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第68回旅行は、見事な石窟寺院が残るバーダーミ
e0074199_354934.jpg バンガロールの北500km、かつての王都バーダーミ(Badami)がある。


チャールキヤ朝の都
e0074199_424257.jpg あまり、知られていないバーダーミだが、元々は王国の都が置かれていた由緒ある場所。
 6~7世紀、デカン高原一帯を治めたチャルキヤ王朝の都がここバーダーミ。
 地形は特徴的で、市街地の脇にアガスティヤティルター(Agastyatirtha)人造湖、その周囲三方を切り立った崖が囲んでいる。


どうやって行くか??
e0074199_426310.jpg 見どころの多い町バーダーミだが、どうやって行くかが悩みどころ。
 人口2~3万人の町に当然空港は無い。
 町の中心地から数km離れたところに鉄道の駅があるが、特急停車駅では無い。
 残るアクセス手段はバス。
 マイソールバンガロールとの間で、定期的に高速バスが通っている。夫々12時間くらいかかる。・・・そしてバスはオンボロである。
 因みに、僕はハンピからタクシーで入り(約5時間、2,000ルピー(約5,200円))、帰りは高速オンボロバスでバンガロールに帰った(約12時間、357ルピー(約930円))。帰りは安上がりだったが、結構タフ。

 この町の見どころは、大きく分けて3つ。
 「石窟寺院」、「水辺の寺院」、「崖の上の砦・寺院」だ。

石窟寺院

 町の南側の崖の側面を掘って造られた石窟寺院。
 6世紀頃に出来たとされ、南インドの石窟寺院としては最古のもの。
 このスタイルが、その後世界遺産のアジャンタエローラに伝播したと言われている。
 ここにあるのは、全部で4つ。

第1窟
e0074199_6252218.jpg 向かって一番右側のこの石窟は、シヴァ神を祀っている。
e0074199_23582389.jpge0074199_23584128.jpg入口の脇の彫刻は、躍動感のあるナタラジ像(シヴァ神踊りバージョン)、内部にはシヴァ神の長男坊スカンダ(孔雀に乗っているのが特徴)。
e0074199_00371.jpg中には、とぐろを巻いたヘビの彫刻も登場するが、これのナーガ神というれっきとした神様。
e0074199_04632.jpgそして、本堂にはシヴァのリンガ(男根)。


第2窟
e0074199_045786.jpg 第2窟は、ヴィシュヌ神を祀っている。
 勿論、ヴィシュヌ神の彫刻がそこかしこにあるのだが、彼の化身もいくつか登場する。
e0074199_2293574.jpg ヴィシュヌの第3化身のマツヤ(魚)。
 その昔、賢者マヌが川で釣りをしていたところ、その手に自分から乗っかってきた魚が、命乞いをするので、生かしておいてやったところ、みるみるデカくなり、家で飼えないので海に放流した。
 すると、魚はヴィシュヌが姿を変えた仮の姿で、こう忠告した・・・「7日後に大洪水が来るから、あらゆる生き物のつがいと7人の聖仙を大船に乗せろ」と。
 で、案の定、洪水で世界が水没したけど、マヌ一味は助かった。
 ・・・ビックリするほど、ノアの箱舟の話に似てるな・・・なんか関係あるのだろうか・・・?
e0074199_312447.jpg これは、第5化身ヴァラハ(イノシシ)。
 賢者マヌが、水沈した世界を救うべくヴィシュヌに祈ると、彼の鼻の穴からウリ坊が飛び出してきた。巨大化したウリ坊(イノシシ)が、水に飛び込み、牙で沈んだ大地を持ち上げ、世界を救った。

第3窟
e0074199_3504628.jpg ここも、ヴィシュヌ神を祀っている。
e0074199_4275152.jpge0074199_4285145.jpg まず飛び込んでくるのが、この特徴的な彫刻。
 通常、ヴィシュヌはヘビの上に寝そべっているのだが、この彫刻は片ヒザを付いて座っている。
 これは、この格好が、当時の王様の立居振舞いだったらしく、彫刻もその格好にさせたのだそうだ。
e0074199_4473568.jpg この石窟にも、ヴィシュヌ神の化身がいる。
 これは、第6化身のヌルシンハ。関連エピソードはコチラ

