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インドのTシャツ 11

11. オートリクシャー

 ムンバイ沖に浮かぶ島、エレファンタ島(島の様子は後日旅行記で記す)の露店で見つけた一品。
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 オートリクシャーのスペックを、アメリカンジョーク満載、皮肉たっぷりで書いてある。
 絵のセンスや文言からして、恐らくインド製ではあるまいが、なかなか面白いことが書いてある。
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① 残念ながら風だけは避けられないフロントウィンドー
 実際のところは、結構風除けになる・・・が速度をあげてくると、巻き込みが激しくて、隣同士でも会話が困難になることがしばしば。

② とても礼儀正しく、130デシベルで話しかける運転手
 声の音量は気にならないが、基本的に態度悪い。
 たま~に、愛想の良い運チャンに出会うと、感動する♪

③ ガイジンを乗せたときだけ故障する料金メーター
 実は、地元インド人もボラレているらしい。我々日本人の方が、都度シビアに価格交渉しているのかも!?

④ メッチャ怖いが、平静を装うガイジン乗客
 観光に来るヒトは結構怖がっている。
 日々生活している身としては、とっくに慣れっこなのだが。

⑤ 乗客の頭上のみ雨漏りする防水仕様の屋根
 意外に雨漏りはしない・・・が、雨季のドシャ降りになると、横からバンバン飛沫が飛んでくる。

⑥ 電話番号が記載されている当てずっぽうなナンバープレート
 デリーのリクシャーのナンバーは、ちゃんとしてるっぽいが・・・真相は不明。

⑦ 防音仕様の排気管(叫ぶ乗客を黙らせる=防音)
 確かにウルサイ。なのに遅い。天然ガス仕様でこのうるささって一体全体・・・?

⑧ デカい道路の穴を避けられる、チッチャなタイヤ
 タイヤはチッチャく、サスもヘコヘコなので、ちょっとした段差も的確に拾う。
 ほんとちょっとの移動でもケツが痛くなる。

⑨ 下り坂で高出力を発揮するエンジン
 最近増えたデリーの高架。リクシャーには天敵である。上り坂は、止まりそうなくらい速度が落ちる・・・反面、下り坂は「チキチキマシン猛レース」ばりに車が空中分解するくらいスピードが出る。

⑩ 高電力ヘッドライト(キャンドルライトなみ)
 ガス節約のため、ヘッドライト、ウィンカー、テールライトの電源を切断しているケース多々あり。夜間、拾ったリクシャーがこの仕様だと、周りの車にはねられそうになり、大変危険。



 結構笑えますよね?特に実際にオートリクシャーに乗った経験のある方々。

 因みに、Tシャツの値段は295ルピー(約770円)と結構高め。
 生地はなかなか良く、伸びないし、色落ちしない・・・今のところ。
by bharat | 2006-08-30 10:30 | インドのTシャツ
第70回旅行は、ムンバイ沖に浮かぶ島 エレファンタ
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ムンバイ(ボンベイ)
の半島の東約10km、海上に浮かぶ小さな島がエレファンタ。8平方kmのこの小さな島には、1,600人が暮らしている。


時間が勿体無いぞ・・・
e0074199_616276.jpg 島なので、アクセスは当然船。
 ムンバイのインド門の船着場から、定期船が出ている。
 時間は1時間おきで、朝イチの船は9時。

 ・・・の予定だが、30分以上遅れて漸く出発。
 島には、狭い湾内の波に揺られながら、1時間。



ヒンドゥー石窟寺院
e0074199_410181.jpge0074199_4104114.jpg 島に降りると、長い桟橋状の足場をひたすら歩く。
 4ルピー(約10円)で、トロッコ列車に乗れるが、歩くのと殆ど同じ速度。

e0074199_4202124.jpg 露店が並ぶ石段を100~150段くらい登っていく。
 チケット売場で例によって不公平なガイジン料金250ルピー(約650円)を払う・・・因みにインド人なら10ルピー(約26円)だ。

 いきなり見えてくるのが、第1寺院。
e0074199_4272599.jpg シヴァ神を祀るこの寺院には、壁の至るところにシヴァの巨大な彫刻が。
 その作風は、アジャンタエローラの石窟にクリソツ。
 ・・・保存程度でいくと、エレファンタ島の方が悪い。
 本堂奥には、3つの顔を持つシヴァ「マヘーシュ・ムルティ(Mahesh Murti)」。
e0074199_4372141.jpg 寺院中央には、リンガが祀られている。


e0074199_4403058.jpg 第1寺院の脇にも、小さな寺院があるが、別にたいした事は無い。


近代兵器がなぜここに・・・?
e0074199_4434622.jpg 第1寺院付近にある喫茶店では、犬と猿が休憩中。
e0074199_51666.jpgその喫茶店の脇の石段を進むと・・・「Canon Hill」?
e0074199_4483851.jpg ここから結構歩くが、丘をどんどん進んでいくと、こんなものが。
 随分と近代的に見えるが、最近のものなのか?



