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終わりなきテロ (9月8日マレガオン)
9・11、テロについてインドで考える

 9月11日は、言わずと知れた2001年米国同時多発テロ発生の日。

 あの日以降、テロは世界各国で猛威を振るっている。
 それは、ここインドも例外では無く、というか、むしろ英米の次にターゲットになっている国なのかも知れない。
 昨年10月のデリー同時爆破テロを皮切りに、一定の間隔を空けて、コンスタントにインド国内で爆破事件が発生している。

 最近の記憶に新しいのは、今年7月12日に発生したムンバイの通勤列車爆破事件
 最終的に、死者は200名を超え、負傷者は700余名にのぼった。

 日本の報道には無いだろうが、9月8日にまた1件発生した。
 場所は、マレガオン(Malegaon)。
 ムンバイのあるマハラシュトラ州ナースィクの近郊だ。
 死者は分っているだけで31名、多くが子供だったという。
 爆破場所はモスク、つまりイスラム教礼拝堂の近くだった。


 最近のインドのテロの傾向として、少し不安になるのは、発生場所が段々ランダムになってきている点。
 このマレガオンの爆破や4月14日のデリー市内ジャミ・マスジッド爆破事件など、イスラム教徒の活動拠点でも事件が起きていて、事態が混乱してきつつある。

 我々として、せめて注意出来ることといえば、国の行事や宗教的祝い事の場になるべく行かない、というくらい。
 人口11億人のインドにあって、海外安全情報の「人の集まる場所に近づかない」はハッキリ言って不可能に近いが、気をつけるに越したことは無い。

 しかし、犯人や理由はまだ確定していないが、もしこの一連の事件が宗教的な理由に端を発するものだとしたら、多神教で教義が比較的寛容なヒンドゥー教徒には大凡理解出来ない行動だろう。
 また、彼らには分離独立や1980年代の宗教紛争の苦い経験が頭にある。
 皆、あんな事、2度としたくないと思っているにちがいない・・・。

日々の生活にも弊害が・・・

 一連のテロ騒ぎの結果、我々日本人(特に駐在員)の生活にも多大な弊害が。

 それは、インド国内の移動に欠かせない飛行機のセキュリティーチェックだ。
 デリー、ムンバイの爆破事件以降、それなりにタイトなチェックになったが、先般の英国でのテロ未遂以降、警戒レベルが一気にジャンプアップ。
 まず、機内持込荷物が1つに。これには女性用の小さなポーチ等も含まれる。
 身に着けるモノも徹底的にチェックされる。サイフの中身、名刺ケースの中は勿論、携帯電話の通話チェック、デジカメの作動チェックまで要求された空港もあった。
 極めつけは、医薬品類。塗り薬はNGだし、錠剤もNG。医師の処方箋を持っていればOKとのことだが、日本から持ってきた下痢止めや保湿剤などにそんなモノが付いている訳が無い・・・ということで持込不可。
 歯磨き粉もNG・・・宿泊先で調達するしかなくなってしまった。


 最近、若干緩和されつつあるが、地方の軍事・民間兼用みたいな空港では、未だ厳重な警戒態勢が敷かれている。

 困ったモンだが、インド正月(10月下旬)までは、警戒レベルが下がることは無いだろう。
by bharat | 2006-09-11 10:30 | ふと思うこと
7月11日 ムンバイで同時爆破事件発生!

 7月11日夕方、ムンバイ市内で同時爆破テロが発生した。
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e0074199_7321244.jpg 帰宅通勤者を満載した列車を狙ったこの事件で、多数の死傷者が発生した。
 ムンバイの地形は海に沿って南北に長い。
 北から南に通勤する人々が利用する列車に設置された爆弾が、18時24分から31分の短時間に7箇所で爆発した。

死者は200名以上、負傷者数百名という大惨事となった・・・。
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 後日、ラシュカール・エ・クァッハル(Lashkar-e-Qahhar)なる組織が犯行声明を出した。ムンバイ国際空港とタージ・マハールの爆破も計画していたらしい。
 ラシュカール・エ・クァッハル自体は無名なのだが、ラシュカル=エ=タイバ(Lashkar-e-Taiba、LeTと略されることも、アル・カイーダとも接触を持つ最も危険なインドのナクサライト組織)の別働部隊とも見方もあるようだ。

