Mahal)
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チャンパ・バオリ(Champa Baoli)
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その奥の建物
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水の宮殿(Water Palace)
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舟の宮殿(Jahaz Mahal)
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中央集落
ホーシャング・シャー廟(Hoshang Shah's Tomb)
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ジャミ・マスジッド(Jami Masjid)
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アシャルフィ・マハル(Ahsarfi Mahal)
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ジャイナ教寺院
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by bharat | 2006-03-16 10:27 | インドぶらり旅
第51回旅行は、MP州の移動拠点インドール
e0074199_204363.jpg 今回は、マディヤプラデーシュ州の南西部、国内線空港もある大都市インドール。
 デリームンバイバンガロールから国内線の飛行機でアクセス可能なこの都市は、ビジネスの要衝として有名だ。


カーンチ寺院(Kanch Mandir)
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 一見地味な外見のジャイナ教寺院。
 非暴力・不殺生のほか、質素・禁欲を基本理念とするこの宗教だが、「内なる美しさ」を追求しており、これに関連して、寺院の内部もまた豪勢に装飾しているのだ。
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e0074199_245223.jpg 壁中に、ミラーワークや銀装飾を施し、内部はキラキラ光っている。
 壁画は、善行を積んだ者の行く先や、悪行をはたらいた者がどうなるか、などを描いている。
 本尊には、祖師が祀られている。


バダ・ガナパティ寺院(Bada Ganapati Mandir)
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 高さ8mという、巨大なガネーシャ立像が安置されている寺院。
 色は、全身オレンジ色。



オススメ度(100%個人主観)

    ★★☆☆☆

所要観光時間

    2時間
by bharat | 2006-03-15 10:30 | インドぶらり旅
第50回旅行は、ヒンドゥー7聖都の1つウッジャイン
e0074199_23154116.jpg インドールから車で移動すること1時間半。
 ヒンドゥー教徒にとって聖なる場所ウッジャインに到着する。


ヒンドゥー7大聖都
 ここウッジャインは、訪れれば解脱が得られるとされる、「7大聖都」の1つとされる。
 因みに、他の6つは、ヴァラナシハリドワールカーンチープラムマトゥラー、アヨーディヤ、ドゥワルカー。
 また、12年の周期で開催されるクンブ・メーラーは、ここウッジャイン、ナースィク、アラハバードハリドワールの4箇所の聖地を3年ごとに周り、毎回夫々1,000~2,000万人のヒンドゥー教徒が参拝に訪れる。

見どころは当然ヒンドゥー寺院
マハカール寺院
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e0074199_21161533.jpg マハーカーレシュワル(Mahakaleshwar)寺院とも。
 ウッジャインにある、数多くのヒンドゥー寺院の中でも、最も多くの参拝者を惹きつけるシヴァ派寺院。15世紀に建立され、インド全土にある12のジョティ・リンガの1つが安置されている。ジョティ・リンガは、その他多くのリンガと異なり、自然発生的に現れた数少ないリンガとされ、タイヘン神聖視されている。
 建立当時は、今の10倍の規模で、銀製の門扉で豪勢な作りだった。イスラム勢力によって破壊された後、18世紀に今ある姿になった。
 本堂には、多くの像が祀られたいるが、中でも異彩を放っていたのがコレ・・・シヴァ???

バラー・ガネーシュ寺院
e0074199_21185171.jpg マハカール寺院の近くにある寺院。
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 外見は冴えないが、バラー(=大きい)・ガネーシュの名が示す通り、中には大きいガネーシュ神が安置されている。

ハルシッディ寺院
e0074199_230567.jpge0074199_231876.jpg 虎に乗った勇猛な女神ドゥルガーを祀る寺院。
 大きな燭台となる2本の塔が特徴的。
e0074199_2335221.jpg 敷地内には、覗き込むと見ることの出来るドゥルガー像や・・・
e0074199_23111818.jpg 天井の壁画が見事な本堂などがある。

