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第67回旅行② 世界遺産の古都ハンピ
e0074199_4574217.jpge0074199_4575818.jpg 広範囲にわたり、ヴィジャヤナガル王国の遺跡が残っている古都ハンピ。
 観光も長期戦覚悟で。
 ここから後半戦。
 前半の様子はこちら


王宮地区
 遺跡群の中央に位置し、保存状態の良い建物が並ぶ。

プラサンナ・ヴィルパークシャ(Prasanna Virupaksha)寺院
e0074199_4473346.jpg 別名、地下シヴァ(Underground Shiva)寺院。
 文字通り、地表を10mくらい掘り下げた底部に寺院が配されている。
e0074199_4505021.jpg 14世紀頃に建立されたもので、本堂は未完の状態。
e0074199_4521891.jpg その証拠に、壁や柱の殆どは、彫刻が施されていない。
 何故、完成を見ずに終わったのか・・・。
e0074199_4541049.jpg 本堂脇には、丁寧な彫刻の入った小さな建物がある。
 これは、本堂の数世紀前に建てられ、礼拝あるいは婚礼に使用されていたとされている。
 建物内部の中央奥部には、高砂席のような台がある。


ロータス・マハル(Lotus Mahal)
e0074199_5375771.jpg 城壁に囲まれたゼナーナ区画(Zenana Enclosure)の中に位置する。
 この中に入るには、別の入場券が必要。
 蓮の宮殿と呼ばれるこの建物は16世紀建立。
 多少の手直しをしたのだろうが、保存状態は良い。
 土台部分はヒンドゥー建築、建屋はイスラム建築になっており、屋根の形状や天井のデザインから「蓮」の名が付いたと思われる。


象舎(Elephant's Stable)
e0074199_6122924.jpg 15世紀建立。
 当時の貴重視されていた象を管理していた建物は、内部こそ装飾が無いものの、屋根は立派なイスラム建築。

e0074199_6315143.jpg 象舎の脇には恐らく後付けと思われる建物があり、中にはガネーシャ像が。



ハジャラ・ラーマ(Hajara Rama)寺院
e0074199_3334963.jpg ラーマチャンドラ(Ramachandra)寺院とも呼ばれる。
 王宮地区の中央に位置する、巨大な寺院。
 1513年、クリシュナデーヴァラーヤ王が建てたとされ、礼拝堂として使われた。
e0074199_3541114.jpg 本堂内部の彫刻が細かく綺麗なのは勿論なのだが、彫り方が少し変わっている。
 対象物の周囲を彫り下げることによって、対象が浮き上がって見える。
e0074199_4222753.jpg 外壁の彫刻も同様の手法。ヒンドゥー神の彫刻が並ぶ。
e0074199_4275495.jpg 彫刻の中には、ヒンドゥー神ヴィシュヌの第9化身としてちゃっかりブッダも。
e0074199_4413357.jpg こちらは、ゾウ・馬に加え、音楽隊が段々に彫られていて、楽しげな雰囲気。
e0074199_4515822.jpg 尚、この日、たまたま映画の撮影をしていた。
 バックダンサーたちが撮影の合間に休んでいた。

マハナヴァミ・ディッバ(Mahanavami Dibba)とその周辺施設
e0074199_526133.jpg 王宮地区の北東に位置する。
 高さ約8m、高砂の面積は35㎡。
 王が、格闘技や舞踏を観覧するのに使用されたと言われる。
 16世紀に建てられた。
e0074199_5283335.jpg なるほど、ここからならあたりを一望出来る。
e0074199_532792.jpg 保存状態があまり良くない周辺の地べたには、こんなものも。
 ターリー(インド大皿料理)を振舞ったのだとか。

プシュカラニ(Pushkarani)
e0074199_5351658.jpg 上の写真奥に見える水路を伝って、最後はこの溜池に。
 しっかりした水道設備があったわけだ。
 この階段井戸と呼ばれる独特の形状は、インド中で散見され、なかでもアーメダバード(Ahmedabad)にあるものが秀逸だ。
e0074199_538117.jpge0074199_5383357.jpg これらの遺跡の脇に、こんなものが。
 観音開きの巨大な石製扉だ。
 良く出来ている。

女王のフロ(Queen's Bath)
e0074199_5413741.jpg 文字通り、時の女王が使用していたフロ。
 フロと言っても、プールのようになっており、プールの周囲には回廊があり、プールにせり出した小部屋には、女王を退屈させない様に、召使いが唄や音楽を流し続けたという。
 水源は、上に記した水路からひいてきた水。



ヴィッタラ(Vittala)寺院
 ハンピの北端に位置するトゥンガバドラー(Thungabadra)川の近くに、地域最大のハイライトが存在する。

e0074199_5533090.jpg クリシュナデーヴァラーヤ王が1513年に建てた。
 未完だったいうが、その丁寧・精緻な彫刻は見応えがある。
e0074199_5592334.jpg 面白いのが、これ。
 一見、装飾の凝った石柱なのだが・・・
e0074199_602012.jpg 裏ケンで叩くと、キンキンカンカンと綺麗な音が出る。
 しかも、全部音程・音色が異なり、そこらじゅうの石柱を叩くだけで、大層な音楽を奏でたような感じになる。
 是非御試しあれ☆
 (但し、現地ガイドを雇って、彼に警備員を説得して貰おう。単独で叩こうとすると、警備員に止められる。)

これも、他に無い一品。
e0074199_65942.jpg
e0074199_6102533.jpg 京都の祭りに出てくるような、山車がドドォ~ン。
 至るところに彫刻が施され、ガルーダ神がメインになっている。
 今は動かないが、当時は祭りのたびにゴロゴロ走り回っていたらしい(勿論、人力でね)。
 近くのアイスクリームの屋台にも、山車のイラストが。

