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逃れられぬカースト
 去る9月、ある事件に決着が付いた・・・と報道された。

 陰惨な強姦殺人事件について、犯人が賠償金を支払い、決着したというのだ。
 が、その中身は決着どころか、旧態依然としたインドを示すものだった。
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事件概要

 事件は、ナグプールに程近いバンダラ(Bhandara)という村落で起きた。

 バイヤラル・ボトマンゲ(Bhaiyyalal Bhotomange)とその妻スレカ(Surekha)、その親戚ガジビエ(Gajbhiye)は、マハール(Mahar)カーストの小作農。
 マハールカーストは、かつて不可触賤民と呼ばれた最低カーストの1つで、インド初代法務大臣アンベードカルはこのカーストの出である。
 もっとも、「カースト」といっても、彼らはアンベードカル同様に、ヒンドゥー教から仏教に改宗していたので、表面上はヒンドゥー教のカーストとは関係なくなっていたのだが。

 そんなボトマンゲ夫婦とガジビエが、地主から一方的に耕作地を減らされたのが1996年。
 理由は、上位カースト農民が使用するトラクターの為の道路を作るというものだった。
 更に、最近になって、水路を作るというので、更に農地を潰すことが決定。
 ここに至って、ボトマンゲ夫婦とガジビエは抗議行動を開始。

 すると、地主側もこの弾圧行動を開始。
 9月3日、15名の暴漢がガジビエを襲撃。ガジビエがスレカと肉体的関係にあるとして、その破廉恥行動を諌めるというのが彼らの言い分だった。
 暴行を受けたガジビエは、警察に駆込み、すぐに12名が逮捕された。

 9月29日、解放された12名は、その夜痛飲。
 酔った勢いで、ガジビエに復讐すべしという雰囲気になり、ガジビエの自宅に急行した。
 暴漢たちの目的は、ガジビエと彼の家族を殺すことだったのだが、当日ガジビエ一家は不在。
 その足で、ボトマンゲの自宅を襲撃した。

 ボトマンゲの家には夫婦のほか、23歳の長男ローシャン(Roshan)、21歳の次男スディル(Sudhir)、長女のプリアンカ(Priyanka)が一緒に暮らしていた。長男は盲目、次男は学卒、プリアンカに至っては学業優秀で近い将来軍隊に入って家庭の生計を助ける予定だったという。

 襲撃当時、バイヤラル・ボトマンゲは家を出ており、家主以外の4名が家に居た。
 12名の暴漢は、この4名を家の外に引っ張り出し、まずスレカとプリアンカを襲撃。
 衣類を剥ぎ取った上、自転車のチェーンや斧で全身を殴打した上、入替り立代りレイプし続けた。2名はその過程で死亡してしまった。
 次男スディルが、携帯電話で警察に通報を試みるが、暴漢に見つかり、リンチされて死亡した。
 長男ローシャンも殴打され続け、死亡した。

 騒ぎを聞いたバイヤラルは、この状況を、ただ物陰で見守ることしか出来なかったという。

 これだけの騒ぎになっていたのも関わらず、村民は誰一人として助けたり、警察に通報したりしていない。
 なぜなら、この村落に最下級のマハールカーストはボドマンゲ家とガジビエ家しかなく、その他彼らより上位カーストの村民たちは皆見てみぬふりをしていたのだ。

 ガジビエが隙を見て、警察に駆込んだのが18:15。
 警察の一団が、現場に駆けつけたのは20:30。
 しかし、彼らはただのパトロール係で、事件の記録は出来ないとして、そのまま警察署に帰ってしまい、記録もされなかった。

 翌朝、茫然自失のバイヤラルが警察に赴き、惨状を訴えたが、警察の対応は驚くべきものだった。
 「事件の記録がされていない。おまえは虚偽を話しているに違いない。」
 結局、翌日に4体の惨殺死体が近隣の野原で発見されたことで、警察は重い腰を上げて、事件の検証に動き出した。

