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第98回旅行はラダック西部 ラマユル・アルチ
 今回は、ラダック地方の中心都市レーから西に向かった。
 
 途中、カールシー(Khalsi)という場所に入るところで、車両のチェックポイントがある。
 ここで全旅客のパスポートおよび通行許可証(事前に入手しておかねばならない、今回はホテルが事前準備してくれた)を提示し、通行許可を貰う。
 このチェックポイント通過後、道は北西と南西の二手に向かう。
 まずは、カールシー市街を目指す。


みんなここで一息つく カールシー市街
e0074199_12593696.jpg カールシー市街に向かう道中、「Magnetic Hill」なる看板があった。
 強い磁力によって、上り坂なのに車がスルスル重力に反して動いていくというのだ。
 磁力というより、坂に対する目の錯覚だと思うのだが。


 この一帯を流れる2つの大きな川、インダス(Indus)川とサンスカール(Zanskar)川。
 この2川の合流点(サンガム)に差し掛かる。
 インダス川の緑がサンスカール川に吸収されていく様にしばし見とれていた。
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e0074199_13163573.jpg 途中、道行く車は我々のジープとシュールなライオントラックだけ。
 山合いにぶらさがるように作られた道路をウネウネと上り下りする。
e0074199_13181874.jpg 山間の僅かな平面を見つけては集落を作ったようで、山の切れ間に緑色をした集落が点在する。


e0074199_13215364.jpg チェックポイントがあるカールシーは、軍事上重要な場所にあたるようで、軍用トラックとすれ違うことが多い。
e0074199_13254293.jpg 隘路では、何十台という軍用トラックが縦列を作っていた。



e0074199_13273567.jpg レーから車を飛ばすこと約3時間、漸くカールシー市街に到着。


e0074199_13284562.jpg 駐車場の目の前にあった、何気なく選んだこの「モーニングスター・レストラン」。
 ここがアタリで、チベット料理が実に美味かった。
 トゥクパ(汁そば)、マトンライスはともに絶品☆
e0074199_13294133.jpge0074199_13295442.jpg



ラマユル(Lamayuru)
 カールシーを更に西進。
 集落も無くなり、周りは何やら不思議な地形になってくる。
 その名も、ムーンレット・マウンテン。
 月面のような景色というわけだ。
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e0074199_14494498.jpg 丘の向こうから、いつC3POとR2D2が歩いてきてもおかしくない。



 1時間半後、ラマユル・ゴンパ(Ramayuru Gompa)に到着。
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e0074199_15948.jpg 11世紀に建立られたと言われるこの僧院群は、ラダック地方で最も古い建物の1つだ。
 伝説では、この僧院のふもとにあった湖で仏陀が滞留したという。
e0074199_15104792.jpg 集会場(Assembly Hall)には仏陀などの像が安置されているほか、11世紀にインドの仏教僧ナローパ(Mahasiddhacharya Naropa)が苦行した石窟跡も見られる。

e0074199_15143589.jpg 壁画は15世紀のものが殆どで、仏陀が色々な姿で描かれている。


 このゴンパには約150人の修行僧たちが住んでおり、直接仏事に従事していない人達もこの地域に居住している。
 マニ車と呼ばれる仏具(クルクル回すだけで、読経したのと同じ功徳を得られる、チベット仏教界の便利グッズ)を手に持ち、徘徊しながら談笑する老人たち。
 あくせくと洗濯の準備をする女の子。
 地元民も生活が僧院と一緒にある・・・現代社会のカット&ペーストの社会構造には見られない風景だ。
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e0074199_1641248.jpg 去り際、車をBダッシュで追いかけてくるオバチャン。
 出稼ぎに行った息子がくれた腕時計の時間を正しくセットしてくれと言う。
 いろいろ頑張ってみたのだが、時間調整ボタンが壊れていて、何も出来なかったので、オバチャンに事情を言ってそのまま返した。
 ・・・オバチャンは、残念そうに時計を受取ると、すぐに笑顔に戻って、手を振ってバイバイしてくれた。



アルチ(Alchi)
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e0074199_16265544.jpg このゴンパもまた古い。
 10世紀頃の建立と言われている。
e0074199_1629459.jpge0074199_16291920.jpg アルチ・ゴンパの特徴は3つ。

① 他のゴンパと異なり、平地に建っている
② 柱などの木造彫刻が立派
③ 粘土で出来た仏像に嫌いな色付けが施してある
 内部には、スマステク(Sumastek)寺院、太陽神(Verocana)寺院、ロツサ(Lotsa)寺院、マンジュシュリ(Manjshri)寺院があり、壁画・仏像を見ることが出来る(殆どの場所で写真禁止)。


e0074199_1638121.jpg 寺院の近くの骨董品屋は、なかなか充実している。
 観光シーズン前ということで、値段も手頃だった。

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駐車場の車。
 地元のアイドルなのだろうか・・・?