キングス・バランス(King's Balance)
e0074199_6133597.jpg 見た感じ、ただの門に見えるが、左にあらず。
 門の上からヒモを吊るし、棒を渡し、天秤を作る。
 で、一方に王様が、他方に金銀財宝を吊るしてバランスを取ったんだと。
 ピッタリになったところで、民衆がワァ~っと騒いで盛上げる。
 金銀財宝は、民衆にバラまかれたという。

オマケ
e0074199_6211492.jpgトゥンガバドラー(Thungabadra)川沿いの寺院(名前不明)の脇の風景。
 御参りではなく、水遊びしてた。



オススメ度(100%個人主観)

    ★★★★☆ ・・・ 見どころたくさん、一度行くべし

観光所要時間

    3時間~4時間 ・・・現地ガイドを雇って効率良く周ってもかなり時間要する
by bharat | 2006-06-11 10:30 | インドぶらり旅
第67回旅行① 世界遺産の古都ハンピ

(画像が多いので2部構成とした)

マイソールから深夜バスで10時間、目指すべき場所の最寄駅ホスペット(Hospet)へ。
 ここからタクシーで約15分で、目的地ハンピ(Hampi)へ。

南インドの大国ヴィジャヤナガル

e0074199_6462633.jpg ハンピは、ヴィジャヤナガル(Vijayanagar)王国の都があった場所。
 ヴィジャヤナガル王国は、14~16(17)世紀に南インド一帯を支配した、ヒンドゥー教最大の王国だ。
 1336年に始まり1680年に滅ぶまで、4つの王朝がこの王国の支配者となった。古い順から、サンガマ(Sangama)朝で1336~1486年、サルワ(Saluwa)朝で1486~1503年、トゥルー(Tulu)朝で1503~1569年、アラヴィドゥ(Aravidu)朝で1572~1680年。最後の王朝は首都の場所が違うので、前の3王朝のみをヴィジャヤナガル王国にあてて説明することもある。
 この間、22人の国王が誕生したが、最も偉大な名君と謳われるのは、トゥルー朝2代目のクリシュナ・デーヴァラーヤ(在位1509~29年)。彼は強大な軍隊を持ち、外敵から領民を守っただけでなく、農業推進、商取引も盛んに進めた。文芸にも優れ、テルグ語に加えてサンスクリット語も自在に操った。

ヒンドゥー教徒が賑わう王都
e0074199_714182.jpg
 そんな王国の都だったハンピには、ヒンドゥー教徒が集う寺院群や、盛んな商取引があったことを示すバザールの跡が数多く残る。

ヘーマクータの丘(Hemakuta Hill)
e0074199_21202214.jpg ハンピの寺院群の中央西部にある丘。
 9世紀~14世紀にかけて建てられた寺院の数は、大小30にのぼる。

 この丘から、ふもとにある大きなゴープラム(塔門)建築様式の大寺院が見える。


ヴィルパークシャ(Virupaksha)寺院
e0074199_21263890.jpg 15~16世紀に建立された大きな寺院。
 ヴィルパークシャは、シヴァ神の化身。
 寺院の中には、リンガ(男根)やシヴァ神の乗物の牛ナンディの壁画、置物がそこらじゅうに見られる。
e0074199_21291092.jpg まず、入口のゴープラムをくぐって中に入ると、足元にこんなものが。
 珍しい、3つのアタマを持ったナンディ像。
 地元民曰く、インドで唯一で、縁起物なのだと言う・・・ホントか?
e0074199_21325652.jpg 中に進むと、ゾウがいた。
 ゾウの前に、参拝者の列が出来ており、賽銭と引換えにゾウの鼻でアタマをなでてもらっていた。
e0074199_2137151.jpg 本堂の前には、再び大きなナンディ像が。今度は、体ごと3体の姿。



マスタード・ガネーシュ
e0074199_21541771.jpg ズングリした石像がマスタードの実(Sasivekalu)の形状に似ていることから、この名が付いている。
 2mくらいの距離までしか近づけないのだが、なかなか温かい雰囲気の丸い彫刻だ。
e0074199_21543994.jpg この彫刻、 なかなか洒落っ気があり、前から見るとガネーシュなのだが、後ろに回ると母親のパールヴァティの姿があり、母が息子を後ろから抱きかかえているように見えるのだ。


バザール跡
e0074199_31936.jpg このあたりの至る所に、このような遺跡がある。
 ヴィジャヤナガル王国の盛んな商業政策を示す、貿易の拠点。

クリシュナ(Krishna)寺院
e0074199_3163268.jpg トゥルー朝の名君クリシュナ・デーヴァラーヤ(在位1509~29年)が、1513年に建立したもの。
 オリッサ州のラトナギリから持ってきたものだという。

バダヴィリンガ(Badavilinga)寺院
e0074199_5114972.jpg 黒御影石の一枚岩で出来た巨大なリンガを祀っている寺。
 高さは実に3m。

ラクシュミ・ナラシンハ(Lakshmi Narashimha)寺院
e0074199_5202639.jpg バダヴィリンガ寺院の少し奥には、この巨大石像を祀る寺院。高さ6.7m、これまた1つの岩で出来ている。
 ナラシンハは、ヴィシュヌ神の第6化身。ヒザのバンドは、ヨガ修行のためのものと思われる。

e0074199_5414918.jpg 周りの鉄製柵も、ナラシンハ柄・・・結構凝っている。





ハンピ旅行後半の様子は、コチラ

by bharat | 2006-06-10 10:30 | インドぶらり旅
インド周辺 第10回旅行は、植民地時代の要塞都市ゴール
e0074199_2304498.jpg 今回のスリランカ旅行最後の訪問先、ゴール。
 丁度、コロンボマータラの中間くらいに位置するこの町は、1988年にユネスコ世界文化遺産に指定された、古い都市だ。

e0074199_2313031.jpg



植民地支配によって出来上がった街並み
 この地は、海洋貿易上の要所として、16世紀初頭からまずポルトガルの支配下となる。
 1505年にポルトガルが初めてスリランカと接触(難破船が海岸に漂着したのがきっかけとされている)、その後、コロンボに貿易拠点を置くと、象(含象牙)・ナッツ・シナモンなどの貿易を盛んに行うようになった。
 欧州列強の植民地政策が激しさを増す中、1589年には、ポルトガルはここに要塞施設を築いた。

