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第105回旅行は、紀元前2500年の町ロータール
 ジャイナ教の聖地パリタナから車で北東方面へ。
 3時間ほどで、ロータール(Lothal)に到着。

インダス文明期の貿易拠点
 このロータールは、1954年に発見された。
 翌1955年から1962年までの本格発掘により、全貌が明らかになった。
 現在のパキスタンにあるハラッパ、モヘンジョダロと同時期に栄えた場所とされている。
 この3箇所は、紀元前2500年から紀元前1800年頃に隆盛したインダス文明の拠点であった。
 特に、このロータールは、貿易拠点として栄えたらしくその痕跡も残っている(後述)。尚、この地は、紀元前1900年頃に放棄され廃墟化し、僅かに残った住民も紀元前1700年には全く居なくなったと言われている。


港湾跡(The Dock)
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 ロータールが貿易拠点であったことを示すのがこの遺跡だ。
 216m x 37mのドック施設に、絶え間無く船が往来していたと思われる。
 今は完全に干上がってしまっているが、当時はこのあたりまで海岸線がきていた。
 確かに、砂を舐めたら塩の味がした。


アクロポリス(Acropolis)
e0074199_2272155.jpg この建物は、上述した港湾を往来する船舶や貿易物資の管理業務などを行う政務舎であったと言われている。
e0074199_227886.jpg 紀元前2500年という時代にも、水道設備があったことが確認出来る。
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住宅街(Lower Town)
e0074199_2395467.jpg アクロポリスから一段低くなったところには、住宅街が広がっている。
 復元作業があまり進んでいない印象を受けるが、最近周辺の土地を収用したとのことで、今後大規模な発掘・復元が進む計画らしい・・・真偽の程は定かではない。



オススメ度(100%個人主観)

    ★★★☆☆ ・・・ モヘンジョダロに行かなくともインダス文明を堪能出来る!?

所要観光時間

    1時間
by bharat | 2007-06-18 10:30 | インドぶらり旅
第104回旅行は、ジャイナ教の聖地パリタナ
e0074199_215081.jpg グジャラート州の中規模都市であるバーヴナガルから車で南西方面に約1.5時間。
 シャトルンジャヤ(Shatrunjaya)山のふもと、パリタナに着く。


ジャイナ教の聖地
 伝説では、シャトルンジャヤは、ジャイナ教の最初の祖師(ティールカンタラ)のアディナータがここを訪れたことに端を発するという。ちなみに、彼はマハーヴィーラとかジナとかいう名でも知られており、彼がジャイナ教を開いて以降総勢24名の祖師が出た。

 時代は大きく飛んで10世紀頃。
 この一帯は、イスラム勢力が支配していた。
 そんな最中、ジャイナ教徒たちはこの山の地形を巧妙に活かして崇拝の拠り所となる寺院を建てていった。即ち、幾重にも重なる山の尾根の間に壮麗な寺院を建てたのだ。
 その寺院は現在も尚建築中のものがあり、その総数は800とも900とも言われている。

e0074199_1203153.jpg 山のふもとには、入口ゲートのような建造物と、その脇に受付事務所がある。
 観光地ではなく巡礼地なので、観光自体には費用は発生しないが、写真撮影許可費用として費用がかかる(たしか50ルピー(約150円)くらいだった)。
e0074199_1282284.jpg 寺院群の最上部まで階段4,000段もあるということで、受付事務所付近には旅籠が待機している。
 6月はオフシーズンということもあり、御客は稀。
 すぐに、旅籠屋のオッサンたちが集まってきた。
 結局、1人500ルピー(約1,500円)で妥結。


e0074199_1435746.jpg 旅籠で一路頂上を目指すのだが、これがまたとても乗り心地が悪い。
 棒切れに四角い台座をぶらさげているだけなので、びらさげている紐がヒザやら背中やらにこすれて痛い・・・。
e0074199_1391134.jpg その上。。。
 想像はしていたが、人足がよく休憩を取るのである・・・。
e0074199_1394141.jpg 早く行くよう促すと、タコの出来た肩を見せて、こんなに頑張ってるんだからもうちょっと休ませてよ、とせがんでくる・・・。
 いつ着くんだ、頂上に。

e0074199_118423.jpg 因みに、このような人足4人タイプの旅籠もあったようだが、これもまた乗り心地悪そうである。


              先の見えない歩道を延々進む・・・。
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e0074199_141681.jpg 何十回と人足の休憩をはさんで、漸く頂上部に到着。
 入口門の珍妙な石像たちに出迎えられる。

