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インドのTシャツ 14

 ボーパールの露店で見つけた一品。
 何から何まで疑問を抱いてしまう、究極にウサン臭いTシャツだ。

14. さまぁ~ず三村にあげたいTシャツ
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 露店にぶら下がっているのを見て、一目ぼれ。
 即買いしてしまった・・・ちなみにサイズは小さ過ぎて着れないのだが。

 しかし、これだけツッコミどころが多いデザインもそうは無いよね。
 さまぁ~ずの三村だったら、このTシャツ相手に15分は遣り合えるだろうな。

e0074199_1356836.jpg・ インドの内陸で、ロンドンかよ!?
・ しかも日本語かよ!?
・ サイズフリーなのに、XSかよ!?
・ 生地にデカデカとDIESELなのに、タグはGAPかよ!?
・ 現品限りって、ビンテージかよ!?
・ 店主「日本語読めない」って、どうやって発注したんだよ!?



 ・・・インド、奥深し。
by bharat | 2006-09-29 13:50 | インドのTシャツ
第52回旅行は、巨大城郭都市マーンドゥ

 マディヤ・プラデーシュ州南西部最大の見所とも言える、マーンドゥ。
 詳細説明は後日するが、まずは写真のみUPする。

街並み
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南集落
ルプマティ・パビリオン(Roopmati Pavilion)
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バーズ・バハドゥール・パレス(Baaz Bahadur's Palace)
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レワ・クンド(Rewa Kund)
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北集落
ヒンドラ・マハル(Hindola Mahal)
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チャンパ・バオリ(Champa Baoli)
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その奥の建物
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水の宮殿(Water Palace)
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舟の宮殿(Jahaz Mahal)
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中央集落
ホーシャング・シャー廟(Hoshang Shah's Tomb)
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ジャミ・マスジッド(Jami Masjid)
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アシャルフィ・マハル(Ahsarfi Mahal)
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ジャイナ教寺院
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by bharat | 2006-03-16 10:27 | インドぶらり旅
第51回旅行は、MP州の移動拠点インドール
e0074199_204363.jpg 今回は、マディヤプラデーシュ州の南西部、国内線空港もある大都市インドール。
 デリームンバイバンガロールから国内線の飛行機でアクセス可能なこの都市は、ビジネスの要衝として有名だ。


カーンチ寺院(Kanch Mandir)
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 一見地味な外見のジャイナ教寺院。
 非暴力・不殺生のほか、質素・禁欲を基本理念とするこの宗教だが、「内なる美しさ」を追求しており、これに関連して、寺院の内部もまた豪勢に装飾しているのだ。
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e0074199_245223.jpg 壁中に、ミラーワークや銀装飾を施し、内部はキラキラ光っている。
 壁画は、善行を積んだ者の行く先や、悪行をはたらいた者がどうなるか、などを描いている。
 本尊には、祖師が祀られている。


バダ・ガナパティ寺院(Bada Ganapati Mandir)
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 高さ8mという、巨大なガネーシャ立像が安置されている寺院。
 色は、全身オレンジ色。



オススメ度(100%個人主観)

    ★★☆☆☆

所要観光時間

    2時間
by bharat | 2006-03-15 10:30 | インドぶらり旅
第50回旅行は、ヒンドゥー7聖都の1つウッジャイン
e0074199_23154116.jpg インドールから車で移動すること1時間半。
 ヒンドゥー教徒にとって聖なる場所ウッジャインに到着する。


ヒンドゥー7大聖都
 ここウッジャインは、訪れれば解脱が得られるとされる、「7大聖都」の1つとされる。
 因みに、他の6つは、ヴァラナシハリドワールカーンチープラムマトゥラー、アヨーディヤ、ドゥワルカー。
 また、12年の周期で開催されるクンブ・メーラーは、ここウッジャイン、ナースィク、アラハバードハリドワールの4箇所の聖地を3年ごとに周り、毎回夫々1,000~2,000万人のヒンドゥー教徒が参拝に訪れる。

見どころは当然ヒンドゥー寺院
マハカール寺院
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e0074199_21161533.jpg マハーカーレシュワル(Mahakaleshwar)寺院とも。
 ウッジャインにある、数多くのヒンドゥー寺院の中でも、最も多くの参拝者を惹きつけるシヴァ派寺院。15世紀に建立され、インド全土にある12のジョティ・リンガの1つが安置されている。ジョティ・リンガは、その他多くのリンガと異なり、自然発生的に現れた数少ないリンガとされ、タイヘン神聖視されている。
 建立当時は、今の10倍の規模で、銀製の門扉で豪勢な作りだった。イスラム勢力によって破壊された後、18世紀に今ある姿になった。
 本堂には、多くの像が祀られたいるが、中でも異彩を放っていたのがコレ・・・シヴァ???