 しかし、1640年、このゴールの砦はオランダによって奪われ、その後1658年にはポルトガルが完全にスリランカから駆逐されてしまう。
 1660年代にゴール砦は改修され、現在残る形はこの時のものだ。

オランダ教会
e0074199_159438.jpg 文字通り、1752年にオランダが建てた教会。
 中は、礼拝堂になっており、パイプオルガンなどがあり、まだ現役として頑張っているようである。


灯台と海岸線
e0074199_2124420.jpg 灯台のある南側と東側が海岸と面しており、堤防沿いにインド洋を見ることが出来る。

e0074199_2151226.jpg 付近には、象の置物屋。
e0074199_2154720.jpg 屋台のアイスクリーム屋も。屋台にゴミ箱が付いていたのが印象的だった(インドのには、まず付いていない)。


時計塔
e0074199_2171159.jpg こちらは、ムーン要塞と呼ばれている地区にあるが、周りは銀行などが入った建物だった。





 ・・・と、殆どがオランダ植民地時代の建物なのだが、1796年にはオランダはこの地をイギリスに明渡している。




オススメ度(100%個人主観)

   ★★☆☆☆ ・・・昔の街並みは良い雰囲気だが、ここが何故世界遺産なのか?



観光所要時間

   20~30分



by bharat | 2006-04-24 10:30 | インド周辺国ぶらり旅
インド周辺 第7回旅行は、仏歯を祀る旧王都キャンディ
e0074199_4394992.jpg ダンブッラを南下すること車で2時間、キャンディ(Kandy)に到着。

 街並みは、整然として活気がある。
 人口は約150万人と、スリランカ第2の人口を誇る(因みに1位はコロンボ)。



キャンディの歴史
 ここはキャンディは、1474年にキャンディ王国が成立してから1815年にイギリスに滅ぼされるまでの350年間王都だった場所だ。
 元々は、シンハラのコーッテ王国の一部だったが、1474年に独立、この丘陵地帯に独自の政権を樹立した。その後、17世紀に入って、オランダ、ポルトガル、イギリスが相次いでスリランカに進出してくると、キャンディ王国は、ポルトガル、次いでオランダと条約を結んで、生残りを図った。しかし、イギリスの東インドでの植民地政策が他を圧倒し始めると、1802年、スリランカにおけるオランダ領はイギリス領になってしまう。翌1803年には、イギリスはキャンディ王国に侵攻開始、1815年にキャンディ王国は滅ぼされてしまった。



仏歯寺
e0074199_6442599.jpg ここキャンディの見どころは、何と言っても仏歯寺。
 入口付近は、厳重に警備されているが、この柵はちょっとやりすぎな気が・・・手前でつまづこうものなら、サクッと刺さりそうだ・・・。
e0074199_6433332.jpg スリランカでの王都の証とも言える仏歯は、王都が変わるたびに安置場所も移された。
 このキャンディの仏歯寺に仏歯が来たのは、1590年のこと。ときの王ヴィマラ・ダルマ・スーリヤ1世(治世1591~1604年)は、仏歯を祀るために2階建の寺院を建立した。
 この仏閣部分は、ナレーンドラ・シンハ(治世1707~39年)によって改築された。

e0074199_6465857.jpg さらに、現在の一番外側の建物(八角形の小屋)は、スリー・ヴィクラマ・ラージャシンハ(治世1798~1815年)によって追加されたもの。 




 建物内部に入ると、綺麗な装飾を施した回廊と、仏歯を安置していると推測される本堂の二重構造をしていることが分かる。

e0074199_3265287.jpg これは、建物に入ってすぐの壁画。
 この手の壁画はインドでも見られるが、人間がスリランカ民俗衣装であるサロン(ハカマのようなもの)を巻いているのが特徴的。
e0074199_3304190.jpg これは、天井の彫刻。
 蓮の花が彫られている。
e0074199_3325454.jpg こちらは、壁にはめ込まれた鳥居のような形状の彫刻。
 一番上にいる鬼のような生き物から出ているものが左右のワニみたいな動物の口に・・・何のメッセージなのだろうか?これは。




e0074199_3365385.jpg 回廊に囲まれるようにして、本堂がある。
 生憎の雨だったので、この周囲を回って祈祷する参拝者などは居なかった・・・。
e0074199_3391156.jpg 本堂の扉は、固く閉ざされ、長い象牙などで厳かに装飾されていた。
 この上(2階部分)には、長い板葺きの廊下が渡してあり、ここでは皆思い思いに御祈りしていた・・・頭を擦り付けて念仏を唱える人や胡坐をかいて瞑想する人など。




こんなものも!
e0074199_3474452.jpg 仏歯寺を除けば、ごく一般的な大都市。
 街中には、こんなものも。
 KFCはインドではまだ珍しく、つい味が恋しくなって、ここで夕食を採った。



オススメ度(100%個人主観)

   ★★☆☆☆ ・・・唯一のハイライトの仏歯寺も、仏歯が見れなきゃただの寺?