チンタマン・ガネーシュ寺院
e0074199_23343744.jpg 名前が面白い、ガネーシュ神を祀った寺院。
e0074199_23361946.jpg 本堂は写真撮影禁止だが、このな感じの像がある。
 ・・・像というより、ペンキで塗った岩。
その他
e0074199_233974.jpg 市街地のど真ん中にもヒンドゥー寺院があり、古くから現在に至るまで、ヒンドゥー教が地元民の生活に密着している様子が分かる。


その他
イスラム寺院
e0074199_02516.jpg 市街地にあった、シャーヒ・マスジッド。
 伝統的なミナール(尖塔)を四方に持ちながら、中央部分は歴史的な建造物には無い斬新なデザイン。

ラーム・ガート(Ram Ghat)
e0074199_0195690.jpge0074199_084935.jpg 市内を流れるシプラ川には、多くのガート(Ghat、沐浴場)がある。
 中でも、このラームガートには、多くの地元民が訪れる。
 洗濯をする人や、礼拝する人がたくさん。
 僕も、沐浴&瞑想。

ジャンタル・マンタル
e0074199_0325410.jpg 天文学オタク、ジャイ・スィンの建てた天文台。
 デリージャイプールにも同様の設備があるが、ここウッジャインのものが一番小規模だった・・・。



オススメ度(100%個人主観)

   ★★★☆☆ ・・・ クンブ・メーラーのときに来て見たい

観光所要時間

   3時間
by bharat | 2006-03-14 10:30 | インドぶらり旅
第49回旅行は、世界遺産の仏跡サーンチー
 仏教ゆかりの地サーンチー(Sanchi)。
 ボーパールの北東約50km、ボコボコ道を車で小1時間ほど行ったところにある。

インド仏教隆盛の地
 ここサーンチーは、大規模な仏教施設の遺跡として有名で、ユネスコ世界文化遺産に指定されている。
 マウリヤ王朝第3代アショーカ王が、カリンガ国との大戦争での凄惨な殺戮を後悔し、仏教に改宗したというくだりはダウリ旅行記で記したが、彼はその後、領国の至る所にストゥーパを建立した。

 ここサーンチーも、そういった土地の1つであり、アショーカ王が巨大なストゥーパを建てた紀元前3世紀以降、仏教施設がその周辺に付随されていった。

いきなりクライマックス
e0074199_5473711.jpg 寺院群の入口は全体の北側に位置している。
 ここから少し歩いていくと、いきなり右前方に第1ストゥーパの頭頂部あたりが目に入ってくる。

大ストゥーパ/第1ストゥーパ(The Great Stupa)
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 この巨大なストゥーパは、アショーカ王が紀元前3世紀頃に建てたものといわれている。
 高さは16m、直径は37mだが、元からこの大きさではなかった。アショーカ王が建てた当時は、もう少し小振りでレンガ造りだったが、後になって石で覆われて大きくなった。

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 地味なストゥーパの周囲には東西南北に立派なトラナ(塔門)が建てられた(紀元前1世紀頃)。
 上座部(小乗)仏教期に建てられたので、仏陀その人を彫刻することは禁じられており、仏陀の象徴を表した。例えば、仏陀の誕生は蓮の花・象で表現、菩提樹は悟りを意味し(彼はブッダガヤーの菩提樹の下で悟りを開いた)、法輪は説法を示している。
 左上は、北門。
 4つの門で一番保存状態が良く、旅行の本などに掲載されているのも大抵このトラナだ。
 欠けているが、てっぺんには大きな法輪。
 象と菩提樹がメインに彫られている。

 右上は、東門。
 象・獅子・孔雀・猿などの動物の間には、菩提の樹木がビッシリと彫られている。
 天女の彫刻も特徴的だ。


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 左上は、南門。
 アショーカ王の特徴が強く出ている。
 土台部分には、ライオンが4頭背中合せになったポーズ。
 このモチーフは、アショーカ王の善政・平和・親善の象徴となり、1950年1月26日のインド共和国誕生の折には、これが国章となった。