バラー・ガネーシュ寺院
e0074199_21185171.jpg マハカール寺院の近くにある寺院。
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 外見は冴えないが、バラー(=大きい)・ガネーシュの名が示す通り、中には大きいガネーシュ神が安置されている。

ハルシッディ寺院
e0074199_230567.jpge0074199_231876.jpg 虎に乗った勇猛な女神ドゥルガーを祀る寺院。
 大きな燭台となる2本の塔が特徴的。
e0074199_2335221.jpg 敷地内には、覗き込むと見ることの出来るドゥルガー像や・・・
e0074199_23111818.jpg 天井の壁画が見事な本堂などがある。

チンタマン・ガネーシュ寺院
e0074199_23343744.jpg 名前が面白い、ガネーシュ神を祀った寺院。
e0074199_23361946.jpg 本堂は写真撮影禁止だが、このな感じの像がある。
 ・・・像というより、ペンキで塗った岩。
その他
e0074199_233974.jpg 市街地のど真ん中にもヒンドゥー寺院があり、古くから現在に至るまで、ヒンドゥー教が地元民の生活に密着している様子が分かる。


その他
イスラム寺院
e0074199_02516.jpg 市街地にあった、シャーヒ・マスジッド。
 伝統的なミナール(尖塔)を四方に持ちながら、中央部分は歴史的な建造物には無い斬新なデザイン。

ラーム・ガート(Ram Ghat)
e0074199_0195690.jpge0074199_084935.jpg 市内を流れるシプラ川には、多くのガート(Ghat、沐浴場)がある。
 中でも、このラームガートには、多くの地元民が訪れる。
 洗濯をする人や、礼拝する人がたくさん。
 僕も、沐浴&瞑想。

ジャンタル・マンタル
e0074199_0325410.jpg 天文学オタク、ジャイ・スィンの建てた天文台。
 デリージャイプールにも同様の設備があるが、ここウッジャインのものが一番小規模だった・・・。



オススメ度(100%個人主観)

   ★★★☆☆ ・・・ クンブ・メーラーのときに来て見たい

観光所要時間

   3時間
by bharat | 2006-03-14 10:30 | インドぶらり旅
第49回旅行は、世界遺産の仏跡サーンチー
 仏教ゆかりの地サーンチー(Sanchi)。
 ボーパールの北東約50km、ボコボコ道を車で小1時間ほど行ったところにある。

インド仏教隆盛の地
 ここサーンチーは、大規模な仏教施設の遺跡として有名で、ユネスコ世界文化遺産に指定されている。
 マウリヤ王朝第3代アショーカ王が、カリンガ国との大戦争での凄惨な殺戮を後悔し、仏教に改宗したというくだりはダウリ旅行記で記したが、彼はその後、領国の至る所にストゥーパを建立した。

 ここサーンチーも、そういった土地の1つであり、アショーカ王が巨大なストゥーパを建てた紀元前3世紀以降、仏教施設がその周辺に付随されていった。

いきなりクライマックス
e0074199_5473711.jpg 寺院群の入口は全体の北側に位置している。
 ここから少し歩いていくと、いきなり右前方に第1ストゥーパの頭頂部あたりが目に入ってくる。

大ストゥーパ/第1ストゥーパ(The Great Stupa)
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 この巨大なストゥーパは、アショーカ王が紀元前3世紀頃に建てたものといわれている。
 高さは16m、直径は37mだが、元からこの大きさではなかった。アショーカ王が建てた当時は、もう少し小振りでレンガ造りだったが、後になって石で覆われて大きくなった。

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 地味なストゥーパの周囲には東西南北に立派なトラナ(塔門)が建てられた(紀元前1世紀頃)。
 上座部(小乗)仏教期に建てられたので、仏陀その人を彫刻することは禁じられており、仏陀の象徴を表した。例えば、仏陀の誕生は蓮の花・象で表現、菩提樹は悟りを意味し(彼はブッダガヤーの菩提樹の下で悟りを開いた)、法輪は説法を示している。
 左上は、北門。
 4つの門で一番保存状態が良く、旅行の本などに掲載されているのも大抵このトラナだ。
 欠けているが、てっぺんには大きな法輪。
 象と菩提樹がメインに彫られている。