 だが、この検証も上位カースト者が作った出来レース。
 犯行に使われた武器はことごとく隠蔽され、警察側の医者も「女性2人への性的暴行は無かった」との診断書を纏める始末。

 スレカの親戚がこの判断を不服として、地元の農業家の連盟(VJAS)を通じて抗議、現場検証をやり直すよう要請。
 これに警察は渋々対応し、2~3回目の現場検証を行ったが、形式的なものに終始した。
 
 この強姦殺人事件で、最終的に38名の容疑者が逮捕された。
 が、VJASコメントでは、主犯格は政治的な立場を利用して、警察に圧力をかけ、未だに捕まっていないのだという。

 被害者への保障も、酷いものだ。
 マハラシュトラ州が一方的に保障金額を決定、たった1人残されたバイヤラルに、45万ルピー(約117万円)が支払われた。
 一家4人の命が117万円とは・・・。

 但し、法律家筋の見解でも、現行の法律(残虐行為予防法 Prevention of Atrocities Act 1989)に照らせば、最大で1人20万ルピー(約52万円)しか賠償金はおりないのだという。
 インドの所得水準を考えて、この金額は妥当なのか・・・。


 因みに、私が先般行ったナグプールでの仏教記念式典は、そんな事件の直後に行われた。
 企画側は、事件について触れないようにし、仏教徒の暴動が起きない様(冒頭にも触れたが、被害者はヒンドゥー教から仏教に改宗したインド人なのである)、細心の注意を払っていたのだという。


この事件で考えること

 この事件について知ったとき、2つの事実に驚き、またインドの闇の部分が見えた気がした。

① カースト制にはびこる上位者の下位者への弾圧は厳然として残っている
 今回の事件では、村落にただ2家庭のみ存在する最下層カーストが被害にあった。
 そして、被害現場に居合わせた周囲の村民たちは、だんまりを決め込んでいた。
 大都市から少し離れた(日頃のアクセスが可能なくらい近い)村落でさえも、先進国から大都市に流入する新しい文化に対しては未だ閉鎖的で、数千年来の慣習に基づいた行動・思考をしているということか・・・。

② ヒンドゥー教徒から異教に改宗しても、カースト弾圧から逃れられない事実がある
 私が強い関心を寄せているインドの政治家アンベードカル(彼についてはラクナウ旅行記で詳しく書いたので御参照)。
 彼は、ヒンドゥー教の生活様式の根幹を成すカースト制について、ヒンドゥー教徒であり続ける限りこれを廃止することは出来ないと判断、死の直前に仏教に改宗した。

 今回、被害にあった最下級のマハールカーストのボトマンゲ家は、恐らく上位カーストからの弾圧から逃れるために仏教に改宗したのだろう。
 だが、農民が農地から簡単に離れられる訳はないし、金銭的余裕のない者が見知らぬ土地に移動するのも極めて困難だろう。
 結局、先祖代々育った土地でヒンドゥー教を捨てても、カースト差別を負の遺産として引き継かざるを得ないのが実情なのか・・・。



 日頃、デリーで生活していると、カースト差別、宗教差別、貧困などを目の当たりにすることは殆ど無い。
 インド全人口の1%に過ぎないこの都市にいて、インドを理解している気になる錯覚・・・地域格差が大きな国においては気をつけなければならないと、実感した。

 
by bharat | 2006-11-23 10:30 | ふと思うこと
デリー 23 運動会
 11月19日(日)、デリー中の駐在員とその子供たちが日本人学校に集結した。
 年に1回の大運動会だ。

デリーの風物詩
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 毎年11月頃に開催されるこの大会は、デリー日本人学校とデリー日本人会の共催によるもの。
 子供たちの運動会と駐在員の一般参加の運動会を同時開催する、一大イベントである。


みんなマジです・・・
 子供たちは紅白に分かれ、一般の部は4チームに分かれて点数を競う。
 子供たちはともかくとして、一般の部の人たちも本気で競技するので、実に燃える。

 色々な競技をやったのだが、典型としてこのコントラストを見て欲しい。

 子供たちのかわいいインド舞踊と・・・
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 大人の死に物狂いの綱引き。
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 参加者全員、翌日月曜日の出勤に支障を来たす程、筋肉痛になったことは言うまでも無い・・・。

