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インド周辺 第19回旅行は、モルディヴの首都マーレ
国内総人口の1/3が集結する首都
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 右の島には空港施設と滑走路があるのみ。
 左の小さな島が、首都のマーレ。
 ここに10万人以上が密集して暮らしている。



町並み・見どころ
e0074199_20351963.jpg 町には、我々の目に馴染みのあるものが沢山。
 車は殆ど100%日本車。
 バイクも殆ど日本製(Hondaタイのものが多い)。
 埋立工事・防波堤工事は、日本ゼネコンによるもの。
 特に2004年12月、スマトラ沖地震によって発生した大津波では、この防波堤が街を救ったのだという。


e0074199_20392345.jpg 竹中直人の店、なんてのもあった。
 ハワイ同様、他の店と変わり映えしないものを売っているに違いない。


大統領官邸
e0074199_2045614.jpg 現在は、大統領はここに住んでいないそうだ・・・。
 政府要人が外国から来訪した際に、ここに泊めるのだという。
 その際は向かって右のポールに、国旗が掲げられる(左にはいつもモルディヴ国旗)。

国会議事堂
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フクル・ミスキ
e0074199_20501163.jpg 1656年に建立されたモスク(イスラム教礼拝堂)。
 インドでよく出くわす典型的なモスクを沢山見たせいだろうか、丸いドーム状の屋根が無いモスクというのには、どうも違和感を感じてしまう。

e0074199_20511061.jpg インドが大理石なら、モルディヴは潤沢に獲れる珊瑚を建材に使用!
 固い珊瑚に、実に見事な彫刻が施されている。
e0074199_20512044.jpg モスクの前庭部分には、王家・親族の墓標が並ぶ。

金曜モスク
e0074199_20515216.jpg これは近隣のイスラム教国からの支援によって建てられた新しいモスク。
 中は写真撮影禁止で撮れなかったが、壁面や天井の装飾は実に綺麗だった。
 中央に恐ろしく大きな広間があり、ここで皆礼拝を行うのだという。

博物館
e0074199_2134848.jpg 公営か民営か知らないが、とてもこじんまりとした島(国?)で唯一の博物館。
 昔の王が使用した輿や、
e0074199_2144526.jpg コーランの印刷機が置いてある。
e0074199_2155727.jpg 古い貨幣・紙幣の中には、日本の小判もあり、この時代から日本-モルディヴ間で何らかの商行為があった可能性を示唆している。

また、モルディヴが大昔からイスラム教国では無かったことを示すものとして、仏教関連の出土品が結構陳列されている。
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また、歴代の王の写真も(新しい順に左から)。
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魚市場・果物市場
 ここマーレは輸入品と輸出品の交流地点。
 近海で獲れた魚、周りの島で採れた果物は、マーレの市場に持込まれ、海外から輸入される食材や生活雑貨に形を変えて、島に戻っていく。
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スポーツ大国!?
e0074199_21242454.jpg 2007年フットサル世界選手権のポスターが・・・この島で開催されるらしい。
 意外とスポーツ盛んなのかな?



オススメ度(100%個人主観)

      ★★☆☆☆  ・・・ やはり近隣のリゾートホテルで過ごすのが王道

所要観光時間

      0.5~1時間
by bharat | 2007-03-10 10:30 | インド周辺国ぶらり旅
モルディヴ ~インド洋に浮かぶリゾート国~
 インド大陸の南西、インド洋に浮かぶモルディヴ共和国。
 インドに来るまでは、詳細な場所すら知らなかったが、折角近くに住んでいるのだからということで、今回行ってきた。

 第100回旅行 ・・・ マーレ(モルディヴ共和国の首都)
 ホテル (7)  ・・・ Cocoa Island
 ホテル (8)  ・・・ Soneva Gili


