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デリー 11 市内にそびえ立つ世界遺産 クトゥブ・ミナール
 デリーには、2つの世界遺産がある。
 1つはフマユーン廟、もう1つが今回行ったクトゥブ・ミナールだ。

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奴隷王朝の遺産群

 この塔及び周辺の建物は、12世紀後半、奴隷王朝のクトゥブッディーン・アイバクによって建てられた。
 彼自身の死により、建設は一時中断するものの、彼の娘婿アルタミシュによって引継がれた。
 その後、数世紀に亘って、色々な建物が増改築された。

クトゥブ・ミナール
e0074199_19243846.jpg クトゥブの尖塔(ミナール)。
 高さ73.5mの5層建で、第1層の直径は14.32m、最高層の直径は2.75m。中には370段余りの螺旋階段が配されている。
 その高さのあまり、1368年と1503年に落雷に遭い、大きな被害を受けたようだ。

 以前は中の螺旋階段を上って最上部から周りの景色を見ることが出来たらしいのだが、小児の転落死亡事故が発生してからは閉鎖されてしまった。現在は、最上部に置かれたカメラの映像を下から確認することしか出来ない(10ルピー≒26円)。
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アライ・ダルワザー(Alai Darwaza)
e0074199_19431447.jpg 1311年、アラウッディン・カルジーによって造られた、この建物群の正門。
 馬蹄状の天井部分にも細かな彫刻が施されているのが特徴的。
 また、蓮の花をあしらった彫刻が見られ、以降のムガル建築に見られる純イスラム(対称性を追求し、幾何学模様がメイン)とヒンドゥー建築(蓮の花をあしらった彫刻が多い)との融合の一端を伺うことが出来る。



イマム・ザミン廟(Imam Zamin's Tomb)
e0074199_19543955.jpg イマム・ザミンは、ローディー王朝期に、タルキスタン(現トルコ)からやってきた識者。1539年没したイマム・ザミンがここに埋葬されている。



クワットゥル・イスラム・マスジッド(Quwwaulislam Masjid)
e0074199_3502147.jpg 12世紀後半、クトゥブッディーン・アイバクが建てたモスクで、中庭は実に43m×32mもある。
 建物部分は痛みが激しい。

e0074199_4285157.jpg 中庭にニョキッっと立っている鉄柱が1本。
 4世紀に造られた寺院の一部であったが、この場所に移築された。
 高さは7mで、鉄製。
 純度がとても高いので、あまり酸化せず、今でもさほど錆びていない。



アラウッディン・カルジー廟と学校施設
e0074199_4374587.jpg アラウッディン・カルジーの廟と、イスラム教育のための学校施設(マドラサ:Madrasa)。



アライ・ミナール(Alai Minar)
e0074199_4445043.jpg アラウッディン・カルジーが13~14世紀に建てたもの・・・というか途中まで建てたもの。
 直径がクトゥブ・ミナールの倍くらいあることから、恐らく高さも150mくらいにする予定だったと思われるが、戦争勃発によりそれどころでは無くなり、結局24.5mで建設は止まってしまった。





  奴隷王朝期の遺跡で、これだけ大規模で保存状態が良いものはあまり見たことが無いので、個人的には気に入ったな。
by bharat | 2006-03-03 10:30 | デリー市内あれこれ
デリー 10 ガンディーが荼毘に付された地 ラージガート
 レッド・フォートの南東、インド門の北東・・・ヤムナー川の畔に、「RAJGHAT」と書かれた門のある大きな庭園、その傍にはガンディー博物館がある。
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1948年1月30日 ガンディー暗殺さる

 マハートマー・ガンディーは、1948年1月30日、デリーで暗殺された。

 手にかけたのは、ヒンドゥー教徒大連盟(ヒンドゥー・マハーサバー)の青年構成員のゴードセー。ヒンドゥー教徒大連盟は、ヒンドゥー教至上主義を旨としており、ガンディーの成した1947年8月のインド・パキスタン分離独立に強い反感を持っていた。ゴートセーは、この団体に所属するうち、ガンディーに対する反感を強め、最終的には単独の意思で犯行に及んだと言われている。