オススメ度(100%個人主観)

    ★★★★★

所要観光時間

    3時間 (車での移動時間を除く)
by bharat | 2007-06-09 10:30 | インドぶらり旅
第97回旅行は、ラダック東部 ティクセ・ヘミス
 レーから進路を南東に採る。
 幹線道路は、どこまで行っても舗装されている。
 軍事目的なのだろう。

シェイ王宮(Shey Palace)
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e0074199_15434077.jpg レーから南東に15km行ったところにある。
 1655年に建てられた、2階建ての建物。
 僧院として機能しているが、一時期ラダックの王が夏季の都を置いたので、未だに王宮の名で呼ばれる。


ティクセ・ゴンパ(Thikse Gompa)
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e0074199_15551931.jpg シェイ王宮から更に数km南東に進むと見えてくる巨大な僧院。
 1430年の建立。
 多数の仏教僧たちが居住しており、
e0074199_1602911.jpg 大きな学校施設もある。
 読経やチベット語の授業のほか、英語やパソコンの授業も行っていた。
 写真は、チベット語-中国語の辞書。



 この僧院の見どころはなんといってもAssembly Hall(集会場)。
 巨大でカラフルなマイトレーヤブッダ(弥勒菩薩)像が安置されている。
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e0074199_167547.jpg デカいので、2階建ての吹抜部分にデーンと鎮座している。
 冠には、5つの神が描かれている・・・中心に太陽神、両脇に東西南北の神。
e0074199_19284750.jpg 意外と知られていないが、弥勒菩薩はロン毛であった。
e0074199_19282421.jpg 壁には、ブータンのパロでも見かけたような仏教の六道を示す絵が描かれている。
 六道とは、ヒトが輪廻する6つの世界・・・天・人・餓鬼・畜生・地獄・阿修羅のこと。絵の中では、円が全ての世界を現し、これを死神が司っている(審判している)。
 円の一番中心には、3つの欲望を象徴する動物(鳥・蛇・猪)、その周りに天と地獄、その周りの6分割された大きな枠には、六道が描かれ、一番外側に人間の生の営み全体が描かれている。
 ここの絵には、5つしか世界が描かれていないが、これは恐らく大乗仏教期になって描かれるようになった阿修羅界が入っていないので5つになっているのだと思う。

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 集会場の隣の御堂には、無数の仏像が安置されている。

e0074199_19384676.jpg ゴンカン(Gonkhang)と呼ばれる場所には、畜生道の様子が壁一面に描かれている。
 


ヘミス・ゴンパ(Hemis Gompa)
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 ティクセから更に南東に25km余り。
 このヘミスゴンパは1630年に建立されたものだ。
 インドの賢者パドマサンバワ(Padma Sanbhawa)を祀った御堂などがある。e0074199_2121383.jpge0074199_21211864.jpg
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e0074199_21234867.jpg ここの屋外カフェテリアで食べたテュクパ(チベット料理、汁そば)。
 薄味かつベジタリアン仕様だったので、あまり美味しくなかった・・・。

e0074199_2125816.jpg この日は、州政府の防衛大臣が現地を視察するというので、軍人(警官?)がそこかしこに居た。
 別に何をするわけではないのだが、何となく落着かなかった。



ストク・ゴンパ(Stok Gompa)
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e0074199_21311133.jpg 14世紀に建てられた。
 前述のシェイ王宮同様、ラダック王の居城となった時期もあったことから、ストク王宮(Stok Palace)と呼ばれることもある。
 建物の壁に掛けられた動物の頭蓋から、自然崇拝の要素もあったことを覗わせる。
 写真撮影禁止だったが、7世紀にまで遡るタンカ(仏教絵画)のコレクションを見ることが出来る。



オススメ度(100%個人主観)

    ★★★★☆ ・・・ 建物群自体が生活ユニットになっていて興味深い

所要観光時間

    5時間(移動時間抜き)
by bharat | 2007-06-08 10:30 | インドぶらり旅
第96回旅行 ドラクエの世界 レー
 ここからは4回は、初のジャンムー・カシミール州。
 今回は、ラダック地方の空の玄関口であるレー(Leh)。

小チベット ラダック
 レーがあるのは、インド最北端の州ジャンムー・カシミール(Jammu & Kashmir)。
 南西部のジャンムー地方、北西部のカシミール地方と、東部のラダック(Ladakh)地方から構成されている。
 西部の殆どをパキスタンと、北部・東部の殆どを中国チベット自治区と接している。
 またインド独立期、ときの藩王がヒンドゥー教徒、住民の殆どがイスラム教徒だったという複雑な宗教分布により、20世紀の後半は紛争によって非常に不幸な運命を辿った地域だ。

 映画のロケ地あるいは観光地としてのイメージは一気に崩れ、長らく寂れていたが、1974年以降旅行者の入域が殆どの場所で許可されたからは、再び観光業が復興してきた。

 特に、州東部のラダック地方は、チベットに類似した仏教文化を色濃く残しており、雪の降らない夏季になると道路・空路が開放され、一気に観光客が雪崩れ込んでくる。
 空港は、ラダック地方のレーというところで、デリー⇔レー便はRs.20,000-(概算、往復)という高さながら、早めに予約しないと取れないプレミアチケットになっている。

