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インド周辺 第15回旅行は、ネパールの首都カトマンズ(カトマンドゥ)
e0074199_18565686.jpg ネパールの東部、国内唯一と言っていい広範な平地(といっても盆地だが)を蓄えるのが、首都カトマンズだ。
 標高は1,300m、人口は100万人以上。


王宮都市
 カトマンズは、都市の名でもあり、その一帯に広がる大きな盆地の名でもある。
 現在、カトマンズ盆地全部を対象として、ユネスコ世界文化遺産に指定されている(2003年危機遺産に指定)。
 ネパールの歴史のくだりでも書いたが、古代~中世において、ネパールを治めるとはつまり実質的にこのカトマンズ盆地を支配下に置くということだった。
 代々の支配者がこの地を統治し、15世紀中頃にマッラ王朝が3つに分裂すると各々の首都カトマンズ(市としての)、パタン、バクタプルは競い合って立派な王都を形成し、それが現在でも見事に残存している。

 市街地周辺の遺跡については、別途第99回旅行記「カトマンス周辺ほか」にまわすとして、ここでは、巨大な王宮跡について記すことにする。

ダルバール広場(Durbar Square)
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 これが全貌(現地で入手したパンフレットの地図)。
 大小入れて見所が43もある。
 小さなものを端折っても、20弱は観るべきところがあり、かなり見応えのある観光スポットになっている。

 以下、観た順番に・・・。

①バサンタプル・ダルバール(Basantapur Durbar、地図上の43)
e0074199_5301833.jpg ガンガ通り(Ganga Path)から入っていくとまず右手に見えてくるのがこの建物。
 1770年に、ネパールの王Prithvi Narayanが建てた建物は、外見は4つの屋根だが中は9階建て。
e0074199_5362937.jpg その目の前にある広場Basantapur Dabaliでは、骨董品のノミ市が開催されていた。
e0074199_5394154.jpg 周囲の店もいくつか骨董品を扱っていて、なかにはこんな御面屋さんも。

②ガッディ・バイタク(Gaddi Baithak、26)
e0074199_1965897.jpg 他の寺院群から明らかに浮いた存在のこの建物は1908年に建てられた。
 イギリス植民地時代に、年に1回の山車祭の際に、イギリス人たちはこの洋風建築からその喧騒を眺めていたのだという。

③クマリ館(Kumari-ghar、25)
e0074199_19132891.jpg 1757年、ジャヤ・プラカシュ・マッラ王によって建てられたこの館には、ネパールの生き神クマリが住んでいる。
 クマリは、ネパールの神タレジュ(Taleju)の化身とされ、少女の中から選ばれる。
 少女は生き神として崇められ、国王も彼女の前では跪くという。
e0074199_1913543.jpg クマリの少女は、初潮を迎えると通常の人間に戻り、また新たな少女がクマリとなる。
 館の門をくぐると、中庭からクマリの部屋が見え、呼ぶと顔を出してくれることがあるという。

④トリロキャ・モハン・ナラヤン(Trilokya Mohan Narayan、24)
e0074199_662414.jpg 1690年に建てられたこの建物は、ヴィシュヌ神を祀っている。

⑤カスタマンダプ(Kasthamandap、18)
e0074199_6141712.jpg 12世紀に建てられたこの巨大な建物は、1本の木から作られたという。
e0074199_6162867.jpg ガラーンとした内部の一角には、シヴァ神が祀られている。

⑥アショク・ヴィナヤク(Ashok Vinayak、16)
e0074199_6215922.jpg カスタマンダプの前にある、小さな祠。
 地元民には、マル・ガネーシュ(Maru Ganesh)の名で通っているこの祠には、ガネーシュ神が祀られている。

⑦サンテネシュワル寺院(Santeneshwar Temple、地図の左端)
e0074199_6295355.jpge0074199_6305558.jpg 広場の端にあるこの小さな寺院には、シヴァ神(シヴァリンガ=シヴァの男根)が祀られている。