第4窟
e0074199_5391369.jpg 他の3つの石窟と同じ外観だが、この寺院だけジャイナ教。
 11~12世紀に作られた。
e0074199_5473594.jpg 中には、衣類を纏わないジャイナ教祖師ティールタンカラの像が。

作成途上の石窟
e0074199_16381085.jpg 第2窟と第3窟の間には、作成途上の石窟がある。
 これは・・・仏像!?
 なんと、仏教信仰も行われていた。



人造湖周辺のヒンドゥー寺院
 アガスティヤティルター(Agastyatirtha)人造湖の周辺にも、見応えのあるヒンドゥー寺院がいくつかある。

ヤッランマ(Yallamma)寺院
e0074199_65449.jpg 湖の西側に位置する寺院。
 11世紀頃の建立。

ブータナータ(Buthanatha)寺院
e0074199_6135044.jpg 同じ名前の寺院が、湖の北側と東側に2つ存在する。
 これは、北側のもの。
e0074199_616238.jpg で、これが東側のもの。
 こっちの方がズッと凝った立地と作り。
e0074199_6321896.jpg この寺院、本堂部分とその先の部分とで、建てられた時代が違うらしい。
 その証拠に、こんな不自然な柱の連続が。
e0074199_6382550.jpg また、この寺院の裏の岩壁には、彫刻の下書きが残っている。
 見っとも無いというか、人間らしいというか・・・他の遺跡でこんなの見たこと無い。
e0074199_6403615.jpg 更に奥には、小~さな祠が。
 中には、結構立派なヴィシュヌ神の彫刻が彫ってある。
e0074199_6405670.jpg


未成年禁止(?)の博物館
e0074199_6525453.jpge0074199_6532296.jpg アガスティヤティルター(Agastyatirtha)人造湖の北側にある博物館。
 何の変哲の無い彫刻などに交じって、スゴいものが陳列されていた。
 なんと、女性の局部のドアップの彫刻。館内写真禁止なので、画像は書物から取ってきたものだが、正にこんな感じだった。
 万物創生を意味する女性器を信仰対象としていたので、こんな彫刻が当時作られたのだと言う。
 ・・・因みに、未成年も入館可。


北要塞地区
 バーダーミは、崖全体が要塞になっており、チャールキヤ朝のあとも、代々この要塞に手を加えて、防御拠点とした。
e0074199_16345121.jpg 前述の石窟の上部にも城壁が残る他、
e0074199_16354236.jpg北側には頑丈な城門や城壁、砲台、寺院などが残っている。

ハヌマーン寺院
e0074199_1643112.jpg 人造湖の東の端から道なき道(石段)を上っていくと、粗末なハヌマーン寺院が。
 ハヌマーン(猿神)だけあって、サルの巣窟と化しており、長居は危険。
上のシヴァラヤ(Upper Shivalaya)寺院
e0074199_16482432.jpg 丘を上りきると、同じ名前の寺院が2つ。
 これは、上にある方。
 柱は無地だが、土台・壁には立派な彫刻が。
 7世紀頃の建立。
下のシヴァラヤ(Lower Shivalaya)寺院
e0074199_16543990.jpg これは、丘を少しだけ下ったところにある。
 小さな作りで、元々は文字通りシヴァ神を祀っていたが、途中からガネーシュ神を祀るようになった。
 ・・・まぁ、親子だからいいのかな?
砲台
e0074199_165833.jpg 恐らく、中世になってから、建てられたもの。
 南インドの群雄割拠を乗切るべく、敵からの防御に最適なこの丘の上に設置したのだろう。




オススメ度(100%個人主観)

   ★★★★☆ ・・・ 寺院あり、要塞あり、面白い博物館あり。

観光所要時間

   3~4時間
by bharat | 2006-06-12 10:30 | インドぶらり旅
第65回旅行は、マイソールと英国の激戦地スリランガパトナム
e0074199_5271394.jpg マイソールから北に15km、マイソール王国と英国が激戦を交えたスリランガパトナムがある。

