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インドの激安自動車の全貌が明らかに!②
 1月15日に、インドの28万円カーについて触れたが、同僚がデリーのモーターショー(Auto Expo 2008 Delhi)に行って、更に詳細が判明。

1.名称とスペック
 車の名称は、Nano。
 内外装別に、価格帯を細かく分けるようだ。

【名称】 Tata Nano
【価格】 Rs.100,000- (約28万円)
      ローン購入の場合、
      3年なら月々Rs.3,200-(約9,000円)
      5年なら月々Rs.2,200-(約6,000円)
【寸法】 全長3,100mm x 全幅1,500mm x 全高1,600mm
      参考までに、日本の軽自動車の寸法は、
      全長3,400mm x 全幅1,480mm x 全高2,000mm
【排気】 623cc 33馬力 2気筒
【駆動】 4速マニュアル
【定員】 5名
【燃費】 20km/L (燃料タンク容量は30L)
【速度】 最高105km/h
【規制】 欧州環境規制Euro4に対応
      (因みにインドでこの基準はまだ強制されていない)
      クラッシャブルゾーン確保
      前席シートベルト

2.発売時期

 2008年9月より予約受付


3.外観
(1)Base Grade
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 スチールホイール、樹脂バンパーの安っぽさは否めないが、見栄えはハッキリ言って普通。
 28万円でよくここまで仕上げたと感心してしまう。

(2)高級Grade
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 ホイール、バンパーがグレードアップし、高級感が増している。
 価格がいくらになるかは不明だが、見栄えが良い。


4.内装
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 内装は、シンプルというか・・・貧相。
 致し方の無いところか。

 座席の薄さがとても気になるが、それが幸いしているのか、現行のインドの大衆車の代名詞であるスズキ自動車の「マルチ800」と比べて車内空間は20%も広いんだとか。

 計器類は最小限に止められ、ステアリング部分およびアクセル/ブレーキ/クラッチ部分を除いてインパネは左右対称に設計されている。
 将来的に、左ハンドル国への輸出も考えているのか!?


番外. インド勢の飽くなき野望
 更に驚くべきことに、インド2輪大手のBajaj Autoの「コンセプトカー」も展示されていた。
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 こちらも外観上は全く通常の車と遜色無い。

 来年くらいの発売になるのだろうか・・・?
 インドの若者へのマーケティングに定評のあるBajaj。
 恐らく、この車もかなりインドの若者層を食っていくことだろう。
by bharat | 2008-01-21 10:30 | ふと思うこと
インドの激安自動車の全貌が明らかに!
 インド、いや世界の自動車業界で密かな話題となっていたタタ・モーターズの「ワンラックカー(1 lakh car = Rs100,000 Car)」が1月10日、発表された。

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 見た目は、ベンツのAクラスをギュッと詰めた感じで、そんなに貧相なイメージは受けない。
 が、内外装のムダの削ぎ落としは、我々の感覚を遥かに超えるもの。

 現地新聞記事等によれば。。。

排気量 : 736cc(他紙には600cc、660ccとも)
気筒 : 3
馬力 : 33馬力(原付の50ccより遥かに低い)
最高速度 : 90km(他紙には70kmとも)
パワーステアリング : なし
パワーウィンドー : なし
サイドミラー : 運転席側のみ
ワイパー : 前面に1本のみ
速度計 : アナログ
タコメーター : なし

e0074199_1034143.jpg 上の数字がどれくらいスゴいかというと、スバルが1968年に発表したスバル360ヤングSSが36馬力だったと言えばイメージがつくだろうか。
 要するに、日本の40年前のスペックと同等ということである。


 コストを抑えるために、金属ボルト等を極力使わず、プラスティック部品や接着を多用したとも書いてある・・・剛性や衝突耐性は大丈夫なのか・・・?