 実にふもとを出発してから2時間半経過していた。


 頂上の高台からは、全方位に広がる寺院群を一望。
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 中でも、一際目立っているのがこのアーディシュワラ(Adishwara)寺院。
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e0074199_1464042.jpg ベースは10世紀頃の建立だが、その後増改築を繰返し、16世紀頃に完成されたという。
 今もって、多くの信徒が礼拝に訪れており、このときも行列が出来ていた。


 他にも、荘厳な寺院が数え切れないくらい建っていて、目が回りそうである。
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e0074199_1532248.jpg 驚くのは、信徒の寄付が絶え間無く続いたおり、未だに寺院が新造され続けていることだ。
 10年・20年後に再訪したら、また新しい寺院が誕生しているに違いない。

 


オススメ度(100%個人主観)

   ★★★★★ ・・・ 信仰心の成せる業を目の当たりに出来る

所要観光時間

   5時間
by bharat | 2007-06-17 10:30 | インドぶらり旅
第103回旅行は、精巧な木造建築が残るバーヴナガル
e0074199_11152677.jpg グジャラート州の中心都市アーメダバードの南方約270km。
 州の東部の内海であるカンベイ湾に程近いところにある静かな中規模都市が、バーヴナガルだ。
 ムンバイからのフライトが毎日出ており、アクセスは簡単。


牛にも種類があった!?
 この人口60万人弱の街の歴史は、さほど古くない。
 当時この一帯を治めていた王バーヴシンジ・ゴーヒル(Bhavsinhji Gohil、生1703~没1764)が街として整備したのが始まり。彼はこの地を海上輸送を想定に含めた貿易拠点として考えていた。というのも、17世紀後半からの列強進入により海上航行がかなり活発になっており、港の多かったグジャラート州には、アフリカ沿岸部・シンガポール・ペルシャ湾岸との貿易が頻繁に行われていたのだ。
 このバーヴナガルからは、インドで取れた綿が輸出された。
 また、この一帯はマハートマー・ガンディーの政策により、1930年代より塩田の設置がなされた。

e0074199_13544575.jpg 市のほぼ中心に位置する丘の上にあるタクテーシュワル寺院(Takhteshwar Temple、1893年建立)からは、街の奥方に海(カンベイ湾)を見ることが出来、当時この街が交易都市として機能していたことも納得出来る。


 市街を車で流すと気づくことが2つ。

 まず、牛の雰囲気が微妙に他の地域と違う。
 よく見ると、角の形状がちょっと違うのだ。

e0074199_14293549.jpg これがインドでよく見る牛の角。
e0074199_1484021.jpg これがバーヴナガルの牛の角。
 角が太く、とても勇敢な印象を受ける。
e0074199_1455356.jpg 例えるなら、黒田長政の兜のような感じ。


 もう1つは、装飾の凝った木造建築があること。
 市街地に入ると、縦長の建物の柱や上層階部分のベランダなどに、木造の柵が見受けられる。
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 ラージャスターン州の砂岩で造ったハヴェリ(邸宅)建築を木で模したようにも見える(例えばジャイサルメールのハヴェリはコチラ)。
e0074199_1538125.jpg 最近建築されたもので木造のものは殆ど無くなったようだが、それでもデザインは踏襲されており、石・漆喰造りの建物でも概観は似ていたりする。


オススメ度(100%個人主観)
 
    ★★★☆☆ ・・・ ここだけでは物足りないが、パリタナ等と一緒に周りたい


所要観光時間

    1.5~2時間
by bharat | 2007-06-16 10:30 | インドぶらり旅
File No.014 象の帽子
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 ネパールの首都であるカトマンズに程近い古都バクタプルの露店で見つけた。
 頭のサイズが合わずかぶれないのだが、デザインが気に入って、つい買ってしまった。