巨大な城塞都市
 スリランガパトナムは、カウヴェリー(Cauvery)川の本流と支流に挟まれた中州に位置しており、天然の要害の様相を呈している。
 この城塞都市は、マイソール王国(詳細こちら参照)のハイダル・アリー、ティプー・スルタンが造った活動拠点で、城壁に囲まれた内部には、王宮や寺院等の施設が配された。

ダリヤ・ダウラト・バーグ(Dariya Daulat Bagh)
e0074199_3575852.jpg 「海の恵み」を意味するこの建造物は、ティプー・スルタンが1784年に建てたもので、夏季限定の王宮として使用された。

e0074199_4363845.jpg 建物の造りは、
バンガロールのティプー・スルタン宮殿に似ており、風通しの良い構造。
e0074199_4371020.jpg 内部は通常カメラ撮影禁止なのだが、特別に許可を得て撮影。
 内壁は、当時の王族の生活を鮮やかに描いており、塗料の色はそんなに色褪せていない。
 中の小部屋には、当時の王族の衣類や持ち物などが陳列されている。


グンバズ(Gumbaz)
e0074199_5314534.jpg ダリヤ・ダウラト・バーグから東に2km、たくさんの墓石に囲まれたイスラム建築物が現れる。

 グンバズと呼ばれるこの丸いドーム屋根の建物は、ハイダル・アリーが1784年に没した後に、その子ティプー・スルタンが父の死を偲んで建てたものだ。
e0074199_5362698.jpg その後、ハイダル・アリーの妻ファクル・ウン・ニサとティプー・スルタン本人もここに埋葬され、本堂中央に安置されている。

ジャミ・マスジッド(Jami Masjid)
e0074199_543531.jpg これも、城壁内に建てられた施設で、ティプー・スルタンが1787年に建立したものと言われている。


ティプー・スルタン戦没碑
e0074199_545399.jpg ティプー・スルタンが1799年の第4次マイソール戦争で戦死した場所・・・らしい。


英国捕虜の牢(Colonel bailey's dungeon)
e0074199_60522.jpg これは、マイソール王国軍が、捕らえた英国兵たちを監禁した牢獄。

e0074199_682985.jpg 牢獄内部は間仕切りが無く、内壁には多くの突起が。
 これは、捕虜の腕を固定するためのもの。
 その場にいたガイドらしき人が実演してくれた。


ランガナータ・スワーミー寺院(Ranganatha Swamy Temple)
e0074199_6222167.jpg この巨大寺院は、894年に建てられて以降、ホイサラ王朝やマイソール王国によって拡張され、現在の規模になった。
e0074199_6543252.jpg 南インド特有の建築形式であるゴープラム(塔門)をくぐると、ホイサラ様式(こちら参照)の建物が出てくる。
e0074199_745334.jpg 本堂に至る通路の途中には、総金箔貼りのガルーダ(背中に翼を持った神)像と
e0074199_743419.jpgナーガ(蛇)像がどど~んと鎮座する。
e0074199_754314.jpg 本堂の最奥には、蛇の上に横たわるヴィシュヌ神の像が安置されている。
 写真のものは、寺院入口にある小さなレプリカ。
 これは、ここを治めていた名君ティプー・スルタンのために作られたもの。
 彼は、イスラム教徒であったが、宗教に対しては非常に寛容で理解力があり、ヒンドゥー寺院への参拝も希望した。民衆も彼を非常に尊敬していたので、この寺院を参拝したくても出来ない(当時はヒンドゥー教徒以外は入れなかった)君主に対してこのレプリカを入口に置いて、拝んでもらったのだという。
e0074199_7105942.jpg 寺院の外には、木製の山車が置いてあった。
e0074199_7104793.jpg なかなか見事な彫刻が施されたこの物体は、年に1回開催される祭りの際、周囲をゴロゴロ走るのだという。