 因みに、これをインド側では「新しい哲学"不足の精神"が生み出した勝利」・「ガンジー精神を載せたエンジニアリング」とアピールしているらしい。


 この車、果たしてインド自動車業界の救世主となるのか?
 はたまた、交通渋滞の主役となるのか?
by bharat | 2008-01-15 10:30 | ふと思うこと
デリー周辺大暴動の実態
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 この写真。
 つい数日前、私の友人が通勤途中に撮ったものである・・・。

 日本のメディアで如何程の騒ぎになったのかは分からないが、こちらデリーでは5月末から6月初旬は、この話題で騒然としていた。

 一体何が起こったというのか・・・。

2007年5月29日 部族蜂起・・・
 この日、ラージャスターン州の2つの地区で、グジャー(Gujjar、ヴァイシャ(商人)カーストの下位に位置するカースト)階級の民衆がデモを敢行。
 道路の封鎖などを巡って警官隊と衝突、同日だけで16名が死亡する惨事に発展した。

 デモの背景には、カースト制度と物質的近代社会が交錯する複雑な事情があった。
 グジャー階級は、上述したようにヴァイシャカーストにあたる。
 元々遊牧民を指すこのカーストの者たちは、商人とはいっても経済的には殆ど基盤を持たず、その下の指定カースト(スードラや旧不可触民などのカースト+指定部族)の者よりも貧しい生活を強いられている者も少なくない。
 インド1年滞在時のレポートでも記したが、指定カースト者には大学入学・就職・政治的要職に就くなどの際に様々な恩恵が付与されている(留保制度)。
 ラージャスターン州のグジャー階級者は、前回の州選挙の際、カーストの名にこだわるより実利を選択し、自らを下位カースト同様に扱う様求めていた。これを票獲得の好機と見た政党BJP党がこれを公約として見事州の政権政党になった。

 結局選挙後3年経った今も、公約は果たされず、これに業を煮やした一部の過激派が実力行動に出たというわけだ。

 デモ・道路封鎖の舞台が、デリージャイプールとを結ぶ大動脈国道8号線であったことから、騒動は想像以上に大規模化。
 31日には新たに6名が死亡した。


日系メーカー等にも大きな影響
 騒ぎは、隣州のハリヤナやウッタル・プラデシュにも飛び火。
 週をはさんで6月4日(月)には、ハリヤナ州グルガオン地区およびウッタル・プラデシュ州ノイダ地区に数多く入居している日系企業が事務所・工場を一時閉鎖するという事態にまで発展。

 4日の夕方になって、グジャー階級者のリーダー格とラージャスターン州政府との間で停戦協定が締結され、事態は一旦は収束を迎えた。

 この間の死者は、計30名にのぼった・・・。


指定カースト 本音と建前
 この騒ぎ、3ヵ月後に特別委員会が作成するグジャー階級を指定カーストに編入するかを報告書に纏め、審議されることになっている。
 その時点で編入が否認されれば再びグジャー階級者の反発が、是認されれば既得権益を保有している現指定カースト者からの反抗が出るのは必至で、9月くらいにまたデリー周辺で騒ぎが起きる可能性を残している。

 今回の一連の事件で、非常に興味深かったのは、急速な物質社会化に伴うインドの中位~下位カースト者の心理の変化だ。
 インド独立期には、ガンディーは下位カースト者を神の子「ハリジャン」と呼び、インド人民の一員であることを再認識させ、独立のパワーに転用した。
 独立直後の混乱期、アンベードカルは下位カースト者の悲惨な事情を糾弾し、ついには他宗教への改宗を行い、これを薦めた。

 歴史を紐解くと、指定カーストの考え方は、1935年に制定されたインド統治法に遡ると言われている。
 この法律自体は、英国政府が下位カースト者・山間部族らに特別に議席を与えたものに過ぎなかった。
 が、インド憲法制定時には、ガンディーや初代法務大臣となったアンベードカルたちによって、指定カースト・指定部族に一定の恩恵が付与されていった。これが、現在の留保制度の始まり。

 この解釈が、指定カースト以外にも拡がっていったのが、1993年。指定カースト・部族には厳密には該当しないものの、経済的に厳しい状況に置かれている人たちをOBC(Other Backward Classes)と呼び、彼らにも留保枠を新設した。