 右上が西門。
 この門だけ、何やらコミカルな雰囲気だ。
 土台部分に、太った小人が彫られており、門を支えている。
 柱には、象とストゥーパが沢山彫られている。


第2ストゥーパ
e0074199_23242627.jpg 入口から第1ストゥーパを見て、そこを右折して、ずーっと道を進み階段を下ると、質素な造りのストゥーパが見えてくる。
 随分離れたところにあるが、これが第2ストゥーパだ。
e0074199_23252577.jpg レンガ造りで、ボテッとした曲線。
 ストゥーパには何も彫られていないが、周囲の欄楯(石製の柵)には、細かい彫刻が施されている。
 モチーフは象や麒麟など。


第3ストゥーパ
e0074199_23515799.jpg 第3ストゥーパは、第1ストゥーパの脇に建っている。
 ストゥーパは小振りだが、立派なトラナが1つ建っている。
 第1ストゥーパの西門に似た造りで、同時期の建立だと推定されている。


第17寺院
e0074199_004910.jpg 入口から向かって、第1ストゥーパの奥方にある寺院。
 仏教寺院なのだが、ゴツゴツした柱の造りなどは、ヨーロッパの古代建築に通じるものがある。


第18寺院
e0074199_0185277.jpg 第17寺院の隣にある寺院。
 寺院といっても、土台と柱数本が残っているのみ。


第36僧院
e0074199_0342566.jpg 第36、37、38、40、46、47、51と番号を付された僧院は、7世紀頃の建立で、皆同じような保存状態。
 元々は、木造であったため、壁の一部の煉瓦製の部分しか残っていない。
 かつて、僧の宿坊があったようだ。


第37僧院
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第38僧院
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第40僧院
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第45寺院・僧院
e0074199_121386.jpg 石畳の奥に、背の高い寺院がある。
e0074199_131882.jpg 仏陀坐像が安置されている。


第46僧院
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第47僧院
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第51僧院
e0074199_0585687.jpg 僧院跡の中で、最も大規模で約30m四方の土台に、レンガ造りの壁が残存している。
 建立時期は他の僧院と同様7世紀頃だと言われる。
e0074199_0594870.jpg この僧院の近くには、変わった形の石の塊が放置されている。
 これは、当時ここに数多く訪れた僧たちに与える飯を炊くためのもの。



オススメ度(100%個人主観)

    ★★★★☆ ・・・ 質素なストゥーパにド派手なトラナが何故かマッチ

所要観光時間

    2時間
by bharat | 2006-03-13 10:30 | インドぶらり旅
第48回旅行は、小さな城郭が見下ろす町ライセン
 ボーパールの東30km、サーンチーの南20kmにある、小さな町ライセン。

城は見えるが・・・
e0074199_1663726.jpg ライセンの町(村と言うべきか)に入ると、丘の上に城壁が続いているのが見えてくる。

 が、城へと続く道がなかなか見つからない。
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 グルグル車で周って漸く城門にたどり着く。


e0074199_134239.jpg 立派な城郭なのだが、内容を示す掲示板などは無く、人影も無い。

 ここライセンは、インドのほぼ中央に位置し、軍事の要衝として機能していたようだ。
 スルタン王朝期には、マーンドゥ地域を守る軍事拠点だった。

e0074199_1534789.jpg 城壁内部を進むと、大規模な生活拠点も。
 これはプールあるいは溜池の跡と思われる。

e0074199_155551.jpg 大砲が並べてある建物もあったが、この大砲は英国植民地時代になってkらのものと推測される。



オススメ度(100%個人主観)

    ★★☆☆☆ ・・・ 手付かずの遺跡を見るのはそれはそれで楽しい

所要観光時間

    1.5時間
by bharat | 2006-03-12 10:30 | インドぶらり旅
第47回旅行は、MP州の州都ボーパール
 今回は、マディヤ・プラデーシュ(MP)州の州都ボーパール(Bhopal)。