国の概要

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e0074199_12583988.jpg名称 : モルディヴ共和国(モルジブ、モルディブ、とも)
      「花輪状の諸島」を意味するサンスクリット語マロディープ
      (Malodheep)が示す通り、ワッカ状の環礁が連なる
      諸島である。
面積 : 298㎡(佐渡島の0.35倍)
首都 : マーレ(Male)
人口 : 29.9万人(2006年)、うち首都マーレに10万余人居住。
国教 : イスラム教(スンニ派)
言語 : ディベヒ語
時差 : 日本時間 - 4時間
      ※但し、モルディヴ国内に「リゾート時間」なるものが存在し、
       島によってはこれを採用(日本時間-3時間)。
標高 : 殆どの土地が海抜1~3m。2004年スマトラ沖地震では大きな被害を被った。
通貨 : ルフィア(1ルフィア=10円)
      USドル紙幣が使用可能。
      ※但し、ホテル施設ではチップ以外は、全部クレジットカード決済可能。
産業 : 漁業
      観光事業


国の歴史
6世紀  セイロン島(現在のスリランカ)から仏教徒の人々が移住してきた、といわれている。
12世紀  アラブ人がイスラム教を伝える。
1558年 ポルトガルがマーレを占拠
       当時ヨーロッパ大陸で貴重視されていた貝殻やアンバー(香水の原料)
       を狙ってのもの。1573年まで支配は続き、この間キリスト教信仰が
       強制される。
1645年 オランダの保護国になる(~1796年)。
1887年 イギリスの保護国となる。
       この影響は今でも残り、現在、英国連邦府に属している。
1965年 7月26日、スルタンを元首とする君主国として独立。
1968年 11月11日、国民投票で共和制に移行。
       初代大統領は、ナシル。
1978年 11月11日、マウムーン・アブドゥル・ガユームが第2代大統領に就任。
1988年 11月3日、国内実業家の雇った傭兵によるクーデターが勃発。
       同日夜、インド軍部隊が投入され、無血鎮圧された。
2004年 12月26日、スマトラ沖地震による津波の襲来を受け、82名が死亡。
       このとき津波を防いだ防波堤が日本製(無償援助によるもの)だったので、
       親日的な島民が多い。


日本との意外な共通点

e0074199_13261166.jpg それは「カツオ節」。
 これを元来より食材として使用している国は意外に少なく、日本とモルディヴより他には殆ど無いと言われている(勿論、日本料理の世界進出等により、今では色んな料理で登場する)。


e0074199_1354570.jpg モルディヴでは、農地が極端に少なく、イスラム教徒は豚を食べない。
 そのため、食生活は魚が中心。
 また獲れる魚の6割がカツオということで、ごく自然に保存食「カツオ節」が作られるようになったようだ。

 一方、日本においても『大宝律令(701年)』や『延喜式(905年)』に貢物として、「型魚(カタウオ)」の表記が確認され、この時代に既にカツオ節の原型が登場している。
 現在の名称は、恐らく「カツオ干し」が訛ったものではないかと言われている。

 このカツオ節は、鎌倉~室町~戦国時代には、味噌・梅干などと並んで戦時の保存食として活躍した。
 徳川家康の半生について記した『三河物語』にも、「鰹節を上皮けづりて(中略)噛み候へば、殊の外、力になるよし」の記載がある。
 山鹿素行の著した兵法書『武教全書』にも、「鰹節は(中略)、これをかまば性気を助け、気を増し、飢えをしのぐのみならず、功あるものなれば必ず用意すべきことなり」とある。
 また単純に、「勝男武士(カツオブシ)」と当て字して、縁起が良いとされたようだ。

 幕藩時代(江戸時代)には、カツオが獲れる土佐藩や薩摩藩などで、独自のカツオ節製造法が編み出された。
by bharat | 2007-03-09 10:30 | インド周辺国ぶらり旅
デリー30 ロータス・テンプル(Bahai'i House)
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e0074199_3422918.jpg デリー東南(フマユーン廟を東南に進む)に建っているこのシドニーのオペラハウスに似た建築物は、宗教建築物だ。