 インドには、2種のテロがある。
 イスラム原理主義者らによる無差別テロとナクサライトだ。ナクサライトは、極左思想に基づき、少数部族の自治確立、部族民及び低カースト層の利益擁護を掲げて武力闘争を行う過激派グループの総称で、インドでは、カシミールの分離独立を目指すLeTや、毛沢東主義派(マオリスト)などが有名。
 ナクサライトが厄介なのは、無差別テロと違い、ナクサライトが民族運動に根ざしており徹底殲滅が困難なこと。
 因みに、2005年10月29日のデリー同時爆破テロはLeTの犯行であることが判明した。

 パキスタン大震災以降、イン・パキ間の物資援助ルートの開放によって、パキスタンの不穏分子が多くインドに侵入したと言われる。
 彼が、北インドの独立運動を再燃しようと暗躍しているのだろうか・・・。
 
 インドは1年の後半に祝祭日が多い。
 8月15日の独立記念日、10月2日のガンディー誕生日、10月21日のディワリなどなど。
 このあたりには、あまり出歩かないなどの注意が必要か・・・。
by bharat | 2006-07-17 10:30 | ふと思うこと
インド人化プログラム、50%完了☆
6月25日、研修を半ば修了

 6月25日、2年間のインド語学・文化研修プログラムを1年間修了した。

 他の駐在員が事務所勤めをする中、この1年間インドを放浪し、語学(ヒンディー語)や文化・風土の理解を深めることに専念してきた。

 「なんだアイツ、暇さえあれば旅行行ってるなぁ」などと思う無かれ。
 全ては、未来ある市場インドを知り尽くさんという思いからなのである。

 そこで、今回の良い機会に、その成果を簡単に纏めた。
 僕は、学者でも研究員でも無いので、主観的な視点から論じている点、予め了解の上、読んで貰いたい。

インドの概要

 今更書くまでも無いが念の為。
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e0074199_13173257.jpg名称 : インド(共和国、連邦、連邦共和国など表記様々)
人口 : 10.7億人(世界第2位)
面積 : 328万㎡(世界第7位)
首都 : デリー(ニューデリーは地域名で都市名ではない)
GDP : 6,912億USD(2005年、世界第10位)
言語 : 23の公用語(ヒンディー語をはじめとする22インド諸語+英語)
通貨 : インドルピー(1ルピー=約2.6円)



 因みに、インドに来るまで、インドの人口はおろか、公用語の数、インド通貨と本邦通貨との為替レートなど、全く知らなかった。かろうじて首都デリーを知っていたくらい。

 カレー、ガンジー、ターバン、、、これ以外に具体的なイメージを持っている日本人がどれくらいいるのだろうか。。。
 ビジネス雑誌がこぞってインドを特集している今、我々のインドに対する認識はどれだけ精緻になったろうか。

語学習得に関して
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 これは、インドの言語マップ。
 概ね、北インドではヒンディー語またはこれでカバー出来る地域が多く、南部に行くと全く異なる言語(テルグ・タミルなど)になっている。幸か不幸か、前バジパイ首相が推し進めたヒンディー語推進政策によって、大都市圏では東西南北関係無くヒンディー語が通じることが多い。

 インドにおける言語は、公用語だけでも23語(英語含む)。
 当社の研修プログラムで、派遣国が決まった後、何語を習得すべきか選定しなければならないなんて、前代未聞じゃなかったろうか。
 兎に角、習得言語をヒンディー語に決定し、1年間勉強した。
 月曜日~金曜日、午前/午後2時間ずつが通常ペース。途中、旅行などでペースを守れなかったが、6~7割方こなしたとして、約4時間×180日×60%=648時間やったことになる。他人と比較出来ないので、如何程の成果が上がったかは述べがたいが感じたことは...