 一部の過激な知識層やヒンドゥー教至上主義者たちの強烈な反発に会いながらも、この制度はインド全土に広がっていった。


 時代は移り代わり、インドは只今年率8~9%の超スピード成長中。
 外資もドンドン流入、急速な物質社会への転換期を迎えている。
 経済的成長の牽引役は一部の富裕層と言われ、大部分の下層階級はこの成長を実感出来る環境には無い。
 そんな環境下、彼らが最近考えること。
 それは・・・

   <カースト制度で上位にいるより、経済的恩恵を取った方が良い>

ということだ。

 今回のグジャー階級者の行動は、正にこの真理に則っている。



 急速な近代化・物質化の波に飲まれるインド。
 カースト制度とどう渡りあっていくのだろうか・・・?
by bharat | 2007-06-05 10:30 | ふと思うこと
いよいよ来ました このシーズンが・・・
 何がって、暑さの話。

 インドの夏は、過酷だ。
 2月に短い冬が終わりを告げると、インド(特にデリーくらいの緯度の一帯)は夏モードに切替わる。
 特に4月からは、気温上昇速度が一気に全開。
 私の住むデリーは、連日40℃台を叩き出している。

 参考までに、MSNのサイトでデリーの週間の天気予報を見てみたら、
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  23日(月) 40℃
  24日(火) 41℃
  25日(水) 41℃
  26日(木) 40℃
  27日(金) 41℃
  28日(土) 41℃
  29日(日) 42℃

 全部40℃オーバー・・・地図マッカッカ。

 こう暑いと、毎日の日程も、少々抑え気味にせざるを得ない。
 営業周りなどで、1日中外出したりすると、グッタリする。
 勿論、外にずっといる訳ではないが、40℃(外、日陰殆ど無し)→20℃(屋内、冷房ガンガン)を何回も何回も繰り返すと、体がおかしくなってくる。
 
 
 この時期、週末のゴルフやテニスなども、12時近くの時間帯になるとかなり危険。
 脱水症や熱中症に可能性が高く、水分補給や日陰で休憩するなどの工夫が必要。


 この時期、観光名所のアグラヴァラナシなどは、連日45℃前後。
 私が、老後に個人旅行でこの辺に来ようと思っても、50℃以上になってて観光どころではなくなっているのではなかろうか・・・。


 恐るべしインドの暑さ、なんとかすべし温暖化・・・
by bharat | 2007-04-23 10:30 | ふと思うこと
いつも、ホッとした頃に・・・デリー近郊で爆破事件発生
 昨年7月のムンバイでの列車爆破事件から数ヶ月。
 大規模な爆破事件も無く、1月26日の共和国記念日のパレードも平和裏に終わったのだが・・・。

2007年2月18日深夜、デリー近郊で列車爆破
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 デリーから西方パキスタンのラホールに向けて、アターリー・エクスプレス(Attari Exp.)がデリーを出発したのは、2月18日夜。

2月18日
 22:50 Attari Exp.デリーを出発(16両編成)
 23:54 第4および5車両で不審物が爆破。両客車とも炎上。
 23:57 列車が緊急停止
       後ろ5車両(1~5)を切り離し、列車はAttariへ再出発。
2月19日
 02:50 第6~16車両のみ、Attariに到着


 しかし、爆発炎上した車両を置いて、すぐに再出発するというのが驚き。
 現場検証とか、他に不審物が無いかとか、しないのだろうか・・・?
 (恐らく、その場で調べたのだろうが、日本なら全面運休にするだろう。)

e0074199_19492554.jpg 塗装が剥がれた黒焦げの車両を見ると、爆破炎上直後の阿鼻叫喚の世界が容易に頭に浮かぶ・・・。
 この事故で亡くなった方は、現時点で67名、負傷者60余名という大惨事になってしまった。
 死亡者の棺は、デリーとアターリーの間にあるパーニーパットに並べられた。



 しかし、この手の事件はなかなか根絶されない。
 今回は、恐らく3月3~4日のホーリー祭を睨んでの犯行、またインド―パキスタンを繋ぐ列車を狙っている点に、非常に陰惨なメッセージ性があるように思える。