 ネパールの国教はヒンドゥー教ということもあり、象というキャラクターは比較的神聖視されているようだ。
 インドほどでは無いようだったが。

 しかしこの帽子、地元民はどんな局面で被るのか・・・ついぞ旅行中にこの手の帽子に御目にかかることは無かったが。

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by bharat | 2007-06-15 10:30 | インドのいやげもの
第102回旅行は、世界遺産モスクのあるチャンパーネル
e0074199_1332163.jpg ヴァドーダラ(バローダ)を北東に約50km(車で1時間くらい)。
 パーヴァガル(Pavagadh)の山とチャンパーネル(Champaner)に到着する。


インドで一番若い世界遺産

 パーヴァガルの山およびチャンパーネルのモスク群は、2004年にユネスコによって世界文化遺産指定を受けた、インドで一番若い世界遺産だ(2007年6月現在)。

 この一帯の歴史は8世紀にまで遡る事が出来る。この土地の王ヴァンラジ・チャヴダ(Vanraj Chavda)が親友であり臣下のチャンパ(Champa)将軍の名を土地に付けた。
 その後、ラージプート民族(ラージャスターン系の戦闘民族)がここを支配下とした際に、軍事拠点として後背のパーヴァガルに要塞を築いた。
 この要塞は、1484年にムハマド・ベガダ(Mahmud Begada)というスルタン王朝の王によって征服され、次いで1535年にはムガル帝国の第2代皇帝フマユーン(彼の霊廟はデリーにあり、世界遺産に指定されている)によって平定された。



パーヴァガル山のカーリー寺院
e0074199_994441.jpg パーヴァガルとチャンパーネルは隣接する山と平地で、前者パーヴァガルの山頂にはカーリー女神を祀った寺院およびジャイナ教寺院がある。
 毎日、相当数の参拝者がおり、特に週末ともなると、すごい数の教徒たちがここを訪れる。


e0074199_9103860.jpg 山へのアクセスは、徒歩あるいはロープウェー。
 徒歩だと片道30~45分かかるが、ロープウェーなら約5分で行ける。
 料金は、片道だと55ルピー(165円)、往復で87ルピー(261円)。
 中流層の人達にしか払えないくらいの料金設定だ。
e0074199_8515652.jpg にも関わらず、結構な行列が出来ていた。


e0074199_8532420.jpg ロープウェー降場からカーリー寺院までは、露店街を通りぬけて約5分ほど歩かねばならない。
 山頂にも関わらず、この露店街が結構盛況を呈している。
e0074199_8555326.jpg 華やかな装飾を施した牛や、
e0074199_856349.jpg カーリー女神(正確にはドゥルガー女神)の乗り物であるトラのぬいぐるみなどに出くわす。


e0074199_905690.jpg 露店街を抜けると、少し開けたところに出る。
 ここには、人造湖を取り囲むように小さなヒンドゥー寺院が建っているほか、ジャイナ教寺院も残っている。
e0074199_914973.jpg 歴史的背景は分からないのだが、この場所はジャイナ教徒たちにとっても、由緒ある場所であるらしい。
 しかし、このジャイナ教彫刻の痛み具合が半端ではない・・・そこらじゅうにカーリー寺院礼拝者と思しき人達の落書きがされている(ジャイナ教徒が自分の寺院にこんな事をするとはまず考えにくい)。

e0074199_943539.jpg さて目当てのカーリー寺院なのだが、このような長蛇の列が出来ており、しかも非ヒンドゥー教徒が中に入れるかは不明だったので(聞く人によって答えがマチマチ・・・インドでは御馴染みにパターンだが)、本堂突入は断念。


e0074199_983483.jpg この山頂部分だが、ヒンドゥー寺院よりもジャイナ教寺院の方が数は多い。
 人造湖周辺のほかにも、いくつかジャイナ教寺院や建物跡があった。
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e0074199_9125340.jpg 帰りもロープウェー。
 乗り場で、男子グループと女子グループに夫々声をかけられる。
 彼らはグジャラーティー語を話すのだが、ヒンディー語が強烈に訛ったような言語なので、かろうじてヒンディー語で会話が出来た。
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 ガイジンに会うのがたいそう珍しいらしく、国籍やら住んでいる場所やら色々聞かれた。
 で、御決まりの写真撮影。


e0074199_9153445.jpg ロープウェーを降り、出口方面を進むと、さっきの男子グループが待ち受けてて、人形劇を一緒に観ていかないかと誘ってきた。
 よく見ると、広場にイスと簡単な舞台がある。
 10ルピー(30円)で、シュールな人形劇を観劇。