a. 日本語と似ている
 同じアジアの言語ゆえか、はたまた偶然か、文法や発音など、日本語と類似した点がいくつも存在する。
 まず、文法。基本形の語順が日本語と一緒。ヒンディー語も、「主語+目的語+述語」。これは、とても親近感が沸く。
 発音については、厳密に言えば難しい発音もあるのだが、日本語の50音でカバー出来ない音は殆ど無い。

 反面、ラテン系言語を母国語とする人々には、かなり手ごわい言語では無かろうか。


b. ボキャブラリーが多すぎ
 色々な語源が存在するヒンディー語。古くはサンスクリットから、ウルドゥー語などアラビア系言語も語源になっている。これらの言葉が融合することなく、今でもヒンディー語の単語として残存しているので、同じ単語でも言い回しが3通りも4通りも存在することがしばしば。
 これは、ゼロから単語を覚える側からすると、とてもキツい。


c. 都市部以外においては必須
 英語があればどうにでもなるなどと思う無かれ。
 デリーなど大都市を少し離れると、すぐに純粋ヒンディー語圏に入る。街中の殆どのヒトがヒンディー語でコミュニケーションを取る。「使いこなす」というレベルで英語を使うヒトはハッキリ言って見かけない・・・みんな片言レベル。
 こんな環境なので、「これいくら?」「××が欲しい」「△△したい」くらいは喋れないと、相当苦労する局面が出てくるだろう。


宗教の捉え方
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オレンジ:ヒンドゥー :ムスリム 水色:キリスト ピンク:スィク :ほか)

 インドにおける宗教分布は、結構複雑だ。

 どの資料を見ても、「80%がヒンドゥー教徒、13~4%がイスラム教徒(ムスリム)、キリスト教徒・スィク教徒が夫々2%ずつ、以下仏教徒、ジャイナ教徒、ゾロアスター教(拝火教)徒など」と記されているが、これはハッキリ言って現在の状況を正確に表した数字じゃない・・・と思う。
 一番直近の国勢調査は2001年に実施されたが、この中で宗教調査も一応行われたようだ。だが、出てきている数字は、1930年代の調査のものと殆ど変化していない。
 下位カースト者、カースト外ヒンドゥー教徒たちの改宗、ヒンドゥー教徒と異教徒混血によるヒンドゥー教徒減少(混血は原則ヒンドゥー教徒になれない)などを考えると、今の数字が70~80年前と同じなんて有り得ない。

 一般的には、東部の山間部族居住地域、ムンバイ・ゴア地区は、英国支配時代に多くのキリスト教改宗が行われ、インド中央のナグプールでは1956年にアンベードカルによる仏教への集団改宗がなされたので、宗教分布が特異だと記されている。
 また、パンジャブ州はスィク教徒の多い地域だと言われている。

 確かにこれらの情報は正しいのだけれど、主観的には現状はもっと進んでいると思う。
 デリーでは多くのスィク教徒を目にするし、多くの仏跡(ブッダガヤーナーランダーラージギルなど)のあるビハール州にはたくさんの仏教徒がいた。また、地域・州を問わず、日本妙法寺の仏閣が建立されており、そこには多くのインド人仏僧が修行に励んでいた。
 仏教に関して言えば、現在インド仏教を率いているのは佐々井秀嶺なる日本人僧である点付け加えておく。彼や彼の取巻き曰く、彼らの改宗推進運動(指定カースト者を、上位カーストに支配されるだけの生活から解放する)によって、今やインドの仏教徒は1億人いると言う・・・まぁ、流石にこの数字は誇大表現に過ぎるけど、資料の記している数百万人っていう少なさでも無いんじゃないかとも思う。

 日常、異なる宗教にも関わらず、仲良くやっているように見える彼らだが、御互いの宗教を軽視する言動が見られることもある。
 僕らとしては、ふぅんと軽く流すより他に無いのだが。
 でも、爆破テロが起きたからといって、犯罪となんら関わりの無い、街のイスラム教徒たちに危害が及んだりといったことは無く、基本的にはインド人は民族問わず平和な民族ではないかと思う。