⑧マジュ・デガ(Maju Dega、13)
e0074199_6342862.jpg 17世紀後半に建てられたこの建物は、そんなに大きくないが、9段のステップの上に建っているので、存在感がある。

⑨シヴァ・パールバティ寺院(Shiva Parbati Temple、11)
e0074199_6384176.jpg 寺院というより、普通の家かホテルの様なそっけない建物。
e0074199_14494563.jpg 開放された窓からは・・・!!
 シヴァとパールバティ夫婦が下界を眺めている。
 なんというシュールな造り・・・。

⑩スウィート・バイラヴ(Sweet Bhairav、28)
e0074199_15173863.jpg 囲いがあって良く見えないが、シヴァの巨大な像が安置されている。
 年に1回(9月~10月)の祭りの際に、御開帳される。

⑪宮殿・モハンチョウク・ハヌマーン像(Royal Palace・Mohan Chowk・Hanuman Statue、30)
e0074199_1521537.jpg この広場の中心部に当たるのが、この宮殿。
 バサンタプル・ダルバールと内部で繋がっており、大きな複合建築物を形成している。
e0074199_15254792.jpg これに繋がるモハン・チョウクの出入口は立派な造り。
e0074199_15265654.jpg この建物群の前に立っているのがコレ。
 色んなものを被っていてよく分からないが、ハヌマーン像。
 ヒンドゥー神話「ラーマーヤナ」に登場する猿神だ(ラーマーヤナについてはコチラ参照)。

 この1672年にPratap Malla王によって建てられたハヌマーン像が、そのままこの王宮跡の名称である「Hahuman Dhoka Durbar Square」になっている。

⑫タレジュ寺院(Taleju Temple、38)
e0074199_15364877.jpge0074199_1537125.jpg ネパールの神の名前を拝するこの寺院は、高さ36.6mの荘厳な造り。
 1564年に、Mahendra Malla王によって建てられた。
 毎年10月に開催される祭りでは、この寺院で神に対する生贄として、羊の頭部を108つ供える。

⑬カル・バイラヴとその周辺(Kal Bhairav、33)
e0074199_1542233.jpg このド派手な石像(というか壁画?)は、シヴァ神を彫ったもの。
 昔、広場の北のはずれにあったものを、Pratap Malla王が現在の位置に移した。
 たくさんの参拝者がやってきては、祈りを捧げる。
 この石像の右奥にある、8角形の屋根をした寺院はチヤシン・デガ(Chyasin Dega、7)で、クリシュナ神を祀っている。
 Pratap Malla王が亡くなった2人の王妃を偲んで1649年に建てたものだ。
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 石像の左側にあるのは、ジャガンナート寺院(Jagannath Temple、31)で、1563年にMahendra Malla王によって建てられた。
 しかし、インドのプリー(Puri)にある本家本元のジャガンナート寺院とは随分違った雰囲気だ。

⑭コチリンゲシュワル・マハデヴ寺院(Kotilingeshwor Mahadev Temple、5)
e0074199_15562871.jpg 突然石造りの、違和感タップリのこの寺院は、シヴァ神を祀っている。
e0074199_15571798.jpg 中には、笑っちゃいけないけど笑ってしまうデザインの黄金のシヴァリンガ(シヴァ神の男根)。
 男根に衣装を着せて、顔を付けるこのセンスって・・・恐るべし。

⑮マヘンドレシュワル寺院(Mahendreswor Temple、1)
e0074199_1605287.jpg その名が示すとおり、Mahendra Malla王が1562年に建てたもの。
 淡い色使いが鮮やかな印象を与えるこの寺院には、シヴァ神が祀られており、シヴァの乗物の牛ナンディも見られる。

⑯タラニ・デヴィ寺院(Tarani Devi Temple、39)
e0074199_17331658.jpg (記憶がちょと曖昧だが)広場のはずれにある寺院。
e0074199_17332935.jpg これといった特徴は無いが、壁に書かれた落書き(?)が面白かったので。


意外な一面・・・
e0074199_17372022.jpg ヒマラヤを頂く土地からはあまり想像出来ないが、カトマンズの水道事情は良くなく、このように街中の井戸・水道に列を作る光景が珍しくない。
 上水道設備の整備が遅れているのだろうか・・・?