地元民憩いの大庭園 ヴリンダーバン
e0074199_521652.jpg ヴリンダーバン・ガーデンは、ピクニックを楽しむ地元民で大盛況だった。
e0074199_524733.jpg ダムの堤防沿いに配されたこの公園は、デリーで年に1回だけ公開されるムガル・ガーデンに似た造り。イギリス様式の芝生と噴水を組み合わせた、綺麗なデザインだ。
e0074199_543852.jpg 敷地内にあるホテル・マユーラカヴェリは真っ白で清潔感のある建物。


オススメ度(100%個人主観)

   ★★★☆☆ ・・・ マイソールからの日帰り旅行先にはもってこい

アクセス

   タクシーでマイソールから約30分


by bharat | 2006-06-08 10:30 | インドぶらり旅
第64回旅行は、ホイサラ建築が綺麗に残るソームナートプル
e0074199_5405388.jpg マイソールから東に車で1時間、ソームナートプル(Somnathpur)という小さな村に着く。
 地元のタクシー運転手も迷ったこの村には、特異な姿をしたヒンドゥー寺院が綺麗な形で残っている。


ホイサラ建築様式
 12~13世紀、この一帯を治めたホイサラ王朝は、ヒンドゥー教美術に多大な、そして独特な影響を与えたと言われている。
 その全ての要素は、ホイサラ建築と呼ばれる建築様式で建立されたヒンドゥー寺院に凝縮されており、ここソームナートプルや、ベルール(Belur、マイソールの北西140km)、ハレービード(Halebid、マイソールの北西155km)などでこれを見ることが出来る。

 写真は寺院の説明の部分で記載するが、この建築様式の主な特徴としては...

① 本堂の建つ土台部分が星型にデザインされている。
② 本堂に続く階段の両脇に、小さな御堂がある。
③ 柱は、下部が正方形、中~上部は円形を積上げた形状。
④ 神像を祭る堂の天井も、外部からは小さな円を積上げたようになっている。
⑤ 彫刻がとても精緻だが、頭身バランスはマンガっぽい(5頭身くらい)。

ホイサラ建築の集大成
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 1268年に建立されたこのケサヴァ寺院(Kesava Temple)は、ホイサラ王朝の最盛期に出来たもので、芸術的には集大成と言われている。

e0074199_5214413.jpg 御堂の外壁は、精緻なヒンドゥー彫刻でビッシリ。
 ホイサラ王朝の彫刻だが、その細かさは、カジュラホの寺院や、デリーのアクシャルダーム寺院アーメダバードの階段井戸にも通じるものがある。
e0074199_5392417.jpg

e0074199_5441720.jpg 建物内部の柱は、とても特徴的。
 何層ものレイヤーが重なったデザインは、今まで見たことが無いもの。

e0074199_5505831.jpg 本堂には、古いクリシュナ像が収められている。
e0074199_5512917.jpge0074199_551424.jpg 左右にはクリシュナ像なども安置されている。
 


オススメ度(100%個人主観)

   ★★★★☆ ・・・見応え有り、バンガロールからアクセス良し


by bharat | 2006-06-07 10:30 | インドぶらり旅
第63回旅行は、藩王国の都マイソール
e0074199_5394145.jpg バンガロールのバスターミナルの定期バス(1時間に1本、料金はRs110くらいだったかな)に乗って約2時間半、南西140kmほど行ったところに、マイソールがある。

 人口80万人前後の中規模の都市だが、見どころは多い。



マイソールの歴史

 バンガロールのくだりでも触れた通り、この一帯は、マイソール王国が治めていた。
 マイソールの呼び名自体は、水牛の頭をもった悪魔マヒシャースラに由来し、それをチャームンディー女神が退治したという神話がある。この女神を祀った寺院には今も多くの参拝者が訪れている(詳細後述)。

 16世紀あたりまでは、マイソールは地方豪族の中心都市として栄え、その後ウォデヤール家
が取って代ると、1610年にその都はシュリランガパトナムに移された。その後、支配者がハイダル・アリー、ティプー・スルタン親子に代わってもマイソールが王都になることは無かった。

 現在の街並みの姿になったのは、第4次マイソール戦争(1799年)が終結した後、英国がここを王都と定めてからだ。英国風建築の初期のものは、この時期に建てられたものだ。