宗教やカーストに関する過去の日記:
 インドの交通事情
 カースト カースト カースト
 デリー郊外の農村へ
 インド農村行政の実態
 ヴァラナシでのホームステイ
 インドの祝祭日の考え方
 州境の村の実態
 インドのNGO事情
 ラクナウでアンベードカルについて考える


風土・文化の違い
 これは、僕の過去の旅行記を読んでもらうのが一番良いが、東西南北、気候も違えば食文化も違う。基本的には、水の多く出る州(ヒマラヤ山系の水脈のある北部諸州や大きな川を持つ州など)は豊富な農作物生産能力を背景に裕福で、その逆もまた然り。
 また、インドでは州によってある程度自治が認められているので、州ごとの所得も恐ろしく差があり、州民の生活にもおのずと格差が生じている。
 南に行くと教育水準が高く、北東に向かう程低くなる(一部例外あるが)。


氾濫する間違った情報
 最後になるが、これからインドにいらっしゃる駐在員の方々へ。

  「日本に氾濫する前向きなインド情報は信じないで下さい」

 僕が昨年インドに来ることが決まったとき、アマゾンで「インド」で検索してヒットしたビジネス関連書籍は僅かに数冊だった・・・殆どは、バックパッカーの旅行記みたいな本だった。
 それが今や、検索ヒット数300件弱・・・凄い熱狂振りだ。

 いくつか取り寄せて読んだが、ハッキリ言って「ウソばっか」である。

 想像するに、取材記者が日本から飛行機でブ~ンと飛んできて、数日間でデリー・ムンバイバンガロールハイデラバードあたりを周遊して、日本企業誘致に躍起な政府要人・インド企業家とのインタビューを済ませて帰国・・・こんな感じで書かれた記事じゃなかろうか・・・。
 彼らは、湯はおろか水の出ない一般旅館、1日16時間停電する一般住宅街、都市部から数km離れた極貧農村などに行っただろうか。
 勝手に業務終了して乗客を強制的に降ろす市バス、自分の手数料が入る宿・土産屋にしか行かないオートリクシャーに乗っただろうか。

 最近、人口爆発による労働人口増加を記す記事をよく目にする。
 だが、人口が増えるのは、「労働したくても職の無い人たち」だ(農村に行ったときの日記参照)。

 ITシリコンバレーがあるかと思えば、僕らが自宅にインターネット回線(しかもナローバンド)を引き込むのに1ヶ月かかる現状がある。

 バカ売れする自動車の脇には、1回の給油代金>月収の貧民が道端で寝ている。


 ・・・僕は、生来明るい性格だが、この国を見ていると、明るい話題よりも深刻な課題の方がどうしても目だって見える。
 
 我々世界第2位の経済力を持った国の企業の駐在員がインドで出来ることって何なのか・・・あと1年の滞在期間で答えを探し、成果を出したいを思っている。
by bharat | 2006-06-26 10:30 | 自己紹介など
必殺! ソファ職人!!

 先日、何回掃除しても綺麗にならないソファを、思い切ってリフォームした。
 これが、実に見事というか、独特というか・・・。
 その作業風景をレポート。

日本には無い長尺ソファ

 今の家に住み始めて間もなく、会社の倉庫に眠っていたソファを家に持ってきた。
 広い倉庫にあったときは、特に気付かなかったんだが、家に運んでもらって驚いた。

e0074199_5184860.jpg ・・・日本ではまず見ない、4シーターなのだ。
 長さはゆうに2メートルを越えており、とにかく取り回しが大変。

 まず家への搬入が一大事だった。
 僕の家は、2nd floor(日本で言う3階)なのだが、建物が古いせいか、階段が狭い。ズン胴のソファを、螺旋のような階段で3階まで引き上げるのは相当苦労した。今でも、階段周囲の壁には無数のこすり傷が付いている。


 で、暫くはこのソファを使っていたのだが、どうも中にたまった埃がすごくて、不快指数が下がらないので、当社総務に事情を相談したところ、「リフォームしてはどうですか?」と言われた。
 日本で家具のリフォームというと、僕の世代ではピンと来ないのだが、こちらインドでは家具のリフォームはごく当たり前なのだと言う。手順は次の通り。

