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橋梁崩落事故・・・他人事では無い
 12月2日(土)朝、ビハール(Bihar)州のバーガルプール(Bhagalpur)というところで、橋梁の崩落事故が発生。
 杜撰な管理体制・設備の老朽化等が原因だが、その因果関係よりも、日頃オンボロ橋をよく見ている者にとっては、「やっぱり崩れるんだ・・・」と、かなりヒヤッとしたものを感じた。

概要
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 上図が今回の事故の概要。
 まず、前提条件として、この橋梁は築150年と大変古いため、代替の橋が最近完成。
 古い方の橋は、取崩工事の最中だった。

 12月2日の7:25、橋の下をくぐる格好で、3071列車がバーガルプール駅に到着。
 このとき、列車の8両目以降は駅からはみ出て、第8車両が橋の真下に来る状態。

 この直後7:26、橋梁の取崩工事をしていた作業者が異常を察知、駅関係者に電車の出発を中止する様警告した。

 そして7:28、駅関係者が警告を無視して、電車を出したところ・・・

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 第8車両の真上に、橋が一気に崩落。
 35名が死亡、100名以上が負傷した。


道路インフラの老朽化と近代化する移動手段

 事件そのものが衝撃的なのは言うまでも無いが、この写真を見て驚いたのが、橋が殆ど煉瓦と漆喰だけで出来ていたらしいこと。
 これでは、崩れるに決まっている。
 当初馬車・自転車・軽量な自動車くらいしかしていなかった橋の上には、過積載の貨物トラックが往来し、その下を鉄道列車がガタガタ振動しながら行き交う。
 こんな環境で、橋が持ち応えられる訳が無い・・・のだが、こんな風景、実にインド中で見かけたりするのだ。

 インドに来て約1年半、だんだん感覚が麻痺してきたが、出張・旅行で陸路を使うときは要注意だな・・・やっぱり。
by bharat | 2006-12-10 10:30 | ふと思うこと
第39回旅行は、ヒンドゥー教徒の聖地ガヤー
 仏教徒の聖地ブッダガヤー(ボードガヤー)に程近く、ヒンドゥー教徒の聖地ガヤー(Gaya)がある。
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e0074199_210597.jpg ここガヤーは、ヒンドゥー3大聖地と呼ばれており、ヴァラナシアラハバードと並んで、ヒンドゥー教徒たちが最も訪れたいと心を寄せる場所だ。
 ヴァラナシはガンジス川い沿った古都、アラハバードは3聖川(ガンジス川・ヤムナー川・サラスワティー川)の合流地点、ここガヤーにはガンジス川の支流が流れている。
 ガヤーは、先祖供養の地として有名で、ここで御参りすることで、地獄に行った祖先を天界に、天界にいる祖先を不死にし、参詣者自身も解脱に至ることが出来る。

 

ヴィシュヌパド寺院(Vishnupad Mandir)
e0074199_222710.jpg マディヤ・プラデーシュ州のインドールの女王アハーリヤー・バーイーが18世紀後半に建立したもの。
 比較的新しい寺院だが、ここには先祖供養をするべくインド中のヒンドゥー教徒が集まる。
 異教徒は入れないが、塀の外から立派なシカラ(砲弾のような形状の屋根)が見える。


ブラフマジュニの仏跡・ヒンドゥー寺院
e0074199_3112486.jpg 町のはずれに、小高い丘とその上に何か見える。
e0074199_315517.jpg 何百段という階段を炎天下の中登って行くと・・・
e0074199_3211912.jpg 黄金色の仏陀像が安置されている。
 こんな重たいもの、どうやってここまで持ってきたんだろうか。
e0074199_3214867.jpg 仏像の更に奥、崖っぷちには仏足石が置いてある。
 ここから周りの町・集落を一望出来る。
e0074199_3463688.jpg 更に階段を登ると、オレンジ色に塗り固めた洞穴が。
 穴の両端が空いており、参拝者たちが次々にここを這いつくばりながらくぐっていた・・・何の御利益があるのかな?
e0074199_3565147.jpg 丘の頂きには、小ぶりなヒンドゥー寺院がある。


オススメ度(100%個人主観)

   ★★★☆☆

観光所要時間

   3~4時間
by bharat | 2006-02-20 10:30 | インドぶらり旅
第38回旅行は、ブッダガヤー(ボードガヤー)
 仏教の祖ブッダが悟りを開いたとされる地が、ここブッダガヤー(ボードガヤー、Bodhgaya)。
 インドだけでなく、各国の仏教寺院が立ち並ぶ独特の街並みを形成している。
 日本の寺院やゲストハウス等もあり、日本人観光客を見かける事も珍しくない。