MP州都は、観光活動の拠点
 人口約150万人。
 11世紀、パラマナ(Paramana)朝のボージャ(Bhoj)王が都を置いてその歴史が始まった。
 18世紀までイスラム教系の王朝が代わる代わる治めたので、モスクやマスジッドなどムスリム建築が数多く残る。
 尚、この都市は近年重工業の拠点としての顔も併せ持ち、中でも1984年に起こってしまった事故で悪いイメージが定着してしまった・・・。
 1984年12月3日、外資系企業ユニオン・カーバイド(Union Caibide)社工場から40tのイソチアン酸メチルガスがボーパール市街に流出。
 現在までの死者はなんと15,310人、後遺症発症者は554,895人。法廷にあがった公式の人数でこれなのだから、実際のところはもっとたくさんいると思われる。
 遺族への賠償金額は、2,200ドルと極端に少なく、またそれも一部しか支払われなかったり、その後ユニオン・カーバイド社が他社に買収されたりと、事件の決着はもはや絶望的な状況だ。

 ・・・もっとも、観光するだけなら、こんな側面があったとは気付かない。

 この都市は、立地的には仏教世界遺産サーンチーへのアクセス拠点としてとても便利。

街並み
 市街北部に位置する、ハミディア通り。
 衣類やベッドシーツなど定番グッズが数多く手に入る。
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モスク群
ジャミ・マスジッド(Jami Masjid)
 ハミディア通り(チョウク)地区にあるこのマスジッドは、1837年にクドシア(Qudsia)王妃によって建てられた。
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モーティ・マスジッド(Moti Masjid)
 ジャミ・マスジッドと同じ地区にある。これは、1860年、クドシア王妃の娘によって建てられた。
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タージ・ウル・マスジッド(Taj ul Masjid)
 数あるイスラム建築物の中でも、最大のもの。
 1878年、スルタン王朝の王ジャハーン・ベガムによって建築が開始され、完成したのはなんと1971年。
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バーラト・バワン(Bharat Bawan)
 1982年に建てられた、総合文化施設。
 中には、絵画が飾られていたり、インドの民俗楽器が展示されていたりする・・・地元民が薦めるわりには、見応えが無い・・・。
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ヒンドゥー寺院
 かつてのイスラム支配地域だが、勿論ヒンドゥー寺院もある。
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オススメ度(100%個人主観)

   ★☆☆☆☆ ・・・ 飽く迄他所へのアクセス拠点。

観光主要時間

   1~2時間
by bharat | 2006-03-11 10:30 | インドぶらり旅
ホーリー前のテロ
 日本ではあまり大きく報じられていないかも知れないが、3月7日、ヴァラナシで同時テロが発生した。
 8日新聞報道の時点では、16名が死亡、数十人が怪我をする大惨事である。

防ぎようが無い!?

 今回も、時期としては昨年10月のデリー同時テロと似ている。
 デリーのそれは、ディワリという大きな祭りの直前にあたり、大きな不安を掻き立てたが、今回も3月15日のホーリー祭を前にしての犯行である。
 加えて、ヒンドゥーの聖地ヴァラナシで起きたこと、2箇所の爆発地の1つがヒンドゥー寺院であること(もう一方は鉄道駅)などから、当地ではかなりの衝撃として報道された。

 テロ発生日夜、ヴァラナシの多くの寺院では、没者に祈りが捧げられたという。

 NHKの海外安全情報などでは、きっと「滞在者に注意を呼びかける」のであろうが、当地に滞在している身としては、ハッキリ言って対応のしようが無い。自宅に引きこもっていては仕方が無いし、日々の買物にだって出かけざるを得ない。強いて言えば、15日のホーリー祭は、大人しくしているという位か・・・。
 

傾向と対策
 2001年から、この種のテロが1年に数回の頻度で発生しているが、同じ場所で発生したことは殆ど無い。

2001年12月13日
 デリー:首相官邸襲撃される、12名死亡(うち警官6名、テロリスト5名)
2002年1月22日
 コルカタ:アメリカンセンター、4名死亡
2002年3月30日
 ジャンムー:ラグナート寺院、7名死亡
2002年9月24日
 グジャラート:アクシャルダーム寺院襲撃、35名死亡
2003年8月23日
 ムンバイ:2箇所同時爆破、52名死亡
2005年10月29日
 デリー:3箇所同時爆破、67名死亡
2005年12月28日
 バンガロール:学会を襲撃、1名死亡