①まず、家具屋(ソファ生地屋)で生地を選ぶ。

②店員に家に来てもらい、寸法を計測して貰って、見積を作成して貰う。
  この見積で、大雑把な金額・必要生地量が分かる。

③出張リフォーム部隊の来訪日時を決定する。
 丸1日必要。


e0074199_6591299.jpg とある晴れた日の11時、出張ソファ職人ラムジ氏とその一味たちがやってきた。写真右端のラムジ氏・・・年の頃は30歳中盤くらい、妻子持ち、趣味はクリケット観戦といったところか。部下の2人は若く、まだ駆け出しみたいな風貌。

e0074199_414965.jpgラムジ氏を玄関に招きいれ、靴を脱いでもらう。
 ラムジ氏の足からは、くさやとドリアンをブレンドしたようなかほりが全開だったが、笑顔で話しかけてきたので、こちらも精一杯の笑顔で応じる・・・しかし、すごいかほりだ。

e0074199_4172420.jpg 作業には膨大な場所を必要とするらしく、居間のテレビ以外の殆ど物は矯正撤去を命じられた。空いた床に職人道具をばら撒いてから、作業開始。時計は12時10分前を指していた。


 まずは、本体部分の表面をはがしていく。
 丁寧に、かつ大胆に。引っこ抜いたクギは、そこらじゅうに飛び跳ねていくが、御構い無しだ。Lの字、Uの字になったクギが、とめどなく床に散乱していく。
 作業が波に乗ってきたな~と思っていたら、ラムジ氏が突然召集をかけて、3人で二言三言。
 で、笑顔で俺に向かって、

   「サー、俺たち昼メシ行って来るさ~♪」

 え゛・・・まだ作業始めて1時間も経ってないけど。
 まぁ、今日中にちゃんと終わるなら、自分たちのペースで進めていいけど・・・早めの昼メシ食ってから午後来てくれた方が・・・まぁ深く考えるのは止そう。

e0074199_5292367.jpg 御手伝いさんが、裸足で床のクギを掃除し始めた・・・危ない思いをさせてごめんよ。でも、悪いのは僕ぢゃなくて、ラムジとその一味なんだよ。
 ふと思い出したが、こちらの人たちは、思いも寄らぬ軽装で色んな作業を行う。まず、素手で揚物。グツグツの油の鍋から素手で揚物をひょうひょい取出すのだ・・・Mr.マリックより遥かにハンドパワーである。道路の舗装工事もビックリした。アツアツのアスファルトの上を15ルピーのゴム草履を履いたおじちゃんがならしていく。ならしているそばから、草履がガムみたいにネチャ~っと伸びていた・・・。

e0074199_530821.jpg さて、御手伝いさんのクギ掃除も早々に終わり、僕ら2人が部屋に佇むこと約1時間半。
 満腹の3匹が笑顔で帰ってきた。
 作業再開。


e0074199_5302211.jpg クッションの表面をはがしたあと、本体部分に張り付ける新しい布(黒い合皮)をチョキチョキ切って、張っていく。作業はチンタラやるくせに、手先は実に器用で丁寧。なかなかやるな~、ラムジ部下その1~。


 ちょっと、別の部屋で勉強などしていると、居間の方からズズズっと飲み物をすする音が聞こえてきた・・・。

   ???

 何だろうと思って、居間に戻ると、3人が茶をしばいていた。

   「ラムジ氏、その茶はどこから?」

   「サー、下のヒトに頼んで入れてもらったんでさぁ」

 ふぅん、下のヒト・・・・ってコラァ!
 うちの大家ぢゃないか!
 勝手に頼むなよ・・・・このオッサン。

 しかし・・・昼食後、作業再開から1時間でまた休憩かよ。
 ラムジよ、いつになったら職人芸を披露してくれるんだ?