観光所要時間

   30分~1時間


by bharat | 2006-04-21 10:30 | インド周辺国ぶらり旅
インド周辺 第6回旅行は、素通りしてしまいそうなダンブッラ
 シーギリヤから南西に向かうと、ダンブッラ(Dambulla)という小さな集落に着く。

 何も無いので通過してしまいそうになるが、ここにはユネスコ世界文化遺産の石窟寺院がある。

e0074199_16192940.jpg その石窟寺院は、丘の上にあるらしく、大通りからは金色の巨大な仏陀坐像が目印となる。



ダンブッラの歴史
 今では、小さな集落にこの寺院がポツンとあるだけだが、ここは紀元前2~1世紀頃、タミル人にアヌラーダプラを追われたシンハラ王ヴァラガム・バーフが落ち延びた場所だとされている。

e0074199_16381749.jpg その後、ドゥッタガーマニーというシンハラ王が、ここに石窟寺院を造らせた。このドゥッタガーマニーは、今でもスリランカでは英雄視されている。
 ・・・正確には、シンハラ人の英雄と言った方が正しいか。彼はシンハラ国王としてタミル人を撃破したので、シンハラ人vsタミル人の民族問題になると、シンハラ人たちに担がれるようだ。2002年に、スリランカ政府がLTTE(タミル・イーラム解放の虎)との和平交渉に臨んだ際に、一部のシンハラ人国会議員たちは、ドゥッタガーマニーの銅像の前で交渉反対をアピールした。

 


丘のふもとには

 近年建設されたと思われる、綺麗な建物が建っている。

ダーガバ(仏塔)
e0074199_16442362.jpg 大通りから駐車場に入る場所の脇に建っている。
 見た目からかなり新しい感じで、仏塔とはいっても、恐らく仏陀に関連するものが中に保管されている訳では無さそうだ。



博物館
e0074199_16463346.jpg 丘を上がる石段の傍にある。時間の関係上、中の様子を見る事は出来なかった。

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 仏陀坐像は大きさも去ることながら、悪趣味とも思える金ピカぶり。快晴下の太陽光を受けて眩しく反射していた。この坐像、横から見ると意外に薄っぺらい・・・時代劇のセットみたい。

 
e0074199_16502057.jpg 博物館の入口のモチーフは理解不能だった。。。あんぐりと大口を開けているのは、獅子なのか。




石窟寺院
e0074199_16584519.jpg 丘の上にある石窟寺院を目指して、石段を登っていくが、炎天下だったので結構キツい。
 また、寺院入口には、掘立小屋があって、入場券チェックをするのだが、アヌラーダプラで購入したスリランカ世界文化遺産等周遊券(USD40.00-もしくは4,080スリランカルピーで8箇所周遊出来る)の対象外となっていたため、丘の中腹のチケット販売所で入手できる専用入場券が必要。これを知らなかったので、入場するのに手間取った(靴預け場のヒトにチップをあげて、買ってきて貰った)。


e0074199_22384211.jpg 掘立小屋を抜けると、右側の岩肌一面に、建物がはめ込まれている・・・石窟を観光し易いように後年しつらえたものだろう。

 石窟は、全てこの右側の岩肌を掘削して造られており、全部で5つある。手前から第1窟~第5窟となっており、奥に行くほど作成年代が新しくなっている。



第1窟 デーワ・ラージャ・ヴィハーラ(Dava Raja Vihara)
e0074199_2246416.jpg 「神々の王の寺」ちう名前のこの石窟には、全長14mの仏陀涅槃石像がドドォンと横たわっている。他にも立像が何体かあるが、この涅槃像が石窟内のイメージを圧倒的に支配している。
e0074199_2250693.jpg 不思議なのは、涅槃像が黄色いのに、足の裏が赤い花柄ということ。
 スリランカ仏教では、仏像の足の裏を赤くするのが通例らしい。
 しっかし、物凄い偏平足.....インド中を歩いたとき、疲れなかったんだろうか?



第2窟 マハラジャ・ヴィハーラ(Maha Raja Vihara)
e0074199_2321976.jpg この石窟が群を抜いて大きく、まさに「偉大な王の寺」の名に相応しい感じを受ける。
e0074199_2324693.jpg 内部は、仏陀涅槃像、仏陀立像、仏陀坐像、仏塔、石窟建設者のドゥッタガーマニー王の像が所狭しと置いてあり、迫力がある(というかしっちゃかめっちゃかというか)。
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e0074199_237134.jpg 天井に描かれた曼荼羅や仏陀の絵は、とても綺麗。どうやって、絵の具を垂らさずに描いたのだろうか・・・?




第3窟 マハ・アルト・ヴィハーラ
第4窟 バスシーマ・ヴィハーラ
第5窟 (名前ナシ?)
 後半3つの石窟は小さく、どの仏像がどの石窟のものだったか忘れてしまったので、纏めて紹介。


e0074199_2310483.jpg 鮮やかな曼荼羅(?)を背にした仏陀坐像。
e0074199_23101765.jpg 仏塔の前に整列する仏陀坐像。
e0074199_23102969.jpg 第2窟のものよりは小さいが、やはり黄色の仏陀涅槃像。
e0074199_23104267.jpg 壁画の仏陀も黄色く描かれている。




オススメ度(100%個人主観)

    ★★★★☆ ・・・町は目立たないけど、一見の価値アリ

観光所要時間

    2時間
by bharat | 2006-04-20 10:30 | インド周辺国ぶらり旅
インド周辺 第5回旅行は、巨岩宮殿シーギリヤ
ポロンナルワの西に位置する、シーギリヤ。

e0074199_340465.jpg 道中は、ただのジャングルなのだが、


e0074199_341587.jpg その中に突然姿を見せる岩山。


 ただの岩山ならエアーズロック(オーストラリア)やモニュメントバレー(アメリカ・アリゾナ州)と同様の天然の奇岩で片付けることが出来るのだが、このシーギリヤ・ロックは更に奇怪。