 その後1831年の農民大反乱を理由として、マイソールは一時その統治権を藩王から英国政府に譲った。バンガロールに首都機能が移転したのは、このときだ。その後統治権は1881年に戻され、時の藩王が新たに英国建築をベースにした都市計画を実行、競馬場やその周辺の建築群を建てた。
 1930~31年には、英国の著名な建築家E・F・フリッチレイによってラリタ・マハル(後述)が建築され、時の藩王が宮殿として使用した。


行列の出来る女神寺院チャームンデーシュワリー
e0074199_1131244.jpg マイソール市街地を離れ、南東方面に行くと、小高い丘が。
 雇ったオートリキシャーが、歩いた方が早いくらい速度になりながら、丘の道を登ること20分、頂上に到着。後になって調べてみると、標高1,062mもあるそうで、タクシーで行った方が良かったようだ。

e0074199_6174970.jpg 頂上に着くや、目に入ってくるのは、立派なゴープラム形式のヒンドゥー寺院。
 チャームンデーシュワリー(Chamundeshvari)寺院と呼ばれるこの寺院は、先ほど書いたチャームンディー女神を祀った寺院で、17世紀に建立、19世紀前半に改築された建物だ。

e0074199_11112857.jpg 早い時間だと言うのに、寺院入口からは長蛇の列が。
 皆、御参りの為に並んでいた。
 リキシャのおっちゃんに、2時間くらい並べば中に入れるよと言われ、入場を断念。
 周囲をぐるっと散策した。



巨大ナンディー
e0074199_1126527.jpg チャームンデーシュワリー寺院からマイソール市街に戻る道中、丘の中腹あたりからもう一方の道を進むと、眼下に綺麗な緑の平地が見えてくる・・・マイソール競馬場が。
 英国植民地だったインドで、競馬場を見ることはそんなに珍しくない。このマイソール競馬場ほど綺麗じゃないが、デリーにも競馬場があり、たまに賑わっていることがある。耳に赤鉛筆を指したおっちゃん達がいないので、馬券を売り出しているかどうかは定かではない。

e0074199_11272288.jpg さらに進むと、バカでかいナンディーが出現。
 単一の黒い御影石で出来たこのナンディーは、全長7.5m、全高5mと超巨大。インド全土でも有数のデカさを誇る。因みに、飼い主のシヴァはどこにもいない・・・基本的には放し飼いなのか。

e0074199_1130553.jpg 司祭にこのナンディーの興りを聞くと、「ある日突然、地盤の一部が隆起し、ナンディーの形になった」んだそうだ。
 ほ、ほぉ~...それは凄いって、そんな訳無いのに。実際は1659年に設置されたものらしい。



藩王の宮殿

 英国の支配下、統治権を認められた藩王のための宮殿が、現在も綺麗に残っている。

ラリタ・マハル(Lalitha Mahal)
e0074199_1156193.jpg 前述した通り、1930~31年に建てられた藩王の離宮。
 現在もホテルとして現役で機能しており、宿泊費は$150~200ととても高い。


アンバー・ヴィラス宮殿(Amba Vilas Palace)
e0074199_4153075.jpg 市街地の南東部に位置する城壁に囲まれた宮殿・城郭設備の一部を構成する、巨大な宮殿。
 通称マハラジャ宮殿。
 1897年、ウォデヤール家によって建設され、一度火事で焼失するが、1912年にイギリス建築家設計により再建築された。
e0074199_4434445.jpg 内部へは、靴を脱がねばならず、カメラ撮影も禁止。結構、警備が厳しい。外部からは写真撮影オッケイなのだが、警備員に見られると預けさせられるので、この3枚の写真はコッソリ撮ったもの。
 それでも、入口のチケット売場でめざとくカメラを発見された。その場で交渉して、20ルピー払って入れてもらった。
e0074199_452153.jpg 内部には、使用当初の装飾品やインテリアが所狭しと陳列されていて、なかなか充実している。
 当日は、物凄い人の入りだったのだが、インド人と僕とでは、ジックリ見たいものが違うみたいだ。おぉ、これは!と思って陳列物を凝視していると、後ろから早く行けとばかりに詰めてくる。。。と、今度はサクサク進みたいところでは、インド人たちが群がって何かを見ていたり。