e0074199_613249.jpg 出番は意外に早く訪れた。
 クッションのウレタンを新しいものに取り替えた後、いよいよソファ職人ラムジ氏が出てきた。
 年季の入ったミシンを器用に操りながら、新しい布でそのクッションにぴったり合うカバーを裁断・縫製していく。この間、彼は物差し・巻尺の類を殆ど使わない・・・自分の手を定規代わりにして、器用に採寸していた。カバーの出来は、恐ろしい程精緻で、ピンと張った状態でクッションを覆っていく。
e0074199_6174141.jpg 全てのクッションに新しいカバーを被せると、本体部分の最終仕上げに入る。Gパン用の裁縫針みたいなのを駆使して、隅々を縫い合わせていく。


 午後8時・・・ついに新生ソファが完成。e0074199_6185535.jpge0074199_619980.jpg




 素晴らしい出来栄えだ☆
 個人的にはかなり満足。


 ここに、総工費数千ルピー、製作時間8時間(うち休憩時間2時間半)の一大スペクタクルが終わったのだった。
by bharat | 2006-02-01 10:11 | ふと思うこと
人間的生活へ
居住者登録

 インドの居住先が決まったんで、早速、居住者登録をするべく、当社インド人スタッフと一緒に、Foreign Regional Registration Officeなる役所に行った。

 場所柄、事務所内は結構外国人が多い。

 総合窓口のようなカウンターに係員が2人。
 その2人を取囲むように、登録申請者が密集していた。
 列作ればいいのに。。。。
 順番なんて無いから、申請書を係員に見てもらったモン勝ち。
 当社スタッフは、手慣れた様子で、ヒンディー語で何か喋ったかと思うと、係員は僕の申請書をすぐに手に取ってくれた。
 うぅむ、やはりこういうときにヒンディー語が出来るといいな、と思った。



 必要事項を記入したResistration Report / Residential Permit、パスポート、ビザ、賃貸契約書、大学のAdmission Letterの原本・写しなどを一揃え提出すると、5分くらいでResistration Report / Residential Permitにハンコ・署名がなされ、正式に発行してくれた。
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 申請する前は、

      「場合によっては、何時間もかかることがあります。」

て言われてたんで、アッという間に済んでよかったぁ。




生活開始に必要なもの

 ホテルから家に移るにあたって、必要なものをリストアップしてみた。

・ ベッド
・ 布団、シーツ、枕
・ エアコン
・ テーブルとイス
・ 食器
・ 冷蔵庫
・ 電子レンジ
・ 水(ミネラルウォーター)
・ カーテン
・ テレビとテレビ回線契約
・ 電話と電話回線契約、インターネット契約
・ 洗濯機
・ 掃除道具

 まぁ、優先順位の高低はあるけど、こんな感じか。。。
 ・・・結構いっぱいあるな。

 どこで買ったらいいか、当社スタッフに相談したら、いくつかは地下倉庫に在庫があるかもしれないと言う。
 早速、地下室に行ってみた。
 地下室の中は迷路みたいになっていたが、いくつかゲット出来た。

・ ベッドとマットレス(ベッドは立派だけど、マットレスは埃っぽい)
・ テレビ(ソニーだ♪)とテレビ台
・ テーブルとイス(イスはシールがベタベタ貼ってあるけど)
・ 冷蔵庫
・ 電子レンジ(日本製なんで変圧機必要)

 ベッドがあれば取敢えず家に移れるな、よしよし。

 ということで、その日の内にベッドを家に搬入して貰って、新居での生活を開始。

 が・・・・

      「暑くて、ねむれん・・・・」

 家が石とかで出来てるから、昼たっぷりと熱を吸収して、夜になっても室内がモワ~っと暑い。
 天井に扇風機が付いてるけど、回しっぱなしにすると乾燥してノド痛くなりそうだし。
 というわけで、エアコンが家に来るまでの数日間、蒸し風呂状態の部屋で、うなりながら過ごさなきゃならなかった。


