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第62回旅行は、デリー郊外のスーラジクンド
 デリーの南20kmにある、巨大な溜池跡スーラジクンド(Surajkund)。
 年に1回の催事で盛り上がる、デリー近郊の知られざる名所だ。

ラージプートの貯水池
 このあたり一帯は、デリー市内とは異なり、小さな丘が目立ち、低木がまばらに生えている。
 ここを10~11世紀に統治していたラージプート(戦闘民族)のスーラジパルがこの地に溜池を作り、今日に至っている。
 何も催事が無いときは、ピクニック・スポットになっている。

インドの各州の民工芸品が大終結
 ここスーラジクンドで毎年2月に開催されるのが、Surajkund Crafts Mela。
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 インドの各州から民芸品や工芸品を集め、展示・販売する一大イベント。
 これだけ聞くと、デリー北部にある、State Emporiumとさして変わらない感じがするが、このCrafts Melaは、各州の折り紙付きの職人が集まってくるっ点が特徴的だ。
 なんでも、国(州?)公認の賞を受賞した職人・工房しかこのイベントには招待されないようで、この点で、ある程度品質が保証されていると言える。特に、模造・偽造が横行しているこの国にあって、これは、素人目には分かり易い判断材料だ。

e0074199_15303091.jpg メインエントランスは、なかなか味のある造り。
 インドの伝統的な骨董細工である真鍮の動物の置物をイメージしているようだ。
 エントランス脇にもいくつか立派な置物があったが、警備員の物置きと化していた・・・。

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e0074199_1533522.jpg 中に入ると、凹凸の激しい敷地内に、たくさんの露店があり、思い思いに物を陳列、販売していた。
 飲食店コーナーも充実しており、各州の食べ物を食べることが出来る。

e0074199_15345280.jpg これはオリッサの名物であるパラソル。


e0074199_1543157.jpg こちらは、身体障害者が作成するハガキ・封筒。売上は、彼らの施設運営資金に充てられる。


e0074199_1537746.jpg 敷地内では、各州の催すアトラクションや踊りなども。
 ミッキーマウスはいないが、インド神話のキャラクターが敷地内を闊歩し、民俗舞踊を披露するところもあった。
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e0074199_15494361.jpg このイベントでは、毎年スポットライトを当てる州があるようで、今年はマハラシュトラ州だった。敷地内には、ムンバイに程近いエレファンタ島の壁画のレプリカが展示されていた。「マヘーシュムルティ」は、3つの顔を持つシヴァ神の壁画で、世界の創造・維持・再生を3つの顔で表現しているという。
 いずれホンモノも観てみたいな。



戦利品
 ここで買ってきたものをいくつか。



e0074199_164285.jpg ポップな時計は、どこの州の商品か不明。
 2~300ルピー(約520~780円)だったと思う。

e0074199_1642026.jpg これは、マディヤ・プラデーシュ州ボーパールの絵本作家の書いた絵。
 1,000ルピー(約2,600円)前後だったろうか。

e0074199_162338.jpge0074199_1624643.jpg これは、ビハール州(ビハール州への旅の様子はこちら)の作家が作成した絵画。
 版画と思われる。
 数千ルピーしたが、気に入ったので購入してしまった。







 来年も2月にあるそうなので、行ってみようかな。
by bharat | 2006-04-10 10:30 | インドぶらり旅
第35回旅行は、クルクシェートラ
 デリーから国道1号線を北に進み、パーニーパットを越えていくと、クリシュナ像のある交差点が。
 クリシュナゆかりの小さな町クルクシェートラへの入口だ。
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インド神話の地
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 クルクシェートラは「クル族の土地」の意。
 バガヴァト・ギータという神話の中では、この地でクル族同士の内紛が発生、大戦争になったとされている。
 その片方のパーンダヴァ軍のアルジュンが、同族に刃を向けることを逡巡するのを、クリシュナが馬車の上から諭すというのが神話の内容。



シェイク・チッリー廟(Sheikh Chilli's Tomb)
e0074199_304540.jpg シェイク・チッリーは16世紀の人物で、ムガル帝国の王子ダラ・シコー(第5代シャー・ジャハーン帝の長子だが、弟アウグランゼーブに殺害され、皇帝にはなれなかった)の指南役。
 赤砂岩の城壁に囲まれた建物で、奥部の上には白大理石のドーム状の廟が配されている。
 廟は、タージ・マハルに象徴されるムガル期の廟同様、大きな丸みを帯びた屋根が特徴的。
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シヴァ寺院・スィク寺院
e0074199_4191066.jpg 上記のシェイク・チッリー廟のすぐ近くにある寺院。
 手前にスィク寺院、並んでシヴァ寺院が併設されている不思議な建物。
 汚い溜池には、立派なシヴァ神の像がある。

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シュリ・クリシュナ博物館
e0074199_4425197.jpg クリシュナに纏わる、絵画・彫刻が2階建ての建物内を埋め尽くしている。


