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Hotel (16) The Oberoi Cecil
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<名称>
 オベロイ・セシル The Oberoi Cecil

<住所>
 Chaura Maidan, Shimla, Himachal Pradesh 171001 INDIA

<電話番号>
 +91 177 280 4848

<宿泊料金>
 Rs7,000~8,000-(約21,000~24,000円) / 日

<特徴>
e0074199_1815364.jpg 建物の歴史は、英国植民地時代の1888年にまで遡る。
 当時この英国人所有の洋館で、給仕をしていたM.S.オベロイは、僅かな金額で洋館を譲受け、ホテルに改装後、1934年にThe Oberoi Cecilを第1号としてホテル業をスタートさせた。
e0074199_18135752.jpg 重厚感のある内装、飾らない落着いた装飾は、現在インドはじめ世界中で展開する全てのオベロイホテルの御手本になっているのかも知れない。
e0074199_1816325.jpg 英国風の朝食も美味。

by bharat | 2007-06-12 10:30 | ホテル情報
第100回旅行は、インドの軽井沢シムラー
 インド国内も、今回で100箇所目。
 今回は、英国植民地時代の避暑地として高名なシムラー(Shimla)。
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暑い夏を凌ぐ夏季限定の都
e0074199_211562.jpg 1814~16年のゴルカ戦争(ネパールと英国の戦争、詳細はコチラ参照)ののち、英国はこのシムラー丘陵地帯の存在を知るようになった。
 当時、英領インドの首都はコルカタにあったが、標高2,130mで夏季に程良い気温を保持するシムラーを、英領インドは夏季の首都に定めた(1864年)。

e0074199_2112351.jpg コルカタあるいはデリーからシムラーまでのにもつの大量輸送は困難を極めたが、それも1903年にシムラー~カールカ(Kalka、シムラーから100km)間、1906年にカールカ~デリー間で鉄道が開通すると解消された。
 この2路線は現在も現役で、、前者はトイ・トレイン(狭軌の登山鉄道、同タイプのダージリン・ヒマラヤ鉄道は世界遺産登録されている)、後者はカールカ・シャタブディ特急が毎日運行されている(電車の様子は後述)。

 その後、シムラーは旧パンジャブ州、次いで1971年からはヒマーチャル・プラデシュ州の州都となった。

 その避暑地としての歴史の古さから、今でもシムラーは数ある避暑地ヒル・ステーション(Hill Station)の代表としてそのステータスを保っている。


英国建築の雰囲気に和む
 避暑地なので、あまり観光場所は無いのだが、英国植民地時代に建てられた洋館が立並ぶ街並みは独特な雰囲気を出している。
 
e0074199_2030629.jpg これは、市役所。
 1888年に建てられた洋館だが、今尚現役。
e0074199_20401896.jpg その隣にも立派な建物があるが、これは現在警察署として機能している。


e0074199_2041649.jpge0074199_20412117.jpg これは、教会と図書館。
 夫々1844年、20世紀初頭に建てられた。


e0074199_20433492.jpg その他にも、至るところに洋館が立並んでいる。



改善の余地は無いのか・・・
e0074199_20475455.jpg 但し、これらの雰囲気をぶち壊して余りあるのが、この町全体の機能不全状態。
 まず、丘陵地にへばりつくように街並みが形成されているため、細長い街道や歩道がハイシーズンの人口集中に耐えられない。
e0074199_20484057.jpg メインの広場(スキャンダル・ポイントと呼ばれている)へのアクセスルートは限られており、最もポピュラーなのがこのエレベーター。
 なんと小型のものが2基しかない。
 当然滅茶苦茶並ばないと乗れない。
 加えて、エレベータには8人乗りと書いてあるのだが、毎回10人以上詰めて乗込む・・・いつ落下事故が起きてもおかしくない。


 車は渋滞するし、ゴミはそこら中に散乱しているし・・・これで毎年観光客が殺到し続けるのがナゾである。
 少なくとも、私は相当不快な思いをした。
 唯一避暑地を体感して落ち着いた雰囲気になったのは、ホテルに居たときだけだった。

 州政府・観光局など、当事者はもう少しこの惨状を改善して欲しいものである。


アクセス方法
e0074199_2152286.jpg シムラーへは、飛行機か鉄道か車で行くことになる。
 飛行機は大変便利だが、月・水・金・日と隔日しかフライトが無い。
 今回、往路はこの空路を使った(Air Deccan便)。



 鉄道は、上述したように特急列車(デリー⇔カールカ)+トイ・トレイン(カールカ⇔シムラー)と繋ぐことになる。
 今回の復路は、車+特急列車を使った。

e0074199_218373.jpg これがトイ・トレイン。
 かわいいディーゼル機関が客車を引っ張る。


 特急列車カールカ・シャタブディは、インド随一のクオリティ。
 座席は綺麗、夕食も美味だった。
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オススメ度(100%個人主観)