 やはり、日本人が何かにつけ、数ヶ月に1度こうして集まって同じ時間を共有することには、とても意味を感じる。
 インド駐在という一種特殊な環境を笑いながら語り合ったり、そんな立場でも無ければ知合わなかったであろう人たちと協力したり競い合ったり。
 日本にいるとき以上に、日本を感じる瞬間だ。
by bharat | 2006-11-19 10:30 | デリー市内あれこれ
第75回旅行は、後進的インドを垣間見れたタタルプール
e0074199_21595848.jpg 今回は、micchaさんナオミさん、Kさんと一緒に日帰り旅行。
 車でギリギリ行ける場所ということで、ラージャスターン州のアルワール(Alwar、詳細は後日更新予定)に行き先を定め、車を出発させた。

 タタルプール(Tatalpur)は、その道すがらに立ち寄った、小さな村だ。


一際目立つ城砦 タタルプール・フォート
e0074199_15204431.jpg 突然この村に立寄ろうと思ったのは、国道を南に進んでいる途中で、小高い丘に立つ立派な城砦が目に入ったからだ。
e0074199_15343743.jpg ふもとの集落を抜けて、城砦への道を登る。
 城壁は、花崗岩の片面を削って出来たもので、構造は粗い。
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 但し、城門は鉄製、内部の建物も煉瓦に漆喰。
 装飾は殆ど無く、軍事色が強い。
 地元民も何時建てられたか細かくは知らない様子だったが、恐らくここを支配下に治めていたアルワールの王様(ラージプート族)あるいはムガル帝国が16~18世紀に造ったものと思われる。


デリー近郊にも残存する旧来のインド
 この集落の文化レベルをちょっと分析。

 まず、道路インフラがしっかりしており、都市部との流通は問題無いと思われる。
 道端の噛みタバコ屋の商品も充実していた。

e0074199_15473877.jpg 自給自足経済でないせいか、比較的皆の服装も裕福そう。
 学校の生徒は制服を着用。
 地元民の普段着も、あまりボロくない。

 家の作りも良く出来ている。
 ドロ造りのものは殆ど見当たらず(アラハバード近郊のドロ住宅を御参照、煉瓦に漆喰、塗装も綺麗。
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e0074199_15481045.jpg 水も潤沢にあり(雨季からだいぶ時間が経過しているのも関わらず)、家畜の保持、農作にも遜色無い感じ。



 だが、驚いたのは、デリーから3時間、アルワールから2時間の立地なのに、とても閉鎖的・旧態依然的な文化だったことだ。

e0074199_1894312.jpg まず、女性が道端を歩く際、顔を見せない。
 サリーの布で顔を隠して歩いている。
 この写真のヒトがクムハール(壷作りカースト、中位~下位くらいのカースト)なのか、ただ家庭の壷を作っていたのかは不明だが、僕らがレンズを向けても、こちらを向くことも無く、顔も隠したままだった・・・積極的な都市部の女性とはかなり様子が違う。


 また、若者の態度も特徴的。
 中学生くらいの男子生徒たちが、我々を面白がって、一緒に丘の上まで付いてきたのだが、やたらと女性陣2名の体を触るのだ。
 こちらが怒ると、今度は少し距離を開けて投石を開始。

 このガイジン拒絶行動とも取れる行動。
 恐らくは、狭い集落社会の中で抑制された性的衝動が、部外者に対して出ているものと思われる。
 集落の中で、男子が女子にセクハラ行為をしようものなら、汚らわしいとして、村八分にされてしまうが、フラッと立寄った部外者になら何をしても村長から罰せられることもあるまい・・・そんな心理なのかも知れない。

 インドには、未だに強烈なムラ社会意識が残っている。
 行政村(行政的に線引きされた村で、選挙の際等はこれが基準となる)・自然村(前者とは全く関係なく、カーストや部族等で歴史的に固まっている集落で、行政とは何の関係も無い)なんていう概念があるのも、その顕著な例だ。