聖ジョセフ聖堂
e0074199_6135024.jpg 聖フィロメナ教会とも。
 今も礼拝者が多く出入りする教会。インド人のキリスト教徒が意外に多いことに驚いた。


香油の名産地
 ここマイソールは、香油の名産地。
 代表格は、サンダルウッド・オイル。サンダルウッドは、日本では白檀(ビャクダン)の名で知られている香木で、インド原産ともジャワ原産とも言われている。落着いた香りを放ち、茶道・香道でも使用される。
 香木には他に、沈香(ジンコウ)と呼ばれる沈丁花に菌が生育したものがある。ベトナム、カンボジア、インドネシアで取れ、樹齢や自然条件など諸条件が整わないと取れないという。中でも、ベトナムの一部でしか取れないものは、伽羅(キャラ)と言って、昔から大変珍重された。今でも金より重量単価が高い。

e0074199_529228.jpg 香木に関しては、日本でも歴史的に繋がりが深い。
 一番古い記録は、595年の推古天皇治世期に、淡路島に漂着した香木が朝廷に献上されたとされ、この時期に伝説の香木「蘭奢待(ランジャタイ)」が日本に渡来したとされている(右画像)。
 また、8世紀中頃に渡来した鑑真は、経典とともに多くの香木(沈香)を持って来た。目的は、精神統一を助ける、今で言うリラクゼーション効果を狙ったものと思われる。
 8世紀末からの平安時代には、香は貴族の間のエチケットになる。香を焚いてその薫りを楽しんだことから、「薫物(たきもの)」と呼ばれた。家々で独自の香を練り合わせたり、デートのときの勝負服に薫りを付けたり、ラブレターを香で炙ったりしたことが、源氏物語や枕草子に書かれている。
e0074199_631680.jpge0074199_63511.jpge0074199_625532.jpg その後、鎌倉時代・室町時代・安土桃山時代に入って武士が台頭すると、トレンドは薫物から香木をそのまま楽しむことに移っていく。このときの流行は専ら沈香で、特に時の権力者は沈香の王様「蘭奢待(ランジャタイ)」を欲したと言う。足利8代将軍義政(銀閣寺を建てた人ね)、織田信長については、この一部を切り取ったという記録が残されている。
 江戸時代になると、香道が確立。
 明治天皇も蘭奢待の一部を切取ったという。
 

e0074199_610658.jpg さて、話をマイソールの名産品に戻すと。。。
 オートリクシャーのおっちゃんに、良い香油屋さんが無いかと尋ねると、何の変哲も無いコーラ屋さんへ。
 ところがこの店、奥に進むと、従業員部屋みたいな場所が香油調合に使われており、色々な香油を量り売りしてくれるのだ。筋肉疲労に効くサンダルウッドと、皮膚の荒れに効くというブラックジャスミンの2種を購入。小さな小瓶で、夫々5,000ルピー(約13,000円)くらいした・・・結構高かったが、雰囲気的にはホンモノっぽかったな。




オススメ度(100%個人主観)

   ★★★☆☆ ・・・御当地物が少ないインドにあって、香油は土産に良い♪


by bharat | 2006-06-06 10:30 | インドぶらり旅
デリー 18 左程古くない「古い城」 プラーナーキラー
 デリーの中心にある、インド門の東に、プラーナーキラーと呼ばれる城郭がある。
 ヒンディー語で、古い城(砦)の意味だ。

 向かいには、工芸博物館、ちょっと南に行くとフマユーン廟、すぐ北にはプラガティ・メダン(Pragathi Maidan:デリー市内で恐らく最大の催事場で、ここ1年の間にもIITFオートエクスポDefexpoなど数々の催事が行われた)という位置関係。

ヒンドゥーの聖都インドラプラスタ

 この建築物は、16世紀にアフガンから侵攻してきたシェール・シャーによって建築されたもの。

 しかし、この場所は、ヒンドゥー神話『マハーバーラタ』の中において、インドラプラスタという都があったところだと言われており、城郭を代々イスラム勢力が支配したというのは何とも皮肉だ。