 今回、4日間の日程でラダック地方を周遊した。


高山病に御注意!
 デリーから僅か1時間半のフライトだが、まず地域が地域だけにセキュリティが厳しい。
 荷物をチェックインしてから、搭乗前に自分の荷物の目視確認を求められるのだ。
 手荷物チェック・身体チェックもとても厳重。

e0074199_20421567.jpg 離陸して程なく、飛行機の窓越しに、雪山が見えてくる。
 レーは、5,000~6,000m級の山々に囲まれた高地のような場所にある。
 低いように思えるが標高は3,500m、実に富士山9合目の高さと同じ標高である。

 3,500mというのは、人生史上最高高度だったのだが、別に即座に酸素の薄さを感じる訳ではない。
 但し、ツアーコンダクターからは、初日はゆっくり休息するようにと言われ、到着後すぐにホテルの部屋で仮眠を取った・・・なんでもこの休息がとても大事らしいのだ。


レー市街
e0074199_20515483.jpg レーの市街地はそんなに大きくないが、丁度良い大きさでとても落着く。
 ふと見上げると、19世紀までラダック王族が居住していたレー王宮が見える。
 今は、住居としては機能していない。
e0074199_2055599.jpg 突当りにモスク(ジャマ・マスジッド)がある商店街には、チベット料理屋や骨董品屋が並ぶ。
 ここで買った品々は、後日「いやげもの」コーナーで。
e0074199_14361181.jpg 店名は忘れてしまったが(ヒマラヤ・カフェ・・・だったかな)、ここで食べたチベット料理が美味かった。
 すいとんの入ったラーメンのような食べ物。
e0074199_14381142.jpg 道端の焼肉屋さん。
e0074199_14382211.jpg 塩・胡椒で味付けしたラム肉をタマネギと一緒に薄いパンにくるんで食べる。
 美味。


e0074199_14432557.jpg デリー在住の皆さん、これを見よ!
 なんと、GOLDEN DRAGONがレーにも進出していたのだ。
 字体が一緒だから、多分同じ系列と思われる。



仏教関連の観光スポット
 ラダック地方の住民の殆どは、チベット系仏教を信仰している。
 従い、彼らの心の拠り所となる仏教施設も多い。

スピトゥク・ゴンパ(Spituk Gompa)
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e0074199_14572199.jpg このゴンパ(僧院)は、11世紀にその原型が建造され、15世紀に増築され、今の規模になった。
 イスラム勢力から身を守るため、要塞色の強い造りになっている(非暴力を謳う仏教なのに)。
 本尊や脇の御堂には、数々の仏像が安置されている。
e0074199_1521234.jpg 興味深いのは、丘の裏手にある小さな社。
 ここに、死神像が無数に安置されていて、年に1度の祭りのとき以外は顔に布巾を被せているのだ。
 チベット仏教においては、死神は文字通り死を司る神聖なものとして、頻繁に登場する。


シャンティ・ストゥーパ(Shanti Stupa)
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e0074199_1521030.jpg 1983年に日本妙法寺によって建立された寺院および仏塔(ストゥーパ)。
 妙法寺についての詳しい説明は、ラージギル旅行記参照。
e0074199_15283037.jpg 真っ白のストゥーパの周囲には、降誕→降魔→転法輪→涅槃の4つの壁画が彫られており、仏陀の生涯のダイジェストが描かれている。
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ナゾの祈祷師
e0074199_15355023.jpg レー郊外にある、サブー村(Saboo Village)。
 ここに著名な祈祷師(Oracle)がいるというので、訪問した。
e0074199_15383119.jpge0074199_15384454.jpg 一家団欒スタイルで生活しているらしく、かわいい女の子が我々一行を出迎えた。
 自宅らしき建物の奥には、本尊があり、祈祷師が毎日の御祈りを行っているところだった。


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 別室でいよいよ祈祷を見せてもらうことに。
 なにやらまがまがしい衣裳に身を包んだ祈祷師(御年90歳弱)が、入ってきて祈祷を開始した。
 途中から地元のTVクルーも入ってきて、なにやら本当に有名な祈祷師らしい。
 10分くらい読経を行うと、皆の悩みを聞いて進ぜようと言う。
 我々一行から次々に質問を投げかける。

 我々① 「私は35歳既婚ですがまだ子供がいません。いつ授かるのでしょうか?」

 祈祷師 「今よりももっと深くお祈りを行いなさい。そうすれば授かるでしょう。」


 我々② 「私と子供の家族とは御互い海外におり離れ離れです。一緒になれますか?」

 祈祷師 「今よりももっと深くお祈りを行いなさい。そうすればなれるでしょう。」


 我々③ 「私は再婚出来るでしょうか?」

 祈祷師 「今よりももっと深くお祈りを行い、覚悟を決めなさい。そうすれば出来るでしょう。」



 ・・・これは・・・祈祷なのだろうか・・・??
 周囲の欧米人たちは、一様に眩しい表情で有難そうに祈祷師の言動に釘付けなのだが、私はあまり信心深く無い性分なので、「胡散臭い・・・」という表情でその場に居た。