疑心暗鬼の王様が選んだ安寧の地

 この高さ200mの巨岩の上には、かつて宮殿があった。
 この岩山が、ユネスコ世界「自然」遺産ではなく、「文化」遺産に指定されているのも、そのためだ。

 5世紀後半、シンハラ王ダートゥセーナの王位継承で一騒動起こる。
 彼には、長男カッサパと次男モガラナがいたが、カッサパの母親は平民、一方のモガラナの母親は王族だった。兄のカッサパ王子は、血筋の良い弟モガラナに王位が継承されるのではと疑念を抱き、父のダートゥセーナ王を監禁し、王位を強引に継承した。

 クーデター後、ダートゥセーナは殺害され、モガラナは南インドに亡命する。

 カッサパ王は、王都アヌラーダプラを棄てて、何かから逃げるようにシーギリヤに到着、この巨岩の上に王宮を建設させ、ここに11年間住んだという。
 
 カッサパの最期は、あっけなく、南インドで体勢を立て直したモガラナに侵攻され、自害して果てた。
  
 尚、その後王都はモガラナによって再びアヌラーダプラに戻され、シーギリヤの各施設は、そのまま仏教僧に寄進されたという。


王宮の遺構の数々

e0074199_3542518.jpg 11年間と短い期間ではあったが、この間に造られた施設は今も残っており、見ることが出来た。
 但し、垂直に切り立った岩を200m登っていくので、かなりシンドイ。




フレスコ壁画
e0074199_417828.jpg 岩にへばりついた螺旋階段をせっせと昇っていくと、岩の中腹(?)にくぼみがあり、その中の壁一面に絵が描かれている。


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 1400年前のものとは思えない色鮮やかさで、ビックリする。
 色褪せない理由の1つには、壁面の下地作りが丁寧だったことが挙げられる。
 壁面は、2回粘度で、その上から石灰を塗って、合計3層のレイヤーからなる。その上から、野菜・花木から採取した塗料で描いている。

 この壁画の女性、当時は500人ほどいたのだが、今は僅かに18人しか残っていない。

 この絵が描かれた理由や絵画の内容については諸説あるが、カッサパ王が父ダートゥセーナの鎮魂のために天国の遊女アプサラを描かせたという説が有力なようだ。




鏡のカベ(Mirror Wall)
e0074199_4305698.jpg 螺旋階段を再び下ると、ベージュ色のテカテカしたカベのある通路を通過する。
 これは、当時、カベの反対側に描かれていたフレスコ画を反射させるための細工で、ロープが張られていて直接触ることは出来なかったが、ツルツルしていた。鏡という程ではないが、確かによく光を反射していた。

 ちなみに、この部分は外から見ると、こんな感じになており、岩山の水平方向の凹にペタペタと光沢質の漆喰( 卵白+蜂蜜+石灰 だと言われている)を塗って出来ていることが分かる。
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建物跡
e0074199_10583594.jpg これも、岩山の中腹にあるのだが、芝生も生えていて、岩山の上にいることを忘れる不思議な雰囲気。



ライオン宮殿
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 岩山の頂上部分に続く最後の階段の両脇には、巨大なライオンの足が!
 右足(向かって左側の足)は、修復作業中でした。

 当時は、足の付け根や顔もあったようで、ライオンに食べられるように階段を昇っていく構造になっていたようだ。

 シーギリヤの語源は、「ライオンのノド」。
 それを象徴する構造物だ。



王宮跡
 頂上に着くと、周りが開ける。
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 当時の宮殿の基礎と壁の一部、溜池も残っている。

 しかし11年間、よくこんな場所に住み続けたものだ。




etc.

e0074199_11192910.jpg ポロンナルワ同様、ここでも昔の日本車を発見。
 DATSUNは、20世紀後半、日産自動車が小型自動車やピックアップトラックの海外展開のときに使っていたブランド名。特に、80年代の北米では、この名前が恐ろしく浸透し、今でもDATSUNブランドの知名度は無くなっていない。ちょっと違和感があるが、当時のフェアレディZあたりも、北米ではDATSUNブランドで販売されていた。

 因みに、このクルマは、右ハンドルのピックアップトラック。当時、北米仕様ぢゃないのも、数多く出ていたのであろうか。



e0074199_11274269.jpg こちらは、暑さでバテて寝ているワンコ。
 飽く迄推測だが、インドの犬がイギリス犬種から出た雑種なのに対して、スリランカの犬はちょっと顔が違う気がする。どことなく、中国や日本で見る犬と似た感じがする。



e0074199_1130305.jpg 爬虫類苦手な方、すいません。
 道端で見かけた、大トカゲ。
 体長1mくらいで、足の構造からか、体をクネらせないと歩けないらしい。ヒョコヒョコ道路を横切って水場を目指していた。
 コモドドラゴンなどと同種だろうか...。





オススメ度(100%個人主観)

    ★★★★☆ ・・・脚力があるうちに是非観るべし


観光所要時間

    2時間
by bharat | 2006-04-19 10:30 | インド周辺国ぶらり旅
インド周辺 第4回旅行は、中世の王都ポロンナルワ
e0074199_4411063.jpg アヌラーダプラミヒンタレーの南東に位置する小さな町ポロンナルワ。
 かつて、王都の置かれていた仏教遺跡の多い場所で、ユネスコ世界文化遺産にも指定されている。




ポロンナルワの歴史


 かつて、長い間王都のあったアヌラーダプラを南インドから入ってきたチョーラ王朝が征服すると、スリランカのシンハラ王朝は、このポロンナルワに逃れ、ここを都にした。
 シンハラ王のヴィジャヤバーフ1世は、この地にあったかつての灌漑施設を再整備し、南インドから入ってきたシヴァ派ヒンドゥー教によって廃れていた仏教を復興する施策を採る。彼の孫パラークラマ・バーフ1世らによって、数々の仏教建築物が建設され、この地は仏教の聖域として東南アジア各国にも認知されるまでになった。 
 因みに、13世紀後半に、前述のチョーラ王朝がここに侵攻するに至り、ポロンナルワは捨てられ、その後廃墟となってしまった。