モスク群
 平地のチャンパーネルには、上述したスルタン王朝期に建造されたモスクが綺麗に残っている。

ジャミ・マスジッド(Jami Masjid)
e0074199_1311599.jpg 一番目立つところにあるのが、このモスク。
 中央のモスクを取囲む壁は殆ど崩れていない。
e0074199_1374678.jpg 内側に通じる大きな門。
 彫刻が細かく、かつ痛んでいない。
e0074199_234897.jpg モスクは、2本対称の尖塔が特徴的。
 高さは30mあり、いずれも欠けることなくそびえ立っている。


 モスクの外壁は、砂岩を彫った細かい彫刻がビッシリ。
 内部には、四角-十角形-円形への続く丸いドームがあり、彫刻が細かい7つのミラブ(Mihrab、礼拝する方向に柔らかにくり貫いたデザインの出窓状の空間)がある。
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e0074199_2101570.jpg あと目立つのが、この柱。
 なんと、172本もあるらしい。
 建築上、必ずしもこんなに必要ではなかったと思うが、何か宗教的な意味合いでもあるのか・・・?
 こんなポップな壁面もいくつか見ることが出来る。
 妥協の無い左右対称を追求するイスラム建築にあって、この自由なデザイン配置はちょっと珍しい。
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ケヴダ・マスジッド(Kevda Masjid)
e0074199_227358.jpg ジャミ・マスジッドからちょっと離れてあるのが、このモスク。
 これも、1458~1511年のスルタン王朝ムハマド・ベガダ治世期に建てられた。
 目下、修復作業の真っ只中だった。
e0074199_2274882.jpg モスクは、ジャミ・マスジッド同様、2本の尖塔が入り口に狭い間隔で立っているタイプ。


 特徴的なのは、もしろモスクの前に建っている建造物。
 セノタプ(Cenotaph)と呼ばれ、要は霊廟にあたるものらしい。


ナギーナ・マスジッド(Nagina Masjid)
e0074199_381317.jpg ケヴダ・マスジッドの脇を歩いて進む。
 灼熱の気候の中、15分ほど歩く。
 すると・・・
e0074199_2535885.jpg こんなモスクが見えてくる。
 これも、前述の2つのモスクと同時期に建築されたものだ。
e0074199_3114059.jpg 建築様式は、ケヴダ・マスジッドと酷似しており、モスクとセノタプの1セット形式。
 ただ、残念ながらここのもすくの尖塔は途中からポッキリ折れてしまっている。


e0074199_3125389.jpg しかし、それを補って余りあるのが、このセノタプの完成度と保存状態の良さ。

 一族の繁栄等を意味する、1つの幹から幾重にも広がる木々のデザインは、実に見事な彫刻だ。
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オススメ度(100%個人主観)

   ★★★☆☆ ・・・ 通好みな隠れ歴史スポット

所要観光時間

   3時間
by bharat | 2007-06-14 10:30 | インドぶらり旅
第101回旅行は、マハラジャの街ヴァドーダラ(バローダ)
 グジャラートの中心都市アーメダバードの南東100kmにある街ヴァドーダラ(Vadodara)が今回の目的地。
 バローダ(Badora)とも言われている。

工業都市であり文化都市であり
e0074199_2241180.jpg 人口約150万人のこの街には、大学・研究機関や巨大インド企業などが多数あり、空港の外見もちょっと知的な印象(?)を受ける。


e0074199_2262854.jpg 人造湖には、巨大シヴァ像。
 ヒンドゥー教徒が大半を占める地域である。


e0074199_2291565.jpg 現在も藩王(マハラジャ)の末裔が住んでいるというこの地域は、昔と今が混在した斬新なデザインの建物が多い。
 これは、裁判所(上が新、下が旧)。
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e0074199_22111576.jpg このバローダ博物館(Baroda Museum)も、この地域にしても珍しいデザインをしている。
 ケーララ州でよく見る、木造建物風だ。