     ★☆☆☆☆ ・・・ 避暑地なら、もう少し落着きたい

所要観光時間

     3時間
by bharat | 2007-06-11 10:30 | インドぶらり旅
第10回旅行は、チベット亡命政府ダラムサラー
e0074199_14412528.jpge0074199_14472614.jpg アムリッツァル(Amritsar)で黄金寺院などを見た後、車で東進。

 100km余り走ると、パンジャーブ(Punjab)州北西の端にある、パターンコート(Pathankot)に到着。
 そこから、ヒマーチャル・プラデーシュ(Himachal Pradesh)州に入る。


チベット亡命政府の街 ダラムサラー(とマクロード・ガンジ)

 パターンコートから更に東90km、ダラムサラー(Dharamsala)、マクロード・ガンジ(McLeod Ganj)の街に入った。着いたのは、夜8時頃だったかな。

 チベット亡命政府のある場所として有名なダラムサラーだが、実際の拠点はここから数km離れたマクロード・ガンジという場所に集中している。
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 このマクロード・ガンジ、英国統治時代のパンジャーブ副総督マクロードと、市場という言葉ガンジを夫々とって名付けられた場所で、元々は英国軍の駐屯地として機能していた。
 しかし、御存知の方も多いと思うが、1960年にチベットのダライ・ラマ法王がここに亡命してきて以来、この街のイメージはチベット亡命政府一色である。

 
 街の構造は、高山地帯なので細い道が山にへばり付く様な格好になっていて、その細い道を挟むようにホテル、食堂、土産物屋が並んでいる。

 街の入口付近のホテル、Hotel India Houseに宿泊することに。
 オフ・シーズンだったので、費用は800ルピー(約2000円)。
 部屋も綺麗で、1階にはレストランも併設されている。
 スタッフの対応も親切で、流暢な英語を話す。
 良く見たら、旅行ガイドLonely Planetにも記載されている有名なホテルだった。

 荷物を部屋に置いて、早速1階のレストランで夕食を採ることに。
 楽しみにしていた、チベット・中国料理を食べた(どれも美味だった)。
 モモ(Momo:餃子みたいなチベット料理)に、トゥクパ(Thukupa:チベット料理、いわゆる汁ソバ)。e0074199_1441302.jpge0074199_14581131.jpg


 久々のマサラ抜きの夕食に満足して、就寝・・・・・・


街中はまるで日本の田舎町

e0074199_14442527.jpge0074199_14444336.jpg 翌朝から、街を散策。
 街行く人の顔も日本人ぽいし、牛のウ○コは無いし、まるで日本の田舎に来たような感じを受ける。道端で、モモと汁ソバをほおばる。・・・その後、街の中心を成すツクラカン堂(Tsuglagkhang Complex)を目指して歩く。


仏教寺院群 ツクラカン堂

 エンジ色の袈裟をまとった僧が行き交う一際大きな寺院の集落。e0074199_14452630.jpg
 この中には、ダライ・ラマの公邸、寺院、集会所などがあり、袈裟を売る店、土産物屋、本屋なども入っている。
 袈裟の販売店では、僕のヘスタイルを見て、「一着いかが?」と言わんばかりに微笑む。

 ツクラカン寺院に入ると、中央には大きな金色の釈迦像。
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 向かって左側(チベットの方角)には、観世音菩薩像。これはダライ・ラマ自身を神格化して表しているものなのだという。
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 本堂脇に小さなマニ車、また別の御堂でも大きなマニ車を発見。
e0074199_1501236.jpge0074199_1503210.jpg マニ車とは、読書きが出来なくとも、経文を全て暗唱せずとも、神の慈悲を受ける事が出来る様作られたもので、チベット仏教の大きな特色でもある。
 クルクル回る筒の中にはマニ聖典(チベット仏教の経典)が書かれた紙が入っていて、この筒を自分の手で回せば、マニ聖典を唱えたことになると解釈される。

 因みに、このマニ車、日本の寺院でも見かけることがある。
 僕は関西にいた頃、四国八十八箇所を巡礼したことがあるんだが(時間が無かったので車で回った)、そのいくつかの寺院で、やはりこのマニ車を見かけた。

 帰り際、このマニ車のハンディ版を200ルピー(約500円)で購入。e0074199_14515330.jpg







 ダラムサラー・・・見るべきところが山ほどある訳ではないが、街の風景・食べ物・人々などがインドというより日本に近い印象を受け、とても懐かしい気分にさせてくれた。
 今度は、ダライ・ラマがいる時期に来て、是非会ってみたいな。
 ※今回行った時期は、欧州を歴訪していたみたい。


オススメ度(100%個人主観)

   ★★★★☆
by bharat | 2005-09-23 21:01 | インドぶらり旅