 ・・・と、その表情を見透かされたのか、私にも何か悩みを打明けろと言ってきた。
 「ここのところ万事順調で、悩みなんか無い」と言うと、凄い質問が逆に飛んできた。

 祈祷師 「おまえは仏教徒だろう?」

 私 「・・・はい。」

 すると、祈祷師は、そうだろうそうだろうと言わんばかりに納得した表情を浮かべた。
 この風貌を見ればだいたい想像がつくと思うのだが・・・。

 胡散臭い・・・ぢゃなかった、奥が深いなチベット仏教は。

 訪問後に知ったのだが、この一帯も近代化・物質社会化が急速に進み、寺院と檀家との関係が昔ほど緊密ではなくなっているのだという。
 昔は、檀家は末っ子などを寺に入れ、祭事のたびに供物も進呈し、寺院がコミュニティに根付いていたのだが、今は各家庭では出稼ぎに出る人が多く、寺には入らないそうだ。




リアル「ドラクエ」
 サブー村から見えた景色がコレ。
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e0074199_15552249.jpg 平原、低い山、高い山、街、川がポツンポツンと点在するこの独特の風景。
 まさに、ドラクエの世界である。

 しかし、人間の文明社会を全否定しているようなこの景色。
 なかなか言葉では形容できない。



写真撮影時は注意が必要
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 この一帯は、インド空軍の基地が置かれている。
 写真撮影時には、注意が必要だ。



オススメ度(100%個人主観)

    ★★★★★

所要観光時間

    3~4時間 (市内だけなら結構すぐ観れる)
by bharat | 2007-06-06 10:30 | インドぶらり旅
正直なところ、いったい仏教徒は何人いるのか?
 5月28日のThe Hindu紙にこんな記事があった。

 「One lakh people convert to Buddhism」
 (Lakhはインドの数字の数え方で10万の意味)

 10万人の人民が仏教に改宗した、という記事だ。

 記事によると、5月27日ムンバイで開催された、アンベードカル(同氏についてはラクナウ旅行記を参照)改宗50周年記念式典が開催され、その式典の中で、ダリット(最下層カースト者)や部族カースト者たち約10万人が仏教に改宗したという。



 アンベードカルが仏教に改宗し、今やインド仏教の本拠地ともなっているに行ったときの仏教祭典(仏陀生誕2550年+アンベードカル没後50周年)の物凄い盛上がりを体感して思ったのだが、単純な疑問として、

  「本当のところ、インドにはいったい何人の仏教徒がいるのか?」

を考えずにはいられない。



 インド政府が発表している最新2001年の国勢調査によれば、仏教徒は796万人。
 インド全土の人口10.3億人の僅か0.8%という割合に過ぎない。
 過去40年間で、イスラム教が微増した以外は、殆どの宗教分布が変わっていない。
 ・・・何たる摩訶不思議。
 私の周りにも、自分の世代あるいは親の世代にヒンドゥ教から他宗教に改宗したと話が結構あるので、上記の数字はどうも俄かには信じられない。


 私個人の感想としては、数千万はいると思うのだが・・・次回2011年の国勢調査では、精緻な調査を切に望む。
by bharat | 2007-06-01 10:30 | ふと思うこと
第83回旅行は、ヒマラヤ鉄道駅のあるグーム
 ダージリン・ヒマラヤ鉄道の遊覧区間となっている、ダージリンともう一方の終着駅がこのグーム(Ghum)。
 鉄道の様子については、コチラ参照。

タイガー・ヒル(Tiger Hill)
 ダージリンの麓に位置するグームから東に進むと、タイガー・ヒルという標高2,590mの丘がある。
 ここは、近辺の宿が皆ウリにしている御来光ツアーのメッカなのだ。

 朝4時前後に宿を出発し、展望小屋から朝日を拝むのだ。

e0074199_2351727.jpg 当日は、生憎の曇り。
 かすかな希望を胸に展望小屋に向かう。
 料金設定が細かく分かれており、外で見るのと小屋の中で見るのとではチケットの値段が違う。
 外で寒そうに待つ人たちを横目に、小屋の中へ・・・。



 案の定、雲は晴れず、結局こんな感じに何も見えないまま周りが白く明るくなっていった・・・残念。
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 天気がいいと、こんな感じに見えるらしい(これは現地で購入したハガキの画像)。
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イガチョリン・ゴンパ(Yiga Choling Gompa)
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 グーム市内にある、一際立派な僧院がこれ。
 1875年の建立と非常に歴史が古く、また中にブッダ像の保存状態も良い。
 そして何より珍しいことに、ブータンで殆どNGだった、堂内の撮影が許可されている。
 シャッター1回につき10ルピー(約30円)という、面白い料金課金方法。
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オススメ度(100%個人主観)

    ★★★☆☆ ・・・ ダージリンと一緒に観光すべし

所要観光時間

    1~2時間
by bharat | 2007-05-04 10:30 | インドぶらり旅
第81回旅行は、西ベンガル北部の中継基地シリグリ
 西ベンガルの観光名所の1つとして、紅茶の産地ダージリンがある。
 山間にあるダージリンへの通行口として機能しているのが、ここシリグリだ。

街の様子
e0074199_2291644.jpg ちょっとした物流拠点になっているこの町には、至るとところにジープスタンドやバススタンドがある。
 オートリクシャーは、専ら市内の移動用だ。
e0074199_22105092.jpg また、ここは籐製品が特産品らしく、籐製の調度品や家具を扱う店が多い。