 ・・・以上、アッという間に見終えてしまった・・・。
 でも、帰り便が12時発なので、待ちぼうけ。
 おまけに、潮の流れで2時間も海上をフラフラしてた。


オススメ度(100%個人主観)

   ★☆☆☆☆ ・・・ これで世界遺産?という物足りなさ

観光所要時間

   5時間 (船の時間の関係で仕方ない)
by bharat | 2006-08-20 10:30 | インドぶらり旅
第69回旅行は、インド最大の都市ムンバイ
e0074199_6164829.jpg 今まで、実はビジネス目的以外で行ったことが無かったムンバイ。
 今回、半日かけてじっくり周ってきた。


ムンバイの歴史
e0074199_543469.jpge0074199_551731.jpg ムンバイは、元々今の様な地形ではなかった。
 16世紀までは、7つの小さな島で構成される漁村の集落群だった(左の地図の通り)。
 1534年に、この一帯はグジャラートのスルタン(奴隷王朝)から当時積極的な植民政策を採っていた欧州列強の1つポルトガルの手に渡る。ポルトガルは、当時一大貿易港になっていたゴアの補助港として、このムンバイを活用しようとした。ただまだこの頃は、小さな要塞や教会を建てた程度だったという。
 尚、ムンバイ(ボンベイ)の地名の由来は、漁民の信仰していた女神ムンバに由来するとも、ポルトガル語の「良き湾」に由来するとも言われている。
 その後、1661年、ポルトガル王の妹カテリーナとイギリス国王チャールズⅡ世の婚儀に際し、ムンバイは持参材として英国に割譲された。
 1668年には、英国政府から東インド会社に貸与された。東インド会社管轄下のこの時代に、ムンバイは大きく都市機能を発展させる。17世紀の宗教政策等により、ゾロアスター(拝火)教
教徒やグジャラート商人が流入、商館や病院、工場なども増えていった。
 19世紀に入ると、7つの離れた島を繋いで1つの大きな半島にするという大規模な埋立工事が実施された(右の地図のようになった)。こののち、ムンバイは湿地や入り江の多いグジャラート地方の産物の積出港、内陸部デカン高原からの産物の積出港として多いに発展していく。
 現在、人口は1,500万とも1,600万とも言われ、デリーを差置いてインドの最大都市である。



欧州建築の数々

 ムンバイには、ポルトガル・英国の中世建築様式を踏襲した立派な建物がたくさん残っている。

ヴィクトリア・ターミナス(Victoria Terminus)駅
e0074199_0471640.jpg 現在は、インド名チャトラパティ・シヴァジー・ターミナス(Chhatrapati Shivaji Terminus)の名で呼ばれる駅舎。
 現在も、ちゃんと駅舎として使われている。
e0074199_134598.jpg ヴィクトリア・ゴシック建築様式のこの建物は、1888年、建築家フレドリック・ウィリアム・スティーブンス(1848~1900)によってデザインされ、学生や職人たちの協力を得て完成した。
 レンガの重厚な外観、内部には木製の柱、至るところに見られる細かなステンドガラスは、とても上品な雰囲気。
 建物だけじっと見てると、英国にいるような雰囲気になる。
e0074199_116545.jpg 現在、毎日1,000本の列車と200万人の乗客が出入りするこの駅舎は、2004年、ユネスコ世界遺産に指定された。

行政庁舎
e0074199_1455325.jpg 駅舎と同様、フレドリック・ウィリアム・スティーブンスにより1893年に建立。縦に長い構造で、全高約80m。

プリンス・オブ・ウェールズ(Prince of Wales)博物館
e0074199_1351447.jpg スコットランド人建築家ジョージ・ウィテットによって1905年~1937年という歳月をかけて完成した。
 今回は、時間が無かったので外見のみ。中は、3世紀~19世紀の彫刻など、バラエティに富んだ展示物があるという。

インド門(Gateway of India)
e0074199_1514679.jpg プリンス・オブ・ウェールズ博物館同様、ジョージ・ウィテットの手によって1924年に建てられた。
 1911年の英国王ジョージⅤ世とメアリー王妃のインド訪問を記念して作られたのだが、訪問時には完成が間に合わなかった。
 英国の威信を示したこの門は、奇しくもインド独立の際の英国軍の撤退路となる。
 尚、この門の脇から、エレファンタ島への定期船が出ている。

タージ・マハル・ホテル(Taj Mahal Hotel)
e0074199_2101392.jpge0074199_2102938.jpg 1903年に建てられた。
 現在、インド最大の財閥タタの創始者であるゾロアスター教の事業家ジャムシェドジー・タタ(Jamshedji Tata)は、「白人しか入れない」としてワトソンズホテル(今はもう無い)で門前払いを食ったことに怒り悔しがり、英国人の経営するホテルを遥かに凌ぐ巨大ホテルを建設した。
 現在は、隣に背の高い新館もあるが、本館は今も現役。
 四隅の塔がインド建築(ハイデラバード(Hyderabad)のチャルミナールみたい)なのに、真ん中のドームはツルツルぢゃない(欧州建築?)。欧州建築を模倣しながらも、インド建築の主張も入っている、興味深いデザインだ。


由緒正しき会員制の施設
 ここムンバイには、英国統治時代の歴史ある施設が、今も使用されている。
 その殆どは、伝統を重んじ、会員制を採っている。

e0074199_2361795.jpg ロイヤル・ボンベイ・ヨットクラブ(RBYC)は、1846年に出来た団体で、創立実に160年。
 会員制を敷いており、会員とそのお客さんしか入れない。
e0074199_2395947.jpg 当時、こんな感じだった建物は、
e0074199_2464562.jpg 今も、ちゃんとメンテナンスされ、とても落着いた良い雰囲気。
e0074199_2481752.jpg 英国風に、ムードのあるパブも。
e0074199_250244.jpg また、建物の上層階は、ゲストハウスになっていて、会員・ゲストは予約さえすれば、長期/短期問わず宿泊出来る。


 ・・・うぅむ、やはり、名家や金持ちは特権を持っているんだなぁ・・・羨ましい限り。


オススメ度(100%個人主観)

   ★★★☆☆  ・・・ 特権を持った御友達と来るべし


観光所要時間

   1~2時間
by bharat | 2006-08-19 10:30 | インドぶらり旅