 こうしてみると、やはり大都市では大きな市場が、地方では由緒深いヒンドゥー寺院が襲撃されているように思える。
 注意して行動するようにしなければ。
by bharat | 2006-03-10 14:46 | ふと思うこと
【州別観光事務所1】シッキム・ハウス

 ここ首都デリーには、インド各州の出先事務所があり、この事務所が観光誘致などを行っている。これらの事務所は、「×××・ハウス」という名で呼ばれている。
 事務所には、観光資料が置いてあったり、州の特産品販売所、州ゆかりの食べ物を出すレストランがあったりする。

 今回、行ったのは大使館街付近にある、シッキム・ハウス。
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シッキム州って?

 西ベンガル州の北に位置し、東南をブータン、西をネパール、北を中国チベット自治区に接する。
 域内で話される言語は、ネパール語。

 今日現在、入域には事前許可が必要だが、他の北東諸州と比較すると、許可がおり易いようだ。


 元々この地域は、アッサム・ビルマ(現ミャンマー)・チベット等チベット仏教信者が逃げ集まった場所だ。
 17世紀には、チベット仏教王国として確立した体制が敷かれた。
 一時期は、北は現中国チベット自治区、西はネパール、南はダージリン地方、東はブータンに至る広大な版図を有していた。

 19世紀に入って、英国東インド会社の影響力が強大化すると、1835年シッキム王はダージリン地方を割譲して東インド会社の庇護下に入った。1861年、同地域は英国の保護領となった。
 この出来事は、チベットやシッキム内から猛烈な反発を誘発。特にチベットは、シッキムを属国と見做しており、チベットはシッキムを奪還すべくたびたび進軍するようになる。シッキムはチベットvs英国の戦場となっていく。
 加えてこの頃、チベットとビルマの領有については、英国と清(中国)との間で揉めており、1886年締結の条約では、英国がビルマを、清がチベットを支配下に置くことが決まった。
 翌1887年、チベットはシッキム国境に検問所を配するが、これが国境の緊張を助長、1888年、英国軍は同地域に侵攻を開始する。ルントゥルの戦いで、チベット軍は大敗し、英国―清間で再度チベットに関する条約締結され、英国はシッキムに対する領有権を確固たるものとした。

 1947年のインド独立以降1975年までは、シッキムは独立した王のいる国だったが、1975年の国民投票でインドに併合されることが圧倒的大差で承認され、以降インドの一州となる。

 また、歴史的背景から、現在でも隣国ブータンと密接な関係を持っており、現在でも一般民衆から王族に至るまで姻戚関係を持つケースが多い。


レストラン・土産屋

 建物内部、ロビーの奥にはレストランがある。
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 値段は安くて、なかなか美味しい料理を出してくれる。
 シッキム料理だけではなく、チベット料理、中華料理とのミックスといった感じ。
 しゃぶしゃぶ鍋を使った肉・野菜の料理もなかなか美味。
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 土産屋もあったが、壁掛け・テーブル・絨毯がメイン。
 モノはそこそこだが、値段は御世辞にも安いとは言えなかった・・・早々に退散した。



 大使館街(Chanakyapri)やインド門付近には、この手の州の出先事務所があるのだが、全てこんな感じなのだろうか?
 時間があるときに、色々回ってみるとしよう。
by bharat | 2006-03-07 10:53 | デリー市内あれこれ
デリー 13 占い好きなヒトは是非☆ 『アガスティヤの葉』
 デリー市内南部のひっそりとした住宅街の一角に、占いの館があるのを御存知だろうか・・・。

 なんでも、大昔の仙人が葉に書き記した文言から、ヒトの今後の人生を占うのだと言う。
 僕は、全く占いなど信じないタチなのだが、ちょっと面白そうなので、行ってきた。

場所
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 場所は、「8730, Sector C, Pockt 8, Vasant Kunj」。
 デリー日本人学校と同じ住所である。
 場所はとても分かりにくいが、街道のヒトに聞きながらなんとか到着・・・ってどうみても普通の家なんだけど・・・かろうじて門柱の横の「ASTROLOGER」の文字がこれが占いの館であることを語る。