オススメ度(100%個人主観)

    ★★★★☆ ・・・ インドと全く違う雰囲気のヒンドゥー寺院

所要観光時間

    2.5~3時間
by bharat | 2007-03-03 10:30 | インド周辺国ぶらり旅
ネパール ~インドと最も近い国~
 インドの北東に面する隣国、ネパール。

 ブータンやチベットと並んで欧米からは「シャングリラ」と呼ばれるこの国は、国土面積15万k㎡(北海道の約2倍)、人口約2,500万人の小さな国だ。

国の概要
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名称 : ネパール国(ネパール王国とも)
面積 : 1,470,000k㎡
首都 : カトマンズ(カトマンドゥ、Kathmandu)
人口 : 2,530万人(2004年)
国旗 : ネパールは、世界でただ一つ国旗が四角形でない国だ(1962年から採用)。
      青い縁取りはヒマラヤを、中の赤色は国民を示している。
      上部の月模様、下部の太陽模様は、王家・ヒンドゥー教への篤い信仰を示し、
      国家・信仰が月や太陽の如く永続するようにとの意味が込められている。
国教 : ヒンドゥー教
言語 : ネパール語(ヒンドゥー語と似ている)
時差 : 日本時間 - 3時間15分
      こんな中途半端な時差があって良いのか・・・。
      インドの時差(3時間半)もたいてい中途半端だと思ったが、
      まさか15分単位が存在するとは。
標高 : 首都カトマンズは約1,300mだが、標高8,000m級のヒマラヤ山系もある
国花 : シャクナゲ  国獣 : 牛  国鳥 : キジ(虹雉)
通貨 : ネパールルピー(1ネパールルピー=1.7円)
      インドルピー紙幣がそのまま使用可能。
      だが、インドの500/1,000ルピー紙幣の偽造が深刻化しており、
      この2種類の紙幣は「使用出来ない」。
      ※但し、闇市場や高額な物を扱う店では、受取ってくれる場合も。
貿易 : 輸出 インド・アメリカ
      輸入 インド・シンガポール
産業 : 農業(国内GDPの約40%を占める)
      観光事業(10~20%を推移、国内治安に左右される)
      既製服/カーペット類


歴史
 ネパールの歴史は殆どカトマンズ盆地の歴史といってもよく、聖人ナイア・ムニがカトマンズの谷底を乾かして、その場所を住処としたとの記述に始まる。
 これは勿論神話だが、実際に大昔カトマンズ盆地は湖の底だったということが、近年の地質調査から明らかになっている。

 インドに数多くの足跡を残している仏教の始祖ブッダだが、彼が誕生したのは現在のネパール領内のルンビニというところだ(紀元前6世紀)。
 その後、インドのマウリヤ王朝のアショーカ王が、ダウリでの戦いを機に仏教に改宗、紀元前3世紀にこのルンビニを訪れたという記録が残されている。

 ネパール内に確固たる王朝が成立したのは、4世紀頃。
 リッチャヴィ王朝がカトマンズ盆地一帯を支配した。
 これにとって代わったのがマッラ王朝で、10世紀から15世紀まで彼らが支配王朝だった。
 15世紀中頃、マッラ王朝の3人の王子がカトマンズ、パタン(Patan)、バクタプル(Bhaktapur)で独立国を立上げた。この3箇所には、今でも保存状態の良い王宮の跡が残っている。

 16~18世紀、ネパールには、イスラム勢力にインド本土を追われたヒンドゥー勢力が多数流入してきた。
 彼らのうち、カトマンズの西方のゴルカ(Gorkha)に拠点を置いたプリティヴィナラヤン・シャー(Prithvinarayan Shah)が、1768年にカトマンズを制圧し、3つに分裂していたカトマンズ盆地を完全掌握し、その後ネパール全土を支配下に置いた。