 余談だが、建物外観は立派、展示物もなかなか良いのだが、職員の対応が最悪だった。
 州立なので致し方無いというところか。



マハラジャの生活を振返る
 先程書いたように、ここには未だにマハラジャ(の末裔)が住んでいる。
 それが、このラクシュミ・ヴィラス(Laxmi Vilas)宮殿だ。
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 ときの藩王サヤジ・ラオ・ガイクワド(Sayaji Rao Gaekwad)が、1878年から1890年にかけて建てた宮殿で、今も彼の末裔たちが2階と3階に住んでいる。
 まずこの外観が凄い。

 向かって右がヒンドゥー教寺院(Mandir)建築、中央右がシク教寺院(Gurudwala)建築、中央左がキリスト教会(Church)建築、左がイスラム教礼拝堂(mosque)建築に則っており、全宗教のテイストを盛込んだ建物になっている。
 建物の全長は155mもある。
 総部屋数は、186部屋。
 窓の数が6,000を超え、天井のドームのガラスはベルギーから持ってきたもの。
 建材は、100%石。
 様々な色の砂岩と大理石を使っており、インド製およびイタリア製だ。



e0074199_2225613.jpg 外壁の彫り物はとても細かく、精緻な出来栄え。
e0074199_22371853.jpg 中庭には、イタリア建築の噴水があり、彫像は全てヴェニスから持ってきたもの。
 この反対側には、マハラジャの武器コレクションがあり、日本刀もある。
e0074199_2239028.jpg エレファント・ホール(Elephant Hall)と呼ばれる広間には、文字通り像の彫刻を壁に施してある。
 白大理石に金をあしらった内壁はキラキラ光っていた。
e0074199_22461159.jpg このダルバー・ホール(Darbar Hall)には、1,000脚の椅子を収容することが可能で、晩餐会などに使用されたという。
 広さは、28.5m x 13.5m x 15m。
e0074199_22491340.jpg 広間に入ることを許されなかった女性たちは、この出窓のようなところから会の様子を見ていたという。
e0074199_22503684.jpg ステンドグラスはドイツ製だが、モチーフは「ラーマーヤナ」などのヒンドゥー神話になっており、興味深い。
建物向かって中央の出入口は「王様の出入口」と呼ばれており、細かな彫刻を施した壁に、3色の大理石を使った床が特徴的。
 因みに黒大理石はマハラシュトラ州から、白大理石はラージャスターン州から、黄大理石はイタリアから持ってきたもの。
e0074199_22542831.jpg モザイクの壁画も見事。



e0074199_22564436.jpg このラクシュミ・ヴィラス宮殿に程近い場所に小さな博物館がある。
 マハラジャ・ファテーシン(Maharaja Fatesingh)博物館だ。

 内容は、要はマハラジャの所有物をダーっと並べているだけなのだが、ヨーロッパの絵画から、日本の九谷焼・有田焼・伊万里焼などもあり、実に世界中から贅沢品を収集していたのだなと感心してしまう。



オススメ度(100%個人主観)

     ★★★☆☆ ・・・ 「生きた」マハラジャ宮殿が圧巻

所要観光時間

     3時間
by bharat | 2007-06-13 10:30 | インドぶらり旅
Hotel (16) The Oberoi Cecil
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<名称>
 オベロイ・セシル The Oberoi Cecil

<住所>
 Chaura Maidan, Shimla, Himachal Pradesh 171001 INDIA

<電話番号>
 +91 177 280 4848

<宿泊料金>
 Rs7,000~8,000-(約21,000~24,000円) / 日

<特徴>
e0074199_1815364.jpg 建物の歴史は、英国植民地時代の1888年にまで遡る。
 当時この英国人所有の洋館で、給仕をしていたM.S.オベロイは、僅かな金額で洋館を譲受け、ホテルに改装後、1934年にThe Oberoi Cecilを第1号としてホテル業をスタートさせた。
e0074199_18135752.jpg 重厚感のある内装、飾らない落着いた装飾は、現在インドはじめ世界中で展開する全てのオベロイホテルの御手本になっているのかも知れない。
e0074199_1816325.jpg 英国風の朝食も美味。