 帰り際、年配のおじさんに、「アイツラ、僕らにこんなふしだらな行為をしてたぞ。」と言ったら、「そうですか、すいません・・・なにぶんガイジンが来るのなんて殆ど初めてなモンデ」と困り顔で話していた。


 ガイジンがインドに上手く浸透していくには、まだまだ時間が必要ということか・・・。
by bharat | 2006-10-07 10:30 | インドぶらり旅
インドの桃太郎伝説 ダセラ
 今年の10月2日は、インドの祝日。
 マハートマー・ガンディーの誕生日であると同時に、インド最大級の御祭りダセラ(Dussehra)なのだ。

インド版 前正月 実は・・・
 ダセラは、日本で言うところの前正月。
 ここから20日間(今年なら10月21日)、インドは御正月を迎える。
 ・・・とは言っても、インド中の経済活動が20日間ブッ続けで休む訳ではない。

 現在では、前正月のダセラ、後正月のディワリ(昨年の様子はコチラ)を1日ずつあるいはその前後数日を休むスタイルを採るケースが多い。

 で、このダセラであるが、言われは大凡以下の通りだ。

e0074199_4144027.jpg インド2大叙事詩の1つ『ラーマーヤナ』の中の話の1つで、主人公ラーマ王子が悪魔ラヴァナを倒すという冒険譚が記されている。
 このラヴァナは、ダセラ(10の頭)を持っており、夫々激情、プライド、怒り、貪欲、理性の喪失、欲望、憎しみ、嫉妬、利己主義、不正直と、要はあらゆる欲望を象徴している。
 ラヴァナにシータ姫をさらわれたラーマ王子は、部下の猿神ハヌマーンを引き連れて、ラヴァナの棲むランカ島(セイロン島、現在のスリランカ)に渡る。
 島での激闘の末、ラーマ王子はラヴァナを倒し、松明の灯るインド本土に帰還するという話。

 ラヴァナを倒した日がダセラ、帰還した日がディワリ。

 ・・・島に渡って、猿を引連れ鬼退治。
 どこかで聞いたことのあるシチュエーションだが・・・!
 桃太郎伝説だ。
 詳細は、かなり変化しているが、日本の昔話の代表作品である桃太郎伝説は、このダセラのくだりが元になっているらしい。
 キビダンゴは、差し詰めグラブ・ジャムン(インドの甘菓子、とても甘い)なのかな・・・?


仮面ライダーのボス敵なみに・・・
 ダセラ祭は、インドの至るところで行われる。
 私は、当日ナグプールを周遊していたので、デリー周辺のダセラの様子を知ることは出来なかった。

 これについては、naomiさんのブログに詳しく書かれているので、御参照。
 勧善懲悪の局地、悪魔ラヴァナは、毎年インド中で木っ端微塵になっている・・・。
by bharat | 2006-10-04 10:30 | ふと思うこと
デリー 21 夏祭り
日本のココロ

 9月30日、デリーでは毎年恒例となっている、日本人学校夏祭りが開催された。

 Vasant Kunjにある日本人学校の校庭を開放しての夏祭りは、内容も充実。
 中央に小さいながら矢倉と和太鼓を配し、その周囲を各団体の出店が並ぶ。ちょっとした地方の祭りより賑やかなくらいだ。

 夕方に祭りが始まると、まずは神輿と子供神輿が校庭を周る。
 デリーで聞く、「ワッショイ、ワッショイ」はなかなか新鮮な響きだ。
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 僕は、今回所属するデリーテニス同好会の出店「金魚すくい」を手伝った。
 開始前から、店の前には子供が興味深げに群がる。
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 仕入れた金魚は200匹。
 多いかなぁと思ったが、4つの自家製水槽に入れると、意外にもマバラな感じ。
 8時の閉会を待たずに、200匹は日本人・インド人の子供たちに貰われていった。