 長距離列車は、インド人たちの足であり、あらゆる階層の人が乗り合う交通手段だ。
 これは、客車のグレードが7~8種類くらいに分かれていることからも明らかだ。
 その様な交通手段に、完璧なセキュリティ対策を講じることは実質的には不可能と思われ、残念ながら今後も警備とテロリストとの鬩ぎ合いは続くのだろう。
by bharat | 2007-02-19 10:30 | ふと思うこと
橋梁崩落事故・・・他人事では無い
 12月2日(土)朝、ビハール(Bihar)州のバーガルプール(Bhagalpur)というところで、橋梁の崩落事故が発生。
 杜撰な管理体制・設備の老朽化等が原因だが、その因果関係よりも、日頃オンボロ橋をよく見ている者にとっては、「やっぱり崩れるんだ・・・」と、かなりヒヤッとしたものを感じた。

概要
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 上図が今回の事故の概要。
 まず、前提条件として、この橋梁は築150年と大変古いため、代替の橋が最近完成。
 古い方の橋は、取崩工事の最中だった。

 12月2日の7:25、橋の下をくぐる格好で、3071列車がバーガルプール駅に到着。
 このとき、列車の8両目以降は駅からはみ出て、第8車両が橋の真下に来る状態。

 この直後7:26、橋梁の取崩工事をしていた作業者が異常を察知、駅関係者に電車の出発を中止する様警告した。

 そして7:28、駅関係者が警告を無視して、電車を出したところ・・・

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 第8車両の真上に、橋が一気に崩落。
 35名が死亡、100名以上が負傷した。


道路インフラの老朽化と近代化する移動手段

 事件そのものが衝撃的なのは言うまでも無いが、この写真を見て驚いたのが、橋が殆ど煉瓦と漆喰だけで出来ていたらしいこと。
 これでは、崩れるに決まっている。
 当初馬車・自転車・軽量な自動車くらいしかしていなかった橋の上には、過積載の貨物トラックが往来し、その下を鉄道列車がガタガタ振動しながら行き交う。
 こんな環境で、橋が持ち応えられる訳が無い・・・のだが、こんな風景、実にインド中で見かけたりするのだ。

 インドに来て約1年半、だんだん感覚が麻痺してきたが、出張・旅行で陸路を使うときは要注意だな・・・やっぱり。
by bharat | 2006-12-10 10:30 | ふと思うこと
駐在員居住地域で、ガイジン殺し発生!
ベルギー大使館職員、刺殺される

 9月24日(日)、在デリーの駐在員たちに戦慄が走った・・・

 数多くの日系企業駐在員が居住する住宅街、Vasant Vihar地区で殺人事件が発生したのだ。
 被害者は、デンマーク大使館職員の47歳女性。
 自宅で刺殺された。

 我々が思ったのは、「なぜセキュリティがしっかりしたこの地区で発生したのか?」ということ。

 原因は至って簡単で、加害者は被害者が雇用していた運転手だったのだ。
 これでは、ゲートの門番だって、入門を止める訳にもいかないだろう。

 詳細はこうだ。

e0074199_5334194.jpg 日曜日、運転手に車を運転させて、夕食に向かった際、運転が乱暴なので注意をした。
 その後、再三の注意にも拘らず運転内容が改まらないので、女性は怒って車を降り、オートリクシャーで帰宅した。
 運転手が1人で女性宅に戻ると、女性の怒りは収まらず、金を運転手に叩きつけ、「アンタもうクビ!」とその場で解雇した。
 これで、運転手がキレてしまい、そのまま女性宅に侵入、キッチンにあったナイフで女性を22箇所のメッタ刺しにした。


 ・・・御互い、ちゃんと理論的な議論をしていればこんなことにもならなかったろうに。

 不謹慎な表現で誤解を招きたくは無いが、少しホッとしたというのが実感だ。
 というのも、これが無差別的な強盗殺人であれば予防のしようが無いが、上述の様な原因なら、日頃使用人や運転手を起用する際の対応に留意すれば良いと言うことになるからだ。
 地域的に危険とかいう事ではない。