タシゴマン・ストゥーパ
e0074199_22124140.jpg 市内からちょっと東にはずれたところにある僧院。
 歴史的重みは感じないが、そこそこ大規模な造り。
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オススメ度(100%個人主観)

    ★☆☆☆☆ ・・・ 観光場所は殆ど無いが、ダージリンに行くジープを探すならココ

所要観光時間

    30分
by bharat | 2007-05-02 10:30 | インドぶらり旅
インド周辺 第20回旅行は、ブッダ来訪の地キャラニヤ
 コロンボから北東へ11km、車で30分ほど行くと、小さな村キャラニヤ(Kelaniya)に到着する。

ブッダがスリランカに来訪!?
e0074199_7242276.jpg ここで観るものは1つだけ。
 大きな仏教寺院ラージャ・マハー・ヴィハーラ(Raja Maha Vihara)がそれだ。


e0074199_4173667.jpg 寺院に向かう階段のうえの両脇には、ガードストーン。

e0074199_5114548.jpg 寺院の外壁が真新しく見えるが、13世紀の建立と意外に古い。
 周囲には、細かな彫刻と、
e0074199_54999.jpge0074199_5495158.jpg ヒンドゥー神の彫刻。


e0074199_5513655.jpge0074199_5515198.jpg 外壁はヒンドゥーだが、中にはちゃんとブッダがいる。


e0074199_651662.jpge0074199_6512728.jpg 壁画は最近のもの。
 スリランカの仏教伝来の絵など。


e0074199_713223.jpg 本尊には、金色のブッダ。


e0074199_72448.jpg また、本尊脇に安置されている巨大なブッダ像。
 因みに、目が半目・足が揃っているので、涅槃像では無い。
 涅槃に入った仏陀は、両目ともつむり、足のつま先がズレている。



 寺院の他には、ストゥーパ(仏塔)と神様を祀った御堂がある。


オススメ度(100%個人主観)

     ★★☆☆☆ ・・・ コロンボから近いので時間があれば

所要観光時間

     1時間
by bharat | 2007-03-14 10:30 | インド周辺国ぶらり旅
インド周辺 第1回旅行② コロンボ再訪
 2006年4月に初めて行った、スリランカのコロンボ。
 そのときの様子はコチラに書いたが、今回再来訪。
 モルディヴに旅行した帰りに、立寄った。

今度は観光
 前回旅行時より時間があったので、今回は観光がメイン。
 キーワードは、「仏教」と「ジェフリー・バワ」。

ガンガラーマ(Gangarama)寺院
e0074199_2015644.jpg ヒンドゥー教に関係するような(聖なる川ガンガー+ラーマ神)名称だが、仏教寺院。
 ごく最近に建てられた寺院だが、たくさんの礼拝者が集まる、市内最大規模の寺院だ。
e0074199_2112558.jpg 莫大な資金力を持つ宗教団体が管理・運営しているということで、敷地内には象を飼い(象は1日に250kgくらいエサを食べ、とても飼育費がかかる)、
e0074199_2182343.jpg 本堂には、立派な仏像が沢山並び、
e0074199_219730.jpg アヌラーダプラの分け木から育てたと言う菩提樹、
e0074199_21122128.jpg 世界各地から寄贈された仏像や書籍の倉庫に、
e0074199_21132280.jpg 純白のストゥーパ(仏塔)。
 これは、ストゥーパの傍らにあった仏像。
 顔の造りがスリランカのものとは明らかに違う(これは中国のもの)。
e0074199_21151337.jpg タイから寄贈された離れの建物も見られる。
 確かに、バンコクで見た寺院に造りがソックリだ。
e0074199_347269.jpg こちらも寄贈された石像。
 ポロンナルワの石像を模したものと思われる。


e0074199_3554750.jpg 博物館という名の、寄贈された物を保管する建物もある。
 仏教寺院だが、入口にはヒンドゥーの神々が。
e0074199_432916.jpg 建物の内部には、大量の仏像の雛壇と、
e0074199_455355.jpg 寄贈品の保管棚がある。
 棚には、大量の仏像と・・・
e0074199_4114959.jpg ・・・こけし??
e0074199_4142676.jpg ・・・亀??

 頂いたものは何でも展示する主義のようだ。


e0074199_4172979.jpg 数年に1度しか一般公開しないキャンディの仏歯寺に祀ってあるブッダの歯(の入れ物)の写真も掲示されている。
 こんなに大層に保管してあるとは、驚き。


 次の寺院に行く前に。
 スリランカが生んだ、天才建築家。
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 名前は、ジェフリー・バワ(Geoffrey Bawa)。
 1919年生まれ、2003年没(84歳)。
 コロンボの上流家庭に生まれ、英国で文学を学んだ後に弁護士となった。
 スリランカに帰国後、自ら購入した土地の造園に着手するも行き詰まり、再び英国へ今度は建築を学びに飛んだ。1957年、38歳での遅い建築家デビューだったが、その後は自国スリランカをはじめ、隣国インド、インドネシア、モーリシャスで傑作を残した。スリランカの首都スリジャヤワルダナプラコッテの国会議事堂も彼の設計だ。
 直線的なデザインと、周囲の景色と建築物との繋がりを意識した技法は多角評価され、リゾート建築家の大家と呼ばれた。