 おまけに、カーテンが付いてないから、日中も夜間もプライバシーゼロ。
 落着かないこと、この上ない。


 テレビも立派なSony製のを居間に置いたんだが、契約してないから、全チャンネル砂嵐・・・テレビっ子としてはこれは大変ツラい。




 てなわけで、その週の内に「エアコン」「カーテン」「テレビ回線契約」を大至急頼んだ。




インド人大集結

 エアコン取付、カーテン取付、テレビ回線設定を全~部同じの日の午後2時に頼んだ。
 全部一気にやってくれれば、僕が拘束される時間が短く済むと思ったから。

   午後2時・・・誰も来ない。

     午後3時・・・誰も来ない。

       午後4時・・・誰も来ない。

 あれ?曜日間違えて頼んじゃったかな、と思った午後5時頃になって、ようやく来た。
 しかも、全業者・・・。

      「あのな・・・なんで全員揃って3時間おくれなんだよ。」

 と思ったが、彼らはな~んの気がねも無い様子で、作業に入っていった。


 ところが・・・

 エアコン、カーテン、テレビの3業者が1人ずつ来ると思ってたんだけど、何故か3~4人ずつで来た。明らかに作業してるのは、各業者1名だけで、あとは何か適当に指示出したり、勝手に小便しに行ったり、水をくれだの・・・なんなんでしょう。
 各作業とも居間の窓側での作業だったんで、居間の一角がインド人の大密集地帯に。
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 結局作業は、3時間以上かかり、みんな8時過ぎに帰って行ったとさ。
by bharat | 2005-07-15 02:19 | インド生活
生活拠点決定!
自宅探し

 6月26日にデリー入りして、ホテルに入ったんだけど、会社の規定で宿泊費が最大4日間分しか出ないので、27日から早速家探しをすることになった。

 幸い、当社総務のスタッフが色々な物件情報を揃えてくれていて、それらを手当たり次第に見て回ることにした。
 一応、家賃(月額)の上限を20,000ルピー(日本円で50,000円くらい)として、あがってきた物件ということらしかった。

 1件目。
 場所は、デリー中心から南西に5~6km行った、Anand Niketanというところ。
 3階建ての3階と2階の一部が賃貸スペースになっている、外見がとても立派な家。
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 間取りは、2LDK+バストイレ2室+トイレ1室+物置部屋2室。
 中も、とても綺麗にされていて、一瞬で気ににってしまった。
 大家さんもとても感じの良い方だった。

      「ここにするよ。」

 当社スタッフに即答したが、まぁもう1件くらい見て決めたらと言うので、もう2~3件見ることに。


 2件目。
 場所は、1件目と同じところの番地違い。
 2階建ての2階で、間取りは2LDK。

      「き・・きたないな・・・」

 内壁が汚いのと、床が埃だらけ・・・。
 綺麗に見せるとかいう、見栄は無いのかな。
 家賃が安いから、どうでもいいと思ってるのかな。

 いずれにせよ、即却下ということになった。



 3件目。
 住所も間取りももはやあまり覚えてない。
 が、部屋全体が広くて、綺麗で、居間がカーペット敷きでとても良かった。
 一点、バス・オートリクシャーの便が悪いのが欠点だった。
 僕は、通常の駐在員と違って、車が付かないから、この欠点は致命的だ。
 泣く泣く断念。




 結局、1件目の物件に決定。
 賃貸契約手続へ。
 節税対策とやらで、家賃を2等分して、一方を「賃貸契約」、もう一方を「メンテナンス契約」として締結。インドはこのやり方が常套化しているという。
 家賃・敷金を払ったが、大家さん、金額も確認せずに奥の書棚にそれをしまう。
 インド人は、金にはウルさいと聞いてたので、ちょっとビックリした。

      「金額、確認しないんですか?」
      「あなたが確認したんなら、それでいいわ。」

 あとから分かったんだが、大家さんは大変な御金持ちらしく、あんまり金の遣取りで札を数えることはしないんだという。
 こんな太っ腹なインド人もいるのか・・・一気にこの大家さんが好きになってしまった。




 さ、家も決まったし、居住者登録しないと。
by bharat | 2005-07-10 00:00 | インド生活
インド初上陸!
乾燥してないし、暑くないぞ!?