 ・・・因みに、事件発生宅は、僕の今住んでいる場所と番地違いである。
by bharat | 2006-09-25 10:30 | ふと思うこと
終わりなきテロ (9月8日マレガオン)
9・11、テロについてインドで考える

 9月11日は、言わずと知れた2001年米国同時多発テロ発生の日。

 あの日以降、テロは世界各国で猛威を振るっている。
 それは、ここインドも例外では無く、というか、むしろ英米の次にターゲットになっている国なのかも知れない。
 昨年10月のデリー同時爆破テロを皮切りに、一定の間隔を空けて、コンスタントにインド国内で爆破事件が発生している。

 最近の記憶に新しいのは、今年7月12日に発生したムンバイの通勤列車爆破事件
 最終的に、死者は200名を超え、負傷者は700余名にのぼった。

 日本の報道には無いだろうが、9月8日にまた1件発生した。
 場所は、マレガオン(Malegaon)。
 ムンバイのあるマハラシュトラ州ナースィクの近郊だ。
 死者は分っているだけで31名、多くが子供だったという。
 爆破場所はモスク、つまりイスラム教礼拝堂の近くだった。


 最近のインドのテロの傾向として、少し不安になるのは、発生場所が段々ランダムになってきている点。
 このマレガオンの爆破や4月14日のデリー市内ジャミ・マスジッド爆破事件など、イスラム教徒の活動拠点でも事件が起きていて、事態が混乱してきつつある。

 我々として、せめて注意出来ることといえば、国の行事や宗教的祝い事の場になるべく行かない、というくらい。
 人口11億人のインドにあって、海外安全情報の「人の集まる場所に近づかない」はハッキリ言って不可能に近いが、気をつけるに越したことは無い。

 しかし、犯人や理由はまだ確定していないが、もしこの一連の事件が宗教的な理由に端を発するものだとしたら、多神教で教義が比較的寛容なヒンドゥー教徒には大凡理解出来ない行動だろう。
 また、彼らには分離独立や1980年代の宗教紛争の苦い経験が頭にある。
 皆、あんな事、2度としたくないと思っているにちがいない・・・。

日々の生活にも弊害が・・・

 一連のテロ騒ぎの結果、我々日本人(特に駐在員)の生活にも多大な弊害が。

 それは、インド国内の移動に欠かせない飛行機のセキュリティーチェックだ。
 デリー、ムンバイの爆破事件以降、それなりにタイトなチェックになったが、先般の英国でのテロ未遂以降、警戒レベルが一気にジャンプアップ。
 まず、機内持込荷物が1つに。これには女性用の小さなポーチ等も含まれる。
 身に着けるモノも徹底的にチェックされる。サイフの中身、名刺ケースの中は勿論、携帯電話の通話チェック、デジカメの作動チェックまで要求された空港もあった。
 極めつけは、医薬品類。塗り薬はNGだし、錠剤もNG。医師の処方箋を持っていればOKとのことだが、日本から持ってきた下痢止めや保湿剤などにそんなモノが付いている訳が無い・・・ということで持込不可。
 歯磨き粉もNG・・・宿泊先で調達するしかなくなってしまった。


 最近、若干緩和されつつあるが、地方の軍事・民間兼用みたいな空港では、未だ厳重な警戒態勢が敷かれている。

 困ったモンだが、インド正月(10月下旬)までは、警戒レベルが下がることは無いだろう。
by bharat | 2006-09-11 10:30 | ふと思うこと
第71回旅行は、蒼い海・にび色の港 バイザック
 アーンドラ・プラデシュ(Andhara Pradesh)州の海岸線沿い、オリッサ(Orissa)州境に程近いところにある、港湾都市バイザック(Vizag)。
 正式名称は、ヴィサカパトナム(Visakhapatnam)と舌を噛みそうだが、バイザックの方が地元でも通っているので、タイトルは通称で記した。