聖仙アガスティヤ

 約5,000年前から現在も生きているとされる、聖仙(リシ)。
 南インドに住んでいる。
 聖典『リクヴェーダ』『ラーマーヤナ』にも登場している。

 彼は、全人類の前世・現世・来世を見通すことが出来たとされ、おまけに不老不死の力を持っているため、未だに現役で頑張っているのだと。
 その神通力で分かった内容を、ヤシの葉っぱに古代タミル語で全て書き記したと言われている。
 これがインド内の色々なところで写し記され、その一つがここデリーにも保管されているというわけ。

 全く余談だが、このアガスティヤの化身がカノープスという星。
 カノープスは、現在発見されている星の中で2番目に明るい星・・・地平線すれすれに赤くボ~と光っている星。ちなみに1番目に明るいのは天狼星シリウス(青い)。


本格的・・・かな

 話を占いに戻すと、まず入口を入ると受付カウンター。

 ここで、な~んにも言わず、親指の指紋を採取される。
 男性は右親指、女性は左親指。

 この指紋をもとに、ゴマンとある葉っぱから、少し絞りをかける。
 この間、別室の待合室みたいなところで、15分くらい待つ。

 葉っぱの準備が終わると、個室に呼ばれ、占い師みたいなオッサンと通訳(タミル語→英語orヒンディー語)が、葉っぱに書いてある文言を読みながら、Yes-Noの質問をたたみかけてくる。
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 「あなたは、結婚してますか?」

 「あなたは会社員ですか?」

 「あなたの両親は健在ですか?」

 「あなたの名前は4文字ですか?」   などなど。


 これを30分くらい繰り返すうち、全てYesの答えとなる葉っぱが見つかる。

 「あなたの名前は、××ですね?」
 「あなたの奥さんの名前は、△△ですね?」
 「あなたの両親の名前は、○○、□□ですね?」
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 ・・・ほほう、全部当たったぞ。

 
 で、また、待合室で小一時間待たされる。

 今後の人生について、葉っぱに書いてある事柄を手帳に書き出して、テープに録音して(英語通訳付き)渡してくれる。
 因みに、僕の今後の人生は、要するに順風満帆、子供にも恵まれ、会社人生もそこそこに、寿命は70歳くらいらしい・・・なんという無難な占い結果なんだろうか・・・。


 まぁ、あんだけ具体的な質問してればそりゃ当たるだろ、と思ったが、占い好きなヒトは是非一度行かれては如何?

 あ、因みに、料金は1,500ルピー(約3,800円)でした。
by bharat | 2006-03-05 10:10 | デリー市内あれこれ
デリー 12 中世の天文台 ジャンタル・マンタル
 デリーのコンノート・プレイスを南に少し行ったところに、天文台がある。
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天文学オタク ジャイ・シン2世

e0074199_761982.jpg この施設は、1725年、ジャイプールの王ジャイ・シン2世によって建てられた。

 ジャイ・スィン2世は、山城を中心とした小都市から、平野部を活用した大規模な都市ジャイプールを造営した名君で、1699年~1743年の長きに亘り王位に君臨した。
 彼は、新しい学問にも強い関心を持ち、中でも天文学には非常に入れ込んだ。自分の家臣を欧州に派遣し、天文学を学ばせ、当時最先端の技術を積極的に取り入れた天文台を領内に作った。


インドに5箇所も作った

 ここデリーより大規模な天文台が、ジャイプールにある。
 また、規模はジャイプールに譲るが、マディヤ・プラデーシュ州のウッジャイン、ウッタル・プラデーシュ州のヴァラナシにもジャイ・シン2世の作った天文台がある。
 マトゥラーにもあったらしいが、現存していない。
by bharat | 2006-03-04 10:30 | デリー市内あれこれ