仏教都市の遺跡

 そんな訳で、ここには仏教に関する遺跡がゴロゴロしている。

南部の遺跡群
<石立像>
e0074199_79091.jpg 遺跡群南部にある石像。誰の石像なのかは諸説あるらしいが、ポロンナルワの王パラークラマ・バーフ1世ではないかというのが有力らしい。



<ポトゥグル・ヴィハーラ>
e0074199_7919100.jpg 石立像の近くにある、建物跡。
 これは、かつて仏教経典等を保管する図書館だったらしい。



<大象・中象・小象・ミニ象>
e0074199_71387.jpg 付近のオッチャンがこんなものを売り歩いていた。



クォードラングル
 市の西部に広がる溜池(パラクマラ・サムッドゥラ)に沿った堤防道の近くには、遺跡が集合した一角が。
 「四角形」の意味を持つこの壁に囲まれた場所には、以下の建築物がある。



<ダラダ・マルヴァ(Dalada-Maluva)>
e0074199_3472671.jpg 仏歯寺かあるいはそれに順ずる建築物だったらしい。今は、石で出来た基礎部分と柱が残っているのみ。屋根は木製だったのだろうか。



<ガル・ポタ(Gal-Pota)>
e0074199_350543.jpg 石の長椅子のようなこの物体は、石碑。長さ9m、幅1.5m、厚さ0.5mのこの巨石は、スリランカ仏教の聖地ミヒンタレーから持ってきたもの。石碑には、南インドからの侵略者、ポロンナルワ近隣国、ときの王ニッサンカ・マッラのことなどが記されている。



<サトゥマハル・パラサーダ(Satmahal Prasada)>
e0074199_41141.jpg 階段状に積み上げられたこの建物は、守衛が使う警備塔。とはいっても、外部には、仏教に関する彫刻が掘られていて、当時は立派なものだったと思われる。建築様式が他のものと明らかに違うので、近隣国のタイの建築家によるものだとの説あり。



<ハタダゲ(Hatadage)>
e0074199_481729.jpg ニッサンカ・マッラ王の治世期(1187~96)に建てられたたされる、仏歯寺の跡。入口部分には、ムーンストーンが比較的綺麗に残存している。

e0074199_750568.jpg このムーンストーン、スリランカの仏教寺院では良く見るが、輪廻転生の考えを彫った半月形の「玄関マット」のようなもの。外側から内側に向かってステージが進む。一番外側には、炎が描かれ、欲望を表している。その1つ内側が、生命をあらわしている・・・象は誕生、馬は老齢、獅子は病気、牡牛は死を象徴している(但しポロンナルワのストーンには牡牛は彫られていない)。その内側の花輪は愛する心、さらにその内側の花をくわえた鳥は純潔を表している。最後の蓮の花は天国。

e0074199_7505783.jpg ムーンストーンのあたりで靴を脱いで階段を昇ると、本堂部分には仏陀立像が安置されている。




<ヴァタダゲ(Vatadage)>
e0074199_13484012.jpg 建物の外壁がはっきりと残っている、ダーガバ(仏塔)。東西南北に入口があり、その入口にはムーンストーン。左右には上部が丸い板状の彫刻が対になって置かれている。これはガードストーンと言って、本尊に祀る仏像などを悪魔から守るために置かれたものだ。


e0074199_13543728.jpg 仏塔および本尊の仏像等は、7世紀頃すなわちまだポロンナルワが王都になる前からあったものとされている。


e0074199_1356113.jpg 外壁に人間と獅子の彫刻がビッシリ彫られているが、これはニッサンカ・マッラ王治世期である12世紀後半に造られたもの。それにしても、獅子がことごとくアイ~ンのポーズで、かなり愛嬌がある。
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<アタダゲ(Atadage)>
e0074199_1441942.jpg これも仏歯寺の跡だが、石の門と柱を残すのみとなっている。本尊部分には、仏陀立像が置かれている。この寺は、ヴィジャヤバーフ1世の治世期である1055~1110年に建てられたもの。

e0074199_14125714.jpg このすぐ近くには古代シンハラ文字で書かれた石碑が安置されているが、内容については特に説明書きが無かったので不明...。



<ニッサンカ・ラタ・マンダパ(Nissamka Rata Madapa)>
e0074199_1416516.jpg ニッサンカ・マッラ1世が、僧の唱える経文を聞いたとされる建物。
 現在は、石柱・石門を残すのみ。



<菩提樹跡(Bodhi Tree Shrine)>
e0074199_14184133.jpg 字ズラだけ拾うと、ここにかつて菩提樹があったようなのだが、その形跡を見ることは出来ない。



<トゥーパーラマ(Thruparama)>
e0074199_1421887.jpg 土台から屋根までちゃんと残っている仏堂。建物がかなりゴツい印象を受けるが、これはシンハラ王国の伝統的建築様式ゲディゲ(Gedige)に基づくもので、1~2m厚の壁で外からの光を遮断し、わずかに明けられた採光窓から朝夕に仏像の顔に光を当てるように設計されている。

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宮殿跡とのその周辺
e0074199_15194784.jpg ここ一帯は、13世紀にここを治めたパラークマバーフ1世の生活・政治拠点だった。当時、7階建だったと言われる宮殿の遺跡と、大臣たちと閣議を行ったとされる閣議場が今も残る。


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北部の遺跡群

 クォードラングルから来たに向かうと、大きなダーガバ(仏塔)や仏像群がある。

<金の尖塔>
e0074199_1437423.jpg 先端部分が時計塔のような形状をしたこのダーガバは、12世紀後半、ときの王ニッサンカ・マッラによって建てられたもの。全高・直径ともに55mで、そのデザインは、アヌラーダプラのルワンウェリ・サーヤ大塔を模したものとの説あり。元々、先端が金色だったことから、金の尖塔("Rankot Vihara")と呼ばれている。
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<ガル・ヴィハーラ(Gal Vihara)>
e0074199_14433341.jpg 巨大な石像と石窟像が合計4並んで立っている。