 バハイ教と呼ばれる宗教の寺院なので、バハイ・ハウス。
 蓮の花を模しているので、通称ロータス・テンプルと呼ばれている。
e0074199_3432389.jpg この余り聞き馴染みの無い宗教は、イランで生まれたバーブ(Bab、1819~1850)が始めたバーブ教が元だ。彼が異端視されて20,000人の信徒たちと共に1850年に処刑されると、その後バハーウッラー(Baha'u'llah、1817~1892)がバハイ教として確立、アブドゥルバハー(Abdu'l Baha、1844~1921)へと続いた。
 教義は、人類の平和と統一。男女平等、一夫一婦制、偏見の除去、教育の普及などを推進している。
e0074199_344764.jpg 現在、360ヶ国に信徒がおり、2112もの宗教団体によって支えられている。キリスト教に次いで世界で2番目に広く信仰されている宗教だと言われている。
 27エーカーという広大な敷地に特徴的な建築物。
 屋内へは、クツを預けて入る。
 いかなる宗教の人でも、ここで瞑想をすることが出来る。
e0074199_3474564.jpg この建物は、1980年に建設開始され、86年に完成。
 高さ34.27m、花びら状の屋根は9×3=27枚。この9という数字は、バハイ教にとって意味のある数字らしい・・・周りの池の数も9つあった。
e0074199_3482826.jpg 花びら屋根にふと目を転じると、人が!
 恐ろしく不安定な体制で、清掃作業をしていた。

by bharat | 2007-02-16 10:30 | デリー市内あれこれ
第24回旅行は、IT都市ハイデラバード
 今回は、初の南インド。
 アーンドラ・プラデーシュ(Andhra Pradesh)州の州都ハイデラバード(Hyderabad)を駆け足で観て来た。

 デリーで開催されたIITFで、どんなところなのか多少は知っていたが、なかなか特徴のある都市だった。

どんなところ?
e0074199_3504077.jpg ハイデラバードは、インド南部に位置するアーンドラ・プラデーシュ州の州都で、政治・商業の中心都市。人口450万人余り。
 このアーンドラ・プラデーシュ州は、インドのほぼ中央に位置し、東側はベンガル湾に接する。デカン高原に位置する地理特性上、州都ハイデラバード及びその周辺は岩肌や低木が目立つ。16世紀より、イスラム勢力(クトゥブ・シャーヒー王朝)によって支配さていたこの地域の中心都市はゴルコンダ城(Golconda Fort)だったが、水不足から都市機能を今のハイデラバードのある平地部にシフトした。その後、ムガル帝国によって同地域は侵略され、以降は同帝国から派遣された総督が統治するという支配形態を採る。いずれにせよ、この一帯は数百年の長きに亘り、イスラム勢力の統治下にあり続けたことになり、現在も多くのイスラム教徒が住んで
いる。
 アーンドラ・プラデーシュ州は、識字率・州内所得ともにインドの平均を下回るが、現在の州首相ナイドゥによるIT推進政策により、州内のIT関連産業が急速に伸長している。その一つの成果として、IIT(インド情報技術大学)の1校がハイデラバードにあり、IBM、オラクル、マイクロソフト、サティヤムなどは同大学内にIT校を設けており、産学共同での取組みが進んでいる。


市内観光

 市内を観て回ったが、如何せん時間が足りなかった。
 正味1日しか使えなかったので、あまり観れなかった。

クトゥブ・シャーヒー廟
e0074199_4154912.jpg 市の西部、後述のゴールコンダ城のすぐ近くにある墓群。クトゥブ・シャーヒー王朝の8人の
王のうち7人がこの地に埋葬されている。 このクトゥブ・シャーヒー王朝は、ムガル帝国と激しい戦いを行うが、結局ムガル第6代皇帝アウグランゼーブは、この地の武力制圧を諦め、降伏させる方策を採った。
e0074199_4161527.jpg クトゥブ・シャーヒー王朝とムガル帝国は双方ともイスラム教を信仰する国家。但し、前者はイスラム神秘主義、後者は純正イスラム教(現在のスンニ派)だ。イスラム神秘主義は、インドのイスラム教の大きな特徴の一つで、イスラム教本来の聖典『コーラン』には存在しない概念だ。元々のイスラム教ほど戒律が厳しくなく、神の存在も比較的絶対的でない。この柔軟性が、インドにおけるヒンドゥー教からイスラム神秘主義への改宗を大きく後押ししたと言われている。
e0074199_4275218.jpg この神秘主義を信仰したクトゥブ・シャーヒー王朝の建築物には、純イスラム建築(タージ・マハルなど)とは若干異なる点が存在する。例えば、棺の形も純イスラム建築と比して非常に簡素な作りで何段にも箱を積み上げた形になっている。