 1814年~1816年、ゴルカ王朝はインド大陸の完全掌握を狙うイギリスと対決(第1~3次ゴルカ戦争)。イギリスに負けたゴルカ王朝はイギリス保護国となり、高い戦闘能力を買われたゴルカ兵は、イギリス軍の傭兵部隊となることを義務付けられた。
 彼らは、なまってグルカ(Gurkha)と呼ばれ、インド独立戦争のきっかけとなったセポイの反乱でインド軍鎮圧の大切な戦力となった。
 20世紀に入っても、彼らはどんどん危険な戦場に投入された。第二次世界大戦ではビルマ戦線で日本軍と、1982年のフォークランド紛争(南米最南端の英領フォークランド諸島にアルゼンチンが侵攻、イギリスがこれを奪還した)でもイギリス軍として参加している。

 シャー王朝はイギリス保護の下存続するが、1846年には属下のラナ家に支配権を握られ、以降1951年まで、同家から輩出する宰相による国政運営が続いた。
 1951年、トリブバン国王はイギリスから独立したインドの影響を強く受けながら、民主化への舵取りを行う(立憲君主制への移行)。
 しかしその息子マヘンドラ国王の治世期以降、再び国王の支配力を強化する動きが出始めると、民主化運動が激化。
 1990年に、国民主権をうたった新憲法が制定された。

 昨今の情勢不安が出始めたのは、1996年くらいからだ。
 中国の影響を強く受けるマオイスト(毛沢東的共産主義者)たちが、ネパールの王制打倒を掲げて活動を活発化、国内気運も国の民主化へと動いていた。
 この時期、王家は親中派のビレンドラ国王・ディペンドラ皇太子と、親印・米派のギャネンドラ王弟とに分かれていた。国民からは、民主的路線を進める前者が慕われていた。
 しかし2001年、王族の晩餐会で銃乱射事件が発生、ビレンドラ国王・ディペンドラ皇太子はじめとする王族殆どが死亡する惨事となった。王室の公式発表では、ディペンドラ皇太子が銃を乱射したとなっているが、動機が不十分、事件後の対応に不可解な点が多い等の理由により、ギャネンドラが王権奪取をせんと行った線が強い。
 事件後王位を継承したギャネンドラは、一方的に非常事態宣言を発令、議会停止、専制人事などを行った。
 このなりふり構わぬ絶対君主制の復活に、国内の民主化活動が爆発、2006年4月24日に国王は国民への権限委譲、議会政治復活を認めた。同月27日にコイララ首相率いる新政権が誕生した。
 同政権下、国王の権限は大幅に縮小され、国家統帥権剥奪、国歌変更(以前の内容は国王を讃える内容になっていた)、政教分離などが議決された。

 目下、問題視されているのは、今後の体制を象徴君主制とするか、共和制まで一気にもっていくかということだ。




 インド周辺 第15回旅行 ・・・ カトマンズ
 インド周辺 第16回旅行 ・・・ パタン
 インド周辺 第17回旅行 ・・・ バクタプル
 インド周辺 第18回旅行 ・・・ カトマンズ周辺ほか
by bharat | 2007-03-02 10:30 | インド周辺国ぶらり旅
File No.007 タール砂漠のサンタクロース
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 AgraにあるホテルThe Oberoi Amrvilasに入っている土産物店で購入したもの。

 砂漠を行くラクダを引くサンタクロース・・・突っ込みドコロ満載である。


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 どう考えてみても、オカシイ。
 インドで有名な砂漠といえば、ラージャスターン州に広がる大タール砂漠が有名なところだが、ここは日中の気温が40~50℃、酷いときには55℃にまで上昇する。
 その中でこの格好。
 通常のサンタクロースを想定するならば、恐らく羽織っているのは、鹿の皮革等で出来たオーバーコートだろう。
 バブル全盛のTV番組「ザ・ガマン」でもこんな残酷な企画はしないのではないか。

 それにしても、このサンタクロースの余裕綽々の表情・・・子供の夢を背負う者の大物ぶりが伺える・・。
by bharat | 2007-03-01 10:30 | インドのいやげもの