by bharat | 2007-06-12 10:30 | ホテル情報
第100回旅行は、インドの軽井沢シムラー
 インド国内も、今回で100箇所目。
 今回は、英国植民地時代の避暑地として高名なシムラー(Shimla)。
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暑い夏を凌ぐ夏季限定の都
e0074199_211562.jpg 1814~16年のゴルカ戦争(ネパールと英国の戦争、詳細はコチラ参照)ののち、英国はこのシムラー丘陵地帯の存在を知るようになった。
 当時、英領インドの首都はコルカタにあったが、標高2,130mで夏季に程良い気温を保持するシムラーを、英領インドは夏季の首都に定めた(1864年)。

e0074199_2112351.jpg コルカタあるいはデリーからシムラーまでのにもつの大量輸送は困難を極めたが、それも1903年にシムラー~カールカ(Kalka、シムラーから100km)間、1906年にカールカ~デリー間で鉄道が開通すると解消された。
 この2路線は現在も現役で、、前者はトイ・トレイン(狭軌の登山鉄道、同タイプのダージリン・ヒマラヤ鉄道は世界遺産登録されている)、後者はカールカ・シャタブディ特急が毎日運行されている(電車の様子は後述)。

 その後、シムラーは旧パンジャブ州、次いで1971年からはヒマーチャル・プラデシュ州の州都となった。

 その避暑地としての歴史の古さから、今でもシムラーは数ある避暑地ヒル・ステーション(Hill Station)の代表としてそのステータスを保っている。


英国建築の雰囲気に和む
 避暑地なので、あまり観光場所は無いのだが、英国植民地時代に建てられた洋館が立並ぶ街並みは独特な雰囲気を出している。
 
e0074199_2030629.jpg これは、市役所。
 1888年に建てられた洋館だが、今尚現役。
e0074199_20401896.jpg その隣にも立派な建物があるが、これは現在警察署として機能している。


e0074199_2041649.jpge0074199_20412117.jpg これは、教会と図書館。
 夫々1844年、20世紀初頭に建てられた。


e0074199_20433492.jpg その他にも、至るところに洋館が立並んでいる。



改善の余地は無いのか・・・
e0074199_20475455.jpg 但し、これらの雰囲気をぶち壊して余りあるのが、この町全体の機能不全状態。
 まず、丘陵地にへばりつくように街並みが形成されているため、細長い街道や歩道がハイシーズンの人口集中に耐えられない。
e0074199_20484057.jpg メインの広場(スキャンダル・ポイントと呼ばれている)へのアクセスルートは限られており、最もポピュラーなのがこのエレベーター。
 なんと小型のものが2基しかない。
 当然滅茶苦茶並ばないと乗れない。
 加えて、エレベータには8人乗りと書いてあるのだが、毎回10人以上詰めて乗込む・・・いつ落下事故が起きてもおかしくない。


 車は渋滞するし、ゴミはそこら中に散乱しているし・・・これで毎年観光客が殺到し続けるのがナゾである。
 少なくとも、私は相当不快な思いをした。
 唯一避暑地を体感して落ち着いた雰囲気になったのは、ホテルに居たときだけだった。

 州政府・観光局など、当事者はもう少しこの惨状を改善して欲しいものである。


アクセス方法
e0074199_2152286.jpg シムラーへは、飛行機か鉄道か車で行くことになる。
 飛行機は大変便利だが、月・水・金・日と隔日しかフライトが無い。
 今回、往路はこの空路を使った(Air Deccan便)。



 鉄道は、上述したように特急列車(デリー⇔カールカ)+トイ・トレイン(カールカ⇔シムラー)と繋ぐことになる。
 今回の復路は、車+特急列車を使った。

e0074199_218373.jpg これがトイ・トレイン。
 かわいいディーゼル機関が客車を引っ張る。


 特急列車カールカ・シャタブディは、インド随一のクオリティ。
 座席は綺麗、夕食も美味だった。
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オススメ度(100%個人主観)