 で、そのバワがデザインした仏教寺院がこれ。
e0074199_633238.jpg シーマ・マラカヤ(Seema Malakaya)寺院は、上に書いたガンガラーマ寺院の団体が管理している。
 コロンボ市内に横たわるベイラ湖に浮かぶこの寺院は、直線的なデザイン。
e0074199_673762.jpg 建物の内壁は、ご覧の通り、スカスカ。
 曲線の木がタテに組んである。


e0074199_616826.jpg 市内にあるパラダイス・ロード・カフェ(Paradise Road Cafe)も、バワのデザイン。
 と言うより、元々バワが活動拠点としていたこの場所が改装され、カフェになっている。
e0074199_6182285.jpg 吹抜けになっている中庭で、美味しい食物を食べられる。
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その他
e0074199_6282977.jpg ヴィハーラ・マハデーヴァ公園。
 入口にブッダ坐像がある以外は、特に特徴の無い公園。
e0074199_6314763.jpg スリランカ人の中にもイスラム教徒はいる。
 ということで、モスクもある。

by bharat | 2007-03-13 10:30 | インド周辺国ぶらり旅
インド周辺 第14回旅行は、タイの首都バンコク(バンコック)
e0074199_22132836.jpg タイの首都バンコク(Bangkok)。
 ASEAN国の発展の象徴とも言われるこの都市には、高層ビルや大規模なショッピングセンターなどの近代化の恩恵がそこかしこで見られる一方で、昔からの仏教寺院も数多く残っており、非常に興味深い街並みを形成している。



街並み
e0074199_22185790.jpg 市内の街並みには、日本で見かける御馴染みのものが沢山。
e0074199_22193845.jpg 車の多くは、日本ブランド。現地工場の在るトヨタ・ホンダが目立ったが、日産の車も数多く見られた。
 因みに、日産はインド市場への正式参入を行っておらず、インドでは殆ど見ない(近々、南インドに進出予定)。
 コンビニエンスストアもあちこちにあった。実際に見たのは、セブンイレブンとファミリーマート。
e0074199_22264280.jpg 道端の本屋には、日本のマンガ雑誌のタイ語版。
 写真は、キャプテン翼。
e0074199_22294692.jpg 食材も豊富にあり(自給率は200%とも250%とも)、インドではまず有り得ないこんなモノも食べられる。


    「牛丼に卵(生or半熟)」


e0074199_23112582.jpge0074199_23114078.jpg 東急や伊勢丹といった日系百貨店もある。
 伊勢丹の前には、金色の仏陀像と・・・
e0074199_083816.jpge0074199_09427.jpg ガネーシャ像。
 双方の神様とも、タイ仏教の中では仏教の世界に居るらしく、敬虔な仏教徒である現地の人々は分け隔てなく礼拝していた。


e0074199_23454113.jpg 地下鉄も、街中を縦横に繋ぎ、バンコク市民の足として機能している。
 駅構内の構造、改札機などが、インドのデリー地下鉄のそれと非常に良く似ている。
e0074199_23461128.jpg プラットホームと線路との間は、ガラスで仕切られている、東京の南北線に似たタイプ。
e0074199_0313043.jpg 町の足は、経済の発展とともにタクシーに移りつつあるが、ピカピカに反射するほど磨かれたオートシクシャーも数多く走っている。
 その多くが、インドのメーカーバジャージ(Bajaj Auto)製だという。



 バンコクの空港は、最近開港したスワナプーム(Suvarnabhumi)空港。
 空港名は現地の言葉で「黄金の地」の意で、現国王が命名したもの。
 綺麗なのは勿論なのだが、恐ろしく広い。
 建物は大きなH型をしており、中央部分に土産屋・ブランドショップが立ち並ぶ。

 建物内部で一際目を引くのは、これ。
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 これは、紛れもなくヒンドゥー教の2大叙事詩の1つ『マハーバーラタ』の神話「乳海攪拌(ニュウカイカクハン)」の一場面だ。
 その昔、天の神インドラはドゥルヴァーラ仙から呪いをかけられ、神々は勢力を失ってしまった。
 インドラがヴィシュヌ神に相談すると、自分(第4化身の大亀クールマ)に大マンダラ山を乗せ、大蛇ヴァースキ(蛇神ナーガの王)を絡ませて、乳海を攪拌し、その中から出てくる不老不死の霊薬アムリタを手に入れるよう指示した。
 指示通り、神々(インドラチーム)がヴァーズキの尾っぽの部分、魔神たち(阿修羅チーム)が頭の部分を持ち、綱引きを行った。(因みにこのチーム編成はインドラチーム・阿修羅チームとも54人ずつ、合計すると108。仏教界の煩悩の数と何やら関係がありそうである・・・。)
 ベーゴマの要領で山がグルグルと回転すると、海が洗濯機の中の水のような状態になった。この中から聖牛スラビ、酒の女神、聖樹、天女アプサラス、ヴィシュヌ神の奥さんラクシュミが出てきた。最後にダヌヴァンタリという医学の神様が霊薬アムリタを持って現れた。これを巡って神々と魔神たちは再び争奪戦を展開。最終的に霊薬アムリタは神々の手に渡り、神々はそれを飲むことが出来、その勢力を盛り返したという・・・。
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 因みにこの話には後日談がある。
 このとき魔神の中のラーフというヤツがこっそり霊薬アムリタを飲んだ。それを見ていた太陽神スーリヤと月神チャンドラがヴィシュヌに密告。
 ただちに、ヴィシュヌは手に持っていた武器チャクラ(円盤の周囲に刃物が付いていてクルクル回る)でラーフの首を切断した。その結果、ラーフは首から上だけが不死となった。
 ラーフ(の頭部)はこの恨みをずっと忘れることは無く、今でも密告者の太陽神スーリヤと月神チャンドラを襲うという・・・それが日食と月食という訳だ。