 インドに来て、何もかも日本式を導入して、現地に馴染まないのは考え物だが、年に数回、このような文化伝承・交流の行事を行うのは、個人的には賛成である。
 日本人の老若男女は日本のアイデンティティを再認識し、来場して多いに楽しんで帰ったインド人たちは、日本の伝統文化や食文化を体感していったに違いない。


 逆に、我々在印日本人だって、もっとインドの祭りを見に行ったり、参加したりして良い筈だ。
 危険だのキタナイだのと言って自宅に篭るのは簡単だが、インド人の友達に事情を聞きながら参加して楽しむのも一興だ。
by bharat | 2006-10-01 11:30 | デリー市内あれこれ
駐在員居住地域で、ガイジン殺し発生!
ベルギー大使館職員、刺殺される

 9月24日(日)、在デリーの駐在員たちに戦慄が走った・・・

 数多くの日系企業駐在員が居住する住宅街、Vasant Vihar地区で殺人事件が発生したのだ。
 被害者は、デンマーク大使館職員の47歳女性。
 自宅で刺殺された。

 我々が思ったのは、「なぜセキュリティがしっかりしたこの地区で発生したのか?」ということ。

 原因は至って簡単で、加害者は被害者が雇用していた運転手だったのだ。
 これでは、ゲートの門番だって、入門を止める訳にもいかないだろう。

 詳細はこうだ。

e0074199_5334194.jpg 日曜日、運転手に車を運転させて、夕食に向かった際、運転が乱暴なので注意をした。
 その後、再三の注意にも拘らず運転内容が改まらないので、女性は怒って車を降り、オートリクシャーで帰宅した。
 運転手が1人で女性宅に戻ると、女性の怒りは収まらず、金を運転手に叩きつけ、「アンタもうクビ!」とその場で解雇した。
 これで、運転手がキレてしまい、そのまま女性宅に侵入、キッチンにあったナイフで女性を22箇所のメッタ刺しにした。


 ・・・御互い、ちゃんと理論的な議論をしていればこんなことにもならなかったろうに。

 不謹慎な表現で誤解を招きたくは無いが、少しホッとしたというのが実感だ。
 というのも、これが無差別的な強盗殺人であれば予防のしようが無いが、上述の様な原因なら、日頃使用人や運転手を起用する際の対応に留意すれば良いと言うことになるからだ。
 地域的に危険とかいう事ではない。


 ・・・因みに、事件発生宅は、僕の今住んでいる場所と番地違いである。
by bharat | 2006-09-25 10:30 | ふと思うこと
史跡の保存・復興・管理

 インドを旅していて、ふと思ったことがある。

   「史跡って、誰がどうやって保存しているのだろうか?」



 ちょっと調べてみたら、どうやらインド全土でASIなる機関が統一的に活動しているらしい。
 ASIはArchaeological Survey of India、考古学調査研究所。
 インド政府管下の政府系組織で、観光文化省(Ministry of Tourism and Culture)の文化局(Department of Culture)に属している。
 主たる活動は、遺跡発掘および保存、これに係るノウハウの蓄積・教育、書籍発行など。
 その歴史はウィリアム・ジョーンズ卿が1784年にコルカタで古物収集家の集団Asiatic Societyを組織したのが前身だと言われる。この集団が、19世紀始めにタージ・マハルファテープル・シークリなどは、この頃からちょこちょこ修復されていたようだ。

 画像は、修復保存作業のBeforeとAfter。

 こんなボロい建物が・・・
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 こんなに綺麗に復活!!
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 ただ、全部の建物がこのようなリフォームをされるとは限らない・・・というより、そうでない場合が圧倒的に多いのでは、と思う。

 別に、懐古主義ではないが、何千年という歴史を持つ国は世界中にそう存在しない・・・ASIにはもっと頑張ってもらって、インドの史跡の保存をジャンジャンやっていって欲しい。
by bharat | 2006-09-16 10:45 | インドぶらり旅
狂乱!ガネーシャ祭り