ゴールコンダ城
e0074199_4303987.jpg 13世紀に建設され始めて以降、最後はムガル帝国の侵攻をも何度も防いだ堅城。
 ムガル皇帝アウグランゼーブは、この城の攻略に実に8ヶ月も要したと言われ、結局独力での攻略を諦め、敵軍の裏切りをきっかけに落城させた。
e0074199_430250.jpg 高さ120mの花崗岩質の丘の上に建設されており、巨岩と人口の城壁を組合せ、また隘路を螺旋状に施した、防衛に適した構造をしている。城壁は全長11kmに亘って城郭を囲んでおり、城郭内部から再奥の城壁の様子が見え、物音が聞こえるような構造になっている。
e0074199_4382985.jpg 各城門には、象による城門破壊を防ぐトゲ状の突起が施され、天井部には穴が空いていて、ここから敵兵に煮えたぎる油を垂らしたという。
e0074199_431352.jpg また、長期戦に備えての各種設備も充実していた。
 兵士・住民の居住設備は勿論、水道設備も整備され、今でも水道管の通っていた跡を確認することが出来る。
e0074199_4362197.jpg また、城壁内部の兵士駐屯場所には、こんなものも。兵士たちの力比べに使われたものだという。






e0074199_4501314.jpg 巨岩の上で、しばし瞑想(?)。





チャールミナール
e0074199_4462457.jpg Char(=4つ)+Minar(=尖塔)の名が示す通り、周囲を塔が囲む構造になっている建築物。Hyderabad中心部にあり、市のランドマークになっている。1591年、大流行した疫病の終息を祈願して作られた建物で、建物内部にあるモスクは、今だイスラム教徒礼拝場所となっている。
 ・・・時間が無くて、建物内部に入れなかった、残念。




 1日使って、ハイデラバード郊外のダム湖を観に行った。

ナガルジュナ・サーガールとナガルジュナ・コンダ 
e0074199_4504212.jpg ナガルジュナ・サーガールは、ハイデラバードの南東約150kmに位置する人造湖で、インド最大規模のもの。約50年前、灌漑・発電のために建設されたダムによって生まれたこの人造湖の中に浮かぶ島がナガルジュナ・コンダだ。この島にある博物館には、ダム工事の際に発掘された仏教史跡の遺構が保存されている。この地はインド大乗仏教を大成した哲学者ナガルジュナが活動した場所であり、彼の名がそのまま地名となった。
e0074199_4522839.jpg 島へ行くには、2つの交通手段が・・・どちらにするか考えるまでも無く、船で。
e0074199_510362.jpg ん?? なんか浮かんでる!?
e0074199_454127.jpg ・・・と思ったら、やけに老け込んだ一寸法師が。安~い手漕ぎ渡し舟らしい。
 何か、佐渡島のタライ舟に似てるな・・・。




違う住民・違う言葉
e0074199_4564498.jpg 今まで、北インドを中心に旅してたが、今回のハイデラバードは他の都市と全く違う印象を持った。まず、イスラム人が多い点。男性は白いイスラム服に白い帽子、女性は目以外を黒い布で覆った服装・・・何かアジアにいる気がしない。心なしか、街の雰囲気もヒッソリしている。
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e0074199_555129.jpg そして、この地域では殆どヒンディー語が通じない・・・テルグ語圏なのだ。テルグ語は、南部インドの言語で、ヨーロッパ大陸の影響を受けて発達したアーリヤ族系のヒンディー語などとは、文字も発声も全く異なり、インド大陸先住民であるドラヴィダ族系の言語だ。町の人たちは、ヒンディー語も英語もカタコトだった。



 今度は、もうちょっと時間を取って、今度はIT企業街も観てみたいな。


オススメ度(100%個人主観)

  ★★☆☆☆ ・・・まだ全部を観てない気がするので。
by bharat | 2005-12-14 10:30 | インドぶらり旅