街中に佇む仏教寺院
 限られた時間ではあったが、市内に残る仏教寺院を観て周った。

ワット・ホゥアランポーン(wathualumpong)寺院
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e0074199_0182126.jpg バンコク南部を東西に走るラーマ9通りに面して建っている。
 地下鉄のサムヤン(Sam Yan)駅の真上にある。
 駐車場から本堂に向かうと、一列に並ぶ小さな社が目に入ってくる。
 中央の社にはブッダ。その脇にはガネーシャ。
e0074199_0221794.jpg 本堂の造りは、実に絢爛豪華。
 屋根の隅々には孔雀を配し、中央上部にはストゥーパ、その下には大きな国鳥ガルーダ。
e0074199_0271777.jpg 金色の立派なストゥーパ。


ワット・トリミット(Wat Trimit)寺院
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e0074199_0503638.jpge0074199_051679.jpg ホゥアランポーン(wathualumpong)駅の近くの狭い路地にヒッソリと建っている。
 地図上に、デカデカと「The Golden Buddha」と書いてあるのだが、実際の仏像は意外に小さい。
 ナーガ(蛇)の上に座っている。
 その横には、ガルーダや死神などの神様オールスター像も。



オススメ度(100%個人主観)

    ★★★★☆ ・・・ 仏教施設の観光と共に、食も楽しみたい。

観光所要時間

    4~6時間
by bharat | 2007-01-25 10:30 | インド周辺国ぶらり旅
タイ ~多分にヒンドゥーな仏教国~
 今回初めてタイに行った。

 ASEAN諸国の中にあって、日本との結びつきが特別に強いイメージがあるこの国。
 今回訪れたのは、首都のバンコク(Bangkok、旅行記はコチラ)だけだったが、色々と勉強になった。


国の概要
e0074199_15574411.jpg名称 : タイ王国
面積 : 51万4,000km2
人口 : 6,242万人(2005年現在)
首都 : バンコク(Bangkok)
人種 : タイ族(85%)・中国系(10%)・マレー族/山岳民族など(5%)
言語 : タイ語
時差 : 日本時間 - 2時間
国教 : 上座部(小乗)仏教
      人口比率的には仏教(95%)、イスラム教(4%)、キリスト教/ヒンドゥー教/スィク教など(1%)
通貨 : バーツ (1バーツ≒3円)
産業 : 第1次産業従事者40% GDPに占める割合10%
       輸出産業としては天然ゴム産業
      第2次産業従事者15% GDPに占める割合35%
       輸出産業としてはコンピュータ・自動車関連
貿易 : (輸出) 米国、日本、中国、シンガポール、香港
      (輸入) 日本、中国、米国、マレーシア、UAE

e0074199_185975.jpg体制 : 立憲君主制
      国王はラーマ9世
      (正式名プーミポン・アトゥンヤデート)
      1946年6月に即位したのでなんと在位61年!!
政府 : スラユット・チュラーノン暫定首相
      昨年のクーデターについては、
      「国の歴史」で後述する
e0074199_16233218.jpg国旗 : 一番幅広の紺色は王室、
      白色は仏教、
      赤色は国家 を示している
国章 : 仏教国なのにガルーダ
      (ヒンドゥー神話に登場する聖なる鳥)
国樹 : ラーチャプルック
国花 : ゴールデンシャワー


国の歴史
 タイが所謂「国家」としてその歴史をスタートさせたのは、1238年にタイ族のイントラチットがスコータイ(Sukhothai)王朝を建てた時点だと言われている。

 これ以前は、マレー族やモン族が局地的な都市文化を形成していたのみで、カンボジアのアンコール発祥のクメール王朝もタイ地域一帯を支配したが、タイ独自の国家があった訳ではない。

 スコータイ王朝は、クメールの影響力が弱まってきた13世紀にタイ一帯を掌握、統一国家を作り上げました。第3代のラームカムヘーン王の治世期にその版図は急拡大、内政面でも上座部仏教をスリランカから輸入したこと、統一文字の制定、貿易拡大など大きく発展した。しかし、この名君の死後、国は急速に力を失い、アユタヤ王朝に吸収されてしまった(1438年滅亡)。

e0074199_19465050.jpg アユタヤ王朝は、文字通り首都をアユタヤに置いた王朝で、ウートーン王が1351年建国した。正式に即位後、王はラーマーティボーディ-と名を変えた。
 同王朝は、周辺各国との知れるな生存競争を約400年に亘って生き抜いたが、そのベースには、建国者ラーマーティボーディ-の巧みな国内統一政策が根幹を成していた。
 彼は、タイの中世の基本法典となった三印法典を制定した。この法典は、スリランカから取入れた上座部仏教(小乗仏教)を基軸に、タイに固有の習慣、ダルマシャーストゥラ(インドにおける倫理・道徳・価値観・法律・社会制度を記した書物で、特にマヌ法典が有名)を組み合わせて出来たもの。