 デリーではあまり大々的に行われなかったが、去る9月6日は、ガネーシャ神の祭り「ガネーシャ・ウトゥサブ(Ganesh Utsab)」だった。

DVが生んだ容姿
e0074199_5334721.jpg 祭りの内容の前に、まず主役のガネーシャ(ガネーシュ)について少々。

 彼は、ヒンドゥー教の神様の1人。
 日本では、歓喜天(カンギテン)もしくは聖天(ショウデン)という名の仏教神で登場する。
 恐らくは、インド密教の絡みで日本に入ってきたものと思われるが、双身像で描かれることが多く、夫婦和合や子授かりの御利益があるとされる。

 ゾウではなく、カラダはちゃんと人間。アタマだけがゾウなのである。
 この容姿になったのには、最近問題視されている家庭内暴力(=DV)が大きく影響しているのだ(笑)。



e0074199_5592477.jpg ガネーシャ君の家庭は、父シヴァ、母パールヴァティ、長男スカンダ、次男ガネーシャの一家4人。
 家族全員がマイカーを持っており、父ちゃんはウシ、母ちゃんはライオン(orトラ)、スカンダはクジャク、ガネーシャはネズミ。
 ある日、パールヴァティ母さんがフロに入るときのこと。

パ 「ガネーシュ、ママお風呂に入るから、誰も入ってこない様に見張ってて」

ガ 「オッケイ☆」

  ・・・程無く、シヴァ父さんが帰宅。

シ 「なんだ、お前は?そこどけ。」

ガ 「・・・ダメ。」

  ・・・なんと実の親子なのにこの2人は御互い面識が無かったのだ。
  と、ここで、痺れを切らした暴力パパが!

シ 「どけって言ってんだろぉぉおおがああ!!!」

  なんと、シヴァ父さんは持っていた三叉戟でガネーシャの首をはねてしまったのだ。
  Oh、バイオレンス!!
  これに怒ったのは母さん。

パ 「アンタ、何してくれてんのよ!!早く生き返らせなさい!」

シ 「・・・わ、わかったよ。
   じゃあ、次にあっちからやってきた動物のアタマをくっつけて生き返らせるよ・・・」

e0074199_681578.jpg  もう、話が見えてしまったが、通りをやってきのがゾウだったので、このアタマをちょん切って、ガネーシャにくっつけて復活させた、という話。

 因みに、彼は仙人が読むヒンドゥーの経を速記したことから勉学の神様、ふくよかな体型から金運の神様として、崇拝されている。




祭りの様子
 無駄な説明はいらない、この写真を見よ!
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 インド人の宗教行事に対する情熱だけは、物凄く伝わってくるな・・・。


 なんでも、丹精込めてこさえたガネーシャ像を担いで、
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海辺に行って、「おっ!お前の良いガネーシャしてんなぁ」とか言い合ってから、
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海辺に行って、最終的には海に流すんだと。
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 海辺の大都市、例えばムンバイなどでは大規模な祭りが行われたようだ。



by bharat | 2006-09-12 12:00 | インドのイベント
終わりなきテロ (9月8日マレガオン)
9・11、テロについてインドで考える

 9月11日は、言わずと知れた2001年米国同時多発テロ発生の日。

 あの日以降、テロは世界各国で猛威を振るっている。
 それは、ここインドも例外では無く、というか、むしろ英米の次にターゲットになっている国なのかも知れない。
 昨年10月のデリー同時爆破テロを皮切りに、一定の間隔を空けて、コンスタントにインド国内で爆破事件が発生している。

 最近の記憶に新しいのは、今年7月12日に発生したムンバイの通勤列車爆破事件
 最終的に、死者は200名を超え、負傷者は700余名にのぼった。

 日本の報道には無いだろうが、9月8日にまた1件発生した。
 場所は、マレガオン(Malegaon)。
 ムンバイのあるマハラシュトラ州ナースィクの近郊だ。
 死者は分っているだけで31名、多くが子供だったという。
 爆破場所はモスク、つまりイスラム教礼拝堂の近くだった。


 最近のインドのテロの傾向として、少し不安になるのは、発生場所が段々ランダムになってきている点。
 このマレガオンの爆破や4月14日のデリー市内ジャミ・マスジッド爆破事件など、イスラム教徒の活動拠点でも事件が起きていて、事態が混乱してきつつある。