 右上は、東門。
 象・獅子・孔雀・猿などの動物の間には、菩提の樹木がビッシリと彫られている。
 天女の彫刻も特徴的だ。


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 左上は、南門。
 アショーカ王の特徴が強く出ている。
 土台部分には、ライオンが4頭背中合せになったポーズ。
 このモチーフは、アショーカ王の善政・平和・親善の象徴となり、1950年1月26日のインド共和国誕生の折には、これが国章となった。

 右上が西門。
 この門だけ、何やらコミカルな雰囲気だ。
 土台部分に、太った小人が彫られており、門を支えている。
 柱には、象とストゥーパが沢山彫られている。


第2ストゥーパ
e0074199_23242627.jpg 入口から第1ストゥーパを見て、そこを右折して、ずーっと道を進み階段を下ると、質素な造りのストゥーパが見えてくる。
 随分離れたところにあるが、これが第2ストゥーパだ。
e0074199_23252577.jpg レンガ造りで、ボテッとした曲線。
 ストゥーパには何も彫られていないが、周囲の欄楯(石製の柵)には、細かい彫刻が施されている。
 モチーフは象や麒麟など。


第3ストゥーパ
e0074199_23515799.jpg 第3ストゥーパは、第1ストゥーパの脇に建っている。
 ストゥーパは小振りだが、立派なトラナが1つ建っている。
 第1ストゥーパの西門に似た造りで、同時期の建立だと推定されている。


第17寺院
e0074199_004910.jpg 入口から向かって、第1ストゥーパの奥方にある寺院。
 仏教寺院なのだが、ゴツゴツした柱の造りなどは、ヨーロッパの古代建築に通じるものがある。


第18寺院
e0074199_0185277.jpg 第17寺院の隣にある寺院。
 寺院といっても、土台と柱数本が残っているのみ。


第36僧院
e0074199_0342566.jpg 第36、37、38、40、46、47、51と番号を付された僧院は、7世紀頃の建立で、皆同じような保存状態。
 元々は、木造であったため、壁の一部の煉瓦製の部分しか残っていない。
 かつて、僧の宿坊があったようだ。


第37僧院
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第38僧院
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第40僧院
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第45寺院・僧院
e0074199_121386.jpg 石畳の奥に、背の高い寺院がある。
e0074199_131882.jpg 仏陀坐像が安置されている。


第46僧院
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第47僧院
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第51僧院
e0074199_0585687.jpg 僧院跡の中で、最も大規模で約30m四方の土台に、レンガ造りの壁が残存している。
 建立時期は他の僧院と同様7世紀頃だと言われる。
e0074199_0594870.jpg この僧院の近くには、変わった形の石の塊が放置されている。
 これは、当時ここに数多く訪れた僧たちに与える飯を炊くためのもの。



オススメ度(100%個人主観)

    ★★★★☆ ・・・ 質素なストゥーパにド派手なトラナが何故かマッチ

所要観光時間

    2時間
by bharat | 2006-03-13 10:30 | インドぶらり旅
第48回旅行は、小さな城郭が見下ろす町ライセン
 ボーパールの東30km、サーンチーの南20kmにある、小さな町ライセン。

城は見えるが・・・
e0074199_1663726.jpg ライセンの町(村と言うべきか)に入ると、丘の上に城壁が続いているのが見えてくる。

 が、城へと続く道がなかなか見つからない。
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 グルグル車で周って漸く城門にたどり着く。


e0074199_134239.jpg 立派な城郭なのだが、内容を示す掲示板などは無く、人影も無い。

 ここライセンは、インドのほぼ中央に位置し、軍事の要衝として機能していたようだ。
 スルタン王朝期には、マーンドゥ地域を守る軍事拠点だった。

e0074199_1534789.jpg 城壁内部を進むと、大規模な生活拠点も。
 これはプールあるいは溜池の跡と思われる。

e0074199_155551.jpg 大砲が並べてある建物もあったが、この大砲は英国植民地時代になってkらのものと推測される。



オススメ度(100%個人主観)

    ★★☆☆☆ ・・・ 手付かずの遺跡を見るのはそれはそれで楽しい

所要観光時間

    1.5時間
by bharat | 2006-03-12 10:30 | インドぶらり旅
第47回旅行は、MP州の州都ボーパール
 今回は、マディヤ・プラデーシュ(MP)州の州都ボーパール(Bhopal)。