 6月26日夜、JALのフライトでデリー入り。
 大阪に住んでたんで、伊丹→成田→デリーと来たんだけど、デリーに着いての第一印象。

      「あれ?暑くない・・・」

 なんでも到着前日の6月25日は40℃を超える暑さだったらしいのだが、26日当日は雨が降った影響で気温も30℃前後に落着いていた。
 かなり覚悟をキメて来ていたから、大阪より気温が低かったのには、少し拍子抜けした(後日、灼熱地獄を味わうのだけれど)。

 休日にも関わらず、当社現地事務所スタッフが迎えに来てくれた。
 当社デリー事務所で数少ない日本語の話せるスタッフで、E-mailでの遣取りはあったものの、会うのは勿論初めて。
 カタい日本語を書く人なんで、てっきり年配の人かと思いきや、とても若い、感じの良い女性スタッフだった。ビックリ。

 その日は、ホテルに連れて行って貰って無事チェックイン。。。。




 明けて27日、当社事務所に行き、挨拶回り。
 Friendlyな雰囲気で、一安心。

 基本的に1年間はデスクワークは無いが、机と椅子まで用意してくれていた。
 座って一息付いてると、紅茶を出してくれた。

       「これがチャイか・・・・・・あ、甘い・・・・」

 日本だといつも砂糖無しのコーヒーばっかしだったから、この甘さは結構強烈だった・・・すぐに慣れちゃったけど。
by bharat | 2005-07-01 04:16 | インド生活
派遣プログラムの設定
白紙の2年計画

 昨年末に、インド派遣員が内定したんだけど、なにせ第1号生。
 プログラム内容が殆ど白紙状態。
 今年6月にインドに来るまでの半年間で、色々決めなければならなかった。


 まず、どこを拠点にするか。

 当社事務所がある場所が良いのか、それとも他の場所が良いのか・・・分からん。
 色々検討した結果、ヒンディー語ドップリの環境(ヴァラナシアラハバードなど)も捨てがたいが、第1号派遣員ということで当社インド事務所との緊密な連絡も必要だろうとのことで、デリーを拠点とすることになった。



 じゃあ、デリーのどこで学ぶか。

 当然、目的は「ヒンディー語の習得およびインド文化の理解」ということなんだけど、どこで学べばいいのか?・・・当初は全然分からんかった。

 ネットで色々検索したら、デリーでは、Delhi University(DU)、Jawaharlal Nehru University(JNU)、Kendriya Hindi Sansthanの3校が有名な大学・語学学校らしいことが分かった。
 現地事務所のインド人スタッフや日本の人事部と相談した結果、JNUが良かろうということになった。
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 インド人スタッフの助けを借りて、大学の諸申請手続を済ませて貰い、大学からのAdmission Letterを取得。
 それを、日本のインド大使館に持っていき、学生ビザを発行して貰う。

 6月26日(日)の飛行機で、無事デリーへ・・・・



 
by bharat | 2005-06-27 04:09 | インド生活
第1号インド派遣員
自己紹介

 皆さん、こんちには。

 今回、人生の一大転機を機にブログを始めたBharatです。

 簡単な自己紹介をすると、日本企業入社7年目の男で、今年の6月末からインドに来た。
 来た目的は、普通の駐在員ではなくて、「言語および文化を習得する」ために派遣された、派遣員だ。

 当社は、海外の言語や文化に慣れ親しんだ社員を育成するために、2年間の海外派遣プログラムを実践していて、過去何十年間にわたって、欧州・南米やアジアなどに社員を送り込んでいる。最近では、御時世を反映して、中国語の習得を進めるべく同国に複数名派遣したりしている。
 プログラム内容は、派遣1年目は通常勤務せずに現地大学などに通学して現地語の習得や文化の理解などに集中する。2年目に現地事務所で通常勤務し、2年目終了後に日本に帰国すると言う具合だ。

 上記プログラムについては、今までインドは派遣国ではなかったんだけど、今年から対象国になり、社内公募を経て、僕が派遣員となったというわけ。

 第1号派遣生ということで、日々試行錯誤もあるが、その内容を、皆さんと共有出来ればいいなと思っている。また、既にインド生活のベテランの皆さんからのアドバイスも貰えたらとても嬉しい。
by bharat | 2005-06-26 23:59 | 自己紹介など