 因みに、今の城塞の様子になったのは、ムガル帝国第2代皇帝フマユーンがここを攻め落として支配下としたのち、大改修を行ったとき。


中の様子
e0074199_22302952.jpg 敷地内には、西側の門から入る。

 同じ敷地内には、デリー動物園があり、入口は隣同士。



西門(Bara Darwaza)
e0074199_23255375.jpg 「大きな門」と呼ばれるこの門は、全部で3箇所あるうちで最も立派で保存状態が良い。
 門の形状や壁に描かれた六芳星などを見ると、フマユーン廟に造りがとても似ている。

 チケット売場で券を購入し、門をくぐって敷地内に。
 因みに、例によって入場料は相変わらず理由無き2重価格制・・・インド人価格5ルピー(約13円)・外国人価格100ルピー(約260円)。



ハヌマーン門(Hanuman Darwaza)
e0074199_0363843.jpg 敷地の南側の門。

 ヒンドゥー教の猿神ハヌマーンの名が付けられているが、その由来が分からない程、痛みが激しい。



鍵の門(Taraqi Darwaza)
e0074199_0544494.jpg 敷地の北側の門。

 これまた、ボロボロな状態。
 地上2階建て、地下1階の大きな造り。



シェール・マンダル(Sher Mandal)
e0074199_12461.jpg 赤砂岩で出来た、正六角形状の建物。
 建物の名前は、プラーナーキラーの建設者、シェール・シャーから採ったもの。
 
 この低層の塔は、のちのムガル帝国期には、書庫として利用されたが、読書が好きだったムガルのフマユーン帝は、書棚の高いところにある本を取ろうとして登ったハシゴから落ちて、それが原因で死亡した。



カラ・イ・クフナー・マスジッド(Qala-i-Kuhna Masjid)
e0074199_1592070.jpg こちらも、シェール・シャー王が造った建物。中央アジアのローディ朝の建築洋式から、ムガル建築様式への移行期の様子が伺える建物で、武骨な角ばった構造と曲線を取り入れた窓枠が双方見受けられる。それでいて、全くの左右対称で無いのが、イスラム系建築に完全に移行しきっていない感じ。
e0074199_1595480.jpg この建物、意外に薄っぺらい。居住用ではなく、礼拝等に使われていたらしい。

e0074199_2429.jpg 建物の前に掘られたこのまん丸の池も、礼拝に使われたとのこと。



etc.
e0074199_254143.jpg これは、ハヌマーン門近くに転がっていた、大砲。当時は、これがズラッと城壁上部に取付けられていたに違いない。

e0074199_265521.jpg プラーナーキラーの東側はヤムナー川に面しており、その川向こうの工業地帯のエントツが見えた。
 こちらと向こうで、400年の歴史のギャップがあると思うと、意味深い。

e0074199_291364.jpg 施設そのものとは全く関係無いが、ここは兎に角カップルが多い・・・しかも、結構濃厚な時間の使い方をしている。
 ガッコ、休みなのかしら?



by bharat | 2006-06-02 10:30 | デリー市内あれこれ
デリー 17 巨大シヴァ寺院 マンガル・マハーデーヴァ
e0074199_14524922.jpg デリーからハリヤナ州グルガオンに向かう途中、とても大きなシヴァ神像が目立つ、マンガル・マハーデーヴァ寺院がある。


でかーい
 日頃デリーに住んでいて、オフィスもデリーだと、グルガオンに行く用事も無いのだが、この日はこの為だけに出動した。

 入口で靴を脱がなければいけないので、敷地内を歩くと、足の裏が焼けそうになるので、訪れる時間を選んだほうが良い。

 最奥のシヴァ神像を目指す。
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 近くで見上げると、相当デカイ・・・15~20mくらいだろうか。
 近代的なデザインというか、マンガっぽい顔立ちをしている。
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像の周辺
e0074199_15474947.jpg 像の周辺は、良く手入れされた公園が広がっていて、ピクニックみたいなことをしているインド人がチラホラ。

e0074199_15483121.jpg 売店には、シヴァはじめ、彼の次男坊ガネーシュ、奥さんのパールヴァティ、ドゥルガー、カーリー(ドゥルガー、カーリーはパールヴァティの化身だけど)のグッズを販売している。



ゴールデン☆
 毎日という訳ではないが、このシヴァ神、夜間はとってもド派手なことになっている。

e0074199_1553890.jpg まず、全身を黄金色にライトアップされ、アタマからはガンガー噴射(インドの神話では、ガンジス川がシヴァの頭から流れ出たものとされている)!!