悟りの地
e0074199_4192727.jpg ホテルの受付にも仏陀像があるくらい、仏教に染まった場所、ブッダガヤー。
 ここは、ゴータマ・シッダールタが35歳のとき、悟りを開き、ブッダ(悟りを開いた人)となった場所だ。彼が瞑想した樹は、菩提樹と呼ばれるようになった。



世界遺産 大菩提寺
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e0074199_4403693.jpg このユネスコ世界文化遺産に指定されている巨大な寺院は、アショカ王が紀元前3世紀に建てた仏教寺院が原型だと言う。
 その後、紀元後2世紀、11世紀、19世紀に手を加えられて今の姿になった。
e0074199_444628.jpg 入口から垣間見れる金色のブッダ。
 本堂に入ると、多くの参拝者に囲まれた大きなブッダ坐像を拝むことが出来る。
 定期的にガラスが開けられ、掃除されている。
e0074199_4475725.jpg 寺院の外周には、菩提樹があり、一般参拝者、袈裟を着たアジア人の僧たちがしきりに祈っていた。
 因みにこの菩提樹、分け木してスリランカのアヌラーダプラの渡ったものを再度分け木してブッダガヤーに持ち帰ったものだそうだ(元々ブッダガヤーにあった菩提樹は枯れてしまった)。
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各国の仏教寺院
 この街並みを特徴的なものにしているのが、各国の仏教寺院だ。
 通りに、全く雰囲気の異なる仏閣が並ぶ様は、ここならではだろう。
ブータン
e0074199_6282166.jpg チベット仏教が特徴の寺院。
e0074199_75562.jpg 極彩色の壁・天井が綺麗だ。
 後日、ブータンを旅して、このような建築物・仏像を沢山を見ることが出来た。
(詳しくはブータンパロティンプータクツァン参照)

中国
e0074199_79387.jpg こちらは、中国の寺院。
 外見こそ地味だが・・・
e0074199_713402.jpg 本堂の中の3連仏像は実に豪華。

日本
e0074199_7174621.jpg 勿論、日本の寺院もある。
 敷地もかなりのもので、敷地内には鐘、仏塔(ストゥーパ)などが配されている。
 本堂には上品な仏像、庭園には巨大仏陀坐像がある。
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タイ
e0074199_750761.jpg ド派手な三角屋根が特徴のタイの寺院。
 中の仏像や壁画も派手。
 後日、タイに訪れた際に、同様の配色の寺院を観た(こちらバンコク旅行記参照)。
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ネパール
e0074199_8185179.jpg こちらはネパール寺院。
 ブータンと同様、チベット仏教色が特徴的。
e0074199_8193093.jpg 他の寺院と空気が異なり、僧たちが経をあげており、厳かな雰囲気。



スジャータの家
e0074199_23564847.jpg 市の中心を少し離れたところにある。
 スジャータは、悟りの境地を発見出来ないシッダールタ(ブッダは悟りを開いてからの名前)に乳粥を施した女性。
 シッダールタはその21日後、菩提樹の下で悟りを開き、ブッダとなる。
e0074199_016128.jpg スジャータ・・・どこかで聞いた名前だと思ったら、コーヒーミルクのブランド名だ。
 めいらくグループのこの商品のキャッチコピーは褐色の恋人。
 こんなところで、インドの史跡と日本の商品がリンクするとは。



スジャータ寺院
e0074199_0235167.jpg 村落にあるスジャータ寺院には、スジャータがブッダに乳粥を差出す場面を再現した像を見ることが出来る。



ドゥンゲシュワリ石窟寺院
e0074199_0423665.jpg シッダールタがブッダガヤーで悟りを開く前に、苦行を行った場所だと言われている。
 平原に突然現れる岩山のふもとには、観光バスやタクシーなどが大挙していた。
e0074199_0444492.jpg 階段を登って行くと、岩をくり貫いた御堂が出てくる。
 中では、護摩を焚いており、外にまで煙がもうもうと垂れ込めていた。
e0074199_048355.jpg 余談だが、駐車場と御堂を繋ぐ通路・階段には、乞食がたくさんいた。
 喜捨を求めているのだが、果たして彼らは仏教徒なのだろうか・・・?