一大工業都市
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 ベンガル湾沿いにビーチが続くバイザックだが、実はインド有数の工業都市である。
 ムンバイに続くインド第2の貨物取扱いを誇る港湾、インド最大の造船所があり、その他重工業も盛ん。
 軍港としても有名。

ヒンドゥーゆかりの地として(ヒンドゥー寺院)
 インド名ヴィサカパトナムの、ヴィサカはヒンドゥー神の1人。
 ここは、マウリヤ朝やヴィジャヤナガル朝(都はハンピに置かれた)などの大国の支配下にあった。
 その影響か、この都市には、ヒンドゥー寺院・建築が数多く残っている。

シヴァ・カーリー御夫妻寺院
e0074199_4484680.jpg 海辺にある寺院。
 左がカーリー女神、右がシヴァ神を祀っている。
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 この2人、夫婦なのだが、カーリーは、パールバティがキレたときのバージョン。
 シヴァ神は破壊(と再生)の神として結構暴力的なのだが、カーリー女神はそのシヴァを踏んづけて、魔神の大量殺戮を繰り広げているのである。
 特に、彼女はコルカタとその周辺地域で圧倒的な支持を受け、独自の信仰文化を形成している。

カイラーサギリ(Kailasagiri)
e0074199_717769.jpg バイザック北の小高い丘にある公園。
 場所名は、文字通りカイラーサの丘・・・カイラーサはシヴァ神の住処。
 シヴァとその妻パールヴァティの大きな石像が見どころ。
e0074199_403062.jpg この丘には車で行けるほか、リフトでも行ける。
e0074199_411352.jpg 公園には、石像の他に灯台みたいな建物も。

ラーマクリシュナ寺院(Ramakrishna Mission)
e0074199_4202165.jpg 海辺のシヴァ・カーリー寺院のところから、少し丘を登るとある、新しい寺院。
e0074199_4205834.jpg 中に入ると、朝の御参りの最中だった。

ウトゥカル・サンスクルティカ・サマジ(Utkal Sanskrutika Samaj)寺院
e0074199_585163.jpg 別名ジャガンナート寺院。
 オリッサ州プリーにある世界遺産指定のジャガンナート寺院を真似て作られたから、こう呼ばれる。
 3つの建物が連なる構造が特徴的。
 因みに、プリーの建物の方がずっと大きい。
e0074199_5244496.jpg 寺の細部はオリジナルとは異なっている。
 とてもかわいい仕上がり。

シマーチャラム(Simhachalam)
e0074199_5455414.jpg バイザック市街から約16km離れたところにある大きな寺院。
 標高数百メートルの山を車で一気に登ると、参拝者でごった返す集落が。
e0074199_632559.jpg 中に入るには、数時間かかりそうだったので、パス。外観のみ確認・・・南インド恒例のゴープラム(塔門)様式で、門の中央には、大きくヴィシュヌ派を示すV字のマークが。
 寺院の向かい側の一角には、祭りのときに使用する神輿が格納されていた・・・祭りっていつやるんだろうか?
 ディワリ(インド正月、今年は10月21日)のときかなぁ?
参拝者に交じって、乞食やらモノ売りやらも沢山いたのだが、こんなヒトも。
 全身銀色に塗って、写真を撮らせて御布施を貰うのが生業らしい。
 ガンディーに見えるのは気のせい??

シマーチャラム周辺も楽しい
e0074199_6212795.jpg シマーチャラム寺院の丘から見下ろすと・・・何あれ?
e0074199_623465.jpg 近寄ると、こんなファンキーな門の家が。
 なんと、個人宅らしい。
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また、丘のふもとには、立派なハヌマーン像が。