 一番左の仏陀坐像は、高さ4.6m。
 瞑想のポーズを採っている。


e0074199_14584026.jpg 続いては、石の小さな御堂の中に安置されている仏陀坐像。
 興味深いのは、仏陀の周りに、ヴィシュヌ神やブラフマー神などのヒンドゥー神が彫られていること。この彫刻が彫られたパラークマバーフ1世の治世期の13世紀には、仏教とヒンドゥー教がこの地域に混在していたということか。後述するヒンドゥー寺院でも触れるが、時の王妃がヒンドゥー教徒であったためとか、南インドのチョーラ王朝の影響によるもの等、諸説ある。

e0074199_1459625.jpg 右端に2体並んでいるのは、巨大な仏陀涅槃像とその涅槃を悲しむ一番弟子アーナンダの像。涅槃像は全長14m、アーナンダ像は高さ7m。



意外なもの

 意外なものを2つほど...。

<ヒンドゥー寺院>
e0074199_15375937.jpge0074199_1534334.jpg 仏教遺跡一色のポロンナルワにも、シヴァ神を祀るヒンドゥー寺院がある。
 トレードマークも健在・・・シヴァ神の乗物の牛ナンディと本堂に祀られたリンガ(シヴァ神の男根)。
 この寺院が建てられた背景は諸説あるが、有力な説は、① 時の王妃がヒンドゥー教徒であったため、② 南インドのチョーラ王朝の影響によるもの。



<同い年くらいかな?>
e0074199_15403082.jpge0074199_15401149.jpg こちらは、宮殿跡の駐車場に停まっていた車。
 自分の記憶が正しければ、多分これ、1970年大前後のトヨタのクラウンぢゃないかと思う。まだ現役で走っているとは。

by bharat | 2006-04-18 10:30 | インド周辺国ぶらり旅
インド周辺 第2回旅行は、スリランカ最古の都アヌラーダプラ
e0074199_15411868.jpg コロンボからセイロン島を北東に200km余り(車で4時間余り)行ったところに、スリランカ最古の都アヌラーダプラがある。



仏教の聖地

 ここアヌラーダプラは、少なくとも2500年前には、都として栄えていた。
 紀元前3世紀に、アショーカ王の弟(あるいは王子とも)マヒンダがこのあたり一帯を治めていた王デーヴァーナンピティッサのもとを訪れ、アヌラーダプラに程近いミヒンタレーで、仏教への改宗をさせた。ここに、スリランカの仏教の歴史がスタートするのだが、このとき王がマヒンダ一行をもてなしたのが、アヌラーダプラだと言われている。

 このように、アヌラーダプラは永くスリランカの都・仏教の本拠地として栄えたが、スリランカの歴史でも書いたが、1017年に南インドから侵攻してきたチョーラ朝によって、スリランカ王ミヒンドゥ5世が捕えられ、王都としての歴史を終えることとなる(ポロンナルワに遷都された)。


仏教史跡がたくさん

 このような歴史的背景から、アヌラーダプラには多くの仏教関連史跡がある。

ルワンウェリ・サーヤ大塔(Ruwanweli Seya Dagoba)
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 一際目立つこの建物は、後述する黄銅の宮殿やスリー・マハー菩提樹に続く歩道の一番手前にある。
 スリランカでは、仏塔(舎利塔)のことを、ダーガバ(Dagoba)という。因みに、インドではストゥーパ。このダーガバには、仏陀や彼の弟子の遺骨が収められていると考えられており、昔から教徒たちの信仰の拠り所になっている。
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 建物の周囲には、ズラッと象の彫刻が並んでいる。仏教では、象は聖なる動物とされていて、上座部仏教(小乗仏教)では、仏陀の代わりに崇拝対象にもなっている。が、こんなに並ぶとちょっと異様だ・・・。

e0074199_610267.jpg 寺院敷地内には別棟があり、ここに、仏陀の涅槃像がある。これは大乗仏教期に造られたと思われる。


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スリー・マハー菩提樹

e0074199_22104514.jpg ルワンウェリ・サーヤ大塔から更に歩道を置くに進んだ先に、スリー・マハー菩提樹がある。
 これは、スリランカに仏教が広まり始めた紀元前3世紀頃、インドのブッダガヤー(ボードガヤー)にあった大菩提樹の分け木が持ち込まれて、大きくなったものだ。
 
 この菩提樹の近くに、仏教僧が修行をする僧院が建てられた。今はくすんだ色の柱が立つその空間は、黄銅の宮殿と呼ばれ、1,000もの小部屋を持ち、屋根は銅で黄金色に光っていたという。



ジェータワナ・ラーマヤ(Jatavana Ramaya)
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e0074199_238181.jpg アヌラーダプラの遺跡群のちょうど中央に位置するこのダーガバは、高さ約70m。赤レンガ剥き出しで、円塔の形状も若干いびつだが、とても迫力がある。建設された3世紀当初は、高さ122m、その上部に30mの水晶柱が乗っかっていた。



サマーディ仏像(Samadhi Buddha Statue)
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e0074199_2393525.jpg ジェータワナ・ラーマヤから程近く、小さな庭園の中に佇んでいるのが、この仏像だ。
 4世紀頃に造られたというが、1,500年経っているとは思えない状態の良さだ。
 因みに、像を保護する屋根は、後年据えられたとのこと。



クッタム・ポクナ(Kuttam Pokuna)
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e0074199_2462897.jpg 仏像から車で数分、道の脇に溜池らしきものが見えてくる。正式名称は、クッタム・ポクナというらしいが、ツインポンドの名で通っているらしい。
 かつての僧の沐浴場で、形状は西インドのアーメダバードにある階段井戸に似ている・・・建築技術的に影響を受けているのだろうか・・・!?
 近くに公衆便所があり、用を足そうとしたら、入口には鍵が・・・何の為の便所なのか。