オススメ度(100%個人主観)

    ★★★★☆

観光所要時間

    5~6時間
by bharat | 2006-02-19 10:30 | インドぶらり旅
第37回旅行は、仏教徒巡礼の地ラージギル
e0074199_5435425.jpg ナーランダーから、車で小一時間、仏跡の1つラージギル(Rajgir)に到着する。


仏教ゆかりの地
 ラージギルは、ブッダが12年間過ごした場所。
 今でも、仏跡が数多く残る。

霊鷲山(りょうじゅせん)
e0074199_7574180.jpg 山の入口には立派な門が配されており、付近の新しい石碑には「藤井日達導師の道」の記載がある。藤井日達上人(1885~1985)は、日蓮宗系の日本山妙法寺大僧伽(だいさんが)の創始者。かなりストイックな宗派で、修行者は妻帯禁止、檀家も持たず、平和・非暴力を訴えて行脚し、世界各地で仏舎利塔の建立などを行う。彼は、1933年にマハトマ・ガンディーにも会っており、このときガンディーの唱える非暴力に深く感銘を受けたという。
e0074199_6112821.jpg 頂上まで徒歩で登ると、祭壇がある。
 供物や献花でいっぱいだ。
e0074199_6174740.jpg 付近には、日本の御坊さんの集団が御参りに来ていた。
 妙法寺の御坊さんたちなのだろうか・・・?


 山頂で日の出を待つ・・・そして、6時半ごろ・・・

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 御来光!
 紀元前6世紀、ブッダも同じ太陽を見ていたのかと思うと、趣き深いものがある。


e0074199_7453198.jpg 明るくなってから周りを見ると、霊鷲山の名前の由来となった鷲の形をした岩を確認することが出来る。
e0074199_7492838.jpg 山の中腹には、瞑想する石窟も見られる。


日本妙法寺 ラージギル道場
e0074199_5351224.jpg 霊鷲山からは若干離れるが、日本妙法寺の立派な道場がある。
e0074199_5375560.jpg 現在のインド仏教のリーダーである佐々井秀嶺上人(彼についてはナグプール旅行記で少し書いたので御参照)も、この道場の建設を手伝うため、1年間ここに滞在した。



ジャイナ教ゆかりの地
 開祖(第24祖師)マハーヴィーラがこの地で修行を積んだということで、ここラージギルはジャイナ教徒たちにとっても聖地である。

ソン・バンダール(Son Bhandar)石窟寺院
e0074199_425680.jpg 霊鷲山のふもと付近に突如現れるこの寺院。
 3~4世紀に掘られたジャイナ教石窟で、向かって右上に見えるレンガ製の上層階部分はグプタ王朝中~末期(5~7世紀?)に増築された。
e0074199_491515.jpg 彫刻などは随分と痛んでいるが、壁面の彫刻の保存状態は割りと良い。


ジャイナ教博物館
e0074199_545091.jpge0074199_5451641.jpg ジャイナ教徒の「東武ワールドスクウェア」。
 館内には、ジャイナ教徒の生活を表現したミニチュアがギッシリ展示されている。
 教徒の質素な身なりと、絢爛豪華な寺院の造りが特徴的。
e0074199_5464412.jpge0074199_547749.jpg 実に丁寧にメンテナンス・掃除されていた。
 格好から察するに、彼らはジャイナ教徒ではあるまい。
e0074199_445126.jpg 庭には、他の宗教では見られない格好の胸像。
e0074199_4493668.jpg 公園には遊具がたくさん置いてあったが、これは・・・滑り台ならぬ「滑らない台」?


ヒンドゥー教ゆかりの地?
 ヒンドゥー教の2大叙事詩の1つ『マハーバーラタ』には、ここラージギルが ヒンドゥー教徒の王ビンビサーラが収めた王国の都であったと記録されたおり、ここが記録に残るインド最古の王都だったということになっている。
e0074199_814306.jpg 手塚治虫の著『ブッダ』にも、このラージギルについては細かに描かれている(第10~12巻)。
 マガタ王国のビンビサーラ王はブッダを手厚く保護し、政策についても彼に相談していたようだ。あるとき、ビンビサーラ王が予言者から「あなたは41歳のときに息子のアジャタシャトル(アジャセ)に殺されるでしょう」という予言を受ける。このことに悩んだビンビサーラ王はブッダに相談するが、これを見たアジャセ王子はブッダを殺そうと企てる。幸いブッダは一命は取り留めたが、ビンビサーラは激怒しアジャセを幽閉する。その後、アジャセは牢獄を脱出、逆にビンビサーラ王を幽閉、その後しに追いやり、王座に就いた。
 アジャセはその後、父への仕打ちを痛く後悔し、ブッダを師と仰ぎ、仏教に帰依するようになった。
 霊鷲山ふもとには、今でもその牢獄跡が残っている。