ポラマンバ(Polamamba)寺院
e0074199_6341625.jpg 比較的新しい寺院。
 寺院の名前にもなっているポラマンバは、地場の女神。


仏教遺跡
 バイザック市街を離れると、仏教遺跡が点在している。
 今回はそのうちの1箇所を観た。
トトゥラコンダ(Thotla Konda)
e0074199_6481027.jpg バイザックの北16kmに位置する。
 丘のふもとの入口の門で、通行料(10ルピー≒26円だったかな?)を払って、丘を登っていく。
e0074199_6493117.jpg 遺跡は柵で囲まれているのだが、入口がとても分りにくい。
 入ると、全景はこんな感じ。
 紀元前2世紀~紀元後2世紀にかけて建てられた。
e0074199_6524725.jpg 地名トトゥラコンダは、現地語で「溜池の丘」を意味する。
 標高130mの丘に建てられた寺院群で修行する仏教僧の生活のために、作られた石製の貯水タンクから地名がついたというわけだ。
e0074199_6594954.jpge0074199_701164.jpg このあたりは小乗仏教が信仰されていたため、礼拝堂あるいは説法所とされる建物跡にも仏像は無い。
e0074199_721290.jpge0074199_722947.jpg 周辺には、僧たちの宿坊があり、そこら中に転がっている石には大昔の文字が彫られている・・・経文とかかな?
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遺跡の外には、明らかに後付けと思われる仏像が安置されている・・・こんなもの無い方がいいんじゃ?とてもウソくさい。


その他
e0074199_763580.jpg 海辺の道沿いには、築100年余りと言う、クルパム廟(Kurupam Tomb)。
 時の王様が亡くなった王妃のために建てたもの。

e0074199_792110.jpg これまた、海沿いにある建物・・・というか物体。
 現役を退いた潜水艦がズ~ンと置いてある。
 ちっちゃい博物館になっている。



オススメ度(100%個人主観)
 
   ★★★☆☆ ・・・ どの本にも詳しく紹介されていないが、なかなかですよ(※)。


(※)後日、ここがナクサライト(こちら参照)の活動拠点であることを知った。大量のロケット弾が押収されると言うキナ臭い事件が9月中旬に発生。皆さん、充分注意して観光しましょう。



観光所要時間

   5~6時間



by bharat | 2006-09-10 10:30 | インドぶらり旅
7月11日 ムンバイで同時爆破事件発生!

 7月11日夕方、ムンバイ市内で同時爆破テロが発生した。
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e0074199_7321244.jpg 帰宅通勤者を満載した列車を狙ったこの事件で、多数の死傷者が発生した。
 ムンバイの地形は海に沿って南北に長い。
 北から南に通勤する人々が利用する列車に設置された爆弾が、18時24分から31分の短時間に7箇所で爆発した。

死者は200名以上、負傷者数百名という大惨事となった・・・。
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 後日、ラシュカール・エ・クァッハル(Lashkar-e-Qahhar)なる組織が犯行声明を出した。ムンバイ国際空港とタージ・マハールの爆破も計画していたらしい。
 ラシュカール・エ・クァッハル自体は無名なのだが、ラシュカル=エ=タイバ(Lashkar-e-Taiba、LeTと略されることも、アル・カイーダとも接触を持つ最も危険なインドのナクサライト組織)の別働部隊とも見方もあるようだ。

 インドには、2種のテロがある。
 イスラム原理主義者らによる無差別テロとナクサライトだ。ナクサライトは、極左思想に基づき、少数部族の自治確立、部族民及び低カースト層の利益擁護を掲げて武力闘争を行う過激派グループの総称で、インドでは、カシミールの分離独立を目指すLeTや、毛沢東主義派(マオリスト)などが有名。
 ナクサライトが厄介なのは、無差別テロと違い、ナクサライトが民族運動に根ざしており徹底殲滅が困難なこと。
 因みに、2005年10月29日のデリー同時爆破テロはLeTの犯行であることが判明した。

 パキスタン大震災以降、イン・パキ間の物資援助ルートの開放によって、パキスタンの不穏分子が多くインドに侵入したと言われる。
 彼が、北インドの独立運動を再燃しようと暗躍しているのだろうか・・・。
 
 インドは1年の後半に祝祭日が多い。
 8月15日の独立記念日、10月2日のガンディー誕生日、10月21日のディワリなどなど。
 このあたりには、あまり出歩かないなどの注意が必要か・・・。
by bharat | 2006-07-17 10:30 | ふと思うこと