     ★☆☆☆☆ ・・・ 避暑地なら、もう少し落着きたい

所要観光時間

     3時間
by bharat | 2007-06-11 10:30 | インドぶらり旅
第99回旅行は、文字の無い村ビマ(ベマ)
 レーから北西に進み、ビマ(ベマ)(Bema)というとても小さな集落に到着する。

実質的インド最北端の村
e0074199_17225964.jpg もう1つ丘を越えれば、パキスタンとの停戦協定ラインというところに位置するこの村。
 村落の殆どは山の上にあり、店が数軒並ぶ小さなマーケットだけが平地の幹線道路沿いにある。
 幹線道路を更に小1時間行くと、インド陸軍の基地があるらしい。


e0074199_17383082.jpg 因みに、このあたりでは、電話の電波が全く来ていない。
 唯一の通信手段は、軍事基地に申請を上げて許可を貰い、衛星通信を使って電話をすること。

 この子供も、このオモチャが何なのか、分かっていないに違いない。



ナゾの民族ブロクパ
e0074199_17291350.jpg ここに住む民族は、未だにナゾに包まれている。

 民族の名は、ブロクパ(Brokpa)。
 ラダック系ではなく、アフガニスタン地域から来たと推測されている。
e0074199_17311528.jpg この民族の特徴として、まず挙げられるのは文字が無いということ。
 コミュニケーション手段が口頭伝承しかない。

 従い、上述した「Brokpa」も、村民に聞いたものを英語表記したに過ぎない。
e0074199_17333657.jpg 文化。風俗面でも特筆すべき点が多い。
 異民族との交配を原則的にしないので、殆どが近親交配になっており、出生率の低さ・奇形児が多いことが問題視されている。
 入浴の文化は無く、草で体をこすって垢を落とす。

 男女問わず、頭に花を付ける。



 殆どの村民が居住する山の上に行って見た。
 部落長の家に御邪魔する。
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e0074199_1741726.jpg 家は2階建。
 2階部分にストーブがあり、ここが居間兼キッチン兼寝室になっている。
e0074199_1742867.jpg 1階部分は、家畜、飼料、食料や農耕具の保管スペースになっている。
 その一角に、このような石が埋まっていた。
 彼らはこれを守護石と呼んでおり、このあたりには仏教とはまた違う、原始的な自然信仰が未だ信じられていることが分かる。



 その晩、彼らが山から下りてきて、民族舞踊を披露してくれた。
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 この踊りというのが、この上なくグダグダなのだ。
 男性3名、女性3名の6名で行われたこの舞踊。
 まず、マスターしているのが先頭の部落長のオジイチャンだけ。
 彼が歌って踊るのを、時間差で他の5人が真似るといった感じで、踊りは進む。
 歌のペースは一定ではなく、歌の切れ間で突然手に持った布をクルクル回す。
 6名の舞踊団は、エンドレスにキャンプファイアーの周りをゆっくり回り、オジイチャンが方向転換すると、後続が方向転換に間に合わずぶつかる。

 ・・・この伝統舞踊、オジイチャンの代で終焉を迎えるのでなかろうか・・・?


オススメ度(100%個人主観)

    ★★★★☆ ・・・ 文化の多様性を実感

所要観光時間

    2時間
by bharat | 2007-06-10 10:30 | インドぶらり旅
第98回旅行はラダック西部 ラマユル・アルチ
 今回は、ラダック地方の中心都市レーから西に向かった。
 
 途中、カールシー(Khalsi)という場所に入るところで、車両のチェックポイントがある。
 ここで全旅客のパスポートおよび通行許可証(事前に入手しておかねばならない、今回はホテルが事前準備してくれた)を提示し、通行許可を貰う。
 このチェックポイント通過後、道は北西と南西の二手に向かう。
 まずは、カールシー市街を目指す。


みんなここで一息つく カールシー市街
e0074199_12593696.jpg カールシー市街に向かう道中、「Magnetic Hill」なる看板があった。
 強い磁力によって、上り坂なのに車がスルスル重力に反して動いていくというのだ。
 磁力というより、坂に対する目の錯覚だと思うのだが。