MP州都は、観光活動の拠点
 人口約150万人。
 11世紀、パラマナ(Paramana)朝のボージャ(Bhoj)王が都を置いてその歴史が始まった。
 18世紀までイスラム教系の王朝が代わる代わる治めたので、モスクやマスジッドなどムスリム建築が数多く残る。
 尚、この都市は近年重工業の拠点としての顔も併せ持ち、中でも1984年に起こってしまった事故で悪いイメージが定着してしまった・・・。
 1984年12月3日、外資系企業ユニオン・カーバイド(Union Caibide)社工場から40tのイソチアン酸メチルガスがボーパール市街に流出。
 現在までの死者はなんと15,310人、後遺症発症者は554,895人。法廷にあがった公式の人数でこれなのだから、実際のところはもっとたくさんいると思われる。
 遺族への賠償金額は、2,200ドルと極端に少なく、またそれも一部しか支払われなかったり、その後ユニオン・カーバイド社が他社に買収されたりと、事件の決着はもはや絶望的な状況だ。

 ・・・もっとも、観光するだけなら、こんな側面があったとは気付かない。

 この都市は、立地的には仏教世界遺産サーンチーへのアクセス拠点としてとても便利。

街並み
 市街北部に位置する、ハミディア通り。
 衣類やベッドシーツなど定番グッズが数多く手に入る。
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モスク群
ジャミ・マスジッド(Jami Masjid)
 ハミディア通り(チョウク)地区にあるこのマスジッドは、1837年にクドシア(Qudsia)王妃によって建てられた。
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モーティ・マスジッド(Moti Masjid)
 ジャミ・マスジッドと同じ地区にある。これは、1860年、クドシア王妃の娘によって建てられた。
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タージ・ウル・マスジッド(Taj ul Masjid)
 数あるイスラム建築物の中でも、最大のもの。
 1878年、スルタン王朝の王ジャハーン・ベガムによって建築が開始され、完成したのはなんと1971年。
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バーラト・バワン(Bharat Bawan)
 1982年に建てられた、総合文化施設。
 中には、絵画が飾られていたり、インドの民俗楽器が展示されていたりする・・・地元民が薦めるわりには、見応えが無い・・・。
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ヒンドゥー寺院
 かつてのイスラム支配地域だが、勿論ヒンドゥー寺院もある。
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オススメ度(100%個人主観)

   ★☆☆☆☆ ・・・ 飽く迄他所へのアクセス拠点。

観光主要時間

   1~2時間
by bharat | 2006-03-11 10:30 | インドぶらり旅
デリー 12 中世の天文台 ジャンタル・マンタル
 デリーのコンノート・プレイスを南に少し行ったところに、天文台がある。
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天文学オタク ジャイ・シン2世

e0074199_761982.jpg この施設は、1725年、ジャイプールの王ジャイ・シン2世によって建てられた。

 ジャイ・スィン2世は、山城を中心とした小都市から、平野部を活用した大規模な都市ジャイプールを造営した名君で、1699年~1743年の長きに亘り王位に君臨した。
 彼は、新しい学問にも強い関心を持ち、中でも天文学には非常に入れ込んだ。自分の家臣を欧州に派遣し、天文学を学ばせ、当時最先端の技術を積極的に取り入れた天文台を領内に作った。


インドに5箇所も作った

 ここデリーより大規模な天文台が、ジャイプールにある。
 また、規模はジャイプールに譲るが、マディヤ・プラデーシュ州のウッジャイン、ウッタル・プラデーシュ州のヴァラナシにもジャイ・シン2世の作った天文台がある。
 マトゥラーにもあったらしいが、現存していない。
by bharat | 2006-03-04 10:30 | デリー市内あれこれ
第33回旅行は、中世の宮殿都市オルチャ
 グワリオールを車で南下すること約3時間。
 忽然と川に挟まれた綺麗な城壁が見えてくる・・・オルチャだ。
 人口1万人に満たないらしいが、数々の宮殿・寺院は実に見事だった。
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ラージプートの王都
e0074199_21173184.jpg 今は、こじんまりとした町が残るだけだが、元々ここはラージプートの王国の都が置かれていたところで、ムガル帝国の第4代皇帝ジャハーンギールの治世期(17世紀前半)には、多いに栄えた。
 このときのオルチャの王ビール・シン・デオととの関係は非常に良好で、ビール・シン・デオは、ジャハーンギールをもてなす為の専用の宮殿を造った。