 我々として、せめて注意出来ることといえば、国の行事や宗教的祝い事の場になるべく行かない、というくらい。
 人口11億人のインドにあって、海外安全情報の「人の集まる場所に近づかない」はハッキリ言って不可能に近いが、気をつけるに越したことは無い。

 しかし、犯人や理由はまだ確定していないが、もしこの一連の事件が宗教的な理由に端を発するものだとしたら、多神教で教義が比較的寛容なヒンドゥー教徒には大凡理解出来ない行動だろう。
 また、彼らには分離独立や1980年代の宗教紛争の苦い経験が頭にある。
 皆、あんな事、2度としたくないと思っているにちがいない・・・。

日々の生活にも弊害が・・・

 一連のテロ騒ぎの結果、我々日本人(特に駐在員)の生活にも多大な弊害が。

 それは、インド国内の移動に欠かせない飛行機のセキュリティーチェックだ。
 デリー、ムンバイの爆破事件以降、それなりにタイトなチェックになったが、先般の英国でのテロ未遂以降、警戒レベルが一気にジャンプアップ。
 まず、機内持込荷物が1つに。これには女性用の小さなポーチ等も含まれる。
 身に着けるモノも徹底的にチェックされる。サイフの中身、名刺ケースの中は勿論、携帯電話の通話チェック、デジカメの作動チェックまで要求された空港もあった。
 極めつけは、医薬品類。塗り薬はNGだし、錠剤もNG。医師の処方箋を持っていればOKとのことだが、日本から持ってきた下痢止めや保湿剤などにそんなモノが付いている訳が無い・・・ということで持込不可。
 歯磨き粉もNG・・・宿泊先で調達するしかなくなってしまった。


 最近、若干緩和されつつあるが、地方の軍事・民間兼用みたいな空港では、未だ厳重な警戒態勢が敷かれている。

 困ったモンだが、インド正月(10月下旬)までは、警戒レベルが下がることは無いだろう。
by bharat | 2006-09-11 10:30 | ふと思うこと
デリー20 インド御遍路 カバリヤ
e0074199_6111533.jpg 7月中旬からの約1ヶ月間、インド(デリー近辺がメインだろうか)では御遍路さんが多数出没する。
 こちらの言葉で、カバリヤと言うのだが、毎日ゴミ収集屋が叫ぶ「カバリ(=ガラクタ)」では無い。



聖なる水
e0074199_6182682.jpg この風習は、一部の敬虔なヒンドゥー教徒たちのよって、毎年行われる。
 聖川ガンジス(ガンガー)の源流と言われる北部インドのガンゴートリやハリドワールでガンジスの聖水を壷や水筒に入れ、一路デリー界隈の寺院を目指すのだと言う。
 聖水を持って帰る行程は徒歩だが、手ぶらで向かう往路は車でも良いらしい・・・なんとも勝手な都合。

e0074199_6204272.jpg 皆、格好は、ヒンドゥーの聖なる色オレンジ。

e0074199_6222947.jpg 皆が担ぐ聖水の神輿は、目的地まで一度も地面に置くことが出来ない(地べたに置くと、聖なる力が無くなる・・・らしい)ため、道沿いにはこの神輿を置く、スキー場の板掛けのような物体が並ぶ。
四国巡礼に似ている
e0074199_6243918.jpg また、日本の四国88箇所巡礼のように、道沿いには寄宿場が建ち、疲れた巡礼者たちに無料で食料・飲料を振舞う。


 彼らは、数週間かけてハリドワール~デリー近辺の約200kmの肯定を踏破し、地元の寺院に聖水を収める。
 寺院に収めたあとは、その水の一部を自宅に持ち帰り、各々の神棚に安置するらしい。


 ところで、僕は以前(車でだったけど)四国88箇所を周ったことがある。
 このカバリヤも、あの達成感に似たものを得られるのかな・・・一度はやってみたい。
by bharat | 2006-07-20 10:30 | デリー市内あれこれ