 この一帯を流れる2つの大きな川、インダス(Indus)川とサンスカール(Zanskar)川。
 この2川の合流点(サンガム)に差し掛かる。
 インダス川の緑がサンスカール川に吸収されていく様にしばし見とれていた。
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e0074199_13163573.jpg 途中、道行く車は我々のジープとシュールなライオントラックだけ。
 山合いにぶらさがるように作られた道路をウネウネと上り下りする。
e0074199_13181874.jpg 山間の僅かな平面を見つけては集落を作ったようで、山の切れ間に緑色をした集落が点在する。


e0074199_13215364.jpg チェックポイントがあるカールシーは、軍事上重要な場所にあたるようで、軍用トラックとすれ違うことが多い。
e0074199_13254293.jpg 隘路では、何十台という軍用トラックが縦列を作っていた。



e0074199_13273567.jpg レーから車を飛ばすこと約3時間、漸くカールシー市街に到着。


e0074199_13284562.jpg 駐車場の目の前にあった、何気なく選んだこの「モーニングスター・レストラン」。
 ここがアタリで、チベット料理が実に美味かった。
 トゥクパ(汁そば)、マトンライスはともに絶品☆
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ラマユル(Lamayuru)
 カールシーを更に西進。
 集落も無くなり、周りは何やら不思議な地形になってくる。
 その名も、ムーンレット・マウンテン。
 月面のような景色というわけだ。
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e0074199_14494498.jpg 丘の向こうから、いつC3POとR2D2が歩いてきてもおかしくない。



 1時間半後、ラマユル・ゴンパ(Ramayuru Gompa)に到着。
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e0074199_15948.jpg 11世紀に建立られたと言われるこの僧院群は、ラダック地方で最も古い建物の1つだ。
 伝説では、この僧院のふもとにあった湖で仏陀が滞留したという。
e0074199_15104792.jpg 集会場(Assembly Hall)には仏陀などの像が安置されているほか、11世紀にインドの仏教僧ナローパ(Mahasiddhacharya Naropa)が苦行した石窟跡も見られる。

e0074199_15143589.jpg 壁画は15世紀のものが殆どで、仏陀が色々な姿で描かれている。


 このゴンパには約150人の修行僧たちが住んでおり、直接仏事に従事していない人達もこの地域に居住している。
 マニ車と呼ばれる仏具(クルクル回すだけで、読経したのと同じ功徳を得られる、チベット仏教界の便利グッズ)を手に持ち、徘徊しながら談笑する老人たち。
 あくせくと洗濯の準備をする女の子。
 地元民も生活が僧院と一緒にある・・・現代社会のカット&ペーストの社会構造には見られない風景だ。
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e0074199_1641248.jpg 去り際、車をBダッシュで追いかけてくるオバチャン。
 出稼ぎに行った息子がくれた腕時計の時間を正しくセットしてくれと言う。
 いろいろ頑張ってみたのだが、時間調整ボタンが壊れていて、何も出来なかったので、オバチャンに事情を言ってそのまま返した。
 ・・・オバチャンは、残念そうに時計を受取ると、すぐに笑顔に戻って、手を振ってバイバイしてくれた。



アルチ(Alchi)
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e0074199_16265544.jpg このゴンパもまた古い。
 10世紀頃の建立と言われている。
e0074199_1629459.jpge0074199_16291920.jpg アルチ・ゴンパの特徴は3つ。

① 他のゴンパと異なり、平地に建っている
② 柱などの木造彫刻が立派
③ 粘土で出来た仏像に嫌いな色付けが施してある
 内部には、スマステク(Sumastek)寺院、太陽神(Verocana)寺院、ロツサ(Lotsa)寺院、マンジュシュリ(Manjshri)寺院があり、壁画・仏像を見ることが出来る(殆どの場所で写真禁止)。


e0074199_1638121.jpg 寺院の近くの骨董品屋は、なかなか充実している。
 観光シーズン前ということで、値段も手頃だった。

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駐車場の車。
 地元のアイドルなのだろうか・・・?




オススメ度(100%個人主観)

    ★★★★★

所要観光時間

    3時間 (車での移動時間を除く)
by bharat | 2007-06-09 10:30 | インドぶらり旅