オススメ度(100%個人主観)

   ★★★★☆ ・・・インドの仏塔とはまた違った雰囲気の仏塔を見られる
by bharat | 2006-04-16 10:30 | インド周辺国ぶらり旅
第57回旅行は、世界遺産のゴープラムがあるタンジャブール
 今回の行先は、タンジャブール(タンジョール)。

 詳細説明は後日するが、まずは写真のみUPする。

ブリハディーシュワラ寺院(Brihadishvara Temple)
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タンジャブール・パレス(Thanjavur Palace)
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by bharat | 2006-03-22 10:30 | インドぶらり旅
第49回旅行は、世界遺産の仏跡サーンチー
 仏教ゆかりの地サーンチー(Sanchi)。
 ボーパールの北東約50km、ボコボコ道を車で小1時間ほど行ったところにある。

インド仏教隆盛の地
 ここサーンチーは、大規模な仏教施設の遺跡として有名で、ユネスコ世界文化遺産に指定されている。
 マウリヤ王朝第3代アショーカ王が、カリンガ国との大戦争での凄惨な殺戮を後悔し、仏教に改宗したというくだりはダウリ旅行記で記したが、彼はその後、領国の至る所にストゥーパを建立した。

 ここサーンチーも、そういった土地の1つであり、アショーカ王が巨大なストゥーパを建てた紀元前3世紀以降、仏教施設がその周辺に付随されていった。

いきなりクライマックス
e0074199_5473711.jpg 寺院群の入口は全体の北側に位置している。
 ここから少し歩いていくと、いきなり右前方に第1ストゥーパの頭頂部あたりが目に入ってくる。

大ストゥーパ/第1ストゥーパ(The Great Stupa)
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 この巨大なストゥーパは、アショーカ王が紀元前3世紀頃に建てたものといわれている。
 高さは16m、直径は37mだが、元からこの大きさではなかった。アショーカ王が建てた当時は、もう少し小振りでレンガ造りだったが、後になって石で覆われて大きくなった。

e0074199_556629.jpge0074199_5575192.jpg
 地味なストゥーパの周囲には東西南北に立派なトラナ(塔門)が建てられた(紀元前1世紀頃)。
 上座部(小乗)仏教期に建てられたので、仏陀その人を彫刻することは禁じられており、仏陀の象徴を表した。例えば、仏陀の誕生は蓮の花・象で表現、菩提樹は悟りを意味し(彼はブッダガヤーの菩提樹の下で悟りを開いた)、法輪は説法を示している。
 左上は、北門。
 4つの門で一番保存状態が良く、旅行の本などに掲載されているのも大抵このトラナだ。
 欠けているが、てっぺんには大きな法輪。
 象と菩提樹がメインに彫られている。

 右上は、東門。
 象・獅子・孔雀・猿などの動物の間には、菩提の樹木がビッシリと彫られている。
 天女の彫刻も特徴的だ。


e0074199_22325824.jpge0074199_22333347.jpg
 左上は、南門。
 アショーカ王の特徴が強く出ている。
 土台部分には、ライオンが4頭背中合せになったポーズ。
 このモチーフは、アショーカ王の善政・平和・親善の象徴となり、1950年1月26日のインド共和国誕生の折には、これが国章となった。

 右上が西門。
 この門だけ、何やらコミカルな雰囲気だ。
 土台部分に、太った小人が彫られており、門を支えている。
 柱には、象とストゥーパが沢山彫られている。


第2ストゥーパ
e0074199_23242627.jpg 入口から第1ストゥーパを見て、そこを右折して、ずーっと道を進み階段を下ると、質素な造りのストゥーパが見えてくる。
 随分離れたところにあるが、これが第2ストゥーパだ。
e0074199_23252577.jpg レンガ造りで、ボテッとした曲線。
 ストゥーパには何も彫られていないが、周囲の欄楯(石製の柵)には、細かい彫刻が施されている。
 モチーフは象や麒麟など。


第3ストゥーパ
e0074199_23515799.jpg 第3ストゥーパは、第1ストゥーパの脇に建っている。
 ストゥーパは小振りだが、立派なトラナが1つ建っている。
 第1ストゥーパの西門に似た造りで、同時期の建立だと推定されている。


第17寺院
e0074199_004910.jpg 入口から向かって、第1ストゥーパの奥方にある寺院。
 仏教寺院なのだが、ゴツゴツした柱の造りなどは、ヨーロッパの古代建築に通じるものがある。


第18寺院
e0074199_0185277.jpg 第17寺院の隣にある寺院。
 寺院といっても、土台と柱数本が残っているのみ。


第36僧院
e0074199_0342566.jpg 第36、37、38、40、46、47、51と番号を付された僧院は、7世紀頃の建立で、皆同じような保存状態。
 元々は、木造であったため、壁の一部の煉瓦製の部分しか残っていない。
 かつて、僧の宿坊があったようだ。


第37僧院
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第38僧院
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第40僧院
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第45寺院・僧院
e0074199_121386.jpg 石畳の奥に、背の高い寺院がある。
e0074199_131882.jpg 仏陀坐像が安置されている。


第46僧院
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第47僧院
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第51僧院
e0074199_0585687.jpg 僧院跡の中で、最も大規模で約30m四方の土台に、レンガ造りの壁が残存している。
 建立時期は他の僧院と同様7世紀頃だと言われる。
e0074199_0594870.jpg この僧院の近くには、変わった形の石の塊が放置されている。
 これは、当時ここに数多く訪れた僧たちに与える飯を炊くためのもの。



オススメ度(100%個人主観)

    ★★★★☆ ・・・ 質素なストゥーパにド派手なトラナが何故かマッチ

所要観光時間

    2時間
by bharat | 2006-03-13 10:30 | インドぶらり旅