ラクシュミー・ナラヤン(Lakshmi Narayan)寺院
e0074199_5492746.jpge0074199_5494634.jpg この地も、他のインドの宗教別人口比率はさして変わらないのか、仏教やジャイナ教の史跡よりも、ヒンドゥー教の史跡の方が断然賑わっている。
 この寺院では、溜池に群がる教徒たちでゴッタ返していた。
 敬虔な僧侶も多いのだろうが、観光客を取合う僧侶たちが目立って少々ガッカリした。一方的に経文を唱えて、布施金をぼったくろうと言うのだ。



オススメ度(100%個人主観)

     ★★★★☆ ・・・ 霊鷲山での御来光は神秘的

観光所要時間

     2~3時間
by bharat | 2006-02-18 10:30 | インドぶらり旅
第36回旅行は、仏教大学ナーランダー
 第36回~第39回は、インド東部に位置するビハール州の4都市。
 今では、インドの後進の代名詞のように言われるこの州は、かつて先進文化の一大発信地だった・・・。

ビハール州について
 インド東部、北をネパールに隣接するこの州は、ブッダの活動拠点だった。
 生まれた場所・入滅(死んだ)場所は、現在のネパールだが、悟りを開いた場所や仏教大学はいずれも、このビハール州にある。
 また、この州は紀元前4世紀からはマウリヤ王朝の支配下だった。名君アショーカ王もこのビハール出身だと言われている。

 その後は、スルタン(奴隷)王朝、ムガル王朝の支配下となり、イスラム色の強い地域となっていく。

 18世紀後半からは英国の植民地となり、1912~36年にはオリッサ州との合併州にされてしまう。が、その後単独の州になり、2000年には南部地域がジャールカンド(Jharkhand)州として分割、現在の形となる。

 現在のこの州の実態を示す数字としては、識字率38.5%(因みにインド平均は65%、南部のケーララ州は90%以上)。女性の識字率はこの数字を更に大きく下回り、経済的発展の一大要因になっている。
 州内GDPは、デリー州・マハラシュトラ州・パンジャーブ州・ハリヤナ州の15,000ルピーに対して5,000ルピーと3分の1しかない。貧困層の率も、デリーの10%前後に対してビハール州は約50%。
e0074199_024760.jpg また、治安面も大きな不安を抱えている。ナクサライト(民族解放戦線)の活動拠点がネパール拠点にあると言われており、土地柄マオイストの活動が活発だとされている。州選挙のたびに、治安が極度に悪化し、選挙結果を巡って暴動が頻発する。ダコイットという盗賊集団が活動していることでも有名。
 州の中央部を横切るガンジス川は雨季のたびに洪水し、農地を荒らし去っていく。「緑の革命」で成功を収めたパンジャーブ州やハリヤナ州の農家当りの農業に対する資産投入額が夫々915ルピー、652ルピーに対し、ビハール州はたった43ルピー。


 この州の前途はまだまだ多難だ。


仏教大学都市 ナーランダー
e0074199_0445598.jpg 中国の僧玄奘が、仏教を学んだという場所が、このナーランダー(Nalanda)。
 玄奘は、632年から5年間ここで仏教を学び、のちに『大唐西域記』を書いた。
 その『大唐西域記』によれば、ナーランダーはブッダのために当時マンゴー園だったこの地を500人の商人が共同買収して寄進した場所だという。
 玄奘がここを訪れたときには、ナーランダーは仏教の修行と研究を行う一大拠点になっており、僧が数千人規模でいたという。


 敷地内には、ストゥーパ(仏塔)、寺院、ヴィハーラ(僧院)が複合的に配置されている。

巨大寺院
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e0074199_134998.jpg 左奥の大きな建物跡で、巨大な寺院だったと言われている。
 当時の想像図はこんな感じ・・・中央に全高31mのストゥーパが特徴的な建物だった・・・らしい。
e0074199_1133389.jpg 寺院の周囲には、無数の小さなストゥーパが安置されている。
e0074199_1143927.jpg 多層建ての寺院跡には、レンガ造りの巨大な階段が残っている。
 各時代ごとに異なる階段が作られている。


僧院群
e0074199_1202730.jpg 複数の巨大寺院の前面には、ヴィハーラ(僧院)が広がる。
 各部屋には、小さな入口から続く瞑想部屋が付いている。
e0074199_1213749.jpg 通路の脇には、水路が巡らされており、1,500年前から清潔な生活環境が整備されていた様子がうかがえる。
e0074199_1231775.jpg 建物や通路は、全てレンガ造りだが、建設時期ごとにレンガの大きさが微妙に異なる。
 何気無く歩いている足元にも、その境目があったりする。



オススメ度(100%個人主観)

    ★★★☆☆ ・・・ ここ単体では物足りなし。他の仏跡と合せて周るべし。

観光所要時間

    1~2時間
by bharat | 2006-02-17 10:30 | インドぶらり旅