 館内は写真撮影禁止なので、売店で購入した絵画の写真をスキャンした。


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 まずこれは、クリシュナがジャガンナートの格好となって、色々な神の顔を出現させている絵・・・なんか全日本プロレスのチャンピオンカーニバルのポスターみたいだな。

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 これは、叙事詩『マハーバーラタ』の中の1シーンを描いたもの。馬車に乗るアルジュナを行者のクリシュナが諭す有名なシーンだが、馬車も周りの兵隊も描き方がちゃっちくて笑える。

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 これまた『マハーバーラタ』から。アルジュナ属するバラタ族軍に対するクル族軍の武将ビシュマの死の床のシーン。彼の父はクル族の王プラティーバ(シャンタヌ)、母はガンガー神。



 とにかく館内の様子が雑然・混沌としていて、滑稽。展示物に唯一共通するのは、「クリシュナ」であることのみ。あとは何でもアリの絵画・彫刻の数々☆




パノラマ・アンド・サイエンスセンター
e0074199_5291422.jpg 館名は立派だが、中身は実にしょうも無い。
 科学の原理をちゃっちい装置で展示。
 パノラマシアターがベニヤで仕切られた館内の一角で上映されていたが、これも酷い内容だった。
 ・・・うぅむ、誰が何の理由でこんな館を作ったのか・・・。




ブラフマサローヴァル溜池
e0074199_5401326.jpg 敬虔なヒンドゥー教徒たちが巡礼に集まるという、聖なる池。
 途方も無く大きい長方形の人造湖の中には、橋が架かっており、中央の島のような陸地には寺院・公園がある。
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オススメ度(100%個人主観)

    ★★★☆☆ ・・・ クリシュナの面白博物館が良かったので
by bharat | 2006-02-06 10:27 | インドぶらり旅
第34回旅行は、ムガルゆかりの地パーニーパット
 デリーを北に向かう国道1号線を北上、ハリヤナ州都チャンディーガルに向かう途中、何気無く通り過ぎてしまう、何の変哲も無いT字路がある。
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歴史的合戦の名勝

 ここパーニーパットは、歴史上とても重要な場所だ。

ムガル発祥のきっかけ

 16世紀中盤まで続いた奴隷王朝の時代・・・。
 奴隷王朝最後のローディー朝と、アフガニスタンの新興勢力バーブル軍とが1526年、ここで対決した。
 結果はバーブル軍の勝利・・・同年、バーブルは自勢力をムガル帝国を称し、ここに1858年まで続くムガル帝国が誕生する。
 バーブルは、ムガル帝国初代皇帝となった。

 因みに、1530年跡を継いだ2代皇帝がフマユーンだ。
 デリーにフマユーン廟がある。


ムガル隆盛のきっかけ

 その後すぐ、ここは再び戦場となる。

 1556年、ムガル第3代皇帝アクバルが、当時デリーを占拠していたスール朝へームーと戦い、これを破った。これによって、ムガル帝国の北インドでの勢力圏は大きく広がり、その支配力も確実なものとなった。


ムガル滅亡のきっかけ

 三たび、ここは戦場となる。

 18世紀、インドでの支配力を失いつつあったムガル帝国は、アフガニスタンから進入してきた新勢力に抗しきれなくなっていた。
 1776年、アフガニスタンの王アフマド・シャーがインドに攻込むと、第15代ムガル皇帝シャー・アーラム2世は単独での防衛は無理と判断、近隣勢力であったマラーター同盟(※)と共同戦線を張って対抗する。結局、この戦いはアフマド・シャーの勝利に終わるも、痛み分けのような格好になり、アフマド・シャー軍もアフガニスタンに退却する。この間隙を突いて、英国軍が入り込んでくることとなった。

(※)マラーター同盟とは、インド西部から興った勢力で、敬虔なヒンドゥー信仰をベースとし、当時としては珍しく給与制の常備兵隊を抱えて、時期を問わず戦争出来る特性を持っていた。
 この特性は、日本の戦国時代の織田信長が敷いた軍事組織と似ており、半兵半農の軍事組織よりも自由な軍事戦略を採ることが出来た。
 18世紀頃からバラモン階級のペーシュワー宰相が実験を握るようになった。そして、元は配下だった諸侯が自力を付けてきたことから、主従関係は、ペーシュワーを盟主とする同盟関係となった。
 これをマラーター同盟と呼んだ。


今は、漬物の名産地

e0074199_821384.jpg 現在、この町はアチャールという漬物が特産の、静かな町だ。

 町通りにアチャール屋が点在していた。
 ピクルスやマンゴーの漬物が有名だが、チェリーなどの甘露漬のような変わったものもある。

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オススメ度(100%個人的主観)

     ★☆☆☆☆ ・・・ 通り過ぎてしまうくらい何も無い
by bharat | 2006-02-05 10:12 | インドぶらり旅