ジャハーンギール・パレス
e0074199_2118398.jpg 上述の通り、オルチャ王ビール・シン・デオがムガル皇帝ジャハーンギールをもてなす為に建てたもの。
 因みに、オルチャがムガル帝国と上手く付き合っていたのは、このジャハーンギールの治世期数十年間だけで、その前のアクバルの治世時に一度滅亡寸前まで攻め立てられた。
 第5代シャージャハーン帝に変わると、またオルチャは侵略対象に逆戻りし、結局第6代アウグランゼーブ帝によって攻略されてしまった。


ラージャ・パレス
e0074199_21292638.jpg 時の王ラドラ・プラタプが1531年に建築開始し、16世紀後半にマドルカール・シャー王が完成させた宮殿。

e0074199_21294735.jpg 5階建部分と4階建部分が混合した巨大な建物で、1階部分の集会所らしき部屋の天井には、今も鮮やかな絵画が残っている。絵のモチーフは、おおむねヴィシュヌ神、ラーマ神、クリシュナ神。



ラーム・ラージャ寺院
e0074199_1301882.jpg 村の中心の交差点を、パレスと逆方向に進んだ突き当りにある大きな寺院。
 寺院の前には、露店もたくさん出ていて、活況を呈していた。



記念碑群
e0074199_131467.jpg パレスの東側の一角に、16~18世紀の王の記念碑(といっても立派な建物だが)がニョキニョキ建っている。

e0074199_1313035.jpg 新しい建物だけあって、壊れずに残っているものが多い。
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オススメ度(100%個人主観)

    ★★★★★ ・・・ 実に雰囲気良し

所要観光時間

    4時間
by bharat | 2006-01-31 10:30 | インドぶらり旅
第32回旅行は、印ジャンヌダルクの地ジャンシー
 今回は、グワリオールオルチャの間にひっそりとある、小さな城塞都市ジャンシー。
 見所は少ないが、インド独立の「ジャンヌダルク」誕生・激戦の地として有名だ。

第1次インド独立戦争の中心地
 インド人の意識の中で、1857年のセポイの大反乱に端を発するインド独立の動きを「第1次インド独立戦争期」、チャンドラ・ボーズやガンジーらが1940年代に行ったそれを「第2次インド独立戦争期」と考えていることは、こちらで少し触れた通りだが、この第1時独立戦争期に一大激戦地となったのが、ここジャーンシーだ。

 セポイの大反乱から遡ること4年、1853年、ジャーンシー藩王が死亡し、その跡継ぎが立たない状態になると、イギリスがこの場所をイギリスに明け渡す様求めてきた。
 当時、イギリスのインド支配は極めて一方的な体制となっており、藩王国に男子の跡継ぎが立たな場合は、イギリスがその王国を併合出来るということを法的に勝手に認めていた。ジャーンシーもこれに倣いイギリスの傘下に入る様強要されたのだ。
 藩王の妃ラクシュミー・バーイーは、これに強く反発し、1857年にメーラトでセポイの大反乱が起こるとこれに呼応する形で、イギリス軍に対し抵抗を行った。彼女は、ジャーンシー城を拠点にイギリス軍と戦い、最終的にはグワリオールに逃れて、そこで戦死した。彼女をインド独立運動のヒロインとして尊敬するインド人は今でも多く、国内各地に多くの像が建てられている。

ジャーンシー城(Jhansi Fort)
e0074199_153384.jpg バングラの丘の上に建つこの城は、1613年にブンデラ王国(その王都はオルチャ)の藩王ビル・シン・ジュ・デオが建てたもの。
 城郭から周囲を見ると、ジャーンシーを一望することが出来る。
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e0074199_1545592.jpg また、城郭内には、ガネーシュを祀った寺院とシヴァを祀った寺院がある。



ラーニー・マハル(Rani Mahal)
e0074199_1565420.jpg ラクシュミー・バーイーの宮殿。
 だが、周囲の道を車がせわしなく行き交い、雰囲気は良くない。
 建物自体も、あまり装飾が無く、恐らく近年修復されたものと推測される。




オススメ度(100%個人主観)

    ★☆☆☆☆

所要観光時間

    1.5時間
by bharat | 2006-01-30 10:30 | インドぶらり旅