 同国は、海路の重要拠点としても機能し、中国・インドなど近隣国は勿論のこと、ヨーロッパの国々や日本とも貿易を行っていた。
 日本とは、1425年から1570年までに合計68隻の琉球船が往来していたとの記録が残っているし、時の室町幕府が朱印船貿易を行っていたとの記録も当時の日タイ貿易の事実を裏付けている。
 また、この関係は江戸時代になっても途絶えること無く継続し、江戸時代初期の記録では幕府公認の交易船56隻が日本―タイを往復していたとある。当時、沢山の鉱石を産出した日本からは、銅が主たる貿易品だった。

e0074199_2028140.jpg また、このアユタヤ期に、忘れてはならないのが、山田長政(1590~1630)だ。
 彼は、17世紀初頭にアユタヤの日本人町に移り、日本人傭兵部隊で活躍した。時のアユタヤ王ソンタムから厚い信頼を受け、南部の王国の知事にまでなった。最後は、アユタヤの追う継承問題に巻き込まれて毒殺された。
 象にまたがって戦う姿が、日本史の教科書にも掲載されていたと記憶している。

 だが、この山田長政は、歴史的捏造とする説がある。
 まず、肝心のアユタヤ王朝側の文献に、山田長政やこれに相当する現地語の名前が登場する文献が無いこと。
 加えて、日本での論拠となる文献も実に信頼性が低いこと。
 大東亜共栄圏構想下の時代に、日本と東南アジアを友好的に連想させる話を丸ごと作り上げてしまったというのが捏造説支持者の論。
 果たして真相は如何に。

 話はタイから少し逸れたが、山田長政が活躍した(であろう)アユタヤ王朝は、1767年にビルマに侵略されて滅亡した。

 
e0074199_20274423.jpg ビルマ軍にビクつくアユタヤの暗君エーカタットを見限って、中国系タイ人のタークシンが独自勢力を形成し、ビルマ軍を撃退、自らトンブリーに王朝を建てた(1767年)。
 彼は、右腕のチャオプラヤー・マハーカサット・スック将軍らとともに失地回復・版図拡大を行っていたが、自分に王家の血が入っていないことを過剰に気にする余り、精神異常を来たしてしまう(一説には、円滑な王位禅譲を狙って、狂乱した振りをしたとも言われている)。
 1782年、タークシンはチャオプラヤー・マハーカサット・スック将軍によって処刑され、トンブリー王朝は滅亡した。

 チャオプラヤー・マハーカサット・スックは、バンコクに遷都し、ラーマ1世を名乗った。
 チャクリー王朝と呼ばれるこの王朝は、ラーマ7世の治世期に絶対君主制から立憲君主制に移行、1946年から現在に至るまでラーマ9世が治めている。
 同君は、名君としてタイの中で絶対的な支持を集めており、国全体の求心力として機能している。
 2006年の軍事クーデターの後、軍部が同君にひざまづいて状況報告を行ったシーンは実に象徴的だった。
 このクーデターの経緯は、外務省HPより引用するに以下の通りである。
 ・・・2006年2月、首相批判の高まりを受け、タクシン首相は下院を解散。4月、主要野党ボイコットのまま下院総選挙が行われたが、後に司法当局は選挙を違憲・無効と判じた。9月、陸軍を中心とするクーデターによりタクシン政権が倒れた後、スラユット枢密院顧問官が暫定首相に就任。暫定政権の下、新憲法草案の起草が進められている。

 昨年末の爆破事件もあり、昨年はタイにとって不穏な出来事が続いた年といえる。
 首都バンコクは2007年早々に平穏を取戻しており、何ら治安の悪化を感じる要素は無かったが、注意するに越したことはないということなのだろう。


今尚垣間見られるヒンドゥー的要素

 国民の殆どが仏教徒であるタイだが、ヒンドゥー教の影響が色濃く見られる。

・ まず、国鳥が、ヒンドゥー神話に登場するガルーダである
・ 仏教寺院に何食わぬ顔をしてヒンドゥー神ガネーシュがいたりする
・ ブッダがナーガ(蛇、ヒンドゥー神話にしばしば聖なる動物として登場する)と一緒にいる場合がある。
・ インドの2大叙事詩の1つ『マハーバーラタ』の話がそのままタイでも流布されている

 これは、恐らく古くはヒンドゥー教(まだバラモン教と言っていた時代)を進行したクメール王朝の影響、更にはアユタヤのラーマーティボーディ-王が定めた王国の基本法典にインドの要素が盛り込まれていたことなどに因るのだろう。
 そもそも、タイ国王の呼称「ラーマ」だって、インドの神様の名前だ・・・何か関係あるのだろうか・・・?


 →第95回旅行記「バンコク」
by bharat | 2007-01-24 10:30 | インド周辺国ぶらり旅