 1948年1月という時期は、インドにおいてヒンドゥー教徒とムスリム(イスラム教徒)の対立が顕在化していた時期だった。
 1947年8月に確定したインド・パキスタンの国境線をもとに、インドからパキスタンにヒンドゥー教徒が、逆にパキスタンからインドにはムスリムが大量に移動を開始した。その総数1,500万人。
 ところがこの最中、御互いの教徒のイザコザから、50万人にものぼる死者が出た。

 ヒンドゥー教徒の怒りの矛先が、分離独立をすんなり決めてしまったガンディーに向けられたのも、そんな御時世の中だった。


 ガンディーは、暗殺された直後、軍用車両で直ちに搬送された。博物館には、その車両が展示されている。
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 その後、遺体はラージガートにて荼毘に付された。
 今は、四角い石の台座と燭台が置かれている。
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 あまり、パッとしない場所だが、ガンディーファンは是非行ってみては如何。
by bharat | 2006-03-02 12:46 | デリー市内あれこれ
デリー9 超巨大ヒンドゥー寺院 アクシャルダーム
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 外国人にはあまり知られていないが、インド人の間で今年初めにちょっとした話題に上った、新しいヒンドゥー寺院がある。
 その名は、「アクシャルダーム寺院」。

現人神スワミナラヤン
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 寺院の正式名称は、スワミナラヤン・アクシャルダーム寺院。
 18~19世紀に、グジャラート州にいたヒンドゥー教の聖人スワミナラヤンを祀った寺院で、元々はグジャラート州に大きな寺院がある(らしい)。
 スワミナラヤンは、実在のヒトながら、その神通力が周囲の知れるところとなり、藩王などから神同然にもてなされ、ブッダやサイババなどのように神様として崇拝されている。
 彼を崇拝する一派は、ヒンドゥー教ヴィシュヌ派の新興宗教勢力となっており、莫大な財力を持っているらしい。
 この寺院の建設には、いったいいくら投じられたのであろうか・・・。

どこにこんな技術が・・・
 この寺院の大きさにまず圧倒されるが、近づいてみて更に驚く。
 寺院の建築の精巧さがハンパ無いのだ。
 寺院の外壁に施された彫刻には、砂岩が用いられており、土台部分の象の彫刻を皮切りに、ヒンドゥーの数々の神の彫刻が施されている。彫刻は、12~16世紀の所謂ヒンドゥー教全盛期のものとは若干異なり、リヤドロのようなヨーロッパ彫刻のような顔つきそして頭身バランス。
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 本堂内部の作りも実に見事で、中心に鎮座する黄金のスワミナラヤン像のセンスは兎も角として、総大理石の柱や天井の木目細かい彫刻には、感心する。
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 こんなものを彫れる技術者集団が、まだここインドに残存していたとは・・・。

アトラクション☆
 本堂横の大きな建物内では、有料(125ルピー≒325円)で、3つのアトラクションが楽しめる。
 まず、スワミナラヤンの人生を辿るロボットショー。精巧な造りの人間型ロボットがジオラマの中で動いたり喋ったりして、聖人の人生をダイジェストで振り返る。
 2つ目は、巨大スクリーンでの上映モノ。
 3つ目は、白鳥型のボートに乗って、It's a Small World形式の乗物系アトラクション。

 残念ながら、今回は時間が無くて1つ目のアトラクションしか見られなかったが、なかなか見応えアリだと思った。

注意事項
 ここの施設は、テロ警戒対策が特に厳重で、携帯電話・カメラ類の持込は一切禁止。
 また、男女問わず、長ズボンか長尺スカート以外では入場を許されず、どうしても入場したい場合はフロシキみたいなものを係員に借りて足に巻いて歩かねばならない。
 本堂への入場に際しては、素足での入場のみ認められる。
by bharat | 2006-03-01 10:32 | デリー市内あれこれ