 経済的な理由からか、決まった日にしかやらないようだが、実に華やか。

 (この夜間の写真は、グルガオン在住のnaoming77さんに御提供頂きました、深謝。)
by bharat | 2006-06-01 10:30 | デリー市内あれこれ
分からん・・・インドの祝祭日の考え方。

 現在、現地時間の19時を過ぎたところ。

 今頃気が付いたのだが、本日4月6日はインドの祝日だったらしい。

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 「ラーマナワミ」・・・ヒンドゥー教の神様の1人、ラーマ神のバースデー(画像は、部下の猿神ハヌマーンと抱き合うラーマ神)。
 ラーマ神の生誕地と言われているアヨーディヤでは、盛大な祭りが執り行われるみたいだが、ここデリーは何事も無かった。少なくとも、僕の周辺では、ごく普通に1日が過ぎていった。朝からヒンディー語のクラスに行き、普通にインド飯を食い、売店でコーラを買込み、夕方家路に着いた。
 ガッコ(個人授業の塾)も空いていれば、レストランも営業中、売店も通常通りやっていた。

 インドに来る前は、色々な宗教が入り乱れていて、さぞ祝祭日が多いのだろうと、ちょっとウクウキしていたのだが、実際来て見ると、その殆どがオプショナル・ホリデー・・・要は関係あるヒトだけ休む制度を採っているみたいだ。カレンダーも、宗教ごとに赤い数字(休日)が異なる。
 みんながこぞって休むのは、共和国記念日(1月26日)、ホーリー(3月)、独立記念日(8月15日)、ディワリ(インド正月、11月)くらいなもんだ。

 共通の休みは少ないし、みんな宗教ごとに休む・・・ややこしいだけでは・・・?

 まぁでも、何千人といるヒンドゥーの神様の誕生日をいちいち休日にしてたら、1年のうち殆ど休みになっちゃうか。
by bharat | 2006-04-06 23:10 | ふと思うこと
第60回旅行は、チェンナイ近郊の門前町カーンチープラム
 チェンナイから南西に約80km、歴史ある寺院が今も残るカーンチープラムがある。

 詳細説明は後日するが、まずは写真をUP。

街並み
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ヒンドゥー寺院
デーヴァラージャスワミ寺院
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カイラーサナータ寺院
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エーカンバラナータル寺院・クマラコッタム寺院
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by bharat | 2006-03-25 10:30 | インドぶらり旅
第59回旅行は、「インディジョーンズ」の町 マハーバリプラム
 チバムバラムから国道45号線を北上、マハーバリプラム(マーマッラプラム)に到着する。

 タミルナドゥ州の州都チェンナイからも程近く、見所も多いので、観光名所となっているようだ。

 詳細説明は後日するが、まずは写真のみUPした。

街並み
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岩壁彫刻群
アルジュナの苦行
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ガネーシャ・ラタ
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クリシュナのバターボール
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トリムルティ寺院
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ヴァラハ窟
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マンダパム
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スタラサヤマ・ペルマル寺院
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パーンチ・ラタ
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海岸寺院とその周辺
寺院
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海岸
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by bharat | 2006-03-24 10:30 | インドぶらり旅
第58回旅行は、海岸沿いの小都市チダムバラム
 タンジャブールから海岸沿いの道に出て北上、小さな町チダムバラムに到着。
 見所は少ないが、大きなゴープラムが1つ。

 詳細説明は後日するが、まずは写真をUP。

街並み
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ナタラージャ寺院
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by bharat | 2006-03-23 10:30 | インドぶらり旅